ALABは、代表である荒木氏の頭文字の「A」と研究の「LAB」を合体して名付けた社名である。組み込みシステム向けの受託を含む、企画、設計、試作などを実施している。多彩な技術を持ち、課題のあるお客様に対して、仕上げのもうひと押しとなる技術力で高い評価を得ている。荒木氏はAtmelのファンであり、同社のさまざまな製品にAtmelのマイコンを採用している。ここではALABやAtmelの製品概要などを聞いた。
集合写真(左より)
アトメルジャパン合同会社 フィールドマーケティングマネージャー 小林 素康 氏
アトメルジャパン合同会社 フィールドアプリケーションエンジニアリンググループ シニアフィールドアプリケーションエンジニア 工学博士 ガン ワン 氏
株式会社ALAB(エーラボ) 代表取締役社長 荒木 正之 氏
アトメルジャパン合同会社 東日本グループ ビジネスデベロップメント部 グループマネージャー 柏木 悟 氏
目次
建物の状態を見るために小型の地震計を開発
ALABの主な製品として、①信号処理を応用したネットワーク地震計、②地震データを用いた建築構造物の被災解析、③地震の震源特定と同じ技術を応用した「Anywhereタッチパネル」、④Bluetoothによるセキュア決済システム、⑤ICカード統一規格であるEMV環境でのマイクロペイメントにも対応出来る、仮想化技術やセキュアブート・カーネルモニタを用いたセキュリティプラットフォーム、⑥低速マイコンをAndroid環境で利用するためのミドルウェアであるAppFront、⑦C言語で記述するプロセッサコンパイラ環境、⑧信号処理解析を応用した周波数ノイズキャンセリングなど非常に多彩だ。
地震計を制作したきっかけは、2004年の中越地震だった。「当時は防災分野のITはありませんでした。地震計について理解するため、東京大学の地震研究所に通いました」(ALAB 荒木氏)。当時、気象庁で使っていた地震計は、サイズも大きく、価格も500万円くらいしており、もちろんネットワークにも繋がっていなかった。荒木氏は、地震があったときの建物の様子が見られないかということで、建築の先生を紹介してもらったという。
その後、小型の地震計を作り、建物の状態を見られるようにした。建物の頂上と地面の2カ所に地震計を設置し入力と応答を見る。応答度合いが大きくなるということは、建物が柔らかくなっていることで、どこかにヒビが入ったということになる。「”建物が壊れる”と”建物が潰れる”は違います。だんだん”壊れて”耐えきれなくなったときに”潰れる”のです」(荒木氏)。
建物の状態は、その剛性を加速度センサーで見ることで判断している。高層ビルだと「ふにゃふにゃ」曲がるので、地震計が3フロアーに1つくらい必要になる。複数個必要な場合、低価格の地震計でないと設置が進まない。「税込み10万円以内を命題に、1号機を2007年頃に作りました。データは、当時はSDカードに記録して、サーバに送って解析していました」(荒木氏)。
加速度センサーは、地震がないときでも揺れを見ている必要があることから、非常に高感度でかつ線形で動作するものがいる。製造を委託するオムロン社と一緒にMEMSのセンサーから作り、サーバで動作するプログラムも開発した。このプログラムからは、建物の剛性、地震計のメンテナンス情報などを知ることができる。
震源特定と同じ技術を応用したAnywhereタッチパネル
地震の震源特定と同じ技術を応用したものとして「Anywhereタッチパネル」を開発し、オムロン社とともにさまざまな企業へ提案をしている(図1)。その仕組みは、ディスプレイの四隅に加速度センサーを貼り付け、画面を叩くことで出た波をセンサーで検出し、時間差から叩いた場所を特定するものだ。「一般にタッチパネルは液晶画面に貼り付けますが、これは加速度センサーを貼るだけで良いので、壁でもホワイトボードでも構いません。そのため、どこでもタッチパネルにできるということで、Anywhereタッチパネルと呼んでいます」(荒木氏)。
Anywhereタッチパネルの加速度センサーをAtmelのSAM V71マイコンの評価ボードに繋げている。SAM V71マイコンは、Arm Cortex-M7を搭載した最新のファミリである。
