2017年にミラクル・リナックスと合併し、さまざまなLinuxソリューションを提供するサイバートラスト株式会社(以下、サイバートラスト)は、組み込みLinux分野で日本を代表するリネオソリューションズ株式会社(以下、リネオソリューションズ)との事業提携を発表した。また、ユビキタスAIコーポレーション社で代表取締役を務めてきた佐野勝大氏がIoTビジネスの執行役員に就任するなど、組み込み事業のさらなる強化を進めている。組み込みのスペシャリスト達が集結した意図と、最新ソリューションである「EM+PLS」と合わせて話を聞いた。
集合写真(左より)
サイバートラスト株式会社 副社長 執行役員 IoTビジネス推進 兼 一般社団法人組み込みシステム技術協会 副会長 佐野 勝大(まさひろ)氏
サイバートラスト株式会社 副社長 執行役員 兼 技術統括 兼 CTO プリンシパルエバンジェリスト 伊東 達雄 氏
リネオソリューションズ株式会社 代表取締役社長 小林 明 氏
目次
産業分野にもLinuxが浸透。リアルタイムOSからLinuxへの移行が本格化
――まず、皆様の経歴と、各々の立場から見た組み込みLinuxの歴史についてお聞かせください。
伊東(サイバートラスト):僕はもともと、UNIXのカーネルを開発していまして、2000年からはミラクル・リナックス社でMIRACLE LINUX[*1]の開発に関わってきました。2006年あたりから家電や携帯端末などの組み込み分野も手掛けるようになりました。長い間エンタープライズ分野を担当しておりましたので、組み込み分野特有の開発スキームなどに最初は戸惑いがありました。2008年頃にリネオソリューションズと共同でプロジェクトを担当する機会があり、そのときに随分と組み込みについて学ばせてもらいました。
[*1] 日本オラクルなどの出資により2000年に設立されたミラクル・リナックス社が2002年より提供しているLinuxディストリビューション。同社はSBテクノロジー株式会社の子会社を経て、2017年10月1日にサイバートラストと合併した現在も販売を継続している。
小林(リネオソリューションズ):リネオソリューションズはもともとユナイテッドシステムエンジニアという社名で1984年の創業[*2]の企業です。Linuxが登場して間もない1993年のある日、創業社長が「明日からLinuxやるぞ」と言い始めて。インターネットの黎明期ということで、その時流に乗ろうと考えたようです。その後、携帯端末向けの開発などを進め、シャープ社のLinuxザウルス[*3]の実装などを担当しました。日本で組み込みLinuxへの注目度が高まったのも丁度その頃からで、インターネットの普及も背景に、組み込み分野へのLinuxの浸透は目を見張るものがあったと感じます。
[*2] 1999年に米国Lineo社の100%子会社になったのち、2002年のMBOを経て、2003年に社名をリネオソリューションズとする。
[*3] 2001年12月に米国で発表された「Zaurus SL-5500」および2002年6月に日本で発表された「Zaurus SL-A300」。俗称「リナザウ」
――佐野さんは違う立場でお仕事をされていた。
佐野(サイバートラスト):私は1998年から2008年まで、日本マイクロソフトで組み込みシステム向けのWindows[*4]のプロダクトマネージャーやビジネス開発を担当していました。ATMやPOS端末、家電、カーナビなど、とにかくWindowsが入っていないところにすべてWindowsを入れるんだ、と。ですから組み込みLinuxとはあらゆる案件でぶつかっていて、Monta Vista社やリネオソリューションズ社など、組み込みLinuxなどのベンダーさんは完全なコンペ(競合)でした(笑)。
