一眼レフカメラの交換レンズのサードパーティベンダーとして長年業界をリードしてきたシグマ。手ぶれ補正機能を搭載した最新レンズである「SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM」「SIGMA 24-105mm F4 DG OS HSM」、さらにレンズのカスタマイズに使用する「Sigma USB DOCK」に東芝セミコンダクター&ストレージ社(以下、東芝)のArm Cortex-M3搭載マイコン「TX03シリーズ」が採用された。ここでは、各レンズの特長などに加え、採用のメリットなどを聞いた。
目次
創業当時から各メーカーのカメラに向けた交換レンズを用意
一眼レフ型カメラのブームから交換レンズの需要も増えている。「カメラがデジタルになったことから、一眼レフ型の買い替え需要にともない交換レンズのマーケットも大きくなっています。」(シグマ成田氏)。
交換レンズはカメラメーカー以外にも、サードパーティベンダーからも提供されている。シグマもその一社で1961年の創業当時から、各メーカーのカメラに向けた交換レンズの開発、製造、販売を行ってきた。さらに、イメージセンサまで自社開発したデジタルカメラとその周辺機器も開発、製造、販売している。
シグマはオートフォーカス(AF)レンズとして、APS-Cサイズ相当のイメージセンサに合わせて設計した高性能レンズである「DCシリーズ」、35mm判フルサイズに対応した高性能レンズ「DGシリーズ」、ミラーレス一眼カメラ専用高性能レンズ「DNシリーズ」など多くの製品をラインアップしている。
近年、カメラは著しい進化を遂げ、AF、絞りの自動化、手ぶれ補正などの対応が当たり前となった。それらの機能は、ボディとレンズ間で通信し、協調して実施している。「ボディとレンズ間の通信も日々進化しており、通信速度の向上やデータ量は増大が図られています。高性能な交換レンズやデジタルカメラをユーザーに提供するためにも、ハイスペックなマイコンが必要となっています」(成田氏)という。
ボディでのArmコア採用実績からM342をレンズに採用
シグマの交換レンズの中でも手ぶれ補正機能を搭載した最新機種である「Sigma 17-70mm F2.8 – F4」および「Sigma 24-105mm F4」に東芝のArm Cortex-M3搭載マイコン「TMPM342FY」が採用された。レンズのカスタマイズに使用する「Sigma USB DOCK」には、「TMPM365FY」が採用されている。
シグマとArmコアの出会いは、カメラボディからだ。「ボディではすでに採用実績があったのでレンズでも安心して採用を決めました」(シグマ高橋氏)。「Sigma 17-70mm F2.8 – F4」は、 同一の焦点距離の製品としては3世代目であり、手ぶれ補正機能付の交換レンズとしては小型化を実現している。
「Sigma 17-70mm F2.8 – F4は、マクロ撮影にも強くなっています。マクロレンズと合わせて2本持っていくゆとりがないときに重宝するのではないでしょうか」(高橋氏)。「最短撮影距離が22cmであり、70mm時はレンズ先端から約5.5cmまで被写体に寄ることができます。コンパクト型を使っている方でも違和感なく使えます」(シグマ藤繁氏)。カメラにはじめから装備されているレンズキットでは、少し物足りないというユーザーに向けたものとなるという。
「Sigma 24-105mm F4」は、35mm判フルサイズで要望の多い高倍率と高性能を両立した製品であり、近年のデジタルカメラの高画素化に耐えうる画質を実現しているものだ。「APS-Cサイズ相当のレンズの場合、35mm判フルサイズのイメージセンサでは、周りにケラレが出てしまいます。35mm判に対応しつつ、ズーム性能を出すのは困難なのですが、「Sigma 24-105mm F4」は、当社の技術を駆使して相反する性能を両立したものです」(藤繁氏)。ハイアマチュアやプロに向けたレンズである。
「Sigma USB DOCK」は、ピントの微調整など、交換レンズの機能をユーザーの好みにカスタマイズできる。「基本的に出荷時がベストになっていますが、あえて自分好みにカスタマイズしたいというご要望に応えたものです」(高橋氏)。
