デジタルスチルカメラ(以下、デジカメ)の市場は、年々拡大し、多様な製品がマーケットに溢れている。メーカ各社は凌ぎを削っており、さまざまな特長を持たせた製品を展開。パナソニックもその一社だ。同社のデジカメであるLUMIX(ルミックス)は、後発ながらミラーレス一眼ではシェアを三分するまでになっており、最新製品の交換式ズームレンズは、世界初の電動ズーム機能を搭載。交換レンズも多数ラインアップしている。この交換レンズに東芝のTX03シリーズが採用された。ここでは、LUMIXの魅力、TX03シリーズ採用によるメリットなどを聞いた。
目次
いち早くミラーレス一眼デジカメを市場投入
デジカメを大別すると、コンパクト型とレンズ交換型に分けられる。これは従来からの銀塩カメラも同じである。コンパクト型は、小さなボディにレンズを収めたもので、近年、低価格化が著しい。レンズ交換型は、中級機や高級機に多く、さらに一眼レフ型とミラーレス型に分けられる。一眼レフ型は、レンズからの光をミラーで反射させてファインダーで覗くことができるもので、そのミラーを跳ね上げることで撮影を行っている。見たままを撮影できるなど大きなメリットがある反面、ミラー機構が容量を取るためボディが大きくなってしまう。
ミラーレス型は、このミラーを取り除くことでボディサイズを小さくしたものだ。ミラーを無くすことで、ボディ裏側のディスプレイに撮影対象を表示している。ボディはコンパクト化できるが、そのトレードオフとしてミラー型よりオートフォーカス(以下、AF)が遅くなりやすいデメリットもある。
パナソニックのLUMIXは、これらミラーレス一眼のデメリットを解消した画期的な製品として誕生。カメラメーカとしては後発ながら、2008年にいち早く「Gシリーズ(LUMIX G)」で、ミラーレス一眼を投入しミラーレス一眼市場を開拓した。「従来からコンパクトデジカメは手がけてきましたが、カメラメーカとしてやっていくなら一眼レフをやらなければダメだ」(パナソニック 中島氏)そんな思いから参入を決めたという。2006年のことだ。「フォーサーズというオープンな規格グループに入って開発したのがL1、L10というミラー型一眼でした。これはしっかりした一眼レフデジカメだったのですが、一方でなんでこんなに大きいんだ、と感じていました」(中島氏)。ミラーボックスの容量がかさんでいるからだ。
そこでミラーレス型を開発してみようと思ったという。ミラーを省くということは、光学ファインダーを無くすことになり、AFの遅さや画角などに問題が生じてしまう。AFには、コントラスト方式や位相差方式など、いくつかの方式がある。一眼レフ方式では位相差方式を採用している機種が殆どである。コントラストAFは、ピントレンズを動かしながら明暗差(コントラスト)が大きなところを探してピントを合わせるもので、一般に位相差AFと比べてフォーカスに時間がかかってしまう。パナソニックでは、コントラストAFでも最速0.2秒以下(2008年当時)という位相差AFに匹敵する短時間でのAFを実現した。
このコントラストAFの高速化や高精細ファインダーの搭載などによってミラーレス型のデメリットを解決した「Gシリーズ」を発売するに至ったのである。
一眼レフの黒い、重い、難しいというイメージを変えよう
パナソニックは2002年に小型高倍率モデルのFZ1を商品化し、2003年以降、業界で初めて小型コンパクトデジカメに手振れ補正機能を搭載するなど、着実な発展を遂げてきた。「パナソニックのデジカメの特長として、非球面レンズの採用、画像処理エンジン(ビーナス・エンジン)、手振れ補正が挙げられます」(パナソニック 山根氏)という。