2010年にユビキタス(現ユビキタスAIコーポレーション)に移って、今度はオープンソース側に立つことになりました。メーカーさんがLinuxを製品に使おうとすると、機器ごとにネットワークやセキュリティ、ファイルシステムなどのライブラリやドライバなどをいろいろ集めなければならない。そこで、必要なIPはユビキタスが全て揃えますから、メーカーは本来の付加価値の開発に注力していただく。そんな取り組みをしてきたのが、ここ10年の私の仕事ですね。
[*4] Microsoft Windows CE(Embedded, Handheld PC/Pocket PC -> Windows Mobile, Windows Automotive), Windows NT/XP Embeddedなどの製品群、現在はWindows 10 IoTに集約
――伊東さん小林さんは国内でLinuxが普及する前から、まさに先駆者としてLinuxに関わっていらした。そして、佐野さんも国内のLinuxビジネスをチャレンジしていったと。皆さんの見立て通り、今やエンタープライズ分野ではLinuxは普通に利用されています。また、コンシューマや自動車、産業分野でもLinuxは使われていると思いますが、実際にはどのような状況なのでしょうか。
伊東:自動車分野では以前からLinuxが使われていますが、プロプライエタリー(独自仕様)な世界、製造系や産業系では今もリアルタイムOSやノンOSが残っています。でもインフォテインメントの進化や、コネクテッドカー、自動運転のような新しいコンセプトが認知され、ようやく、Linuxへの切り替えの検討がスタートし、その動きが本格化してきたように思います。今まさに進行中で、2021年~2023年あたりに移行のピークを迎えるんじゃないかと見ています。
小林:また、IoTの登場により、端末側だけに留まらず、サーバー側にも目を向けなければならなくなった、ということも重要な変化です。システム全体を理解しなければサービスの構成が難しい。僕らはずっと端末側で仕事をしてきましたが、IoTサービスとして、サーバーまでトータルに考えると一社だけではシステムを構成出来ない時代になってきたなと感じています。さまざまなベンダーが得意な技術やソリューションを持ち寄って、お客様は競争領域に集中していただく、というのが今の流れです。
長期サポートや真正性の確保など、新たなニーズに応える「EM+PLS」
――IoTというキーワードはここ数年でだいぶ浸透してきたように感じます。そうしたトレンドを踏まえて、これからの組み込みLinuxには何が求められていくのでしょうか?
伊東:大きく2つの要求があると考えています。まず、産業分野で使われ始めたということで、産業機器のライフサイクルである10年、15年といった長期にわたるサポートが必要になってくるだろうと見ています。脆弱性がある日発見され、インターネット越しに攻撃されては困るわけですから、ファームウェア・アップデートという形で、メーカーは製品に対して長期にセキュリティ・パッチを出し続けないといけません。
もうひとつは、IoTであらゆるものがつながる時代になったときに、つながった相手が本物かどうかを確認する手段が新たに必要になってきます。この機器は正しいですよ、信頼できますよ、という、セキュリティのいわば一丁目一番地の部分ですね。
佐野:アメリカ政府は調達基準の中でセキュリティ基準を明確に設けていますし、総務省も端末機器の認証ガイドラインを出したように、ネットワークにつながる機器はそういったセキュリティ機能を有していないとこれからは販売ができなくなっていきます。実際に、ソフトウェアやサービスの提供では開発と運用の両面を考える「DevOps」が提唱されてきましたが、最近ではセキュリティ対策も加えた「DevSecOps」へと変わりつつあって、業界全体としてセキュリティの設計プロセスを組み込むことがとても重要であるという流れになっています。
――市場の変化に対して、サイバートラストはどのように対応していくつもりですか?
