フォスター電機 フォステクスカンパニー(以下、フォステクス)が製造/販売している「DC-R302」は、デジタル一眼レフカメラの動画撮影時において、高品質で臨場感のある音質を求めるユーザーに向けられたポータブルレコーダーである。デジタル一眼レフカメラをムービーカメラとして活用するシーンが増えつつあり、映像のみならず音にもこだわるユーザーは手にしたくなる製品だ。このDC-R302にフリースケールのKinetis(キネティス)マイコンが採用された。ここではDC-R302の特徴やKinetisマイコン採用のメリットなどを聞いた。
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音の入り口から出口までを標榜しているオーディオメーカー
フォスター電機は、歴史あるオーディオメーカーであり、「フォステクス(FOSTEX)」ブランドのオーディオ製品を製造販売している。フォスター電機はOEMが基本で、日本、欧米や東南アジア、中国、台湾などに拠点を持ちワールドワイドで事業を展開している。1973年に自社製品のブランド名を冠したフォステクス株式会社を関連会社として設立。その後、フォスター電機と合併し、社内カンパニーの「フォステクスカンパニー」となった。
東京都昭島市の本社エントランスには、フォステクスのアンプやスピーカーが展示され、オーディオ好きにはたまらない光景がひろがる。「フォステクスは『音の入り口から出口まで』を標榜し、マイク、アンプ、スピーカーなど多くの製品をラインアップしています。OEMが中心のフォスター電機とは、技術的な交流を頻繁に行い、常に最新の技術情報を共有しています」(フォステクス浦郷氏)とのことだ。
ちなみにフォスター電機のOEM先は、オーディオメーカー、家電メーカー、自動車メーカーなどが多い。オーディオは海外の大手メーカー、家電ではテレビスピーカーやポータブルプレーヤーのヘッドホン、タブレットのドックスピーカー、車載スピーカーなどである。
「過去にはフォステクスブランドで、マルチトラックのカセットレコーダーやオープンリールなどのアナログ製品を販売していました。当時はオープンリールのヘッドまで作っており、差別化のポイントとなっていました。その後は、デジタル化の流れもあり、業務用のポータブルDATやハードディスクレコーダーなどを手がけてきました」(浦郷氏)。このフォステクスが開発/販売しているポータブルレコーダー「DC-R302」にフリースケールのKinetis K20ファミリMK20DX256VLQ10が採用された。
デジタル一眼レフカメラの音処理の悪さを克服する
放送で使う音は、撮影時に音声係が取るのが当たり前だった。最近では人手や予算の不足から「一人で、画も音も録る」形態に変わりつつあり、画質の美しさからデジタル一眼レフカメラが活用されている。高画質な映像とともに、高品質な音も残したい。そんなプロやマニアのニーズに応えるのがフォステクスのポータブルレコーダー「DC-R302」だ。
DC-R302の使用シーンとして、デジタル一眼レフカメラとマイクを繋ぎ、デジタル一眼レフカメラで撮影しながら、音はマイクで拾い高音質で録音する。デジタル一眼レフカメラのレンズ性能からハイクオリティな動画撮影が可能であり、ときにムービーカメラよりも良い画が録れることも多い。
音声は、SDカードにPCMで記録され、後から映像編集ソフトで動画と合わせる。「音声にこだわる人は、マイクにもこだわりが強く、DC-R302は3系統のマイク入力ライン(XLR入力)を設けました。もちろんコンデンサーマイクを接続するためのファンタム電源も用意してあります。フォステクスとしては徹底的に音質にこだわり、SDカードという録音する媒体は異なっても、いままで蓄えたノウハウを惜しみなく詰め込んだ製品です」(浦郷氏)。
「デジタル一眼レフカメラの内蔵マイクは、どうしてもズーム時のモータ音まで拾ってしまいます」(フォステクス日比野氏)。それならオプションの外付けマイクを使えば良いのかというと、そうでもないらしい。「外付けマイクを使う際、カメラに内蔵された音声処理用チップで処理するしかなく、音質としては、まずまずのものでしかありません。DC-R302を活用すれば、業界で定番のマイクを使えるなど、音にこだわる人にも満足いただけます」(フォステクス川名氏)。「マイクを3本接続できますので、たとえばステレオで背景音を拾いながら、1本でナレーションを入れるといった使い方ができます」(川名氏)。
