大学における研究テーマをビジネスにしようと、大学発のインキュベーションが活発化している。2004年に創業したハイボットもそのような大学発ベンチャーの一社であり、東工大の広瀬・福島研究室で培われたロボット技術をコアに、社会インフラやエネルギー・資源開発を支援するサービスロボットの商用化を進めている。これらロボットの姿勢制御や高度な動き制御を支えているのが、STマイクロエレクトロニクス(以下、ST)の「STM32」とMEMSセンサーだ。同社代表取締役のミケレ・グアラニエリ氏に取り組みを訊いた。
目次
社会インフラの点検等を行うサービスロボットを商用化
まずはじめに、ハイボットの概要を教えてください。
HiBotグアラニエリ:東京工業大学(東工大)でヘビ型をはじめとするさまざまなロボット技術の研究開発を進めてきた広瀬茂男先生(現・名誉教授)の研究成果を実用化することを目的に、大学発ベンチャーとして2004年4月に創業しました。広瀬先生、東工大の福島エドワード文彦先生(現・大学院理工学研究科准教授)、イタリアから留学していた私とブラジルから留学していたパウロ・デベネストほかが創業メンバーです。
どういった製品を手掛けているのですか?
HiBotグアラニエリ:社会インフラやエネルギー・資源開発を支援するサービスロボットの分野で世界ナンバーワンを目指して取り組んでいます。代表的な製品のひとつが関西電力やジェイ・パワーシステムズと共同で開発した高圧送電線の点検ロボット「Expliner」(エクスプライナ)です。鉄塔から鉄塔へと張られた高圧線を点検しようとすると、これまでは作業者が高所にある高圧線を這っていく必要があり、きわめて過酷な作業を強いられていました。「Expliner」は碍子(がいし)なども自動的に乗り越えながら、送電線を自走して表面状況や外径寸法を測定するサービスロボットで、地上からリモートで点検が可能です。また、配管やダクト内を点検する「ACM-R4H」や「Pipetron」などのヘビ型ロボット、東日本大震災の際に消防庁に提供した水中ロボット「ANCHOR DIVER IV」など、数多くのロボットの商用化を進めています。
ST立薗:ロボットと一口に言いますが、生産ラインで活躍する溶接ロボットや組み立てロボットなど、いわゆる産業ロボットをはじめ、ヒューマノイド型(ヒト型)ロボットもあれば、玩具のようなロボットなどもあります。ハイボットが手掛けるようなサービスロボットは、これまではどちらかというと研究や実証実験レベルでの取り組みが多かったはずで、その意味で実用化を前提とするハイボットの取り組みはとてもユニークだと感じています。なお、当社の実績でいうと、岐阜県情報技術研究所が開発した水田用小型除草ロボットの「アイガモロボット」の制御部に当社のSTM32F103を採用していただいているほか、イタリア工科大学や早稲田大学のヒューマノイドロボットなどでの採用が挙げられます。
STのArmマイコンを複数搭載してロボットを制御
ハイボットのロボットにはSTのマイコンが採用されていると伺っていますが、両社のお付き合いはいつ頃から始まったのですか?
STバルトロメオ:7年ぐらい前のことだったと思いますが、イタリア大使館で行われた技術ミーティングで、ミケレと知り合ったのが最初ですね。実際にビジネスが始まったのは4年か5年ぐらい前です。
HiBotグアラニエリ:モーター制御や姿勢制御などを行うために、ロボットに組み込むマイコンにはそれなりのパワーが必要で、当初は日本産のマイコンを使っていたのですが、いずれはArmマイコンを使いたいと考えていたんです。そこでルカに頼んで、STから評価ボードやサンプルなどを提供してもらいました。
脱線しますが、お二人はいつも何語で会話されているのですか?
STバルトロメオ:もちろんイタリア語ですよ(笑)。外国人が入ると英語で話しますし、今日のような席では日本語で話します。
HiBotグアラニエリ:普段は、よくサッカーの話をしていますね。ナカータ(中田英寿)は、引退してしまいましたが今でも好きな選手です。
話を戻して、グアラニエリさんはArmマイコンを使ってみたかったと言われましたが、その理由は何ですか?
HiBotグアラニエリ:ヘビ型ロボットなどは実装スペースにそれほど余裕がなくて、小型化がいつも課題になっていました。またローパワー化も必須です。一般にArmマイコンは搭載されているペリフェラルが多く、パッケージも小さいため、さまざまな用途で活用できるだろうと。また、ヨーロッパではArmの実績が多いこともポイントでした。ただ、ハイボットが製品開発を始めた頃、まだ日本ではArmがそれほど有名ではなかったこともあって、当初開発した製品の一部には日本産マイコンを採用していますが、いずれArmに一本化していきたいと考えています。
今はどこにどのマイコンを使っているのですか?