非球面レンズは、ムービーや光学ピックアップ用として多くのノウハウがあったことからパナソニック内部で開発された。画像処理エンジンはデジカメの肝となる部分である。他社製品では、半導体ベンダと共同開発したものや外部調達のものが多く見られるが、パナソニックでは自社製を採用している。「カリスマ画質のビーナス・エンジンとして皆さんに覚えていただきたい」(中島氏)という。さらに手振れ補正は、光学式手振れ補正ジャイロ(O.I.S:Optical Image Stabilizer)を採用した。また、夜景撮影などでは「おまかせiAモード」も備えているなど、手軽にプロ顔負けの写真を撮れるようになっている。
一眼レフは、黒い、重い、難しいというイメージがある。「一眼レフの難しいというイメージを『おまかせiAモード』や『手振れ補正』などで払拭しました。手振れ補正はムービーの技術を発展させたもので、初めから動画を意識していました」(中島氏)。デジカメ市場は成熟し、スマートフォンなどカメラ以外の製品でも、最近では高画質の静止画やHD(High Definition)画質の動画が撮れるようになっている。「こういった現状に向けてパナソニックでは、コンパクトモデルにおいては高付加価値の強化、一眼では商品陣容、基本性能の徹底強化で市場の拡大を牽引、さらに交換レンズではラインアップ強化と特長あるレンズの創出などを行っていきたい」(中島氏)という。
電動ズームレンズを搭載した「Xレンズ」シリーズ
現在、ミラーレス一眼として、GX1、GF3、GF2、GH2、G3、G2をラインアップしている。交換レンズは、これまでに、年に3本程度商品化し、現在、マイクロフォーサーズ仕様レンズとして合計14本までラインアップが拡大してきた。マイクロフォーサーズはフォーサーズを発展させたマウント規格であり、パナソニックのミラーレス一眼に採用されたものである。交換レンズの最新版が、「Xレンズ」シリーズである。H-PS14042(LUMIX G X VARIO PZ 14-42mm/F3.5-5.6 ASPH./ POWER O.I.S.)とH-PS45175(LUMIX G X VARIO PZ 45-175mm/F4.0-5.6 ASPH./ POWER O.I.S.)の2本をリリースしたばかりだ。
この2本の「Xレンズ」には、レンズ交換式デジタルカメラ用ズームレンズとして世界で初めて電動ズームレンズを搭載。高性能化と小型軽量化を同時に実現し、被写体の持つ質感を最大限に引き出す描写性能を追求、という特長を持つ。電動ズームは、レバー操作で構図決定がしやすく、多段速ズームで快適なズーミングができ、動画撮影中に起こりやすいズーミング中の像揺れを低減できるなど多くのメリットを備えている。ちなみに、14-42mmのH-PS14042はDCモータ、45-175mmのH-PS45175はステッピングモータを採用した。
さらに、交換レンズに初めて「POWER O.I.S.」を搭載することで手振れ補正効果を強化している。毎秒4000回のブレ検知を行うことにより、高周波域(早く、小刻みな手振れ)に加え、低周波域(大きく、ゆっくりとした手振れ)に対し、手振れの検知精度を向上させたもので、ズーム使用時の大きなブレにも効果を発揮。手持ちでもぶれることなく、きれいに撮影することを可能とした。14-42mmのH-PS14042には、レンズ筐体機構に沈胴式を採用しており、小型化や薄型化を実現。45-175mmのH-PS45175は、全長固定の90mm、外径はわずか61.6mmのスリムな望遠ズームレンズとなっている。これら「Xレンズ」に東芝のTX03シリーズ(TMPM341FDXBG)が採用された。
電動ズーム、AF、絞りなど複数モータの同時処理が必要
TX03シリーズの以前に使用していたマイコンは、性能やタイマ数の不足、ソフトウエア開発の困難さなどの課題があった。「以前のマイコンは、いままで使用してきた交換レンズのファームを単純に置き換えて同等の動作をさせることができるのか、将来の交換レンズの性能アップと新機能に対応できるのか、など多くの不安がありました」(山根氏)という。具体的には、ROM/RAMサイズ、動作クロック、周辺ASICとの高速シリアル通信、動画対応(ウォブリング駆動など)ができるかどうかだ。
