台湾VIA Technologies(以下、VIA)は、Arm Cortex-A9コアを2個内蔵するSoCを搭載した、3.5インチ・シングル・ボード・コンピュータ(以下、SBC)「VAB-630」を発売した。電子看板やIoTゲートウェイ、業務用の表示端末、産業用のメインボードなどに利用できる。同社は、SoCの作り手である半導体開発と、SoCの使い手である組み込みボード/システム開発を両輪として事業を展開。VAB-630には、数百万個出荷した実績のある自社製SoCを搭載する。SoCの作り手だからこそ分かる知見やノウハウが、ファームウェア開発や顧客のサポートを行う上での強みになっているという。
集合写真(左より)
VIA Technologies Japan株式会社 エンベデッド事業部
プロダクトマネージャー Cody 世羅 氏
日本統括マネージャー Sonia 陳 氏
アドミニストレータ 片山 静 氏
セールスマネージャー 相川 悦丈 氏
セールスエンジニア 小間 拓実 氏
目次
アプリ志向のユーザーを見据えて3.5インチSBCを開発。
IoTやビッグデータ解析への投資に後押しされて、ネットワークやクラウドに接続する新しいタイプの電子機器やアプリケーションの開発に拍車がかかっている。こうしたシステムの開発に取り組む企業が、必ずしも従来型の電機メーカーやコンピュータ・メーカーであるとは限らない。ネットワークやクラウドを利用するための敷居は、ここ数年で大幅に下がっている。起業して間もないベンチャー企業や、これまで電気・電子系の技術とは縁のなかった製造企業、およびサービス・ベンダーが、IoTシステムの構築に取り組むケースが増えている。
こうした企業の多くは、ハードウェアやファームウェアといったシステムの下回り(基盤部分)にあまり関心がない。彼らは、新しいサービスを構想し、AndroidやLinux、Javaなどのアプリケーション・ソフトウェアを開発するところに注力する。また、こうした企業では、企画を始めてから市場に製品を投入するまでの期間が比較的短いことが多い。
VIA Technologiesは、こうした”アプリケーション志向”のユーザー層の台頭を念頭に置いて、3.5インチ・シングル・ボード・コンピュータ「VAB-630」を開発した(図1)。例えば電子看板(デジタル・サイネージ)やIoTゲートウェイ、ネットワークにつながる業務用の表示端末、HMI制御機器などに利用できる。
また、”アプリケーション志向”のユーザーが新しいシステムの評価や試作にすぐに取りかかれるように、同社はVAB-630と組み合わせて使う拡張モジュールやAndroid/Linux対応のBSPなども用意している。販売チャネルについては、商社経由の販売に加えて、新たにWebサイトを通じた販売で1枚から購入できるようにする。
ここではVAB-630の概要と、組み込みボード市場に対する同社の取り組みについて説明する。
インタフェースが特盛り、ビデオ処理性能も高い。
VAB-630は、VIA Technologies自身が開発した「WM8880」というSoCを搭載している。これは1.0GHz動作のArm Cortex-A9コアを2個内蔵したSoCである。同社は2010年頃にこのチップの外販を始めており、のべ数百万個以上を出荷しているという。SoC製品としては、ある意味、枯れたチップと言える。VAB-630の主な特徴は、多様なインタフェースと高いビデオ処理性能にあるが、これはWM8880が備える豊富な周辺機能に由来する(図2)。
特徴の一つであるインタフェースについては、基板の前方にMicro USB 2.0 OTG、DIO(GPIO)、Micro SDカード、オーディオ(ライン出力、マイク入力)のポートを、後方にHDMI、USB 2.0、RS-232、10M/100M Ethernet、DC入力のポートを装備する。さらに基板上にはLVDS、タッチスクリーン用のI2C、USB、UART、バッテリ、SIMカード、miniPCIeのコネクタなどを備えている。対応する外部ディスプレイの解像度は最大1920×1080。
VAB-630のもう一つの特徴は、ビデオ処理性能にある。WM8880は2組のビデオCODEC(encoder/decoder)を内蔵しており、同社はこれらの性能を引き出しやすいように、デバイス・ドライバを念入りに最適化しているという。例えば、同社は過去のESEC(組み込みシステム開発技術展)で、WM8880のビデオ処理性能を誇示するデモンストレーション展示を行っている。WM8880の二つのデコーダがそれぞれ、H.264規格で圧縮した二つの720pビデオ・ストリームを再生しつつ、バックグラウンドでエンコーダがH.264の480pビデオを符号化し、同時にMiracast(Wi-Fi Allianceが策定した無線通信によるディスプレイ伝送技術)によりディスプレイの画像を別の機器へ転送して見せた。
