1917年(大正6年)創業の老舗住宅設備機器メーカーであるTOTO株式会社(以下、TOTO)は、自動水栓「アクアオート」を製造・販売している。この製品に東芝セミコンダクター&ストレージ社(以下、東芝)のカスタムチップが採用されてきた。最新版ではArm Cortex-M0を搭載し、過去にない低消費電力化を実現した。ここでは、アクアオートの仕組みや特長、カスタムチップ採用メリットなどを聞いた。
集合写真
(前列左から)
TOTO株式会社 エレクトロニクス技術本部 電子機器開発部 部長 進 数馬 氏
TOTO株式会社 エレクトロニクス技術本部 電子機器開発部 担当部長 中井 尚徳 氏
TOTO株式会社 エレクトロニクス技術本部 電子機器開発部 電子機器開発第二グループ 上席技師 金子 義行 氏
東芝マイクロエレクトロニクス株式会社 社長附 執行責任者 三谷 了 氏
(後列左から)
株式会社東芝 セミコンダクター&ストレージ社 関西半導体特約営業部 九州電子デバイス営業担当 石井 朋子 氏
TOTO株式会社 エレクトロニクス技術本部 電子機器開発部 電子機器開発第二グループ 主任技師 家令 稔 氏
TOTO株式会社 エレクトロニクス技術本部 電子機器開発部 電子機器ソフト開発グループ 角田 英典 氏
東芝マイクロエレクトロニクス株式会社 ミックスシグナルコントローラ統括部 ミックスシグナルコントローラ応用技術部 ミックスシグナルコントローラ応用技術第二担当 主務 鴫原 祐 氏
株式会社光アルファクス 電子デバイス西日本営業本部 九州電子デバイス営業部 営業1グループ 課長 岩本 祐介 氏
目次
自動水栓の「アクアオート」に東芝のカスタムチップが採用
TOTOは、衛生陶器やウォシュレット、システムバスルームやシステムキッチン、洗面化粧台、水栓金具など多くの住設関連商品を開発、製造している。水栓金具の中の自動水栓である「アクアオート」に東芝のカスタムチップが採用された。さらに男性用小便器など自動で水を流す設備にも採用されている。自動水栓は、もともと病院など衛生的な環境を求める施設に導入されていたが、非接触による衛生面だけでなく、節水性や利便性のニーズに応えるように、さまざまな施設への採用が進んできた。
アクアオートのセンサーや制御部分を開発したTOTOのエレクトロニクス技術本部は、TOTOの各商品事業部へエレクトロニクスユニットを供給している部門である。自動水栓には、電源タイプと発電タイプがある。図1が、アクアオートの発電タイプのブロック図だ。発電機の他にバックアップ一次電池を持つが、電池は標準使用条件で10年間交換不要であり、基本的にメンテナンスフリーとなっている。
アクアオートには、水栓内に①センサーのみ、②電源以外全て、③電源を含むすべてという3パターンの商品がある。センサーのみのタイプはデザインの自由度が高く、最も多く製品化されている。自動水栓は、吐水口の下に手がかざされたのを検知して水を流す。手の検出には反射光量型赤外センサーが使用されている。水力発電機では、羽根車を水の流れで回転させることで発電させ、その電気を電気二重層コンデンサに蓄電する。コンデンサの電圧は安定しないので昇圧してマイコンや電磁弁にも供給している。「水力発電機と電気二重層コンデンサなどの電源周り以外は、発電タイプも電源タイプも同じです」(TOTO 金子氏)という。
1日の使用回数制限もなくバックアップ一次電池の交換なしで10年稼動を実現
2000年以前の他社の発電タイプは蓄電にニッカドなどの二次電池を使っていた。「二次電池は劣化するため、一般に10年も持ちません。TOTOは、二次電池に替えて電気二重層コンデンサを使用しました」(金子氏)。しかし、電気二重層コンデンサでは、蓄電量が少なく何日も動かすのは難しいことから、一般的な人の生活サイクルで充放電させるようにした。「一般に昼間手洗いをすることで発電/蓄電され、夜は電気二重層コンデンサの電気でセンサーやマイコンを動かし、朝になったら発電/蓄電されるというサイクルを繰り返します。それによって基本的にバックアップ一次電池は使用しないようにします」(金子氏)という。
従来品は、一次電池の寿命10年を成立させるには、毎日の発電が必要であり、水栓の使用が1日に29回以上という最低使用回数の制限があった。2015年4月に発売された新製品は、回路の低消費電力化を追求することで、1日の最低使用回数の制限なしで電池寿命10年を実現させた。
アクアオートには節水タイプもある。空気混入率の20%向上、吐水口径を従来の9.5mmから13mmへ拡大することで吐水量約2リットル/分での「たっぷり感」を実現したものだ。一般の2ハンドル水栓に比べて約84%もの節水が可能となっている(2015年4月 TOTO調べ)。「節水タイプでは、従来品より水量に比例して発電量が減ってしまうため、ここでも低消費電力化が求められます」(金子氏)という。
