Android OS搭載のスマホやタブレットをグローバルにリードするQualcommのSnapdragonプロセッサがついに汎用SoCとして提供されることになった。その第一弾がArm Cortex-A53クアッドコアベースのSnapdragon 410プロセッサを搭載した開発用ボード「DragonBoard 410c」だ。2015年11月の正式発売から当初の予想を遥かに超える出荷数を叩き出し、業界でも話題になっている。ここではQualcommの取り組みと、DragonBoardを展開する代理店のアロー・ユーイーシー・ジャパン株式会社(以下、アロー)に話を聞いた。
集合写真(左より)
クアルコムCDMAテクノロジーズ マーケティング/ビジネス開発統括部長 須永 順子 氏 ※インタビューのみ参加
アロー・ユーイーシー・ジャパン株式会社 プロダクトマーケティング部 土佐 哲也 氏
アロー・ユーイーシー・ジャパン株式会社 プロダクトマーケティング部 技術グループ テクニカルスペシャリスト 宇都宮 善 氏
アロー・ユーイーシー・ジャパン株式会社 営業部 カスタマーサポートグループ 中䑓 沙織 氏
株式会社チップワンストップ プロダクトマーケティング部 リーダー 鳥元 麻衣氏
アロー・ユーイーシー・ジャパン株式会社 営業部 カスタマーサポートグループ 竹村 佳子
アロー・ユーイーシー・ジャパン株式会社 プロダクトマーケティング部 部長 関口 慎悟 氏
目次
モバイルをリードするSnapdragon。高性能と高機能をローパワーで実現
QualcommのSnapdragonプロセッサといえばスマホやタブレット向けのSoCとして広く知られており、スマホで初めて1GHz動作を達成するなど、モバイル向けSoCの世界を常にリードしてきた存在だ。
ちなみに「Snapdragon」とは、もともとは小さな花々が連なった植物の名前で、花筒を指で押さえたときに龍(dragon)が口をパチン(snap)と開ける様に似ていることからイギリスでそう呼ばれるようになったとされる。つまりQualcommのSnapdragonプロセッサの名前には、モバイルに求められる小ささの中に、速さと強さとを兼ね備えた龍のイメージが込められていると考えることができるだろう。
Snapdragonプロセッサは、グラフィックプロセッサやイメージシグナルプロセッサを内蔵するとともに、Wi-FiやBluetoothなどのコネクティビティ機能を搭載するなど、SoCとして見たときにきわめて魅力的なスペックを備えている。
ただし、一般的なArmプロセッサとは違ってこれまでは汎用デバイスとしては提供されてこなかったため、組み込みの開発者がSnapdragonを使いたいと考えても難しかったのが実状だ。
Snapdragonの評価ボードが登場。組み込みやIoTに新しい流れを生む
そうした状況が大きく変わろうとしている。Qualcommの代理店である米Arrow Electronicsが、ミドルレンジの「Snapdragon 410プロセッサ」を搭載した評価ボード「DragonBoard 410c」を開発し、一般向けに販売を開始したからだ。日本国内ではアローが窓口となって2015年11月に販売がスタート。ボード本体の価格は11,000円と手軽に入手できる(別途、ACアダプタと変換プラグが必要)。
今までスマホやタブレットのような最終製品の形でしか触れられなかったSnapdragonが、DragonBoard 410cを買えば誰でも使えるようになったということで、新し物好きのホビーユーザーを含めて業界で大きな話題となっている。
ではQualcommとArrowはどのような狙いでDragonBoard 410cを企画したのだろうか。Qualcommの須永氏は、その背景を次のように説明する。「さまざまなセンサーや機器からデータを収集し、ネットワークを介してクラウドにデータを蓄積し、そうした大量データの分析を通じて新たな知見や価値を生み出そうとするIoTに注目が集まっています。組み込みやIoTの分野ではローパワー動作やシステムの最適化といった技術が求められますが、それらはまさにQualcommが得意とする領域にほかなりません。現在、さまざまな業界の方々がIoT市場に参入を始めており、応用も進みつつありますが、Qualcommが持つ最先端の技術を活用していただくことで、省電力はもちろんのこと、高品位な通信性能や高度な画像処理を応用した、さまざまなシステムやサービスへとつなげていただきたいと考えています。まずは開発ボードとしてDragonBoard 410cを企画し、どなたでも1台から購入できる体制をArrowと共に構築しました」。
