ローパスフィルタ(LPF:Low Pass Filter)とハイパスフィルタ(HPF:High Pass Filter)は、電子回路において重要な項目の一つです。今回は、パッシブ・フィルタと呼ばれる抵抗、コンデンサ、インダクタで構成されるLPFとHPFの特性をLTspiceとADALM1000を使って調べてみましょう。
フィルタ回路
インダクタのインピーダンスは周波数に比例し、コンデンサのインピーダンスは周波数に反比例します。 これらの特性を利用して、入力信号の特定の周波数を「通過」または「遮断」することができます。 この周波数の「通過」と「遮断」は「フィルタ」と呼ばれ、これを行う回路を「フィルタ回路」と呼んでいます。
パッシブ・フィルタ回路
抵抗やコンデンサー、インダクタで構成されるフィルタ回路は、「パッシブ・フィルタ回路」と呼ばれています(図1)。パッシブ・フィルタ回路では、入力された信号のゲインが時定数を境に変化する回路です。
パッシブ・フィルタ回路のメリット
- 大きな電力が扱える
- 対応する周波数レンジが広い
- 電力の消費が極めて少ない
- ローコストで実現できる
パッシブ・フィルタとアクティブ・フィルタ
パッシブ・フィルタに対して、トランジスタやOPアンプで構成したフィルタ回路をアクティブ・フィルタと呼びます。今回は、アクティブ・フィルタについては触れていません。
ボード線図
ボード線図は、周波数とゲインの関係を示したグラフです(図2)。周波数と位相の関係をグラフにしたものもあり、フィルタの周波数特性を視覚的に確認できるグラフです。フィルタ設計時には、よく目にするものです。
フィルタ回路の応用例
フィルタ回路は、様々な回路に応用されていますので、簡単に紹介します。
- SW入力のチャタリング防止
- マイコンのリセット回路
- 電源用ノイズフィルタ
- LPFとHPFを組み合わせて、特定の周波数帯だけを通過させるBPF
- LPFとHPFを組み合わせて、特定の周波数だけをカットするBEFもしくはBSF(バンドエリミネーションフィルタ、バンドストップフィルタ)
- OPアンプと組み合わせて使用する
- 何段も利用して、鋭いフィルタ(急峻なフィルタと呼んだりもする)を作る
- センサーのアナログフロントエンドとして
- 3つ以上の素子で構成するπ型やT型などのフィルタの形がある
他にも多くの回路で実際に利用されています。オーディオ機器から地磁気のなどの微弱なアナログ信号までどんな回路にも利用されています。
フィルタと時定数の関係
フィルタ回路で着目すべき点は、入力された信号源に対して、約0.7倍にあたる電圧になる周波数です。この周波数は、カットオフ周波数といって、時定数に相当する周波数と言い換えることができます。(図3)
一般的に、この0.7倍の電圧になることを、dB(デジベル)で表記すると-3dBと表します。この-3dBになるための条件は、下記の式になります。
この式のVinを1に指定した場合、Voutが0.7になります。
つまり、入力電圧から0.7倍になる周波数が、カットオフ周波数になり、その周波数を境に、電圧が増えたり減ったりするわけです。
周波数が上がるにつれて、電圧が減る方向に対しては、LPFとなります(図4)。
周波数が上がるにつれて、電圧が増える方向に対しては、HPFとなります(図5)。
ただし、HPFの場合は電圧が増えるといっても、一定の周波数以上の場合は、その回路の構成要素で上限が決まります。
この周波数は、何で決まるかといえば、抵抗やコンデンサ、インダクタです。
カットオフ周波数の算出
抵抗とコンデンサの場合
例として、1Kohmと1uFのコンデンサを考えてみましょう。時定数の周波数は、次の式で表すことができます。
1Kohmと1uFなので、式に代入すると、
となり、159.1596371[Hz]が算出できます。
LPFの場合は、この周波数159.15Hzを境に、それ以上の周波数が入力されると電圧が低下します。
HPFの場合は、この周波数159.15Hzを境に、それ以下の周波数が入力されると電圧が低下します。
抵抗とインダクタの場合
今度は、抵抗とインダクタの場合を考えてみましょう。
例として、100ohmと22mHのインダクタを考えてみましょう。時定数の周波数は、次の式で表すことができます。
100ohmと22mHなので、式に代入すると、
となり、723.432[Hz]が算出できます。
LPFの場合は、この周波数723.432Hzを境に、それ以上の周波数が入力されると電圧が低下します。
HPFの場合は、この周波数723.432Hzを境に、それ以下の周波数が入力されると電圧が低下します。
LPFとHPFを作って確かめてみよう
実際に、LPFとHPFを作って、周波数特性とゲインの関係をLTspiceとADALMで見てみましょう。