伊東:産業や自動車といった分野のお客様に「EM+PLS」(イーエム・プラス)というサービスを2019年10月から提供開始しました(図1)。
EM+PLSには三つの柱があります。一つ目の柱は、長期サポートを特徴とする「EMLinux」です(図2)。Linux Foundation下にあるCIP(Civil Infrastracture Platform)プロジェクトのカーネルをベースに、組み込みに必要なさまざまなパッケージを組み合わせたLinuxで、サイバートラストでは10年間にわたってサポートを提供し続けます。また、EMLinuxは、業界標準のOpenAMP(Asymmetric Multi-Processing)技術の活用により、ハイパーバイザーを使わずにリアルタイムOSと共存させるなど、いままでリアルタイムOSを中心に利用されていた方にも使いやすい仕組みを取り入れています。
二つ目の柱は、接続相手の真正性を確認するトラストサービスです。サイバートラストは電子認証局を運営していますので、そのノウハウを活用し「固有鍵」を埋め込んだ機器の一意性を担保する仕組みを提供します。もちろんEMLinuxには、このトラストサービスに対応した認証基盤があらかじめ組み込まれています。
最後の柱は、ソフトウェア開発プロセスの効率化やソフトウェアサプライチェーンをセキュア化するコンプライアンス・ツールの拡充です。一例を挙げますと、イスラエルのAIベンダーと組んで、出荷前のバイナリイメージを分析し、ソフトウェアの脆弱性チェックの自動化するツールなどを提供していきます。
佐野:伊東が説明したトラストサービスは、専門的には「真正性」と呼びますが、分かりやすく言うと「本物性」を保証する仕組みです。ウェブサイトの真正性を、電子認証局により認証するように、機器に格納した固有鍵を使って真正かどうかを認証します(図3)。これは電子認証局を運営しているサイバートラストだからこそ、実現できたと考えています。APSマガジンvol.19でも紹介していただいていますが、既に東芝デバイス&ストレージ社が認証用の固有鍵をハードウェアで組込んだ汎用マイコンの開発を表明されています。
――EM+PLSが目指す領域は、やはり産業機器が中心になりますか?
伊東:その通りです。10年の長期サポートが必要、かつ、リアルタイムOSあるいはノンOSな環境から、オープンなLinuxに切り替えようとしている領域へまずは提案していきます。工作機械、制御機器、医療機器、鉄道システム、電力システムなど、幅広い分野が対象となります。
リネオと事業提携をスタート。組み込みLinuxをトータルで提供
――話は変わって、サイバートラストは2019年7月に、リネオソリューションズとの事業提携を目的に、持ち株会社であるリネオホールディングスの株式取得を発表しました。Linuxを長年手掛けてきたサイバートラストと、組み込みインテグレーションで実績を持つリネオソリューションズとの組み合わせということで、業界でも話題になりましたが、どういった狙いがあるのでしょうか。
伊東:産業分野でLinuxに切り替える動きが活発化してきた今、ビジネス的にチャンスである一方で、「EM+PLS」をはじめとするソリューションやサービスを提供していくためには、われわれの技術リソースだけでは対応しきれないところも出てくるだろう、と。そこで、組み込みLinuxに関して高い技術力と実績を持つリネオソリューションズと連携することにより、開発リソースを拡充させ、われわれのお客様だけではなくリネオソリューションズのお客様にも長期サポートやトラストサービスの価値を提供できるような体制を築きました。各々で組み込みLinuxの新しい市場を開拓するより、一緒に進めたほうが効率的になると考え、今回の資本提携に至りました。
――なるほど、「EM+PLS」のような革新的なソリューションを提供していくためにも提携は必須だったということですね。ところで、一般的なパートナーシップによって開発力を強化するやりかたもある中で、今回の事業提携はそういった「疎結合」ではなくいわば「密結合」と言えるかと思います。あえて密結合にした理由をお聞かせください。
小林:これまでの経験から、業界でよくあるエコシステムやパートナーシップの関係ですと、実際のビジネスは加速しないと感じています。そのため、今回の資本提携という形には強く期待をしています。サイバートラストはサーバー側のこともよくご存知ですし、セキュリティに関してもいわゆるセキュリティ・バイ・デザインとして取り組んでいて、「EM+PLS」のようなコンセプトのサービスも持っています。そこに僕たちリネオソリューションズが得意とする、ハイバネーション技術をベースにした起動の高速化技術「LINEOWarp!!」や、リアルタイムOSとLinuxを両方搭載するハイブリッド構成技術、遠隔デバッグを実現するパートナー・ソリューション、組み込みLinux全体のインテグレーションのような様々な技術を組み合わせることにより、さらに良いモノを提供できるんじゃないかと感じています。僕たちリネオ自身もすごく楽しみですね。