さらに、アローの関口氏は次のように説明する。「QualcommはIoTや組み込みのマーケットにもソリューションを展開しようという大きな戦略を2015年に打ち出しました。新しい流れを生み出そうとするQualcommの取り組みに驚かれた方も多かったようです。そのスタートに当たるのがDragonBoard 410cであり、IoTや組み込みのアプリケーションは作りたいが基板設計を含めてプロセッサ周りにまで開発リソースを確保することは難しい、といったお客様をはじめとして、64ビットアーキテクチャをIoT市場に投入する新しいプラットフォームとして是非使っていただきたいと考えて開発した製品です」。
名刺サイズのボードに機能を凝縮。WLAN/Bluetooth/GPSを標準で搭載
DragonBoard 410cでまず目を引くのはその小ささだ。名刺やクレジットカードとほぼ同じ85mm×54mmと、きわめてコンパクトに設計されている。搭載されているチップセットは、Arm Cortex-A53クアッドコア、最大1350万画素のカメラ入力に対応したISP(イメージシグナルプロセッサ)、最新のAPIをサポートするQualcomm Adreno 306 GPU(グラフィックプロセッサ)などを搭載し、ローパワーとハイパフォーマンスとを両立したQualcomm Snapdragon 410プロセッサで、コア周波数は1.2GHzである。なおArm Cortex-A53プロセッサはArmv8アーキテクチャを採用しており、64ビットのAArch64命令セットと32ビットのAArch32命令セットの両方がサポートされている。
DragonBoard 410c上には1GBのLPDDR3メモリと8GBのeMMCフラッシュメモリとが標準で搭載されており、評価や試作には十分だ。ネットワーク機能としては、2.4GHzのWi-Fi(IEEE 802.11b/g/n)とBluetooth 4.1が標準でサポートされているほか、GPS機能も備えているためロケーションに応じたアプリケーションも開発できる。
外部インタフェースとしては、USB 2.0×3チャネル、40ピンの低速拡張コネクタ、60ピンの高速拡張コネクタ、マイクロSDカードスロット、HDMI 1.3(映像および音声)などがサポートされている。
「USBコネクタにマウスとキーボードを接続しHDMIコネクタにディスプレイを接続して電源を入れるだけで、eMMCフラッシュにプリインストールされているAndroid 5.1(Lollipop)が起動し、Androidアプリが並んだスマホやタブレットと同じような画面が表示されます。Androidスマホから公衆網へのコネクティビティとタッチパネル機能を除いたのがDragonBoard 410cであり、きわめて強力な評価プラットフォームといえます」と、アローの宇都宮氏は説明する。
DragonBoard 410cの基板サイズやコネクタ位置および仕様は、Armのエコシステムで重要な役割を果たしているLinaroが定めた「96Boards」における「Comsumer Edition」に準拠しているという。つまり96Boards用のメザニン・カード(中継基板)を使った拡張も可能だ。ちなみに、アローから販売される国内正規品は技適マークを取得済みである。「余談ですが、技適の認証機関の担当者から、DragonBoard 410cは電波が安定していてとてもきれいなスペクトルをしていると教えてもらいました。さすがはQualcommといったところでしょう」(アロー 土佐氏)。
Android/Linux/Windows10に対応。本体はチップワンストップで提供
DragonBoard 410cで動作が確認されているOSは、プリインストールのAndroid 5.1、Debian 8.0 Linux(jessie)、および、Microsoft Windows 10 IoT Coreの3種類である。
このうちAndroidとDebianは96Boardsのウェブから、Windows 10 IoT Coreについては、マイクロソフトのウェブからイメージやインストール手順、ドキュメント類がダウンロードできる。
