電力と力率について学びます。直流の時とは違い、電圧と電流の位相差を考慮した電力の計算が必要です。有効電力と皮相電力を理解して、理想的な力率に近づけるための理論をLTSpiceとADALMで学びましょう。
電力について
電力は、電圧[V]と電流[A]の積で表すことができます。単位は、[W]「ワット」です。
直流(DC)の場合は、この式で表せますが、交流ACの場合は、周波数を考慮しなければいけません。この講座では、ACの電力と力率について解説します。ここで表記する電圧と電流については、実効値(RMS)を前提にしています。実効値については、電子回路編の共振回路を参照してください。
皮相電力と有効電力
交流における電力は、皮相電力と有効電力というものがあります。皮相電力というのは、単純に電圧[E]と電流[I]の積で算出した電力です。それに対して、有効電力[P]というのは、皮相電力[EI]が一定していても、電圧と電流の位相差[θ]による変化を考慮した電力になります。
これに位相差[θ]を考慮した式で表すと、
が実際の有効電力を表します。(式2)
力率
力率は、上記の有効電力と皮相電力の割合を示す指標です。例えば、インダクタやコンデンサなどによる電力のロスが全くない理想的な電源の場合、皮相電力と有効電力の比率が同じになるので、100%として表します。
この理想的な状態を「力率100%」といいます。
無効電力
しかし、実際は、力率100%で電力を使えることはほぼありません。それは、回路における誘導リアクタンス、容量リアクタンスによる損失があるからです。この損失の電力を無効電力と呼びます(誘導リアクタンス、容量リアクタンスにおける算出は、共振回路の講座でより詳しく説明しています)。
無効電力は、次の式で表すことができます。
実際の電力効率が80%とした場合、「力率80%」といいます。この場合、皮相電力に対して、有効電力が約80%の状態であり、
ということです。(ちなみに、sinθの係数が0.8になるには、53.1°のズレが生じていることになります)。
ここで重要なのが、皮相電力と有効電力と無効電力の関係性です。図のように、ピタゴラスの定理で、それぞれの関係性を示すことができます。
皮相電力を[S]、有効電力を[P]、無効電力を[Q]とすると、このような関係であることがわかります。
力率は、この式から
で求めることができます。
もう少し詳しく
力率をθとして、式3を書き直すと、
となります。
無効電力であるQは、誘導性リアクタンスと容量性リアクタンスでそれぞれ求めることができます。
誘導性リアクタンスによる無効電力
誘導性リアクタンスは、主にインダクタンスによる損失を考えます。
Vxは、総リアクタンスの合計RMS電圧、IはリアクタンスのRMS電流、X = XC-XLは総リアクタンスの合計です。お互いに180度の位相差(位相がずれる)があるため、総リアクタンスのRMS電圧はコンデンサ電圧(VC)とインダクタ電圧(VL)の差に等しくなります。
力率補正
力率を100%にすることは、なかなか難しいことです。なるべく理想的な力率に近づけるための補正する方法を解説します。周波数による変化があるということは、電圧と電流の位相差も生じます。これが、損失につながります。
特に、電力会社で扱うような大きな電力や産業機器で使用するモータやインバータの力率は、1%でも改善すると電力ロスを回避することにつながります。
力率補正は、一般に、大きなACモータのような誘導性負荷に必要です。力率1に対し、ピーク電流をより少なくする必要があるため、インダクタンスを補償して、力率をできるだけ1に近づけることが有利である。これを行うことで、実際のパワーを見かけのパワー(VI)に近づけることができます。力率は、誘導性負荷と並列にコンデンサを接続することによって補正されます。
必要な正しいコンデンサ値を見つけるには、最初に元のRL回路の無効電力を知る必要があります。これは、パワー三角形を描き、無効電力を解くことによって行われます。パワー三角形は、実力と見かけのパワーと力率の角度θから引き出すことができます。元の負荷回路の無効電力が見つかると、力率を補正するために必要な容量性リアクタンスXCを上記の式から求めることができます。