ゼロから立ち上げた割には時間がかからなかった
DC-R302に採用されたフリースケールのKinetisマイコンについては、「OEM製品を含めて初めての採用でした。開発期間は6カ月の目標としましたが、さすがに初めてのマイコンだったので少しオーバーしました。しかし、ゼロから立ち上げた割には、時間がかからなかったと思っています」(日比野氏)。
Kinetisマイコンは、Arm Cortex-M4コアを搭載した高性能なKシリーズと、Arm Cortex-M0+コアを搭載した超低消費電力のLシリーズ、および8月に発表されたばかりのCortex-M0+コアマイコンとしては業界初※5V設計のEシリーズを汎用組み込み向けにラインアップしている。DC-R302に採用されたMK20DX256VLQ10は、KシリーズのUSBコントローラ内蔵のK20ファミリ製品である。
「一般にマイコンを変更すると製品の開発期間は1年半から2年くらいはかかってしまうことが多いのですが、6カ月ということは包括的な環境が揃っていないと難しいですね」(フリースケール古江氏)。フリースケールでは、Kinetisマイコンに向けた環境としてハードウェアとソフトウェアの包括的な環境を提供しており、それが役立ったのだろう。ちなみに、OSやミドルウェアはフリースケールのMQXソフトウェア・ソリューション、デバッグツールはIARシステムズのIAR Embedded Workbenchを活用したとのことだ。MQXは、RTOS、TCP/IP、USBスタックなどが無償で提供されるソフトウェア・ソリューションである。
Kinetisマイコンの採用理由として日比野氏は、「OEM部門でもフォステクスでも全社で使えるデバイスであること、オーディオ周りのペリフェラルが充実していること、そしてSDカードが使えたり、USBオーディオにも対応できることがあげられます」という。
Kinetisマイコンが搭載しているオーディオ・インタフェースとしてI2S(The Inter-IC Sound Bus)がある。I2Sは、チップ間でデジタル音声データをシリアル転送するための規格である。「各社のマイコンは機能面だけ見ると同じペリフェラルが入っているように見えますが、実際に組んでみると性能に差があるのも事実です。それに対して、Kinetisマイコンは性能面で高いご評価をいただいております。1チップでI2S、USB、SDHCといった機能を実現したいアプリケーションにマッチするマイコンです」(古江氏)。
Kinetisマイコンなら同じ機能で基板面積が半分以下に
フォステクスは、以前にArmコアのマイコンを採用した製品を持っている。「従来のマイコンでは、2つのSDカードインタフェースのため100ピンのQFPチップが2個必要でした。さらに、USBインタフェースのためのブリッジチップ、SDRAMやフラッシュメモリが外付けになります。Kinetisマイコンなら、同じ機能を実現しても基板面積は半分以下になると思います」(川名氏)。チップ数も6個から1個に減ることで、基板のパターン数も減り、コストや電力、輻射ノイズも減らすことが可能となる。
外付け部品が増えると、そこがノイズ源になることが多い。「Kinetisマイコンを採用したことで基板レイアウトの自由度が上がり、ノイズ対策にもメリットがありました」(川名氏)。さらに、複数必要だった電源もシンプル化できるなど、メリットは計り知れないという。「基本的なインタフェースが揃っていて、更にオーディオインタフェースまで入っているマイコンは他にはあまりありません。Kinetisマイコンはラインアップが充実しており、お客様が欲しいチップが必ず見つかります」(古江氏)。
なるべくマイコンを変更したくないという声も聞かれるが、「プラットフォームの将来性を考え、いまのうちにArmマイコンへ切り替えたいと考えるお客様からの相談が増えてきています」(古江氏)。Armマイコンに切り替えた後のメリットとして開発環境がある。「同じArmマイコンであれば、コンパイラを変えることなく対応できるという安心感はありますね」(日比野氏)という。
評価ボードとしてTower System開発ボードを活用