レンズの各種制御に特化した機能を豊富に搭載
シグマの両レンズに採用された東芝の「TMPM342FY」は、Arm搭載汎用マイコンでありながらカメラレンズの制御に特化した各種機能が搭載されているASSP(Application Specific Standard Product)マイコンである。
CPUコアにArm Cortex-M3/40MHz、周辺機能としてサーボエンジンPSC(Programmable Servo / Sequencer Controller)、アナログ制御インタフェース、高分解能PPG(Programmable Pulse Generator)出力、高速シリアル通信、2相パルス入力カウンタなどを搭載している。
サーボエンジンPSCは、CPUコアとの並列処理により、光学手ぶれ補正で用いられるPID(Proportional Integral Derivative)制御の高速化と低消費電力化を実現する。しかも、制御内容をソフトウェアでフレキシブルに変更でき、システム開発期間の大幅な短縮を実現できる。高分解能PPG出力は、高分解能6nsec、±90°可変位相差出力対応可能なPWM(Pulse Width Modulation)タイマの内蔵により、超音波モータなどの駆動も可能とする。
ボディがマスタでレンズがスレーブとなる
「ボディがマスタでレンズがスレーブとなり、ボディの指示にレンズが従うのが基本です」(成田氏)。処理の流れとして、まず通信がある。「ボディからレンズに対して、撮影したファイルにも記録される焦点距離や絞り値などの各種情報を聞いてくるので、それに答える通信を行っています」(成田氏)。絞り制御は、ボディのマイコンからレンズ側のマイコンに対して絞りの駆動量が送られるので、レンズはステッピングモータで指示された量だけ絞りを絞る。フォーカス制御は、ボディからレンズに対してフォーカスの駆動量が送られてくるので、HSM(Hyper Sonic Motor:超音波駆動モータ)を駆動させ、指定分だけ駆動させる。
手ぶれ補正は、ボディから手ぶれ補正の開始/停止の指令が送られてくるので、レンズ鏡筒に搭載しているジャイロセンサ(角速度センサ)からぶれデータを取得する。そのデータから手ぶれ補正のためのレンズの移動量を決め、VCM(Voice Coil Motor:電磁コイル)で移動させる。
実際の撮影時には複数の処理を同時並行的に実施
実際の撮影時には、これらの処理を同時並行的に行うことになる。「実際の絞りの状態でライブビューしながら、フォーカスや手ぶれ補正を行うというのがマイコンへの負荷が大きくなる一例です。それら並列処理を破綻なく行うためには、それなりのノウハウが必要です」(藤繁氏)。
「東芝としては、レンズの動作を意識してPSCを作りました。CPUとは完全に独立し、処理の分散が可能であるのと同時に、動かしたいときだけ動作し、不要な時は完全に止まる消費電流削減の対策もしています」(東芝徳山氏)。
「手ぶれ補正はジャイロセンサや位置センサ(ホールセンサ)からの信号で常に動作させておく必要があります。そこで低消費電力かつ非同期での動作が可能なPSCにて動作できるようにしました」(東芝有賀氏)。
アナログ関連のペリフェラルも充実させた。「シグマ様と一緒にレンズ向けに必要なペリフェラルを企画し充実させました。たとえば、シグマ様からのご要望に合わせ16ビットの分解能を持つA/Dコンバータを搭載しました。さらに、センサアンプやステッピングモータドライバを内蔵することで、外付け部品を減らし、基板面積の削減を図れるようにしました」(有賀氏)という。
「A/Dコンバータは、ジャイロセンサからの信号入力に使っています。手ぶれ補正の精度を上げるには、手ぶれデータの大元となるジャイロセンサからの信号の分解能を上げておくことが必要となります」(藤繁氏)。
部品面積で約30%を削減
「TMPM342FY」の採用により、部品面積で30%ほど大幅に削減できた。「最近のレンズは小型化が進んでいるため、基板サイズの小型化が求められています。光学設計の立場からするとレンズを縦横無尽に動かしたいというニーズがあります。しかし、レンズというひとつのパッケージとしてまとめる場合、基板やアクチュエータ、センサなどと場所の取り合いになってしまいます。そのため、基板面積は小さいほど喜ばれます。また、ドライバやセンサ関連の回路をMCD(Motor Control Driver)で補えたのは大きいと思います」(藤繁氏)。
