ヒューマノイドロボット製作で著名な「はじめ研究所」は、車輪型ヒューマノイドロボットの「HJM-47(はじめロボット47号機)」に東芝セミコンダクター&ストレージ社(以下、東芝)のArm Cortex-M3搭載マイコンTMPM370を採用した。はじめ研究所にTMPM370を紹介したのが、モータ制御技術で多くの実績を持つイーエスピー企画である。ここではTMPM370の搭載理由に加え、最新製品となるCortex-M4F搭載マイコンTMPM470の有用性などを聞いた。
目次
実用性を考えると大型のヒューマノイドロボットが必要
ロボットのなかでも人に似せたヒューマノイドロボット(人型ロボットや二足歩行ロボットなど)が、注目を集めている。はじめ研究所は、2002年からヒューマノイドロボットを開発・販売してきた。「もともと人型の小型ロボットからスタートしたのですが、より実用的なロボットを開発したいということで大型ロボットを手がけるようになりました。身長2mの二足歩行ロボット(集合写真内)の開発が終わり、現在4mのもの(はじめ研究所 坂本氏 搭乗)を開発しています。小型ロボットだと、おもちゃやホビーで終わってしまいますが、実用性を考えると大型のものが必要になります。しかし、大型ロボットは、作るのが難しく部品が少ないため大変苦労しました」(坂本氏)という。
はじめ研究所が製作した車輪型ヒューマノイドロボットの「HJM-47」に、東芝のArmマイコンであるTMPM370が搭載されている。TMPM370をはじめ研究所に紹介したのがイーエスピー企画である。イーエスピー企画と東芝は関係が深く、「IARシステムズ社から提供されるTMPM370搭載ボードをイーエスピー企画さんにサポートしてもらっています。特にモータ制御の開発ボードでは、イーエスピー企画の高い技術力が活かされているので、TMPM370がリリースされた頃から協力いただいています」(東芝 廣里氏)。
TMPM370評価ボードにドライバやモータを追加
「モータを評価するなら、ドライバやモータも必要だということでTMPM370が搭載された評価ボードにそれらを乗せた評価プラットフォームという形にしました」(イーエスピー企画 江崎氏)。さらに江崎氏は、TMPM370に搭載されたベクトルエンジンは、ブラシレスDCモータのベクトル制御の重い処理部分をハードウェアで対応できるというコンセプトが素晴らしいことから、はじめ研究所へも薦めたという。「当初は、ブラシレスDCモータのなかでも組み込みやすいものを使いたいということで、イーエスピー企画の江崎さんと一緒に研究をしていたのですが、なかなかうまくいきませんでした。江崎さんからTMPM370を紹介されて、ベクトル制御が簡単に使えるものがあるのだったら、ということで採用することに決めました」(坂本氏)。ロボットに使用するモータには、TMPM370に搭載されているエンコーダなどの位置決めに必要な機能が活用できる。
はじめ研究所が製作した車輪型ヒューマノイドロボット「HJM-47」は、2013年12月13日に日本テレビで放映された「リアルロボットバトル日本一決定戦」向けに開発し、見事に優勝を遂げた。現在は、テーマパークやイベントのエンタテインメントロボット、また大学や研究機関での研究用のプラットフォーム機体として利用されている。
車輪に電動バイク用のインホイールモータを2輪、補助輪として自在キャスター4輪を使用した合計6輪の車輪型ロボットである。車輪で移動するため、平地のコンクリートやアスファルト上で時速40kmでの走行が可能だという。上半身の関節には強力なモータを使用し、バトルロボットとしてパワーのあるパンチが打てる。
ベクトル制御に必要なソフトウェアが不用に
ギアが衝撃に弱いと、パンチした際にモータの保護回路が働いてすぐに停止してしまう。そこで、バネなどの衝撃を吸収するものを入れているという。腕の重量を軽くしたり、腕の長さも制限があったため腰をひねることでリーチを稼ぐなどの工夫を凝らした。「HJM-47の開発には東芝のTMPM370が搭載されたイーエスピー企画の開発プラットフォームを採用しました。他のマイコンで組んでいたベクトル制御のソフトウェア部分がハードウェアで入っていて、演算速度が速いことから、ベクトル制御部分のソフトウェアはほとんど不用になりました」(坂本氏)。