アクアオートは、洗面ボウルが陶器をはじめ、ステンレスでも自由に組み合わせできる特長を持つ。これは、手の検出に使用する反射光量型赤外センサーの前に偏光板を置くことで、ステンレスからの強い鏡面反射による誤動作を防ぐものであり、TOTOが特許を持っている。「偏光板は光の1/2がカットされるため、投受光で計2枚使うと光量が1/4になってしまいます。信号が減っても動作する回路はS/N比の高さが求められます。低消費電力ながら高S/N比の回路という相反する性能を実現することで、陶器でもステンレスでも自由に組み合わせられるという特性が生まれました」(金子氏)。
1週間の使用状況を学習することで低消費電力化を追求
こういったアクアオートのさまざまな特長を実現するには、カスタムチップが必要となった。「カスタムチップでないと基板上に部品が溢れてしまいとても実現できません。カスタムチップだからこそ、これだけの省スペースかつ低消費電力による自動水栓が実現できたと思います」(金子氏)。以前のカスタムチップのCPUには東芝オリジナルの4ビットコアが採用されていた。
なぜ4ビットコアにこだわったかというと、チップサイズが大きくなってしまいアクアオートのデザイン性に問題が出てしまうからだ。デザイン性はアクアオートの大きな特長のひとつで、多種多様なデザインを実現するためにセンサーの小型化は欠かせないものだ。センサーと処理を一体化したセンサーユニットにすることで、多様なデザインへの対応力も一層高めている。
最新のカスタムチップではArmの32ビットコアであるCortex-M0が搭載された。「東芝は多彩な機能や先進技術を持っており、それをTOTO様が上手く組み合わせてカスタムチップ化されたと思っています」(東芝 三谷氏)という。
「一番のポイントは電流です。動作時も待機時も極力下げるように工夫するため、動作時でも使っていない機能部分はすべてカットしました。もちろん待機時のリーク電流も下げないと商品として成り立ちません」(TOTO 家令氏)。
アクアオートは単に水を出したり止めたりという機能以外にも多くの処理を行っている。たとえば、洗面器の種類によっては反射率が変化したり、水が流れていると揺らいだりするといったことを学習させている。さらに、センサーの動作周期についても1週間単位で時間帯ごとの水栓の使用頻度を学習させることで、低消費電力化を図っている。
「2000年位の頃に8ビットコアのマイコンも検討したことがありましたが、当時の48ピンのパッケージに対してチップサイズが大きすぎて、あきらめた経緯があります。それが最新版では32ビットコアのCortex-M0を搭載したにも関わらず、チップサイズも小さく、これまで我慢していたアイデアをすべて実現できるようになりました」(金子氏)。
最短の処理時間になるようにアセンブラで命令を組んだ
電源シーケンスにも苦労したという。「発電タイプでは自分で発電し電圧をあげていき、電源タイプは急に電圧が加わるという異なる電源シーケンスを同じマイコンで行っています」(TOTO 角田氏)。さらに、アクアオートは動作と待機を繰り返すことから、動作時間を極力少なくすることで低消費電力化を図っている。
プログラミングにも一工夫あった。「動作中の処理時間を極力短くするため、アセンブラを用いました。一般ArmにだとC言語を用いますが、それだと消費電力やパフォーマンスなどの多くがコンパイラに依存してしまいます。アセンブラで最短の処理時間になるようにひとつずつ命令を組んでいきました」(角田氏)。よく使う値をArmマイコンに豊富に用意されている汎用レジスタに入れておくことで、RAMに入れるよりも高速でのリード/ライトができるようにしたとのことだ。「今回、Cortex-M0というライトバッファがないコアであり、命令の追い越しがないのも品質向上につながったと考えていますが、それでもかなり苦労されたことがあったかと思います」(東芝 鴫原氏)。
マスクROMによるさらなる低消費電力化の追求
今回のカスタムマイコンではマスクROMにも処理を書いた。低消費電力が優先される処理ではマスクROMを使用し、必要に応じてフラッシュROMへジャンプをしていろいろな処理を実行させるようにしている。「カスタムチップのためデバッガがなく、基本的に頭の中で動作シミュレーションを行いましたが、最終的にはソフトシミュレータを使い、動作検証を行いました。マスクROMは書き換えができないからかなりのプレッシャーでしたが、東芝さんの協力もあり一発で動作させることができました」(角田氏)。