K20ファミリにはDSP機能もあるが、現状は使用していない。「DSP機能は音声圧縮で使うことが多いのですが、SDカードのメモリサイズが大きいため現状では必要ありません」(浦郷氏)。オーディオにおけるDSPの活用は圧縮/伸長以外にも、ハイ・パフォーマンス・オーディオもある。「どちらかというとDSP機能は、ハイ・パフォーマンス・オーディオなどで活用していくことになりそうです」(浦郷氏)。「OEMとして製品を作る場合は、OEM先の意向に従う必要があります。OEM先の意向として圧縮/伸長に対応することもあるため、現在、KinetisマイコンのDSP機能を評価しているところです」(フォスター電機 韓氏)という。
フォステクスがK20マイコンを採用したのは、Kinetisマイコンのリリース直後である。「競争力を付けるためには、他と同じものを使っていてはダメなので、あえて新しいデバイスを選びました」(浦郷氏)。「基本的に立ち上がったばかりのデバイスを採用するのには勇気が要りますが、Kinetisマイコンは取り立てて問題にする部分はありませんでした」(川名氏)という。
評価ボードは、フリースケールのTower System開発ボードを使った。Tower System開発ボードは、モジュール式のCPUボードとペリフェラルボードで構成され、オプションでWi-Fi、LCD、メモリ、AD/DA、センサ、オーディオといったモジュールが多数用意されている。「カスタムボードでOSを実装しようとすると、どうしても1人月はかかってしまうし、それで性能が出ないと目も当てられません。Tower System開発ボードならそういった心配もなく、直ぐに開発に取りかかれました」(日比野氏)。
さらに日比野氏は、「OSはMQXを採用しましたが、今後はT-Kernelの採用も考えています。それは、外部に委託する際、T-Kernelなら話が早く、有償であってもサポートが受けられることにあります」という。「フリースケールはMQXであれば無償で提供できますし、μITRONやμT-Kernelなどの商用サポートが必要な場合はOSベンダーをご紹介しています」(古江氏)。エコシステムパートナーのバックアップも万全である。
Kinetisマイコンに置き換え、小型化を実現したい
今後の展望として川名氏は、「従来マイコンを搭載しているせいでデバイス点数の多い19インチラックサイズ製品(幅482mm)をKinetisマイコンに置き換えることで、ハーフラックサイズにしたり、奥行きを小さくするといった小型化を実現していきたい」という。韓氏も、「これからも、ソフトウェアの流用性を考えると全社で同じマイコンを使いたいと思っています。基本的なライブラリは揃っているので、その上にアプリケーションを開発するだけで済みます」とのことだ。
さらにフリースケールやソフトウェアベンダーへの要望として、「Kinetisマイコン対応のミドルウェアをもっと増やしてもらいたい」(日比野氏)という。それに応えて古江氏は、「MP3等のオーディオ・コーデックやサウンド・エフェクトを開発しておりまもなくご紹介できます。具体的には、USBオーディオやポータブルプレーヤーのドックに向けたものです」と述べた。
「私の担当はDC-R302のハードウェア周りですが、Kinetisマイコンを採用したことでかなりコンパクトに設計することができました」(川名氏)。さらに浦郷氏も「DC-R302は、ずっと音にこだわってきたフォステクスの自信作です。プロ・マニアのみならず、多くの方に楽しんでいただきたい」とDC-R302への思いを語る。
最後に古江氏は、「今回のフォステクス様の事例は、Kinetisマイコンのデバイスとしての性能や機能だけでなく、ソフトウェアツールのトータル・パッケージをうまく活用していただいたと思っています。フリースケールのマイコンのメリットは、いままで周辺部品の多かったシステムの部品点数を減らし、リソースやコストをかけることなくハードウェアを開発し、さらにはソフトウェアもパッケージ化されているものを活用することで、開発TATを削減できるところです。DC-R302へのKinetisマイコンの活用は、フリースケールが理想とするものであり、今後もこういった事例を増やしていきたい」とまとめた。
今回の取材によって、Kinetisマイコンがフォステクスの音へのこだわりに大きく役立っていることを感じた。
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