VIA Technologies社は、Arm SoCを搭載した組み込みボードの新製品「VAB-950」を発売した。VAB-950は、MediaTek社のSoC「i500」を搭載する。このSoCは、CPUコアやGPUコアに加えて、ニューラルネットワークの処理を高速に実行するAI処理専用のプロセッサコア(AIアクセラレータ)を内蔵する。スマートフォンなどでは定番のヘテロジニアスマルチコア構成だが、この種のSoCを組み込みボードに採用するのは珍しい。VIA社では、産業用のタブレット端末や監視カメラ、IoTのエッジ側で処理する顔認識システムなどの用途を想定している。ここでは同社に、VAB-950の特徴や製品化の背景などを聞いた。
集合写真(左より)
VIA Technologies Japan株式会社 エンベデッド事業部
アシスタントマネージャー 小間 拓実 氏
シニアプロダクトマネージャー Cody 世羅 氏
ディレクター Sonia 陳 氏
シニアセールスマネージャー 相川 悦丈 氏
目次
スマホやAIスピーカに強いSoCベンダと手を組む
――VIA Technologies社は、どのような企業ですか?
Sonia:弊社は、組み込みボードや組み込みシステムを設計・製造している企業です。社内にx86のCPUとチップセット、およびArmのSoCの開発部門を抱えており、プロセッサまわりの知見を持っているところが、弊社の強みになっています。
――プロセッサの知見があると、何が違うのでしょう?
Sonia:例えばArmボード向けに、LinuxやAndroidのBSP(board support package)を自社開発しています。カスタムボードの設計・製造受託では、要望に応じてデバイスドライバやミドルウェアのチューニングにも対応しています。
――今回、MediaTek社のSoCを採用しました。
相川:MediaTek社は、年間15億個のデバイスを製造・販売しているファブレスの半導体メーカです。スマートフォンやタブレット、AIスピーカなどのコンシューマ機器向けSoCを得意としています。
――VIA社は、産業用や車載用などの分野が事業の中心です。
相川:確かにそうなのですが、共通点もあります。ファブレスだったり、本社が台湾だったり。IoTを含め、これからのAI技術に着目しているところも共通しています。
――協業することになったきっかけは?
Cody:MediaTek社は組み込み市場にも力を入れていくということで、昨年(2019年) AI + IoTを意味するAIoTという事業を立ち上げました。AIoT事業でラインアップされたSoCは組み込み向けで、長期供給が保証されています。これがきっかけとなりました。
相川:また、スマホ向けのArm SoCやその周辺デバイスがよくなってきており、弊社の顧客であるB2B(business to business)の企業から、「MediaTek社の半導体を使いたい」という話が出てきました。弊社は、自社開発のチップでカバーできない領域については、他社(NXP Semiconductors社やQualcomm社)のSoCを採用してきました。MediaTek社も、非常によいパートナであると考えています。
AIプロセッサ内蔵SoCを搭載、Wi-Fi/Bluetoothや4G LTEを装備
――VAB-950は、どのような組み込みボードですか?
小間:「i500」というArm SoCをベースとする製品で、SOM(system on module)とインターフェースボード(キャリヤボード)の2枚構成になっています(図1)。
――ボードにはどのような機能が載っていますか?
小間:SOMの基板には、i500のほか、メモリ(LPDDR4 SDRAM)とストレージ(eMMC)が載っています。インターフェースボードは、EthernetやUSB 2.0、HDMI 1.3a、MIPI-CSI、MIPI-DSI、および組み込み業界で多用されるGPIO、COM、I2C、SPIなどのインターフェースを備えています(図2)。
――無線接続の機能は?
小間:技適(技術基準適合認定)を取得したWi-Fi(IEEE 802.11 a/b/g/n/ac)/Bluetooth 5.0モジュールを、インターフェースボードに標準搭載しています。また、miniPCIe(mini PCI Express)とSIMカードのスロットを装備しており、オプションの4G LTEモジュールを接続できるようにしています。
――i500の特徴は?