伊東:小林さんがおっしゃるように、IoTの時代になると、組み込み技術はもちろん、実はクラウドの技術も知らないといけないんですよね。私たちはもともとサーバー向けLinuxをやってきましたし、電子認証局を運営するために独自のデータセンターを持っていて、さらにセキュリティ技術も持っている。これらを三位一体で持っているのが僕らの強みだと思っています。そこにリネオソリューションズの組み込み開発のノウハウや、高速起動技術が組み合わさるわけです。
機器メーカーさんが、従来のリアルタイムOSやノンOSで構成されていた機器へLinuxを載せようとしたときに、そのメーカーさんはLinuxにあまり詳しくないかもしれない。そうなると、より簡単に開発に取り組めるよう、組み込み開発に必要なパーツをトータルで提供できることが求められてきます。そういったニーズに対して応えていくにはリネオソリューションズとの提携は大きな意味があると考えています。
――さらに、これまでユビキタスAIコーポレーションで社長を務めてきた佐野さんがサイバートラストに入られました。リネオソリューションズとの事業提携と合わせて、一気に脇を固めてきた感じですね。
佐野:ユビキタスAIコーポレーションで社長をやってきた人間がなんで? と驚かれる方もいらっしゃるとは思うのですが、社長を5期務めた間に利益をしっかり出せる会社にして、信頼できる仲間に託して退任したタイミングで、サイバートラストからお誘いをもらいました。さっき伊東が言ったように、セキュリティや認証のようなIoT時代の核となる技術を持っている会社って国内ではほとんどないんですね。実は以前から、受託主体の日本のソフトウェアベンダーが自分たちで価値や製品を提供できるよう業界を盛り上げていきたいと考えていて、技術を持つサイバートラストに入ればそうした想いを少しでも実現できるんじゃないかと。協調できるところは協調して、競争するところは競争する、そのための基盤としてIoTに必要となる部品を提供するので、お客様やパートナー様と協調して日本の産業界を今まで以上に世界で戦えるようにしていきたい。僕自身のキャリアの集大成としても、新しい立場から産業界に貢献できたらいいなとの想いで決断しました。
伊東:業界団体の要職も務めるなど組み込み業界のことを知り尽くしている佐野が当社に来てくれて本当に心強く思っています。先ほども触れたように産業分野で残っていたRTOSやノンOSがLinuxに置き換わろうとしていますし、IoTも実用フェーズに入ってきたなかで、リネオソリューションズと佐野という強力な仲間を得て、「組み込みのことだったらサイバートラストに相談すれば安心だよね」、というイメージをすべてのお客様に持っていただきたいなと。
EM+PLSなどの提供を通じて組み込み分野の進化を牽引
――お話いただいたような取り組みの強化は、組み込み分野の顧客から見てもさまざまなメリットがあるかと思います。最後にこれからの展望をお願いします。
小林:リネオソリューションズが組み込みLinuxを始めてから20年以上が経ちました。今後は僕らが培ってきた組み込みの技術をサイバートラストと共有していきます。うちのエンジニアは、特に地味な部分をコツコツやるのが得意なので、お互いに良い製品を作っていきたいと思っています。
ちなみに、2019年11月20日から22日にパシフィコ横浜で開催される「ET&IoT Technology 2019」(旧ET展)で、リネオソリューションズとサイバートラストが共同でブースを構えます。
佐野:さきほど説明したようなソリューションをはじめ、組み込みLinuxにノウハウや強みを持っている仲間を増やしながら、日本の組み込み開発の進化に貢献していきたい、牽引していきたいと願っています。そして、エンドユーザーの方々に喜んでいただけるような新しいサービスやビジネスをお客様と一緒に創り上げたいと思います。私はサイバートラストでは営業担当なので、ぜひ気軽に声を掛けてください。
伊東:10年間の長期サポートを保証するEMLinux、機器の真正性を担保するトラストサービス、ソフトウェアの開発プロセスの効率化とサプライチェーンをセキュア化するコンプライアンス・ツールという三つの柱を持つ「EM+PLS」を中核に、日本の製造業や組み込み業界が世界で戦えるように微力ながらお手伝いしたい。それが私自身のいちばんやりたいことですね。そのためにも、組み込みLinuxといえばサイバートラスト、と業界で認知されるように取り組んでいきます。
「ET&IoT Technology 2019」(旧ET展)の会場で、APSが主催するOSセミナーにて講演を行います。ぜひお立ち寄りください。
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