HiBotグアラニエリ:水陸両用のヘビ型ロボットである「ACM-R5H」の場合では、メインコントローラにCortex-M4ベースの「STM32F4」(168MHz)を使い、各関節部分のモーター制御用にCortex-M3ベースの「STM32 F3」(72MHz)を使って、それぞれをCANバスで接続しています。
ST立薗:送電線を点検する「Expliner」には何をお使いですか?
HiBotグアラニエリ:メインは「STM32 F4」です。モーター制御には日本産マイコンを使っていますが、いずれはCortex-M0ベースの「STM32 F0」(48MHz)などに切り替えていく予定です。
ST立薗:東日本大震災の海中探索でも使われたという水中ロボット「ANCHOR DIVER IV」にも当社製品が搭載されているのでしょうか?
HiBotグアラニエリ:はい、STM32F407を採用しています。
ST立薗:STM32を含む弊社のマイコンは、ワールドワイドで2万4千社以上のお客様から幅広いアプリケーション向けにお使いいただいている、採用製品の裾野の広いプラットフォームですが、そういう用途に使われていることは、われわれとしても非常に光栄に思います。
充実したライブラリの提供がST選定の決め手に
Armマイコンはいろいろなベンダーから出ていますが、STのマイコンを採用された理由を教えてください。
HiBotグアラニエリ:以前、別のプロジェクトのモーター制御に「STM32」を使ったことがあって、信頼できるという印象を持っていました。とくにモーター制御関連のライブラリが充実しているところが決め手のひとつになりました。
ST佐々木:開発には当社のモーター制御ライブラリを使われたのですか?
HiBot持田:はい。私は制御ソフトウェアの開発を担当していますが、「STM32」は全ペリフェラルのドライバとサンプルコード (C言語) がライブラリとして提供されるので、短時間で開発を進められるところはとても助かりました。ライブラリのサポートがないと、リソースの少ない当社では開発が難しかったと思います。
ST佐々木:私どもは「標準ペリフェラルライブラリ」と呼んでいますが、モーター制御をはじめとしてさまざまな機能ライブラリを無償で提供している点はSTのアピールポイントのひとつで、充実度でも他社を上回っていると自負しています。実際にお使いになってみていかがでしたか?
HiBot持田:我々が必要とする機能のほとんどが揃っていると感じました。
「標準ペリフェラルライブラリ」があるがゆえに「STM32」の採用に至った事例は多いのでしょうか?
ST立薗:選定のポイントとなるケースはかなり多いです。たとえば2ヶ月での試作完了を予定していたプロジェクトが、「標準ペリフェラルライブラリ」が充実していたおかげで1ヶ月ぐらいで終わった、というお客様もいらっしゃいます。
「STM32」の性能面はいかがでしたか?
HiBot持田:Arm Cortex-Mプロセッサは今まで使ってきた日本産マイコンに比べて処理性能は高いので性能面ではまったく問題ありませんでした。なお、それほど大規模なソフトウェアを載せているわけではないので、OSは搭載していません。
ST佐々木:最近では「STM32」はファミリの品種数が500を超え、さらに拡大しています。性能面や機能面を含めて、1つのプラットフォームで8bitマイコン向けの要件からDSP処理まで、どんな用途にも幅広く使っていただけるものと考えています。
ロボットの姿勢検知や動き制御にSTのMEMSセンサーを搭載
STはいろいろなセンサーデバイスも提供していますね。
HiBotグアラニエリ:ヘビ型ロボットの姿勢検知や、送電線点検ロボット「Expliner」が碍子をまたがるアクロバティックな動きの制御には、さまざまなセンサーが必要です。先ほども述べたようにマイコンを含めてコンパクトに実装したいと考え、この分野で実績と定評のあるSTのジャイロセンサー、加速度センサー、地磁気センサーなどを使っています。
STバルトロメオ:MEMSセンサーはSTの強みのひとつであり、世界トップクラスのマーケットシェアを誇っています。「STM32」や先ほど出た「標準ペリフェラルライブラリ」に加えてMEMSセンサーも取り揃えていますので、ロボティクスやメカトロニクスに最適なソリューションをシステムとしてトータルに提供することができます。
Armマイコンとセンサーの両方をSTから調達される事例は多いのですか?