また、チップワンストップのウェブサイト内にはDragonBoard 410cに関する日本語ポータルページが作られているので、そちらを参照してもよい。購入はチップワンストップを利用する。2016年3月現在での価格は、DragonBoard 410c本体が11,000円、専用のACアダプタが990円、ACアダプタの変換プラグが355円である。このほかにオプションとして、USBをUARTに変換する96Boardsアダプタが3,760円、メザニン・カードとリンカキットモジュールで構成された96Boardsスターターキットが5,030円で提供されている。(価格はいずれも1個の場合で消費税および送料別)
Cortex-A53クアッドコアを搭載。可能性を広げる64ビットのパワー
DragonBoard 410cの魅力のひとつが64ビットアーキテクチャを備えたArm Cortex-A53クアッドコアの存在だ。64ビットもの広大な仮想アドレス空間が使えるほか、たとえば汎用レジスタはAArch32では32ビット×13本が同時に使えるのに対してAArch64では64ビット×31本が使えるなど、コンパイラの最適化次第ではかなりの性能向上が期待できる。
「広いメモリ空間を扱えますからプログラミングの負荷が少なく、しかもデータの64bit化によってアプリケーションのパフォーマンスも向上します。大規模データの取り扱いも効率化できるでしょう。高度なアプリケーションが増えてくるであろう今後のトレンドにいち早く対応できたと考えています」(須永氏)。
IoTノードに64ビットアーキテクチャはオーバースペックにも感じられるが、たとえばノードをインテリジェント化しようとすればSnapdragon 410ぐらいのパフォーマンスが欲しくなると、宇都宮氏は述べる。「高精細カメラを接続し、撮影した映像データを画像処理し、さらに圧縮したのち、ワイヤレスで上位のサーバーに送りたい、といったアプリケーションには、Snapdragon 410クラスの性能が望ましいといえます」。
DragonBoard 410cのもうひとつの魅力がグラフィックス/イメージプロセッシングとコネクティビティだ。1350万画素のカメラ入力に対応したISPを内蔵。また、Qualcomm独自のGPUであるAdreno 306も内蔵、CPU/GPUと独立したビデオユニットでは1080pのHD動画のキャプチャと再生が可能だ。コネクティビティはWi-FiとBluetoothが標準でサポートされる。IoTアプリケーションではノードで集めたデータをサーバー(クラウド)に上げるところが課題のひとつに挙げられるが、DragonBoard 410cならUSBドングルなどのオプションを増設しなくても簡単に構築できる。
パートナーとエコシステムを構築し、Snapdragonの活用を磐石にサポート
QualcommおよびアローではDragonBoard 410cをあくまでも開発評価用のプラットフォームと位置づける。「Snapdragonプロセッサを製品やシステムに使いたいというお客様には、量産品質が保証されるサードパーティ製のボードを紹介したり、開発ノウハウを持つパートナーを紹介するなどして、お客様の開発をバックアップしていきます」(関口氏)。
また、組み込み分野で求められる長期供給や技術サポートについては、「組み込みマーケットにもSnapdragonを広めていこうというQualcommの戦略に沿って、アローがお客様をしっかりとサポートしていきます」と、土佐氏は明言する。
最後に須永氏は、「Snapdragon 410プロセッサが搭載されているDragonBoard 410cをAPSの読者の皆さんにまずは使っていただいて、パワフルなコンピューティング機能やコネクティビティ機能を生かしながら、次世代ロボティックス、カメラ、メディカル端末、自販機、ゲームコンソールなど、さまざまなアイディアの具現化に役立てていただければ嬉しく思います。2016年5月に東京ビッグサイトで開催されるIoT/M2M展にQualcommも出展しますので、多くの皆さんとお会いできることを楽しみにしています」と述べ、DragonBoard 410cによって広がるさまざまな可能性に期待を示した。
APS EYE’S
龍、矢の如く降臨。高嶺の花であったQualcommが、ついにArrowと共に身近になった。実績はもはや語る必要もあるまい。IoTの未来を目指す組み込みの世界で、64ビット クアッドコアの龍を使いこなす猛者の手腕に期待したい。
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