半導体製造プロセスはとても繊細で難しい
チップのアーキテクチャ、回路設計ノウハウ、使⽤する微細化プロセス、製造する設備、環境、管理⽅法、パッケージ、メモリの種類やサイズの選定など、半導体を作る上で影響する要素を上げたらこれだけで論⽂が書けます。微細化が進めば進むほど、⾼性能な半導体(⼩さくて低消費電⼒)を作ることができるが、その製造ハードルがどんどん上がっていきます。
先端プロセス(2021年現在ではTSMCの7nm以下と思ってください)の製造を⽴ち上げる際、最初に載せる製品の設計難易度にもよりますが、最初の1−2年はなかなか歩留まりが上がりません。この⽴ち上げ期間に多くのプロセスエンジニアたちが知恵を絞って製造装置などのチューニングをし、製品品質要求テストに合格し、尚且つ歩留まりを8〜9割まであげていかなければ⽬標製造コストに達するところまで辿り着きません。
通常⼀早く先端技術を採⽤できる製品は単価と利幅が⾼く、数量が多い製品に限られていました。例として数量の多いスマホで使っているメインチップやパソコン、サーバーのCPU、ゲーム⽤グラフィックカードなどがあります。
しかし、先端プロセス技術が必要で、単価が⾼く、それで品質要求は⾼くないアプリケーションが2015年ごろに出現しました。それが暗号通貨のマイニング専⽤チップです。(「仮想通貨」は⽇本では⼀般的に呼ばれていますが、「暗号通貨(Crypto Currency)」が正しいと思いますのでここでは暗号通貨を使います))
2017年、ビットコイン(BTC)がUSD20,000突破で暗号通貨マイニング専⽤チップブーム
通常BTCのマイニングではnVidiaのゲーム⽤グラフィックカードを複数使ってハッシュ(Hash)計算を並列でやることはよく知られています。しかしグラフィックカードを使ったやり⽅ではとても効率が悪く、無駄に⼤量な電⼒を消費します。当時BTCのマイニングの損益分岐点はUSD$5,000ぐらいと⾔われていましたが、USD$10,000〜20,000以上の値上がりとなり、マイニングに特化した専⽤半導体(ASIC)を設計し、マイニングを効率よく⾏うための設計会社が中国で何社も現れました。当時業界で有名だったのがBitmainという中国の会社で、2017年ごろTSMCの中国No.1⼤⼝顧客にもなりました。
なぜマイニング専⽤ASICは先端プロセスを使うが品質に拘らないかについて説明していきたいと思います。マイニングASIC基本設計はそう難しくはなく、おおまかなチップ製造条件として;
- 出来るだけ多くのハッシュ計算ユニットを⼀つのチップに並列で載せる
先端プロセスの微細化によって1つの⼩さいチップにたくさんのハッシュ計算ユニットが詰め込める - ゲーム⽤グラフィックチップより⾼速で多くのハッシュ計算を処理し、電⼒をできるだけ下げたい
専⽤半導体で100倍以上のハッシュ計算効率と先端プロセス採⽤で⼤幅に電⼒が下げられる - (BTCの値が⾼い為)コスト度外しで品質より早く市場に投⼊をし、⼤量に売って、製品品質として9ヶ⽉〜1年持てばいい⼗分元が取れる
ファウンドリーからすれば最先端プロセスの⽴ち上げの慣らし運転と先端技術の投資回収に最適な製品
この時、ビジネスチャンスと気づいたSamsungは真っ先にファウンドリーと並⾏して⾃社でもマイニングASICを設計して作っていましたが、⽇本企業では暗号通貨はギャンブル性が⾼いと敬遠していたところがほとんどでした。
マイニングブームの第2波到来
2018年1⽉、暗号通過取引場のコインチックでモナコインの盗難を⽪切りに⼀時US$500ドルまで値下がりしたBTC、その後体⼒のないマイニングASICメーカーは市場から姿を消えました。しかしコロナパンデミックで各国の歴史的な財政出動からくるインフレヘッジや著名⼈の参⼊など市場を刺激したニュースとともに2021年4⽉にBTCが⼀時最⾼値の$60,000を超え、その後上下幅はジェットコースター並みに激しいが、現在(2021年5⽉末)でもUSD30,000付近で推移しています。同時にマイニング⽤にnVidiaのゲーム⽤グラフィックカードと同じくマイニング専⽤ASICが再加熱し、どこの販売サイトを⾒ても品切れ状態です。
TSMCのような半導体委託製造会社にとって、マイニング⽤ASICの製造はあまり品質に⽂句の⾔わない⾼利益をあげられる太客であります。私が社⻑であれば間違いなく(こっそりと)製造キャパの優先を指⽰するでしょう。
このようにマイニングASICの需要はステイホームで増えるPCやサーバーなどのIT機器の需要に加え先端半導体プロセスのサプライを裏で逼迫させています。
しかし、マイニングASICの需要が多すぎて、TSMCも少しキャパを他に回す⽅向で動いているようです。
TSMC Reportedly Limits Supply To Bitcoin Mining Players As Demand Surges Amid Crypto Frenzy
⾞載半導体技奪戦の予想と⾒解
コロナ渦の中で暗号通貨の⾼騰(BTCがUSD10,000を切らない限り)が続けば、しばらく半導体のサプライは逼迫が続くと⾒ています。特に半導体不⾜の影響で最近のニュースでよく取り上げられている⾞メーカーの減産は、⾞載向け半導体を製造しているファウンドリーから⾒れば「数量が少なく、品質に厳しい、それに利幅が⼩さい」と厄介な製品であり、上で説明したBTCのマイニングASICと⽐べたら最⼤の利益を⽬指す企業として⾃然に優先順位は低くなるでしょう。
今後⾃動⾞向け半導体の調達を「キャパ前払いで契約」的な事をしない限り、この先しばらく苦しい状況が続くと思います。
トヨタ⾃動⾞から始まり、多くの⼤⼿メーカーは「カンバン⽅式」とも⾔われる「Just in Time」で徹底的に在庫の無駄をなくしてきました。この調達⽅法は購⼊側のメリット以外に何もありません。⾃動⾞メーカーもそろそろ調達⽅法を「カイゼン」しないと今後間違いなく増える⾞載半導体の調達は引き続き苦しくなるでしょう。
追伸:この原稿を書いている最中、ライムリーにテスラが半導体調達戦略の⼀環で半導体⼯場を習得するニュースが流れ込んできた。もう調達のカイゼンは始まっている。
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