温水・空調機器メーカのノーリツは、給湯器リモコン(ガス給湯器の操作パネル)に無線LAN接続の機能を搭載した。リモコンとスマートフォン、クラウドサーバを連携動作させることにより、給湯器を操作したり、宅内の任意の場所で浴室の利用状況を把握したり、離れて暮らす家族の給湯器の使用状況を確認したりできるようになった。このシステムは、太陽誘電のマイコン内蔵無線LANモジュールとイー・フォースのリアルタイムOSを利用して実現した。ここではノーリツの開発担当者に、リモコン開発時の技術課題、および無線LANモジュールやOSの採用を決めた経緯を聞いた。
集合写真(左より)
イー・フォース株式会社 セールスグループ セールスマネージャー 野田 周作 氏
株式会社ノーリツ 研究開発本部 エレクトロニクス開発部 オプション製品開発室 第1グループ 小椋 朗広 氏
株式会社ノーリツ 研究開発本部 エレクトロニクス商品統括部 エレクトロニクス開発部 オプション製品開発室 主事 山下 道広 氏
太陽誘電株式会社 八幡原工場 回路商品事業部 商品開発1部 穐池 洋幸 氏
ガス給湯器がIoT技術で進化。新たな付加価値の創造に成功
――ノーリツの事業内容を教えてください。
小椋(ノーリツ):弊社は、温水・空調機器などを開発しているメーカです。『新しい幸せを、わかすこと。』をミッションとし、品質を最重視し、一歩先ゆく製品・サービスの提供に注力しています。2018年9月には、無線LAN対応の給湯器リモコン「RC-GWシリーズ」(図1)を発売しました。この製品に、太陽誘電さんの無線LANモジュールとイー・フォースさんのOSを適用しています。
――太陽誘電、イー・フォース両社の事業内容を教えてください。
穐池(太陽誘電):積層セラミックコンデンサやインダクタ、ノイズ対策部品、アンテナなどの高周波部品を提供している電子部品メーカです。私の所属する無線モジュールの部門は、高周波回路設計の経験を生かし、自社部品を用いてBluetooth®や無線LANのモジュール製品を開発しています。
野田(イー・フォース):組込みソフトウェアの専業ベンダです。2006年の設立以来、IoT機器に欠かせない「省メモリ」、「省電力」、「軽量ネットワーク」の3点を追求したリアルタイムOSやミドルウェアを製品化しています。
――給湯器リモコンとは、どのような機器ですか?
小椋:台所や浴室に設置する端末(操作パネル)で、給湯器本体と有線でつながっています。お湯はりの指示や湯温設定などを行うために使います。今回、新たに台所のリモコンに無線LAN接続の機能を搭載し、無線LANルータ経由でスマートフォンやクラウドサーバと連携動作できるようにしました(図2)。
――宅外のスマートフォンから給湯指示が出せるようになった、ということですか?
小椋:それも一つの売りなのですが、最大の特徴は「見まもり」の情報を確認できるエリアが拡がったことです。弊社のシステムには温度センサや人感センサが接続されており、浴室の利用状況、例えばだれかが「入室した」、「退室した」、「浴槽へ入った」、「浴槽から出た」といった状態をモニタしています。スマートフォンで入浴時間を設定しておくと、設定時間を経過した際に入浴状態のお知らせを受け取ることができます。従来機種では、こうした情報は台所のリモコンに出力していました。今回の機能追加により、宅内のどこにいても、スマートフォンで情報を確認できるようになりました。
――高齢者などの入浴事故を早期に発見できそうです。
小椋:ヒートショック現象などにより、交通事故による死者よりも多くの人が浴室で亡くなっています。今回の製品は、入浴事故件数の低減に寄与すると考えています。
――そのほかの特徴は?
小椋:離れて暮らす家族の給湯器の使用状況(お湯の使用量、お湯はり実績など)をスマートフォンで確認する、といった使い方が可能です。日々の活動を感じられるので、家族の安心につながります。
無線モジュールのCPUを最大限活用。IoT無線端末開発の常識を覆す
――今回の開発では、事前にどんな要求があったのでしょう?