STバルトロメオ:そういったお客様のニーズは増えてきています。モーションセンサーの出力にカルマンフィルターなどを適用し精度の高い動き検出や予測を実現する「iNEMO Engine Sensor Fusion Suite」ソフトウェアをはじめとしてさまざまなファームウェアを用意していることも、採用の決め手になっています。
ST佐々木:当社のセンサーデバイスは基本的にI2Cバスからデータを読み込む形なので、アプリケーションに応じてカスタマイズするのも簡単なんです。
HiBot持田:開発で課題になったのは「STM32」と日本産マイコンを混在させた環境でCANバスの設定がうまくいかなかったところぐらいで、センサーデバイスからの読み込みや使いこなしはとくに問題にはなりませんでした。
そのほか、開発の苦労があればお聞かせください。
HiBot持田:私はこれまでデジタル家電や携帯電話など、物理的に「動かない」製品の組み込みソフト開発を担当してきた経験があるだけだったので、モーターが組み込まれた「動く」ロボットの開発を担当した当初は、なかなかうまく制御できないという苦労はありました。メインのマイコンのCANバスに、関節のモーター制御マイコンを一つつないでは動かし、次に二つつないでは動かしと、順に進めていきました。
HiBotグアラニエリ:開発のはじめの段階ではヘビ型ロボットが元気に動き回るので、手なずけるのに苦労しましたね(笑)。
世界ナンバーワンを目指してロボット技術で社会に貢献
ハイボットは東工大発のベンチャーとして生まれましたが、そうした起業やインキュベーションをサポートする施策があれば教えてください。
STバルトロメオ:STでは「ユニバーシティプログラム」という取り組みを進めていて、将来性のある研究テーマに対して、サンプルやトレーニングの無償提供を行っています。例えば、早稲田大学ヒューマノイド研究所とのパートナーシップでは、学生をインターンとして当社で受け入れる取り組みも始めました。第二第三のハイボットが生まれてくることを期待しています。
ST立薗:STでは既に展開中の低価格評価ボードDiscovery Kitに加え、Arm mbedおよびArduino接続に対応したSTM32 Nucleoボードを発表し、今後すべてのSTM32マイコン・シリーズに展開予定です。また、ピン配置設定およびペリフェラル初期設定ファイルの自動生成が可能な無償PCソフトウェアSTM32 CubeMXを用意しています。これらのツールがより幅広い製品分野でのSTM32ファミリの採用を後押しし、ベンチャー企業のアイデアの具現化に貢献できれば、本当に嬉しいですね。
グアラニエリさんは母国を離れて日本で起業されたわけですが、大学の研究テーマをビジネスにするという経験をお話ください。
HiBotグアラニエリ:東工大に留学していた頃からロボット技術で人を助けたいという想いを抱いてきました。会社として利益はもちろん出していかないといけませんが、高齢者の支援であったり、災害救助支援であったり、ロボット技術を通じてさまざまな点で社会に貢献していきたいと考えています。もちろん起業にはリスクもありますし、創業直後は経営が安定しないかもしれませんが、若い人たちはやってみたいことがあるのならチャレンジすべきだと思います。私たちのそうした気持ちを感じてくれるのか、ハイボットに入りたいという学生も増えています。
日本をはじめとして各国ではインフラの老朽化が課題になっており、ハイボットが手掛けるサービスロボットに対するニーズもますます高まってくると思われます。今後のご発展を祈念しています。今日はどうもありがとうございました。
こちらも是非
“もっと見る” インタビュー
パナソニックが電動アシスト自転車にSTM32を採用。タイヤの空気圧低下をエッジAIがお知らせ
国内の電動アシスト自転車市場で圧倒的なシェアを誇るパナソニック サイクルテック。同社が新たに開発したのが、タイヤの空気圧低下をAIで推定する「空気入れタイミングお知らせ機能」である。パンクの原因にもなる空気圧低下を乗り手に知らせて、安全性と快適性を高めるのが狙いだ。アシスト用モーターの制御とAIモデルの実行にはSTのSTM32マイコンを採用した。開発の経緯や仕組みについて話を聞いた。
顔認証端末「Noqtoa」の高性能を支えるi.MX 8M Plusプロセッサ~内蔵NPUが0.2秒のレスポンスを実現~
NXP Semiconductorsのi.MX 8M Plusアプリケーション・プロセッサとサイバーリンクのAI顔認証エンジンFaceMeで構成した宮川製作所の顔認証端末「Noqtoa(ノクトア)」。i.MX 8M Plusの特徴のひとつであるNPU(ニューラル・プロセッシング・ユニット)を活用して、人物の顔の特徴量抽出を高速化し、1万人の登録に対してわずか0.2秒という顔認証レスポンスを実現した。宮川製作所で開発を担当したお二人を中心に話を聞いた。
ウインドリバーが始めた、Yocto Linuxにも対応する組み込みLinux開発・運用支援サービスとは?
リアルタイムOSの「VxWorks」やYocto Projectベースの商用組み込みLinuxである「Wind River Linux」を提供し、組み込みOS市場をリードするウインドリバー。同社が新たに注力しているのが組み込みLinuxプラットフォームソリューションの開発と運用の負担を軽減するLinux開発・運用支援サービスの「Wind River Studio Linux Services」だ。