LTspiceとADALMで位相差の確認
ここからは、LTspiceとADALM1000を使用して、AC回路における補正対象の位相がどのように変化をするかをみていきましょう。LTspiceは、理想的なパーツに近い環境で回路を動かすことができます。ADALM1000は、実際にブレッドボードにパーツを配置し、プローブを当てながら波形を観測します。異なるアプローチですが、目的は同じです。簡単なRC回路から、RL回路、RLC回路を通して、力率に相当する位相差を減らすためのヒントを実際に掴んでください。
- 抵抗:47オーム
- コンデンサー:10uF
- インダクタ:47mH
の3つを使用しています。
LTspiceについては、パラメータを変更するために、コンデンサの容量を変更した場合の挙動など簡単に確認取れる値にして、解説しています。ADALM1000を使用する場合においても、LTspiceと同様の回路図に基づいてブレッドボードに配置しています。
抵抗には、2.5Vをつなぎ、Offset電圧として利用しています。CH_Aは、2.5Vのオフセット電圧、振幅3V、周波数100HzのSIN波を指定しています。CH_Bは、信号計測プローブとして、波形を観測します。
動画を参考に、以下の回路構成を実際に組んでみましょう。
RC回路
AC電源におけるRC回路では、入力信号源の電圧に対して、電流が90度進んだ波形を期待します。入力周波数は、100Hzを指定しているので、周期は10msです。つまり、2.5ms程度の位相差が確認取れることを期待しています。
LTspiceの場合
LTspiceの場合(図2)をみてみましょう。緑が電源の電圧波形になっており、赤いグラフが電流の波形になっています。位相差として、2msほどの時間が確認できます。理論値のみの結果と思いきや、下記のADALM同様、比較的近い値を示していることがわかります。
ADALM1000の場合
ADALM1000の場合(図3)をみてみましょう。緑のグラフが電圧になっており、水色の波形が電流を示しています。LTspice同様に、2.15ms程度の進みを確認できます。2.5msでないのは、ブレッドボードや抵抗、リード線などの寄生容量が関係していると考えていいでしょう。
ここでは、コンデンサを含む回路の電流は、位相が「進む」ということが理解できれば十分です。
RL回路の場合
AC電源におけるRL回路では、RC回路と同条件にコンデンサをインダクタに変更しただけです。RC回路同様、電圧に対して、今度は電流が90度遅れた波形を期待します。信号源の条件は同じなので、RL回路では、2.5msの遅れを期待します。
LTspiceの場合
LTspiceの場合(図4)をみてみましょう。緑が電源の電圧波形になっており、赤いグラフが電流の波形になっています。位相差として、1msほどの時間が確認できます。RL回路の場合も、ある程度の寄生容量などが考慮していると考えられます。
ADALM1000の場合
ADALM1000の場合、位相差が0.4msの遅れになっていることが確認できます(図5)。実際に計測した値なので、部品の誤差や、ブレッドボード、配線などの寄生容量が影響していると考えられます。
RL回路の場合、LTspiceの結果とADALM1000の結果とでは、0.6msほどの差が発生しました。理由はそれぞれ、記載してありますが、正確に90度の遅れというのは、かなり難しく、インダクタによる位相保証は難しいことが裏付けられたと言えます。ここでは、インダクタを含む回路の電流は、位相が「遅れる」ことが理解できれば十分です。
RLC直列回路の場合 その1
今度は、RLC直列回路の場合を考えてみます。入力電圧源に対して、コンデンサにより電流の位相が90度進んだ後、インダクタにより位相が90度遅れる波形が観測できることを期待しています。これまでの結果から、なかなか理想通りにはいかないことは理解できるので、実際に、どんな波形となって出るかみてみましょう。
LTspiceの場合