TX03シリーズは、従来の交換レンズのファームを単純に置き換え、同等の動作をさせることができ、なおかつROM/RAM容量と処理時間に余裕があったため今後の性能アップに対応できることが導入の決め手になったという。加えて、コストパフォーマンスが良いことも大きく後押しした。「コントラストAFでは、ボディとレンズの情報伝達のやり取りをいかに速くするかがポイントとなること、電動ズームが入ることから、もっと速いAF性能が要求される点など、それに対応できるマイコンを探しました」(中島氏)。
新しい交換レンズには、電動ズーム、AF、絞り、手振れ補正などに複数のモータが搭載されている。「複数のモータを制御するにはマイコンに大きな負荷がかかります。これだけの負荷だと従来のマイコンでは実現できませんでした」(山根氏)。採用したTMPM341FDXBGは、CPUコアにArm Cortex-M3を搭載、高速12ビットADコンバータ(ADC)を内蔵し最短1μ秒での変換を実現、さらには東芝NANO FLASHテクノロジーによる最大512KBのFlashメモリと最大32KBのRAMを内蔵するなど、高性能なマイコンである。
交換レンズに必要な周辺機能が実装されていることを評価
Cortex-M3は、低消費電力プロセッサで有名なArmコアアーキテクチャであり、マイクロコントローラ向けに命令をコンパクト化しており、高速応答対応の割り込みができる。しかし、Cortex-M3を搭載したマイコンならば東芝以外からも提供されているのに、なぜ東芝製なのか。それは、東芝が長年マイコン事業を展開してきた実績と、豊富な周辺機能が用意されているからだという。ROM/RAM容量アップ、タイマや12ビットADCに加えて、2相パルスカウンタ、高速シリアル通信など、交換レンズに必要な周辺機能が実装されていたり、従来のマイコンより小さいパッケージサイズになっているなど、交換レンズに向けた仕様になっていることが評価された。「Cortex-M3搭載もさることながら、周辺機能が充実していることが採用のポイントでした」(パナソニック 多賀野氏)。
これらの仕様は、交換レンズの今後の展開にとっても必要となるという。ちなみに、今後の「Xレンズ」シリーズとして大口径標準と大口径望遠の2製品が開発発表されており、これらにもTX03シリーズが採用される予定である。「TMPM341FDXBGは、パナソニック様からの色々な要求を取り入れたことで交換レンズ用マイコンとしての応用に適した製品になっています」(東芝 三谷氏)という。
マイコンでは、①カメラボディからの動作指示を受ける通信処理制御、②AFレンズ駆動制御、③絞り駆動制御、④手振れ補正制御、⑤電動ズームレンズ駆動制御など多くの制御を行っていることからも高性能なものが必要となる。交換レンズは、マイコンとレンズ制御LSIという2つのチップで制御されている。ちなみに、周辺回路のハードウエアとしてシリアル、タイマA/D、パラレル・バスなどは、すべてそのまま流用することができた。
TX03でなければレンズの小型化を実現できなかった
TMPM341FDXBGは、レンズの小型化にも貢献している。「タイマの数や割り込みの数、ROM/RAMの容量など、カメラ市場に合わせてもらい満足しています。しかも、従来のマイコンからROM/RAM容量を倍増したのにも関わらず、わずか6mm角(従来マイコンは8mm角)と小さくしてもらえました。TX03でなければ、レンズの小型化を実現できませんでした」(パナソニック 北村氏)ということだ。
限られたメモリの中にいかに多くの機能を搭載できるかポイントになるのがコード効率であろう。「今回は以前のマイコンよりもROM/RAMを増やしていただいたため、正直あまりコード効率は気にしませんでした。一般にArmはコード効率が高いといわれているので、今後はより詰めていけることに期待しています」(パナソニック 田村氏)という。「開発環境は海外メーカ製ということで多少の不安はあったのですが、プロジェクトの立ち上げ方法から指導して頂いたため、事前検討もスムーズに行うことができました」(パナソニック 河原氏)。さらに、Arm統合開発環境の疑問点などについては、一括して東芝が窓口になって対応したことで大変助かったという。