小間:CPUとGPUのほかに、AI処理専用のプロセッサを内蔵している点が大きな特徴です。Cadence Design Systems社が提供している「Tensilica Vision P6(VP6)」というIP(intellectual property)コアを採用しています。これは、ニューラルネットワークの処理を高速に実行できるプロセッサコアで、0.5TOPS(tera operations per second)の積和演算性能を備えています。
――CPUやGPUは?
小間:CPUはArmのCortex-A73を4コア、Cortex-A53を4コア、GPUはMali-G72を1コア内蔵しています。1080p解像度で、30フレーム/sのH.264/H.265ビデオデコードにも対応しています。
――VAB-950がターゲットとしている応用は?
小間:産業用や車載用のAndroidタブレット端末、バッテリ駆動の監視カメラ、およびIoTエッジで処理する顔認識システムなどを想定しています。例えば、車載カメラで表情をモニタして運転者の疲労を検知したり、運転者の視線の方向からわき見運転を検知したりする用途が考えられます。
相川:既存のシステムに、顔認識などのAI機能を付け加えたい、という話が出ています。一つは監視カメラ、もう一つは入退室管理システムです。
――i500は、長期供給されるのでしょうか?
小間:はい。MediaTek社がこれまで注力していたのは、主にコンシューマ市場です。弊社と協業を始める前は、供給期間は長くても2~3年程度で、組み込み市場の要求とはかけ離れていました。今回の契約を結んだ時点で、MediaTek社には、最低でも7年間の供給を約束していただきました。
――組み込みの分野には、ほかにも特有の要件があります。
Cody:MediaTek社は、組み込みシステムで必要とされるインターフェースや周辺機能についての開発経験が多くありません。このような部分については、弊社がMediaTek社に情報を提供したり、共同開発したりしました。
相川:このほか、Linuxのサポートを要求しました。MediaTek社は、スマホやタブレットの市場に注力していたこともあり、OSのサポートはほとんどAndroidのみでした。
Cody:Linuxサポートも元々予定していたようですが、中国市場での先行立ち上げだったため、中国で需要の高かったAndroidへ当初注力しており、Linuxサポートは遅れておりました。組み込み市場ではLinuxのサポートは非常に重要だということをMediaTek社に繰り返し伝え、開発を加速して頂きました。パートナーの声に真摯に耳を傾け、迅速に市場の要求に応える。MediaTek社の組み込み市場への本気度を感じました。
――VAB-950の開発をとおして、両社の相互理解が深まった、と。
Cody:そうです。スマホやタブレットの構成を考えてみれば分かると思いますが、これらの機器をターゲットとするSoCは、I/Oの本数がかなり少ない。i500も、組み込みの観点ではI/Oが少ないのです。そのため、弊社が開発するインターフェースボード上でどのようにして足りないI/Oを補うのか、どのような周辺ICを使って組み込み向けのI/Oを実現するのか、という議論をMediaTek社と重ねてきました。彼らは彼らで、当社の要望を次のSoC製品の開発にフィードバックしよう、という動きが出てきています。
相川:本社が台湾同士ということもあり、Soniaが頻繁にMediaTek社を訪ねて、組み込み市場の要求を伝えたり、情報交換したりしています。
――今後、両社が協力する予定の案件はありますか?
Cody:今回の製品とは別のプロジェクトですが、車載システム向けにCAN(Controller Area Network)バスとの接続機能を提供しようという計画があります。SoCの中に含まれていないCAN接続の機能を、(ブリッジ回路を間に入れるなどして)弊社が開発するインターフェースボード上で実現しよう、という話です。
GPU開発経験のあるチームがAIの技術開発を担当
――AI向けの開発環境は用意していますか?
