コイルとは?
コイルとは、銅線を巻いてある受動素子です。普通に考えればただの線材なのですが、なぜかクルクル巻いてある線に電気を通すと磁石に変貌してしまうのです。このコイルを上手に扱えるようにすると、電子回路の働きや不可解な現象の対策の手掛かりが見つけられるようになります。この講座では、コイルの働きや性質を理解して、過渡状態におけるコイルの動きを理解しましょう。
コイルの性質【磁石】
コイルは、いろいろなタイプのものがあります(図1)。
用途によってさまざまですが、共通していることは電気を通すと磁石になるということです。図2-(a)のように、銅線に電流を流すとその周りに磁界が生じます。流す電流の向きにより磁界の方向も決まっています。これを「右ねじの法則」と呼んでいます。図2-(b)のように線を巻いた形状にすると、小さな渦巻の磁界が形成されます。この場合も右ねじの法則に従って、磁界が作られます。
図3は、図2-(b)の小さな磁界がまとまって合成された磁界の様子です。コイルの中を磁界が貫通するように形成されます。このように電流を流して磁界が作られるものは、電磁石と呼ばれています。電磁石は、電流の流れる向きによりN極やS極を切り替えることができます。モータなどはこの仕組みを最大限活用しています。この電磁石も抵抗やコンデンサ(容量)と同じように磁石の強さを示す単位があります。その単位はH(ヘンリー)として表されます。パーツの大きさや使われている素材により、磁界の強さが変わります。概ねuH(マイクロヘンリー)のラインアップが多く、鉄や磁性体がコイルの中に使われていると磁界の大きさも変わってきます。また、巻き線の太さや巻き数などでも磁界の強さが変わります。微弱な信号から、送電線に使われるような大きな電気まで扱うことができます。
コイルの性質【誘導】
コイルは図1のようにくるくる巻いてある素子ですが、この素子に、電圧をかけて電流を流して使うのが一般的です(図4)。この電流について、もう少し具体的な動きを見てみましょう。
図5は、右ねじの法則に従って巻き線に電流を流すと、貫通するように磁界が形成されます。
さらに、電流を増やしていくと、磁界も増えていきます(図6)。
この時、この発生した磁界の増加に伴い、打ち消す方向に電圧が発生します(図7)。
この現象を「レンツの法則」といいます。ここで発生した磁界に起因した電圧が発生します。この電圧のことを「逆起電力(ぎゃくきでんりょく)」といいます。逆起電力が発生すると、さらに磁界も反対向きに発生します。これらの一連の動きを「自己誘導(じこゆうどう)」と言います。その大きさは、「自己インダクタンス(V)」で表されます。磁界が急激に変化すると、逆起電力も大きくなります(図8)。
電源を切った瞬間や、車のイグニッション時にも大きな電流が流れるのはこのためなのです。逆起電力が発生するのは、電流が変化している時のみで、一定の電流になると逆起電力はなくなります。つまり、前回(第7回:コンデンサの役割)定常状態の説明をしましたが、定常状態になるとコイルの磁力の変化がなくなるので、安定した磁力を持ち続けます。コイルは、電流の変化がとても嫌いなのです。
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また、円形の磁石や磁性体に、図9のように2つのコイルを形成することで、「相互誘導(そうごゆうどう)」という現象が発生します。自己誘導に働きは似ていますが、1次側と呼ばれるコイルで発生した磁界が、2次側と呼ばれるコイルに影響を与えます。この時の磁界の強さは、コイルに巻いてある線の巻き数の比率(1次側の巻き線と2次側の巻き線の比率)で決まります。一般的には、トランスとか変圧器と呼ばれたりしています。この講座では、これ以上の細かいことは省略しますが、とても奥が深い挙動をするコイルをじっくり勉強してみるのも面白いと思います。
コイルの性質【フィルタ機能】
コイルは、抵抗やコンデンサなどとも合わせて、様々な信号を除去したり取り出したりすることができます。ノイズ対策や、今後の講座で解説するLPFやHPFにとても影響を与えます。コンデンサは、電界をベースとしていますが、コイルは磁界をベースにしています。コンデンサの場合と少し異なるのが、コイルは直流や低い周波数の場合には通りやすいのですが、周波数が高くなってくると、自己インダクタンスの影響で電圧を減衰するように働きます。電圧が減衰すると電流も減衰しますので、フィルタとしての機能となります(図10)。回路におけるコイルの挿入の仕方で、LPFやHPFになります。今後のフィルタの解説のところで、改めて、説明していきたいと思います。
定常状態と過渡状態
ここからは、コイルの自己誘導に伴う過渡現象を見ていきましょう。まずは、抵抗とコイルが直列につながった直列回路(RL直列回路とも言います)を用いて考えてみます(図4)。
冒頭の動画では、10オームと200uHのコイルをつないでいます。コイルに極性はありません。ADALM1000とADALP2000で使用可能な組み合わせを選びました。この組み合わせは、ADALM1000のスペック内で使用できる組み合わせになっています。これ以外の組み合わせでは、周波数が高すぎるか、電流が大きくなりすぎます。安全に使うには、mH(ミリヘンリー)単位のコイルを買ってくるのがいいと思います。図1の緑色にコーティングされているコイルが、22mHのコイルです。
ここで、この回路に図11のようなタイミングで電圧を与えます。ちょうどSWをONにしたような状態と考えてください。その時の回路は、図12のようなイメージです。動画の中では実際にSWは使っていないので、直接ジャンパー線をつないだり外しています。