Atmelは、独自のRISCアーキテクチャであるAVRマイクロコントローラに加え、ArmアーキテクチャのSAMシリーズを展開している。ちなみに、SAMは「Smart Arm-based Microcontrollers」の略である。Armベースのマイコンは、1996年にArm7のライセンスを取得してから、一貫してラインアップを充実させてきた。現在、Arm7、Arm9、Cortex-M0+、Cortex-M3、Cortex-M4、Cortex-M7、Cortex-A5ベースの製品を提供している。
決済システムは今から大至急作らないと間に合わない
Bluetoothによるセキュア決済システムでは、AtmelのSAM Sシリーズが採用された。「AtmelのCortex-M7コアのシリーズは、びっくりするほど電気を食わず、非常に優秀です」(荒木氏)。SAM S70/E70シリーズは、浮動小数点演算ユニット(FPU)を持つ高性能の32ビットCortex-M7コアをベースとしている。最大300MHzの速度で動作し、最大2,048KBのフラッシュ、16KBのデュアルキャッシュメモリ、最大384KBのSRAMを備えている。ペリフェラルも豊富で、高速USBホストおよびデバイス+phy、最大8つのUART、I2S、SD/MMCインタフェース、CMOSカメラインタフェース、システム制御、および高速なアナログインタフェースなど多彩だ。
Atmelにはセキュリティに特化したプロセッサとしてSAM A5もある。今後のNFC対応のクレジットカード決済をセキュアに行うアプリケーションに採用する予定だという。「SAM A5の良いところは、ずばりセキュリティです。TrustZoneやセキュアブートが用意されているなど、セキュリティに特化しています」(荒木氏)。特にSAM A5D2には、ハードウェアレベルのPCI DSS(Payment Card Industry Data Security Standards)が搭載されている。PCI DSSは、カードでの決済システムには必須の規格である。「PCI DSS非対応CPUの場合、ハードウェアレベルからセキュリティレベルを上げる必要があり、ものすごく大変です。その点、A5D2はソフトウェアを、きちんと教科書通りに作るだけで、耐タンパ性が確保できることになります」(荒木氏)ということだ。
2020年の東京オリンピックや海外からの観光客の増加にともない、非接触クレジットカードのマイクロペインメントへのニーズが高まっており、決済システムへの引き合いが多い。「海外ユーザが通貨を選ばず決済できないと不便です。決済システムは今から大至急作らないと間に合いません」(荒木氏)。
「SAM A5プロセッサのセキュリティ機能として、On-the-fly暗号化/復号化、Secure Data Storage、タンパピンなどもサポートしています。更に、Clock Failure Detection、ICM(Integrity Check Monitor)などのセーフティ機能も充実しています」(ガン氏)。
非力なプロセッサでもAndroidで快適な表示を可能に
ALABの製品として「AppFront」というミドルウェアがある。図2はAppFrontをカラオケの電子目次に使用した例だ。Androidは、表示部分が重く全体の処理の3割程度を占めている。AppFrontは、Androidの表示部分を置き換えて、非力なプロセッサでも快適な描画を可能にするものだ。「一般的なCortex-A5 600MHz動作のプロセッサで、AppFrontを使用したもの、使用しないものを比較したデモでは、使用しない場合は10フレーム/秒程度しか動かせないのですが、使用すれば60フレーム/秒でスムーズに描画できるようになります」(荒木氏)。すでに、デジタルカメラやテレビのメニュー、カラオケの電子目次、決済機のユーザインタフェース、小さな液晶が載った情報家電のユーザインタフェースなどのプロジェクトが進んでいる。