山下(ノーリツ):ハードウェアには、二つの要求がありました。一つ目の要求は実装面積です。リモコンのサイズは小さく、無線通信の機能を4cm×2cm程度の基板に収める必要がありました。二つ目はハードウェア資産の再利用です。弊社は、リモコンからUI機能を取り除いた「アダプタ型」と呼ぶ製品を持っています。開発する回路の一部をアダプタ型の機器に流用したい、という要求がありました。
――アダプタ型とは、どのような用途で使う製品ですか?
山下:業務用給湯器システムのサーバ連携で使用します。
――そのほかの要求は?
山下:ソフトウェアには、三つの要求がありました。一つ目の要求は処理能力です。リモコンは給湯器本体との間で、大量のデータをやりとりします。さらに今回の機種は、スマートフォンやサーバ、HEMS機器(Echonet Lite)と通信するなど、IoTゲートウェイ的な役割を担います。CPUにはある程度の処理能力が求められます。二つ目はリアルタイム性です。給湯器は火を扱う製品なので、誤判定してしまうと安全性が損なわれます。具体的には、μs(マイクロ秒)オーダという短い時間でノイズ除去の処理を完了する必要がありました。三つ目は将来を見据えた機能拡張への対応です。
――どのような検討を経て、無線LANモジュールやOSを選定したのでしょう?
山下:まずハードウェアの構成を決め、それに基づいた無線モジュール、最後にOSを選定しました。
――ハードウェアの構成はどのように決めましたか?
山下:UI機能のないアダプタ型を考慮すると、リモコンの機能をUI処理部と無線処理部に分け、後者単独でもアプリケーションを実行できる構成にする必要があります。そうなると、無線処理部については、ソフトウェアの動作に必要なシステムリソース(CPU、ROM、RAM)と無線LANチップを一体化したモジュール型の製品を利用するのが妥当と考えました。
――採用した無線LANモジュールの仕様は?
穐池:型名は「WYSACVLXY-XZ」で、200MHzのクロックで動作するCortex®-M4コア(FPU機能搭載)や512KバイトのSRAM、無線LAN(IEEE 802.11b/g/n)の制御回路などを集積したMarvell社のマイクロコントローラ「88MW300」を搭載しています。このほかに、アンテナや水晶振動子、4MバイトのフラッシュROMも実装されており、電波法認証を取得済みです。
――なぜ、このモジュールを選択したのでしょう?
山下:他社のモジュールはRAM容量が少なく、256Kバイト以下のものがほとんどでした。将来の機能拡張を考慮すると、RAM容量はできるだけ多いほうがいい。ここが大きなポイントでした。
野田:このようなシステムでは、ホストプロセッサと無線モジュールがあって、制御や演算などのほとんどの処理をホストプロセッサに実行させ、無線モジュールは通信を行うだけ、という構成を採るのが一般的です。無線モジュールの中でほとんどの処理を完結させる、というアプローチは珍しいと思います。
山下:それは、アダプタ型への流用を考えていたためです。
野田:ここは強調したいところです。今回の太陽誘電さんの無線モジュールは、高性能なマイコンを搭載している点が一つの売りだと思います。しかし、ノーリツ様のような使い方をしていただけるユーザはまだ少ないです。今後、無線モジュールの中のマイコンを使いこなすユーザが増えてくると、IoT無線端末の開発手法が変わります。弊社のビジネス的にも面白くなる、と考えています。
――ノーリツが採用したOSは、どのような製品ですか?
野田:μITRON仕様をベースとするリアルタイムOS「μC3/Compact」です。このOSに加えて、TCP/IPプロトコルスタックやセキュリティソフトウェア、統合開発環境など、無線LANのアプリケーション開発に必要なソフトウェア一式をまとめた「μC3/WLAN SDK」を採用していただきました。
――なぜ、このOSを選択したのでしょう?