RC LPF
はじめに、RC回路のLPFを調べてみましょう。抵抗に1Kohm、コンデンサは1uFを使用しています。図6のように回路を構成し、上記で計算した159.1Hzあたりで減衰しているかを確認します。
LTspiceの場合
LTspiceの場合を見てみましょう。緑の実線部分が、該当します(図7)。破線部分は、位相を表しています。実線部が-3dB近辺にあるときが、概ね160Hz近辺になっています。
ADALMの場合
ADALMの場合を見てみましょう。周波数を160Hzあたりで約-4dBになっています(図8)。回路に含まれる寄生容量などの影響があるので、理想通りとは言えませんが、減衰するポイントは近いです。カットオフ周波数としては、もう少し手前にあると言えるので、150Hzあたりになります。
このように、理論値と実際の値のずれを認識することで、どの要因でずれていくのかを絞り込むことができます。この波形に近づけるように、LTspiceでパラメータを調整してみたり、実際のパーツの抵抗値を測ったりすることで、実際の値に近い設定で波形や電圧などを確認できます。
LR LPF
今度は、抵抗100ohmとインダクタ22mHを使用したLPFを調べてみましょう。図9のように回路を構成し、上記で計算した723Hzあたりで減衰しているかを確認します。
LTspiceの場合
LTspiceの場合を見てみましょう。緑の実線部分が、該当します(図10)。実線部が-3dB近辺にあるときが、概ね700Hz近辺になっています。
ADALMの場合
ADALMの場合を見てみましょう。周波数を731Hzあたりで約-5.4dBになっています(図11)。これも計算値とはずれていることが確認できます。-3dBのポイントは、もう少し手前にありそうです。700Hzよりも前にありそうです。
同じLPFでも使用するパーツやその誤差により、カットオフ周波数が変化するのかがわかると思います。
RL HPF
次に、HPFを見てみましょう。RL回路で構成するHPFには、抵抗に100ohm、インダクタは22mHを使用します。カットオフ周波数は、上記で計算した723Hz近辺です。
図12のように回路を組んで、カットオフ周波数近辺でゲインが変化するかを確認します。HPFは、カットオフ周波数より低い周波数帯では、ゲインが低くなります。
LTspiceの場合
LTspiceの場合を見てみましょう。緑の実線部分が、該当します(図13)。実線部が-3dB近辺にあるときが、概ね700Hz近辺になっています。HPFなので、700Hzよりも前の信号がカットされ、700Hzに近づくにつれ、信号が通過することができるフィルタになっています。
ADALMの場合
ADALMの場合を見てみましょう。理想的なパーツではないため、LTspiceの波形とは少々異なります。20Hzあたりの信号からカットオフ周波数に近いところまでは、-6dBくらいで推移しています(図14)。カットオフ周波数近辺で観測すると、-4dBになっていましたが、比較的大きく乖離しているわけではないということが確認取れます。
RC HPF
今後は、RC回路で構成するHPFを調べてみましょう。抵抗は1Kohm、コンデンサは、1uFを使用します。カットオフ周波数は、上記で計算した159Hz近辺です。
図15のように回路を組んで、カットオフ周波数近辺でゲインが変化するかを確認します。HPFは、カットオフ周波数より低い周波数帯では、ゲインが低くなります。
LTspiceの場合
LTspiceの場合を見てみましょう。緑の実線部分が、該当します(図16)。実線部が-3dB近辺にあるときが、概ね160Hz近辺になっています。HPFなので、160Hzよりも前の信号がカットされ、160Hzに近づくにつれ、信号が通過することができるフィルタになっています。
ADALMの場合
ADALMの場合を見てみましょう。周波数を160Hzあたりで約-3.4dBになっています(図17)。これも計算値よりも若干ずれていることが確認できます。-3dBのポイントは、もう少し後ろにありそうです。170Hzくらいにありそうです。
まとめ
今回は、抵抗やコンデンサ、インダクタを使用してフィルタ設計の基礎的な部分を学びました。同じフィルタでも、構成する素子でカットオフ周波数の違いなど、体験できたのではないでしょうか。まずは、このシンプルなフィルタ構成を理解することがとても重要です。身近に搭載されているフィルタ回路をLTspiceやADALMで確認することで、回路設計の奥深さを知ることができると思います。ぜひ、みなさんも、フィルタ設計にチャレンジしてみてください。
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