ALABは、AppFrontをデジタルサイネージに応用したシステムを考えている。システムにAIを搭載し、写真と文字を流し込むと、写真のどこにピントが合っているかを見て、何を訴えたいか、何を見せたいかを判断する。写真の色を見て、映えるフォントカラーを推定する。Twitterから情報を拾い、写真とツイートを自動的に差し込んでくれる。こういったアプリケーション提案も行っている。
数あるマイコンの中で、Atmelの評価結果が一番良かった
Atmelを高く評価している荒木氏は、「実は長らくAtmelの営業との接点はなく、私がいちAtmelのファンだったにすぎなかったのです」と同社との接点をそう語る。次の地震計を作ろうとしたとき、いろいろなマイコンをリサーチした。選定のポイントとして、低消費電力であること、アナログフロントエンドが付いていること、コストパフォーマンスが良いこと、パッケージの選択肢が多いこと、さらに供給補償などの項目をレーダーチャートに記してみた。「そこで、一番丸に近いのがAtmelであり、勝手に使っていたというのが実情です。その後で、Atmel製品を扱っている商社を経由して紹介してもらいました」(荒木氏)とのことだ。
世の中にArmを問わずマイコンはさまざまだが、なぜAtmel製でないと駄目なのかという疑問が湧く。それに対して荒木氏は、「良くできていて当たり前の評価ボードが、他社製品では大変ノイジーだったのです。携帯電話などデジタル処理のみに使うのなら良いのですが、高感度な地震計ともなると到底使えません。それに対してAtmelの評価ボードはアナログ回路の特性が非常に良かった」という。
Atmelの小林氏は、「こういったアプリケーションに使えるCortex-M7マイコンがやっと出てきたんだなと思います。AtmelのCortex-M7マイコンは、動作周波数300MHzでTCMやキャッシュなどがフルに入っています。コストパフォーマンスも高く、小型であり、ネットワーク接続など、マイコンとしての性能は十二分です。ALABさんには、これらの機能をフルに引き出していただいており、その技術力は本当に素晴らしい」と語った。内蔵フラッシュメモリが512K~2Mバイトのものがラインアップされており、大きなメモリが必要なアプリケーションにも対応できる。さらに、高速なアナログフロントエンドの性能も、Atmelの強みだという。
ALABはお客様でもあり、パートナーでもある
信号処理解析を応用した周波数ノイズキャンセリングは、地震計を応用したものだ。「一般に認識系技術というと画像認識ですが、ALABでは音や加速度など、波に関するモノなら何でも手がけています」(荒木氏)。周期性ノイズをカットするアルゴリズムであるアダプティブフィルタを音に応用すると、掃除機やドローンの音がカットできる。アダプティブフィルターの搭載事例として、ノイズキャンセリングヘッドセットがある。「周期性ノイズをカットする関数は、OpenCVにも入っています。一般的には画像処理に使われており、音に使う人は希です。アプリケーションノートを充実させれば、IoTのコンテンツが進むはずです」(荒木氏)。
「ALABさんはお客様でもあり、パートナーでもあります。Atmelの製品を、Atmel自身でも気が付いていない良い点を見つけてくれるなど、多くのアドバイスをいただいています。さらに、荒木さんのお客様と一緒に実プロジェクトも動いています」(Atmel 柏木氏)。今後の展開として荒木氏は、アプリケーション、ミドルウェア、OS、ハードウェアなどの提案を休まず続けていくという。
最後に小林氏は「アプリケーションとしてはIoTを狙っています。Cortex-M7を搭載したSAM S70/E70シリーズは、IoTのゲートウェイ、スマートウォッチ、ドローンなど、さまざまなアプリケーションでの採用事例が出てきています。さらにSAM A5は機能的にセキュリティが強化されているので決済機システムなどで採用が進んでいきます」と結んだ。
APS EYE’S
ALABの要件は非常に明確だ。省電力かつ高性能。信号処理が得意なALABの応用範囲は無限にある。低消費電力、コア性能、アナログ、暗号など評価ボードであっても手を抜かないAtmelの姿勢が、ALABの具現化を支えている。
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