同社は、ネットワークやクラウドに接続するための2種類の拡張モジュールも、併せて出荷している。一つは3G/4Gの携帯電話回線を使う無線通信モジュール、もう一つはWi-FiとBluetoothの両方に対応した無線通信モジュールである。これらの無線通信モジュールは、国内のTELEC認証やJATE認証を取得済み。このほかに、10インチ型タッチパネル・ディスプレイの拡張モジュールも用意している。
AndroidアプリからUARTやウォッチドッグ・タイマを直接制御。
VAB-630には、「BSP」と「EVK」という2種類のソフトウェア環境が用意されている。
BSPには、OSやミドルウェア、デバイス・ドライバなどのソース・コードが含まれており、ユーザー自身がビルドしてプラットフォームを構築する。「独自のデバイスをつなぐため、ユーザー自身の手で新たなデバイス・ドライバを作成・追加したい、あるいはOSをカスタマイズしたい、というケースがあります。その場合はBSPをベースにデバイス・ドライバを開発していただいたり、OSに手を入れていただいたりすることができます」(小間氏)。
一方、EVKにはビルド済みのOSイメージが含まれている。「EVKは基本的に、ユーザーがカスタマイズすることを想定していません。ボードが備えている周辺機能やインタフェースを動かすためのもので、手早く評価できるパッケージです」(小間氏)。
BSPとEVKは、ドキュメントやマニュアル類などといっしょにWebからダウンロードできる。Android版のBSPとEVKはすでに提供を始めており、Linux版は2017年4月から提供を開始する。さらに、VAB-630でリアルタイム制御を行いたいというユーザー向けに、Forks社で販売しているRTOS「OS-9」に対応したBSPも用意する。OS-9版の提供開始時期は、Linux版と同じ2017年4月になる予定。
またAndroidについては、アプリケーション・ソフトウェア開発の手間を軽減するAPI「Smart ETK」も、併せて提供する。Smart ETKを利用すれば、開発者はアプリケーション・ソフトウェアのプログラム・コードからウォッチドッグ・タイマやGPIO、UARTに直接アクセスできる。
例えばウォッチドッグ・タイマを使ってシステムの死活監視を行いたいときなどに、このAPIは有効だ。「Android(の信頼性)は大丈夫なのか?と聞かれて、VIA Technologiesが『大丈夫です』とは言えません。しかし、死活監視の機能を実装することにより、システムがハングアップしたとき、自動的に再起動をかけて正常状態に復帰できるレベルの信頼性を持たせることについては、『大丈夫です』と言えます」(相川氏)。
Androidの内部構造に詳しいソフトウェア技術者であれば、アプリケーション・フレームワークやライブラリに手を入れ、独自の方法でこれらの周辺機能を制御することも可能だろう。ただし、この方法には重大な副作用がある。「時間と労力がかかるだけでなく、システムが不安定になるリスクがあります」(小間氏)。「Androidは、バージョンごとにフレームワークが異なる場合があります。フレームワークをカスタマイズした場合、バージョンが変わると、開発し直しになります。Smart ETKを使い、同じ方法で制御していれば、アプリケーション・ソフトウェアを再利用しやすくなります。バージョン間の移行がスムーズに進みます」(世羅氏)。
SoC開発企業だからこそ分かる、ファーム最適化のノウハウがある。
VIA Technologiesは、組み込みボードや産業用コンピュータの開発企業であると同時に、組み込みボードの中核となるプロセッサICやSoCの開発企業(ファブレス半導体メーカー)でもある。創業は1987年で、社内にはx86系のプロセッサICやチップセット、Arm系のSoC、3Dグラフィックス(GPU)コアなどを開発する技術者を抱えている。また、同社のグループ企業であるVIA LabsはUSBインタフェースICのベンダーで、最新のUSB規格Type-Cの策定にも参画している。