Cody:LinuxとAndroidをベースとするAI開発のサポートに力を入れていきます。Linuxについては、Yocto 2.6のEVK(評価用イメージ)とAIのサンプルコードを提供します。Androidについては、Android 10のEVKを提供します。また、Android標準のNN(Neural Networks)APIをサポートします。これを使っていただければ、ニューラルネットワークの処理を、簡単にSoC内部のAIプロセッサコアで実行できます。
――ニューラルネットワークの処理は、CPUやGPUでも実行できます。
小間:どのタイプのコアで実行していただいてもかまいません。CPUやGPU、AIプロセッサをどのようなバランスで使うか、については、弊社は「自由に選択できます。それが可能な“土台”を用意します」という立場です。
相川:例えば、ソフトウェアをAIプロセッサ(の内部構造)に合わせてチューニングしてしまうと、ほかで使い回しが効かなくなる可能性があります。一方、ソフトウェアの最適化をサボると、今度はプロセッサの処理能力をどんどん上げないといけなくなります。その意味では、内蔵のAIプロセッサを活用することを推奨しつつ、最終的には、状況に合わせてユーザの判断で使っていただければ、と考えています。
――AIのサンプルコードは、どのようなものですか?
小間:顔認識と年齢・性別推定を行うデモプログラムを用意しています(図3)。現在はGPU上で動かしていますが、AIプロセッサにも移植中です。
――半導体メーカやボードベンダ、ソフトウェア開発会社など、さまざまな業態の企業が組み込みAIの開発支援に挑んでいます。VIA社ならではの強みはありますか?
Cody:大きな強みは、社内にグラフィックスチームを持っていることだと思います。ニューラルネットワークの処理はグラフィックス処理ではないのですが、GPUのアーキテクチャを生かして大規模な並列演算を行うところは、非常に似ています。
相川:VIAグループには、企業買収を経て、グラフィックスチップセットベンダである旧S3 Graphicsのエンジニアが集まっています。人材も経験も社内に存在します。
――VIAのグラフィックスチームは、AIの技術開発に取り組んでいるのですか?
Cody:独自のAIプロセッサの開発とまではいきませんが、既存のAIエンジンやその考え方を応用して、弊社にとって使い勝手のよいシステムを開発したり、新しい環境を試したりしています。特に、車載系のADAS(advanced driver assistance systems)、および運転者をモニタするシステムのAI処理の開発に力を入れています。
エッジAIの動向に注目、クラウドや周辺機器との連携が肝要
――VAB-950のSOMだけを購入することはできますか?
小間:可能です。独自のインターフェースボードを開発したい場合は、弊社からSOMといっしょに、デザインガイドを提供します。ただし、カスタムのインターフェースボードを起こす場合、自身でそれに合ったBSPを用意する必要があります。
――カスタムボードを開発していほしい、という依頼は多いですか?
小間:日本市場について言うと、Armボードは7対3、あるいは8対2の割合で、受託開発を含む案件が多いです。基板をより小型・軽量にしたい、特殊な形状の筐体に収めたいので、それに合わせた外形の基板にしたい、あるいは基板を分割したい、といった要求があります。また、独自のインターフェースをつなげたい、という要求も多いです。FAや車載、医療など、それぞれの市場にそれぞれのインターフェース規格があります。
Cody:とはいえ、標準品のボードやSOMをそのまま使えるのであれば、できるだけそのまま使っていただきたいと思います。標準品を使っていただくことは、開発期間の面でも開発コストの面でも大きなメリットがあります。
――VIAの組み込みボード製品について、今後の展望を教えてください。
Sonia:弊社がIoT市場で学んだのは、「IoTのデバイス単体ではビジネスが成立しなくなっている」ということです。IoTデバイスを用意するだけでなく、あらかじめクラウドや周辺機器との連携を考えておく必要があります。ボード製品を提供するにあたって、そのあたりのサポートにも力を入れていきます。
――AIアプリケーションへの取り組みは?
Sonia:弊社が注目しているのは、「エッジAI」の領域です。現状は、AIスピーカのように、エッジ側の端末をクラウドにつなぎ、データをアップロードし、処理結果をエッジに戻す、という構成のものが多いです。しかし、映像のような大きなデータをクラウドに転送すると、通信量や通信コストが大きくなります。ある程度の処理はエッジ側で実行し、必要なデータだけをクラウドに転送する。そのような構成の中で、エッジ側の処理に、AIプロセッサを備えた弊社のVAB-950を活用していただければ、と考えています。
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