株式会社村田製作所とSTマイクロエレクトロニクス株式会社(以下、ST)は、IoT向けネットワークの一つであるLoRaWAN規格に対応したソリューションに関する協力を進めている。具体的には、村田製作所が同規格に対応した無線通信モジュールを開発し、STがこのモジュールを搭載した評価ボードやソフトウェアを提供する。モジュールの外形寸法は、12.5×11.6×1.76(mm)と小さい。このモジュールはSTのCortex®-M0+マイコンを内蔵しており、ソフトウェアをユーザが書き換えられるようになっている。つまり、センサや周辺回路をモジュールに直結して制御することが可能だ。ここでは、協力の経緯とLoRaWAN対応製品の概要について話を聞いた。
集合写真(左より)
STマイクロエレクトロニクス株式会社 マイクロコントローラ・メモリ・セキュアMCU製品グループ マイクロコントローラ製品部 部長 石川 義章 氏
株式会社村田製作所 モジュール事業本部 通信モジュール事業部 IoTモジュール商品部 商品技術課 マネージャー 兵庫 弘考 氏
株式会社村田製作所 モジュール事業本部 通信モジュール事業部 IoTモジュール商品部 部長 佐々木 昭 氏
株式会社村田製作所 モジュール事業本部 通信モジュール事業部 IoTモジュール商品部 開発1課 シニアマネージャー 渡辺 貴洋 氏
STマイクロエレクトロニクス株式会社 マイクロコントローラ・メモリ・セキュアMCU製品グループ マイクロコントローラ製品部 部長 原 文雄 氏
目次
LoRa技術の推進企業と組んで開発。受動部品や高周波部品に精通
――村田製作所には「電子部品の大手メーカ」というイメージがあります。
兵庫(村田):もともとセラミックコンデンサなどの受動部品を手がけてきました。これらを発展させてRFフィルタなどの高周波部品を開発し、さらに他社製のプロセッサや通信ICと組み合わせ、弊社のRF設計技術を駆使して無線通信モジュールを開発しています。
――LoRaの技術には、いつ頃から取り組んでいますか?
兵庫:2014年ころに、LoRa無線の特許を持つ米国Semtech社とLoRaモジュールの開発を検討していました。これは、現在、LoRaWANと呼ばれている大がかりなネットワーク構築の話ではなく、LoRa無線でピアツーピア通信を実現しよう、という話でした。LPWA(low power wide area)ネットワークの話が出るようになったのは、2015年以降です。
――IoTでは、多くの通信規格が乱立しています。なぜLoRaだったのでしょう?
渡辺(村田):LPWAではLoRaとSigfoxがメジャーで、その後、3GPP系のNB(narrow band)-IoTなどが出てきました。これらの中で、LoRaは比較的早くから展開が進んでいました。また、以前からお付き合いのあったSTがLoRa Allianceの中でSponsor Memberとして活動していたこともあり、一緒にLoRaWAN規格対応の無線通信モジュールを開発する流れとなりました。
――開発は順調に進みましたか?
兵庫:設計は2015年にスタートしました。ただし、モジュールだけあっても、ユーザは評価できません。STと一緒に評価ボードを準備したり、各国の電波法認証の取得や輸出管理の準備を行ったりして、実際にモジュールの量産に入ったのは2016年の終わりでした。
石川(ST):当社の評価ボードの出荷が始まったのは2017年2月、電波法認証の取得が済み、日本国内で提供を始めたのは4月からです(図1)。
――LoRaは、どのような規格ですか?
石川:聞き慣れていない方は、「LoRa無線」と「LoRaWAN規格」を混同するケースが多いと思います。LoRaと言ったとき、それは長距離通信を実現できるSub-GHz帯の無線変調方式を指し、無線チップベンダのSemtechがIPを保持しています。ただし、無線の物理層の部分だけ同じものを使っても、IoTのネットワークを構築するには不十分です。ノードからサーバまで共通の仕組みを作ろう、ということで、LoRaWAN規格を策定するLoRa Allianceが設立されました。
――LoRaWANのネットワーク構成は?