こうした背景から、VIA Technologiesは、組み込みボード製品に搭載したSoCの能力をフルに引き出すことに、大きな自信を持っているようだ。「VIA Technologiesの強みは、社内に半導体の開発能力を持っていることです。自社のSoCを使ってボードやシステムを作っています。デバイス・ドライバの開発能力も持っており、BSPはすべて自社で用意しています。ハードウェアからソフトウェアまで幅広く対応できるので、ユーザーの窓口を一本化できて便利だと思います」(陳氏)。
最近のSoCは複数のCPUコアを内蔵しており、かつメモリ階層が複雑になっている。内部バスには、インタフェース回路のほか、”オフロード・エンジン”と呼ばれる大規模な周辺回路が多数ぶら下がっている。一般に、これらのハードウェア・リソースはバスとメモリを共有している。適切に制御しないと、バス・アクセスの競合やメモリ競合が発生し、SoCの性能低下を招いてしまう。そのため、SoCのファームウェアには並列処理や、周辺回路の特性を意識した最適化が欠かせない。
SoCの開発企業であるVIA Technologiesは、こうしたノウハウに明るいと考えられる。これがVIA Technologiesの技術的な強み、そして他の組み込みボード・ベンダーに対する差異化の要因になっている。
出荷開始から間もないVAB-630だが、すでにエレベータの庫内表示パネルに採用されているという。「中国での採用事例です。VAB-630がそのまま使える形だったので、すぐに採用されました」(世羅氏)。
VAB-630に実装されているWM8880は採用実績の多いSoCで、業務用や民生用など、幅広い用途で使われている。業務用では、例えば長距離バスに設置されているエンターテインメント端末や、イタリア全土の郵便局で使われている情報表示端末、3G通信機能付きの業務用ハンディ・ターミナルなどに組み込まれている。民生用については、AndroidタブレットやAndroidノートPC、ワンセグ・テレビ端末、トイカメラ、ネットワーク・カメラ、自動車のバックミラー型ディスプレイ、DLP(Digital Light Processing)方式のプロジェクタ、オーディオ端末、4Gモバイル無線ルータ、ドローンなどで使われている。
Web販売サイトで1個から販売。発注から入手までの期間を短縮。
従来、VIA Technologiesの組み込みボードや産業用コンピュータの販売は、商社を通して行っていた。顧客の注文を受けてから商品を確保することになるため、発注してから商品が到着するまで数週間~1カ月かかることもあった。
しかし、VAB-630がターゲットとする”アプリケーション志向”のユーザーは、システムの評価や試作にすぐに取りかかれることを期待している。そこで同社は、今回初めて、Webショップ経由で組み込みボードを購入できるようにする。販売代理店であるエイケイジャパンがVAB-630や拡張モジュールなどの在庫を持ち、また新たに電子部品Web専門販売のスイッチサイエンスのサイトからも購入できるチャネルに加える。「抑えた価格で、1枚からでも注文できます。(在庫があれば)1週間以内に評価を始められます」(世羅氏)。
VAB-630のオンライン販売は、2017年4月から開始する予定。価格は、電源アダプタ付きで1万数千円程度を予定している。
最近では、Webショップ経由で安価に入手でき、高性能なArmプロセッサと無線通信機能を備える学習用のシングル・ボード・コンピュータに注目が集まっている。システムを試作したり、実験したりする用途には、とても使い勝手のよいボードだ。
ただし、開発したシステムを製品として量産する場合には問題がある。学習用として提供されているボードが、そのまま量産に使えるケースは少ない。要求される品質基準を満たしていないことが多いためだ。
信頼性の問題から試作で使ったボードを量産時に利用できない場合、あらためて量産用のボードを選定したり、ソフトウェアのポーティングを行ったりする必要がある。つまり、開発プロセスが”試作開発”と”量産開発”の2段階になる。このような二度手間を避けるという意味で、システムの評価や試作を行う際に、(VAB-630のような)そのまま量産に持っていける組み込みボードを選んでおくことは重要と言える。
APS EYE’S
デバイス、ボード、ソフトウェア、サポートまでをワンストップショップで提供しているのがVIAの最大の強みだ。常に顧客と向き合っているからこそ、顧客の開発の手を止めることはしない。だからこそ、VAB-630やSmart ETKが提供できるのであろう。
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