カスタムチップだったので、端子の役割や位置などを自由に選べたが、一回開発したらしばらく使い続けなければいけないという縛りもあった。「メンテナンス性から過去の商品を踏襲することはもちろんのこと、近い将来の商品も考えて機能を入れました。東芝さんとの打ち合わせでは、現行のチップにはないけれど、こんな機能を入れてくれというやり取りをして、リクエストした機能をほとんど入れていただきました」(家令氏)とのことだ。さらに家令氏は、「汎用マイコンならハードウェアのベースがあって、そこからソフトウェアを作るという開発手法ですが、今回はハードウェアもソフトウェアも同時並行的に進行したので、そのバランスをとって性能を追求していくのが難しかった」という。
「ハードウェアとソフトウェアの動作の組み合わせや順番が数多くあるため、さまざまな検討を行って作り上げました。その都度確認しながら進められれば良いのですが、カスタムチップを載せたセットが最終的にきちんと動くか怖くてしかたがありませんでした」(金子氏)。
「TOTO様と密に情報共有をしていくことがキーとなりました。そのおかげで最終的には要求以上のものが作れたと自負しています」(鴫原氏)。消費電力は、動作パターンにもよるが従来品の約1/2になった。
日本企業ならではのきめ細やかなサポートを評価
東芝からのサポートも高く評価されている。「フロントで対応していただいた方に加え、東芝さんのエンジニアの方々からも評価や回路を設計してもらうなど、手厚いサポートをいただきました」(家令氏)。さらに「講師に来ていただき、無償のArmセミナーを実施していただきました」(光アルファクス 岩本氏)という。
東芝が国内ベンダーである点も安心感を与えている。「一般的に住設関連は息の長い商品が多いため、供給面でも不安がない国内ベンダーを選ばれることが多いものです」(三谷氏)。TOTO 中井氏も「確かにその通りで、TOTOはかなり古い商品も多くあります。採用しているデバイスが廃止されたりしたら、TOTOの多くの商品が止まってしまう恐れがあります。そのため、安心できる半導体メーカーにしか頼めません」と言い切る。さらに安心感の要因として、進行のポイントごとに確実に進捗管理が行われていることがあげられていた。「定期的にマネージメントレビューを行っています。マネージャーによる打ち合わせのため、だいたいその場で解決できることが多いのも事実です」(三谷氏)。半導体メーカーの再編成が進む中、日本企業ならではのサポートは、将来的な供給面を鑑みても心強い要因と言えるだろう。
最後に三谷氏は、「東芝としては回路技術やプロセス技術に加え、専用コプロセッサを用意するなど、システムに精通した商品企画で差異化を図っています。お客様の技術サポートには特に力を入れています。今後も、TOTO様と市場のニーズを先取りして努力していきます」とまとめた。
APS EYE’S
手を差し出せば、水が出る。その背景に詰め込まれたTOTOの叡智と飽くなき低消費電力化の追求。それを支えた東芝のイデオロギーが、見事に結晶化された逸品。そこには、技術を超えた両社の信頼関係がもたらした真のシナジーがあった。
こちらも是非
“もっと見る” インタビュー
顔認証端末「Noqtoa」の高性能を支えるi.MX 8M Plusプロセッサ~内蔵NPUが0.2秒のレスポンスを実現~
NXP Semiconductorsのi.MX 8M Plusアプリケーション・プロセッサとサイバーリンクのAI顔認証エンジンFaceMeで構成した宮川製作所の顔認証端末「Noqtoa(ノクトア)」。i.MX 8M Plusの特徴のひとつであるNPU(ニューラル・プロセッシング・ユニット)を活用して、人物の顔の特徴量抽出を高速化し、1万人の登録に対してわずか0.2秒という顔認証レスポンスを実現した。宮川製作所で開発を担当したお二人を中心に話を聞いた。
ウインドリバーが始めた、Yocto Linuxにも対応する組み込みLinux開発・運用支援サービスとは?
リアルタイムOSの「VxWorks」やYocto Projectベースの商用組み込みLinuxである「Wind River Linux」を提供し、組み込みOS市場をリードするウインドリバー。同社が新たに注力しているのが組み込みLinuxプラットフォームソリューションの開発と運用の負担を軽減するLinux開発・運用支援サービスの「Wind River Studio Linux Services」だ。
IoT社会が求めるセーフティとセキュリティを提供するBlackBerry
携帯端末会社からソフトウェア会社へと変貌を遂げたカナダのBlackBerry。同社を代表するリアルタイムオペレーティングシステム「QNX OS」は、さまざまな組み込みシステムのほか、数多くの自動車に搭載されている。近年、同社が力を入れているのが、FA機器や医療機器など、企業活動や生命財産に影響を与える恐れのあるミッション・クリティカルなシステムだ。取り組みについて日本でBlackBerry QNXするアガルワル・サッチン氏に話を聞いた。