LTspiceは、コンデンサの影響が支配的に見えます(図6)。電流の位相差が2msほど進んだ波形となっています。インダクタを通した後の電圧は、わずかに位相が遅れた形になって現れています。コンデンサによる位相の進みすぎを若干抑えた電圧として考えることができます。
ADALM1000の場合
次に、同じ条件でADALM1000を使って確認してみましょう。今回は、CH_Bをコンデンサとインダクタの部分での計測(図7)と、インダクタと抵抗Rの接点(図8)で波形の違いが出るか計測してみました。インダクタを経由した方が、0.2ms弱の位相差が発生しています。
インダクタ経由前は、1.5msの電流位相の進みを確認できます。さらに、電圧源に対しては、2ms近い位相の進みを確認できます。
インダクタ経由後は、電圧源に対し、1.5msの電流位相進みを確認できますが、その電圧の位相差は、電流と同相に近い波形を確認できます。これは、寄生容量を含むインダクタンス部0.5ms程度の位相遅れを起こし、電流位相と同相に近づいたと考えられます。
RLC直列回路の場合 その2
上記のRLC直列回路で、インダクタとコンデンサを入れ替えた場合を考えてみます。上記同様、位相の変化を確認します。
LTspiceの場合
LTspiceは、電圧源に対し、インダクタを経由することで、わずかな位相遅れが確認できます。電流の位相は、コンデンサの影響が大きく、2ms以上の位相進みを確認できます(図9)。
ADALM1000の場合
次に、同じ条件でADALM1000を使って確認してみましょう。今回は、CH_Bをインダクタとコンデンサの部分での計測(図10)と、コンデンサと抵抗Rの接点(図11)で波形の違いが出るか計測してみました。
インダクタ部分による0.5msの位相の進みが確認できます。電流は、回路系として一律なので、電流の位相進みは、コンデンサによるもので、2ms弱になっています。コンデンサだけの回路と比べれば、位相の進みが抑えられたと言えます。
コンデンサを介したとの電圧波形は、電流の位相とほぼ同相になりました。結果として、RLC直列回路における位相は、コンデンサやインダクタの位置で位相は異なりますが、全回路の系で見れば、同じと言えます。
LC並列回路の場合
今度は、LC部分の並列回路を考えてみましょう。LC回路は、選別する値により、低い周波数や高い周波数において、フィルタのような効果であったり、インピーダンスが0になる共振として動作が変わります。この特性を生かして、位相の補正を行うことが考えられました。LC並列回路では、その挙動をLTspiceとADALM1000で確かめましょう。
LTspiceの場合
LTspiceは、電圧源に対し、インダクタの影響で、位相が1.5ms程度遅れた電流波形を観測しました。そして、LC並列回路では、インダクタ、コンデンサの位相を打ち消すように逆相の電流が観測されます(図12)。
LTspiceでは、位相が1.5ms遅れた状態で釣り合ったと考えられます。この場合は、インダクタの進みが優位だったと考えられます。
ADALM1000の場合
次に、同じ条件でADALM1000を使って確認してみましょう。実際の回路の方が、位相が補正された形になりました(図13)。
計算式を用いた場合、LTspiceと同じような結果が出ると期待できますが、ちょっとした誘導性および容量性の負荷と、周波数に応じた位相が関係することが理解できます。
まとめ
力率の補正は、コンデンサを挿入することで位相をコントロールする方法を学びました。適切な値選定は、周波数に応じたリアクタンスを求めることで、無効電力を算出できます。
しかし、パーツのバリエーションがない場合もあります。そんな時に、LTSpiceは強力なツールとして機能します。そして、そのシミュレーションの結果から、ADALM1000を使って、実際の信号を入れて確かめることがとても大切です。
今回は、100Hzという周波数や部品を変えずに回路構成で、どのように変化するのかを体験してもらいました。ぜひ、みなさんも、コンデンサの容量やインダクタの大きさ、周波数を変更して、位相の補正方法を試してみてください。
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