「採用された海外メーカ様は東芝のオリジナルマイコンからお付き合いをしているパートナーの一社です。お客様には安心して使って頂けるために、パートナー様とはさらに連携を強化していきます。カメラ応用マイコンは当社の注力した応用分野の一つであり他の注力応用分野同様に差別化したIPおよび、お客様への技術サポートに投資を継続していきます」(三谷氏)。
OSは、東芝情報システムのμITRON4.0仕様に準拠したUDEOS4を採用し、言語はANCI Cを使用した。「現状ではOSは必須となっています。ボディとの通信や多くのモータを同時に制御するなど割り込みのレスポンスがポイントとなります」(多賀野氏)。Armコアとしては多重割り込みの方が性能を出せるのだが、流用したソフトウエアが多重割り込み禁止となっていた。東芝情報システムの方でレジスタ設定だけで、多重割り込み有り無しの設定をできるように対応したという。
今後も世界初の技術を搭載した製品開発をしていきたい
TX03シリーズの導入メリットとして、開発効率の向上や製品性能の向上があった。新規にマイコンを導入する際には、開発効率などさまざまな点が気になるものである。開発環境についてのサポートに加え、ソフトウエア開発におけるマイコンの疑問点についてもソフト/ハード担当者が即座に対応したことで、製品のベースソフトも効率良く開発することができたという。
製品性能については、①ROM/RAMサイズ倍増や動作クロックアップによって処理性能を上げ「電動ズームへの対応やAFの高速化など製品性能の向上に貢献」、②小型パッケージサイズでは「実装基板を小型化でき、交換レンズ鏡筒の小型化に貢献」、③東芝による低消費電力化方法の提案による「高性能化にも関わらず、従来同等の消費電力を実現」などがある。これらによって、高性能かつ世界初の電動ズーム交換レンズを商品化することができたのだという。「パナソニックでは、システムの起動やAF、その他多くの機能で業界トップのレスポンスを実現したいという目標があります。そこで必要となるのが、マイコンのレスポンスの高さです」(山根氏)。TX03シリーズはその目標達成のための強力な武器となっている。
今後の展開として、前述のベースソフトを基に機種展開を行う予定で、さらに開発効率が向上できると考えているという。「開発環境として特に期待をしたいのは、仮想動作モデルを用いたものです。組み込みソフトの開発は、実機を用いた開発が基本となります。しかし昨今、開発サイクル短縮を求められており、試作を行う前からのソフトウエア開発が重要になってきています」(多賀野氏)。
製品開発について山根氏は、「マイコンベンダにどれだけサポートして貰えるかがポイントです。東芝さんから、しっかりサポートいただけたことは、厳しい開発日程の中、TX03シリーズを導入するにあたり本当に助かりました」という。さらに、今後はTX03シリーズが、他社製品を含め多くの製品への採用が進むことで、よりコストダウンが進むことに期待しているとのことだ。「東芝としては、さまざまなアプリケーションに特化しつつ、なおかつ汎用性のあるマイコンを提供していきます。今後もカメラへのご期待にお応えし続けていきます。さらに、初心者の方、レベルアップしたい方に東芝の無料セミナーTX03シリーズを用意し、東芝の安心サポートを充実させていきます」(東芝 中濱氏)。
最後に中島氏は、「今後もパナソニックは、世界初の技術にこだわった製品開発を行っていきたい」とまとめた。東芝は、そのためのパートナーとして今後も大きく貢献していくであろう。
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