SWをONにした時の波形を図にしました(図13)。コンデンサと同様に、コイルを含んだ回路においても定常状態と過渡状態が存在します。コイルの場合は磁界が深く関連してきますので、もう少し掘り下げていきます。
時定数
コンデンサの時定数では電圧が関係していましたが、コイルを含んだ回路の場合、電流も時定数に関係しています。コイルの場合も、目的の電流に達するまでに時間がかかります(図14)。
電源をONにした瞬間から電流が流れ始めますが、最大電流に対してコイルの自己インダクタンスが打ち消す方向に作用するため、立ち上がりまでに時間がかかります。この立ち上がり時間が、最大電流値に対して約63.2%のところまで要した時間τ(タウと呼びます)を「時定数」といいます。また、この時定数の5倍(5τ)の時間になると、ほぼ安定した状態になると考えることができます。立ち下がり時には、最大電流から、63.2%まで減衰したところが時定数としています。下記に、コイルの時定数を求める式を示します。
電流立ち上がり時における時定数
図15では、電流が立ち上がった時の時定数のイメージです。自己インダクタンスの影響で、ゆっくり立ち上がります。
電流立ち下がり時における時定数
図16では、電流立ち下り時における時定数の考え方です。電流OFF時は、電流の急激な変化により、自己インダクタンスが作用します。SWをOFFにしても、磁界エネルギーが残っているため、電気エネルギーとして放電すると言った方が分かりやすいかもしれません。これも、63.2%減衰したところまでの時間を時定数1τとする考え方です。
時定数と周波数
動画では、10オームの抵抗と100uHのコイルを2つ使っています。この時定数を求めてみましょう。
コンデンサの場合と違って、コイルの場合は、コイルに含まれている抵抗成分も抵抗として計算する必要があります。動画の中では、オームメーターを使用して抵抗値を計測しています。今回は11.18オームと計測できました。コイルは200uHなので式1から時定数を求めると、17.88usという時定数が算出されました。追従可能な周波数は約5.6KHzです。動画の中では、6KHzを超えると徐々に追従できなくなり、波形が減衰していく様子をご覧いただけます。
波形が減衰していく理由は、自己インダクタンスの影響で、電流が打ち消されていることを意味しています。周波数が高くなれば、十分に電流が流れて安定する前に波形が変化するのと、時定数が長いため周波数変化に対応できなくなってくると考えることができます。
最終的には十分な電流を流せなくなり、半分の電位に収束します(図18)。この動きはローパスフィルタの動きになりますが、ローパスフィルタについては今後の講座で解説します。
さて、ここまで時定数と周波数と電流の関係を見てきました。動画の中では、実際のパーツを使って時定数や電流の変化をAlice Desktop Toolを使用して確認してきました。ただ、若干の誤差はあります。上記に求めた時定数17.88usという数ですが、この値もADALM1000内部の温度や、室温、抵抗の誤差、コイルの温度、オームメータのキャリブレーションの要因で、常に同じ値とは限りません。これも計測系における誤差の一つと言えます。これらを考慮して実際に体験してもらうのが、本講座の有効な活用方法です。
今回の計測回路
図19は、動画の中でも使用している時定数を計測するための接続方法です。
計算してみましょう
コイルの電圧
ここでは、これまでの動きを実際に計算してみましょう。時間とともに変化する電圧および電流を計算できれば、最適な回路ができます。今回も微分であったり積分といった公式を使いますので、しっかり学びましょう。
まずは、図20のコイルの電圧式(自己インダクタンス)を導いておきます。
電流値の計算
次に、図4の回路を、キルヒホッフの法則を使って式を組み立てて、電流を導き出します。
過渡状態におけるコンデンサの電圧の計算
次に、過渡状態におけるコイルの電圧降下を計算してみます。
過渡状態における抵抗の電圧の計算
最後に、過渡状態における抵抗の電圧を求めてみましょう。これまでの式の結果から求めることができます。
計算式のまとめ
表1に計算式の結果をまとめてみました。
確認してみましょう
今回の講座の内容を理解するために、下記の2問に挑戦してみてください。答えは、次回のこのコーナーでお伝えしますよ!
【Q1】コイルを10mHで、抵抗が10オームの場合、時定数はいくつになりますか?(コイルの抵抗成分は、5オームとします)
【Q2】1KHzの矩形波に対応するための時定数は、20mHのコイルを使用した場合、何オームの抵抗を使えばいいでしょうか?
前回の答え
【Q1】「速くなる」が正解でした。
【Q2】1uFが正解でした。いかがでしたか?
1KHzは、1msです。これは、波形としての時間なので、時定数の10倍に相当すると考えて、100usが求める時定数になります。今回は、100オームの指定があるので、求めるコンデンサの容量は1uFとなります。もちろん、もう少し小さい容量であれば、十分な時間が確保できます。
まとめ
今回は、コイルの理解と抵抗を含んだRL直列回路における「過渡現象と時定数」について学びました。今回学んだ内容は、フィルタ回路などに応用することができますので、しっかり基礎力を学んでおきましょう!Let’s Try Active Learning!今回の講座は、以下をベースに作成いたしました。
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