石川:ノードとゲートウェイの間のネットワーク構成はスター型で、シングルホップで数kmの通信を実現しています。ノードからゲートウェイへ通信し、そこからネットワーク・サーバ、そしてアプリケーション・サーバへとデータを受け渡します(図2)。例えば新規のノードがネットワークに追加される際に行う、サーバとの間の認証プロセスなども定義されています。
柔軟でオープンなLoRaWAN。誰でも自由にネットワークを構築
――競合するSigfoxとの違いは?
兵庫:個人的なイメージですが、Sigfoxはネットワークの提供に力を入れているように見えます。ネットワーク・サーバにデータをストアするところまでは用意されていますが、アプリケーション・サーバの仕組みやサービスはユーザが自分で考える必要があります。
石川:LoRaとSigfoxでは、アライアンスや事業展開の考え方に違いがあります。LoRaWANはユーザが自由にネットワーク・サーバ、アプリケーション・サーバを構築し、通信網を作ることが可能です。
兵庫:LoRaの場合は、自前でゲートウェイを設置することもできますし、小規模なオペレータに自社のためだけのネットワークを構築してもらうこともできます。
――LoRaのネットワークを構築するとき、誰かにおうかがいをたてる必要がない、ということですね。
兵庫:そうです。LoRaWANは誰もがネットワーク・オペレータとなることが可能です。そのため、複数の事業者からネットワークが提供され、市場にさまざまなな選択肢がもたらされることが考えられます。
渡辺:携帯電話網もそうですが、Sigfoxではつなぐ人がいて、その人から通信料を徴収することで事業が成り立っています。「人口密度が高いところを優先的に」という状況が、どうしても出てきます。そのため、例えば過疎地や山間部でIoTサービスを提供したいときは、LoRaのほうが立ち上げやすいと言えます。一方、Sigfoxは1つのネットワーク・オペレータが日本全国をカバーしようとしているので、ノードがあちこち動き回るケースではSigfoxが有利です。LPWAの規格はそれぞれ一長一短があり、どれか一つに淘汰されるわけではない、と思っています。
――LoRa Allianceの最近の活動について教えてください。
石川:LoRaWANにはRegional Parametersという追加規格があり、国や地域ごとの利用周波数や電波強度などを規定しています。日本で使われるAS923(アジア地域の923MHz帯)については、2016年の終わりに仕様の大枠が決まりました。
渡辺:LoRaに限りませんが、LPWAの多くは免許が不要なSub-GHzのISM周波数帯を利用しています。このSub-GHz帯が、国によって仕様が異なるんです。例えば日本の周波数帯は920MHzですが、欧州は870MHzです。430MHz〜470MHzを使っている地域もあります。こうした国や地域ごとの仕様が、順次、LoRa Allianceによって策定されています。
――国ごとに仕様が異なることは、やっかいな問題ですか?
渡辺:ハードウェアを作る立場としては、やっかいです。すべての国を一つのハードウェアでカバーするのは無理で、弊社では860MHz〜930MHz帯用(High band)と430MHz〜470MHz帯用(Low band)の2種類のモジュールを設計しました。さらに、誰でも自由に電波を出せるISM帯ならではの問題があります。日本の電波法では、“Listen Before Talk”という仕組みがSub-GHz帯の通信に義務付けられています。周りで誰かが話(通信)をしているときに、それを聞かずに話し始めると、両方ともロストしてしまう可能性があります。これを避けるため、「誰かが話していたら、少しの間、自分が話すのを待つ。人の話が終わってから話し始める」という仕掛けをモジュールに実装する必要があります。
原(ST):電波法対応とは別の話ですが、ネットワーク・オペレータのところに行って接続試験を行う際には、ゲートウェアやネットワーク・サーバ、ノード側でパラメータ設定の確認を行うことがあります。接続試験を重ねることで、日本で接続する際に必要な情報を社内で共有し、必要に応じてユーザに提供するソフトウェア・スタックに反映させています。
LoRaとSigfoxの両対応品を準備中。評価ボードを使ったセミナも企画
――LoRaモジュールの外形寸法は?