さらに坂本氏は、モータ数の制限はなかったが、使用数が多くなると重量がかさんだり、故障のリスクも多くなってしまう。今回のモータ構成として、肩、肘、首などの関節部にサーボモータを13個(大7、中4、小2)、車輪部にハブモータを2個搭載したという。「これらのモータは分散制御しています。腰をひねりながら腕を伸ばすなどの各モータが連動する動作は、別のマイコンで集中管理をして制御しています」(坂本氏)。
TMPM370は、ブレーキと首周りのモータ制御に使用した。腕の制御はパワーが必要なので、現在、イーエスピー企画とTMPM370を使用した制御基板を開発中とのことだ。「購入したモータは必ずしもベストだとは思っていません。たとえば、産業用ロボットでは何かにぶつかったときに停止する保護回路は必要ですが、二足歩行ロボットで足をついたときの衝撃で止まってしまっては倒れてしまいます。もっと柔軟なモータ制御が必要になります」(坂本氏)。
開発環境は、Eclipseの統合環境にgccのクロスコンパイラを使用しているという。「はじめ研究所さんのように先端を走っているのならそういった環境でも良いでしょうが、産業界に落とし込むには、商用の開発環境が必要になりますので、イーエスピー企画としてはそういったツールにも対応しています」(江崎氏)。このHJM-47以外にも、はじめ研究所は小型、中型、大型など各種ヒューマノイドロボットを製造しており、ロボカップ世界大会など多くの大会で優勝や入賞を果たしている。
アドバンストベクトルエンジンを搭載したTMPM470
TMPM370は、Cortex-M3プロセッサを80MHzで動作させており、ブラシレスDCモータの効率的な制御を実現するベクトル制御エンジンを内蔵している。さらに、2モータへの対応や周辺アナログ回路内蔵といった特長により、モータを使用する製品の省エネを促進できる。「ソフトウェアでベクトル制御を行うと、コアへの負荷が大きくなることからクロック周波数の高いマイコンが必要となります。ベクトルエンジンを使用することで、クロック周波数が低いマイコンでも対応できます」(東芝 三枝氏)。「マイコンにいろいろなことをやらせようとすると、より高速なクロック周波数が必要になり、発熱や消費電力の増大などの課題が生じます。ベクトルエンジンを活用することで、クロック周波数を低く抑えられ、消費電力の低減など、多くのメリットを感じていただけると思います」(東芝 増田氏)。
TMPM370グループの後継となるのがTMPM470だ。「TMPM470は、コアに最大144MHz動作のArm Cortex-M4Fを採用し、第3世代のベクトルエンジンとなるアドバンストベクトルエンジン(A-VE)を搭載した最新のモータ制御向けマイコンです」(増田氏)。さらに、センサレス矩形波制御の位置検出を容易にするアドバンストエンコーダ (A-ENC) を搭載しており、プログラマブルモータドライバ (PMD)と組み合わせることで、センサレス矩形波制御が可能となっている。2015年2月からサンプルの出荷を開始している。「ベクトルエンジンは東芝オリジナルのペリフェラルで、第1世代の『ベクトルエンジン』、第2世代の『ベクトルエンジンプラス』、第3世代の『アドバンストベクトルエンジン』と進化しています」(三枝氏)。
ピン互換を維持したパッケージ
第1世代のベクトルエンジンは、ブラシレスDCモータのベクトル制御の複雑な計算をハードウェアで実行できるようにしたもので、セクタごとに計算式が変わる相変換や座標軸変換などの複雑な演算を専用演算ユニットとスケジューラで構成されたベクトル制御エンジンが自動的に処理できる。第2世代のベクトルエンジンプラスは、第1世代のベクトルエンジンの機能に加え、1シャント専用関数の追加など、カスタマイズ性を向上している。最新のアドバンストベクトルエンジンは、非干渉制御やデッドタイム補償など新機能を加え、さらなる性能や使い勝手が向上したものとなっている。「ベクトルエンジンは世代を更新することによって、よりかゆいところに手が届くものになっています。アドバンストベクトルエンジンは、TMPM470とTMPM475に搭載されており、今後は、モータ制御向けのすべてのマイコンにアドバンストベクトルエンジンを搭載していきます」(三枝氏)。「今後は、ベクトルエンジンばかりでなく、周辺のアナログ回路なども取り込んでいくことで、さらに使い勝手の良いマイコンをご提供していきます」(増田氏)。