山下:一番、目を引いたのは、OSやプロトコルスタックが必要とするメモリリソースが非常に小さい、という点です。私自身、過去にITRON OSを作成した経験があるので分かるのですが、コンパクトにまとまっていることに感心しています。
野田:使い方にもよりますが、μC3/Compactは2.4K~10KB程度のROMで動作します。
――このOSで、将来の機能拡張に対応できますか?
山下:システムをフルスクラッチで組む開発手法では、いずれタイムリーに市場へ製品を投入できなくなり、Linuxやその他のオープンソースソフトウェアの資産を活用するときが来る、と見ています。その点、イー・フォースさんは「μC3+Linux」というパッケージを用意しており、これを使うとマルチコア上でμC3とLinuxを共存させることができます。これが、将来の拡張性に対する安心材料の一つとなっています。
「簡単接続」の調整やサーバ認証も手厚いサポートで解決
――顧客サポートは、満足のいくものでしたか?
山下:ていねいに対応していただいたおかげで、遅滞なく製品を出荷できました。例えば、無線ルータの接続プロトコルにWPS(Wi-Fi Protected Setup)、いわゆる「簡単接続」と呼ばれるモードがあります。やっかいなことに、市場に出回っている無線LANルータは、WPSに関する動作が少しずつ異なります。この違いを吸収するため、タイマ設定などの細かいチューニングが必要になります。
――μC3には「Configurator」という設定ツールが用意されています。
山下:Configuratorは視覚的に分かりやすく、いろいろな設定を簡単に試せる良いツールなのですが、それだけでは手が届かない部分の問題でした。この件をイー・フォースさんに相談したところ、無線LANドライバ(サプリカント)に手を入れていただくことで、無事に問題が解決した、というケースがありました。
――ほかに、サポートによって解決した事例は?
山下:サーバ認証についてサポートを受けました。サーバの失効確認では、CRL(Certificate Revocation List)を利用するのが一般的です。しかしこの方法だと、認証局が発行したサーバの失効リストのファイルをリモコンにダウンロードしてチェックする必要があり、メモリリソースを食います。これについて相談したところ、代替案としてファイルの読み込みが不要なOCSP(Online Certificate Status Protocol)方式を提案していただき、その機能を迅速に開発していただきました。
――ガス給湯器の製品開発について、ノーリツの今後の展開は?
小椋:今回のリモコンは「見まもり」の機能が一番の売りです。この「見まもり」を、給湯器の市場にもっと浸透させたいと考えています。そのために、リモコンの機能アップも行いますが、併せてクラウドサーバを活用したサービスの充実も図っていく方針です。
――太陽誘電の今後の展開は?
穐池:無線モジュールは”規格もの”の製品です。続々と登場する新しい規格に遅れることなく、継続して新製品を市場に投入していきます。また、モジュールが取得している主要国以外の各国電波法認証をご要望のユーザには、その取得サポートを通じて迅速な市場投入を支援していきます。高周波部品や半導体などのモジュール化は当社の得意とするところですが、内蔵しているマイコンの能力を生かすには、イー・フォースさんのようなソフトウェアベンダとの連携が欠かせません。今後もパートナと協力し、スピード感を持ってユーザにソリューションを提案していきたいと思います。
――イー・フォースの今後の展開は
野田:IoTのクラウド側の構成は、ユーザごとに異なります。ベンダの都合で細部の仕様が変わったり、頻繁にセキュリティ機能が更新されたりしています。そのため、IoTがからむ領域では、ソフトウェアを柔軟にアップデートできる機能とセキュリティのさらなる強化が必須となります。当社は、この問題にきちんと対応していきます。
APS EYE’S
最新の通信規格への準拠はもちろん、高性能マイコンも統合した太陽誘電の通信モジュール。このハードウェアを最大限に活かしたのは、高い接続性と省フットプリントを誇るイー・フォースのRTOS製品μC3だ。通信とOSの融合が、スマート・ホームを進化させる。
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