さらに、HSMや手ぶれ補正の性能も向上した。「HSMは、35KHzから70KHz程度の信号を回路に流して制御しています。「TMPM342FY」の16bitタイマは、以前のマイコンと比べてデューティ比を自由に調整できるなど、自由度が高い制御ができます。結果として滑らかな制御ができ、お客様にとって使い勝手の良い製品に仕上げることができました」(藤繁氏)という。
さらに、Cortex-M3のコアが想像以上に処理能力が高く、特にFPU(浮動小数点演算)や割り込みにかかる速度が速かったという。「浮動小数点演算が手ぶれ補正の計算に必要です。しかし、浮動小数点演算にしてしまうと処理が遅くなりがちですが、「TMPM342FY」ではそれが高速に処理されるので助かりました」(高橋氏)。
東芝の持つペリフェラルやサポートを高く評価
RTOS(リアルタイムOS)は、機能ごとにタスク分割を行い、マルチタスク化を実現するためμT-Kernelを採用した。言語は、一部アセンブリ言語を含んでいるが、基本的にC言語を用いている。
成田氏は、東芝のサポートを高く評価している。開発環境とデバッグツールはIARシステムズ社のEmbedded Workbench for Armを使用している。「ツールについては、東芝さんと主にやり取りしていました。デバイス以外の部分でも、東芝さんには大変良くサポートしていただきました」(成田氏)という。
さらに、「PSCはアセンブラのため、初めは戸惑いもあったのですが、東芝さんが効率的なコーディングなども含めて一緒にやっていただきました」(成田氏)。「PSCは単なるコプロセッサではなく、ハード演算器の代わりとなるもので、高速処理を意識してアセンブラを用いています。お客様が容易にご利用できるように、お客様の欲しい機能をリファレンスとして検証し、サンプルソースとしてご提供させていただきました」(徳山氏)。
さらに、「基板設計における回路構成、部品の配置、配線の仕方等、電気的な設計手法に関するアドバイスまで丁寧に教えていただき、最初の試作時点でおおよそ問題なく動作する設計ができました」(藤繁氏)。
レンズのカスタマイズに使用する「Sigma USB DOCK」は電源を持っていない※ので、フラッシュメモリへのアクセスが失敗したら最悪の場合、レンズが動作しなくなる恐れがある。「フラッシュメモリの書込みや消去において、書込み途中で失敗してもリトライできるような機能が必要でした。その際、メモリの分割についても的確なアドバイスをいただきました」(高橋氏)。
必要な速度が得られるコアを探していた
今後の展開について成田氏は、「レンズの各モジュールで独立させ、ソフトウェアの再利用性を高めていきたいと考えています。組み込みマイコンは日々進化しており、それら機能向上に合わせて積極的に新しいマイコンを採用していく必要があります。その際、スムーズな立ち上げができるようにソフトウェアの資産化を行うことや、RTOSを使いこなすことなどを重要視していきます」という。
「いままで多数のチップが必要だった処理をシングルチップで実現できました。お客様は同じ性能なら軽くて持ちやすいレンズを選ぶ傾向にあります。そういったことからも「TMPM342FY」の採用が市場ニーズに応えられるレンズ開発に大きく貢献したのではないでしょうか」(高橋氏)。
「東芝は2008年からArmアーキテクチャを搭載したマイコンを開発、提供してきましたが、当初からコアで勝負する時代ではないと思っていました。我々には長年のマイコン開発の実績があり、豊富なペリフェラルとサポートの実績を持っています。今後もそれを惜しみなくご提供することで、お客様の製品開発を支援していきます」(徳山氏)。
成田氏は、「レンズ制御に必要な速度が得られるコアを探していたのですが、東芝製Cortex-M3搭載TX03が最適でした」という。PSCを始めとするペリフェラルやサポートが大きく評価されたということだろう。
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