兵庫:12.5×11.6×1.76(mm)です。電源とアンテナを用意すれば、単体で動きます。
原:このモジュールにはSTのマイコン(STM32L072CZ)が内蔵されています。マイコンのI/Oはモジュールの端子として外に引き出されているので、直接、センサや周辺回路につなぐことができます。別途、ホストとなるマイコンを用意する必要がない分、リーズナブルと言えます。
――評価ボードには、どのようなソフトウェアが用意されていますか?
石川:LoRa無線チップのドライバソフトウェアと、LoRaWANプロトコルスタックを組み込んだサンプルコードを用意しています。また、加速度センサ、ジャイロ・センサ、地磁気センサ、温湿度センサ、大気圧センサを搭載した拡張ボードを用意しており、これらのセンサに対応したドライバソフトウェアも、併せて提供しています。
――ボードの価格は?
石川:本体の評価ボードは1万円以下、拡張用のセンサボードは3,000円くらいです。
――このボードを使って、どれくらいの規模のネットワークを構築できるのでしょう?
石川:STがパートナ企業と共同で開催した実習セミナーでは、40名の参加者のノードを、同時に1台のゲートウェイに接続しました。より多くのノード数でも問題ないでしょう。理論上の制限はありません。LoRa無線には電波強度に合わせてデータレートを変化させる仕組みが入っています。つまり、通信環境が良ければ高いデータレートで短時間で通信を完了します。通信環境が悪い場合には低いデータレートで通信の確立を優先してデータ転送が行われますので通信時間が長くなります。一方、電波法では1台のノードが帯域を占有できる時間が規定されているので、同じデータ量を通信する場合、通信環境に依存して、ノード1台あたりが必要とする総通信時間が異なります。ゲートウェイによるノードの収容数を考える場合には、全ノードの総通信時間が収容力の上限となりますので、その意味では「通信環境に依存する」というのが正確です。
――想定しているLoRaモジュールのユーザ層は?
兵庫:ガスメータや水道メータなどのメータ系、人の位置検出や物流などのトラッキング系、このあたりが大きな市場になると見ています。あとは、交通量や人の流れ、河川の水量などのモニタリングの用途が考えられます。
渡辺:いろいろなデータをどんどんクラウドへ上げる、というのがLPWAの真髄です。クラウドに上がったデータをどう使うか。どういう形に加工してどのようなサービスを提供するか。アイデアを考える人たちがいっぱいいて、そういうところから実際のビジネスにつながる、お金を払ってでも利用したいサービスが出てくると期待しています。
――IoTでは、セキュリティを気にするユーザが少なくありません。
渡辺:ノードからサーバまでの通信部分に対するセキュリティは、LoRaWANの仕様に規定されているとおり、AES-128のブロック暗号を適用しています。これとは別に、ノードの中の暗号鍵をハッキングされないようにする耐タンパの仕組みを用意しています。オプションという形で、STのセキュアエレメント(セキュアマイコン)「STSAFE」を搭載できるようにしています。
石川:マイコンは内部データの読み出し制限の機能を備えているので、通常のユースケースではSTSAFEを使わなくても十分にセキュアです。しかし、お金と時間をかけた強引な手段で、暗号鍵がハッキングされないとも限りません。IoTデバイスは、屋外のいろいろな場所に設置されます。たとえ、デバイス自体が盗難されたとしても、最終的に暗号鍵を取り出せないようにしてくれるのがSTSAFEです。
――今後の展開は?
兵庫:弊社のモジュールについては、搭載しているソフトウェアを改良して、LoRaとSigfoxの両方の規格に対応できる製品を提供する予定です。2017年内にサンプルを出荷できればいいかな、というイメージで考えています。また今後、小型・低コスト品を開発することも考えています。場合によっては、より高性能なハイエンド品の開発を検討する可能性もあります。
石川:STは、評価ボードを活用したLoRaのプロモーションに今後も力を入れていきます。その一環として、さまざまな形態のセミナーも開催していく予定です。
――本日はありがとうございました。
APS EYE’S
STはさまざまなIoT無線通信に対応したソリューションを提供してきているが、経験豊富な村田製作所と組んだことで、ついに本気を出したようだ。LoRaはIoTにおける無線通信I/Fの一つではあるが、LPWAにおいて、セキュアな多ノード対応であればあるほどエッジノードの真価が問われてくる。その答がここにある。
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