東芝はCortex-M0を搭載したTMPM070グループもラインアップしている。最大周波数40MHzで動作させ、ベクトルエンジンプラスやアドバンストエンコーダを搭載している。「使う側として心を打たれたのは、TMPM370やTMPM470、TMPM070のパッケージは基本的にピン互換であり、ハードウェア的な互換性が活かされていることです」(江崎氏)。「それに加えレジスタも同じにしており、ソフトウェアも互換性をもっているので、基本的にそのまま使用いただけます」(三枝氏)。
ベクトルエンジンが省エネの観点からも有用
「国内のお客様は基本的に国内ベンダの製品を使いたがります。海外でも日本製品は高品質であると認識されており、現在、国内外問わず多くの引き合いがあります。さらに、省エネの観点からもベクトルエンジンに注目が集まっています」(増田氏)。「日本の国内総消費電力の57%はモータが消費しており、ブラシレスDCモータのベクトル制御技術は電力不足問題解決のカギのひとつとなるでしょう。家電製品や自動車など民生用途では、ブラシレスDCモータの採用が急速に進むことで省エネが広がっています。ただし、国内総電力消費量の50%を占める産業用途分野や25%を占める業務分野はこれからです。いままさに、消費電力1/2の工場を目指すための模索が始まっているように思います」(江崎氏)。
「モータ制御は多くのノウハウが必要になります。お客様のなかには長らくモータを専業にしてきて多くのノウハウがある方ばかりでなく、モータ制御の経験が少ないところが多いのも事実です。そういうお客様でもベクトルエンジンを使えば、モータ制御を行うことが容易になります」(江崎氏)。「モータにはモータごとの個性があり、それぞれのモータに合わせたチューニングが必要となりますが、東芝ではPTS(パラメータチューニングシステム)と呼ぶお客様のモータ制御システムのチューニングを助ける製品を開発しました」(増田氏)。
3種類のPIゲインを適正に調整できるPTSを開発
ベクトル制御には、電流、速度、位置推定という3種類のPI演算があり、そのゲインを適正に調整する必要がある。PTSは、ベクトル制御に必要な最適制御ゲインを可視化するツールだ。「PIゲインの調整は、いままでは経験豊富なモータの専門家が時間をかけて行っていました。PIのパラメータは無限にありますが、PTSを使うことで絞り込むことができます。絞り込んだ後、実際にモータを回して測定し、最適な点を見つけることができるので、それほど経験がなくても効率良いチューニングが可能となります。PTSの開発コンセプトは、手軽に最適値を探れるようなツールをご提供しようというものです」(三枝氏)。
2015年3月から、PTSの提供を開始している。「モータ制御のチューニングは非常に泥臭い世界で、PTSだけですべて簡単にできるというものではないが、ある程度のところまで絞り込んでくれるだけでも有用なツールといえるでしょう」(江崎氏)という。
「はじめ研究所としては、ロボットをどんどん大きくしていきたいと思っています。そうなると購入してきたモータでは思うようにチューニングできません。制御マイコンとしてTMPM370やTMPM470を使用することで、よりロボットに適した制御ができるのではと期待しています」(坂本氏)。「モータが大きくなってもパワーデバイス部分が変わるだけで、ロジックはそのまま活かせます。今後は、IGBTやSiCなどのパワーデバイスを使用することで、大型モータの制御に対応していきます」(江崎氏)。「モータ制御に向けたマイコンのラインアップの拡充に加え、性能を上げて価格を下げるという相反する要件を追求していきます」と増田氏は結んだ。これからも東芝の提供するモータ制御に関するソリューションは注目していくべきだろう。
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