1991年に誕生し、オープンソースやコミュニティといった新しい枠組みを生み出すなど、ソフトウェア業界に大変革をもたらしたLinux。さまざまなLinuxディストリビューションが流通するなかで、存在感を増しているのが組み込み向けLinuxとしてトップクラスのシェアを持つ「Wind River Linux」である。ウインドリバー日本法人で代表取締役を務める中田知佐社長に、取り組みや特長を訊いた。
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ウインドリバー株式会社
代表取締役社長 中田 知佐 氏
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目次
2004年に生まれたWind River Linux、商用組み込みLinuxとしてトップシェアを獲得
――ウインドリバーはソフトウェア業界を中心に広く知られた存在ですが、あらためて会社の概要を教えてください。
中田:カリフォルニア州アラメダに本社を置くウインドリバーは1981年の創業です。1987年にリリースしたリアルタイムOSの「VxWorks」が幅広い分野に受け入れられ、その名が知られるようになりました。1989年には日本法人を設立しています。
2004年には「Wind River Linux」の提供をスタートし、組み込み分野にオープンソース・テクノロジーを広める一翼を担ってきました。組み込みLinuxに対するニーズが高まり、Wind River Linuxは、通信・ネットワーク、航空・宇宙、オートモーティブ、産業機器、医療機器などの幅広い分野で採用されています。
なお、ウインドリバーは2009年にインテル社に買収されましたが、2018年6月にインテル社の傘下から離れ、現在は独立した経営となっています。
――リアルタイムOSであるVxWorksと、組み込みLinuxであるWind River Linuxには、どのような違いがあるのですか?
中田:リアルタイムOSのVxWorksには、応答が高速で、かつ、処理が一定時間内に終わるデターミニスティック性が保証されているなどの特長があります。また、きわめて高い信頼性と堅牢性を兼ね備えています。そのため、高い応答性が求められる制御機器、人命にも関わる航空機や医療機器などで使われています。「停まることの許されない、ミッション・クリティカルな機器やシステムで使われている」と言ったら分かりやすいでしょう。
一方のWind River Linuxは、「オープンである」、「自由に使える」、「堅牢なエコシステムがある」といった特長に加えて、ネットワーク機能(コネクティビティ)、画像処理機能やグラフィクス機能、クラウドとの連携など、インテリジェント化が進む近年のシステムが必要とする最新機能をいちはやく利用できるというメリットがあります。
お客様のニーズに応じて両者を提供できるのがウインドリバーの強みになっています。なお、VDC Research社の市場調査※によると、VxWorksは商用リアルタイムOSにおいて、Wind River Linuxは商用組み込みLinuxにおいて、それぞれトップシェアを獲得しています。
※出典:VDC Research The Global Market for IoT & Embedded Operating Systems (2018)
――オープンソースであるLinuxは誰もが無償で使えるなかで、Wind River Linuxのような商用Linuxを選択するメリットを教えてください。
中田:Linuxは誰でも無償で使うことができる一方で、製品やシステムに組み込んだ場合、その後に発見されるセキュリティの脆弱性にどのように対応するか、といった問題が生じます。コミュニティの活動は最新機能の開発がメインですから、古いバージョンに対するサポートはあまり期待できず、そうなると自社で脆弱性の情報を収集し、影響を評価し、必要に応じてアップデートを行わなければなりません。
また、Linuxは実際には数多くのソフトウェア・モジュールで構成されていて、適用されるオープンソース・ライセンスも100種類以上に及ぶこともあります。エンドユーザーが厳格なコンプライアンスを求めてきたとき、あるいはシステムを輸出しようとしたときに、メーカーは自社のシステムがそうしたライセンスのすべてに準拠していることを証明する必要があります。
セキュリティ対策や長期サポート、コンプライアンス関連などさまざまな付加価値を備えたWind River Linuxは、ライフタイムで見たときのROI(投資対効果)に優れている点で、お客様からご評価いただいています。
Yocto Projectの成果をベースに開発、最長15年の「長期サポート(LTS)版」ほかを提供
――続いてWind River Linuxについて伺います。どのようなディストリビューションなのか、その概要を教えてください。
中田:Wind River Linuxは、組み込みLinuxの標準化コミュニティであるYocto Project(ヨクト・プロジェクト)の開発成果をベースに、ウインドリバーならではの価値をアドオンした、インテリジェント・エッジを開発コンセプトとする組み込み向け商用ディストリビューションです(図2)。
脆弱性対応を含む最長15年の長期サポート、コンプライアンスや輸出手続きに必要なリソースの提供などが付加価値の一例です。受託開発やコンサルティング、お客様のディストリビューションの管理、トレーニングなどのサービス提供も行っており、包括的な支援が可能です。
――Wind River Linuxはどのような形で提供されるのですか?
中田:Wind River Linuxには3種類のパッケージがあります(図3)。メインとなるのが「長期サポート(LTS)版」で、標準で5年間、オプションで最長15年間のサポートが提供可能です。年に一回のメジャー・リリースと、年に数回のアップデートが提供されます。
GitHubから誰でもダウンロードできる「無償版」は、サポートや、コンプライアンスおよび輸出手続きに必要な成果物がないだけで、中身は「長期サポート(LTS)版」とほぼ同一です。そのため、POC(概念実証)やトレーニングにも最適です。無償版で評価後、製品搭載に適した商用版のLTSをご利用いただければと思います。
2020年2月にリリースした「継続的デリバリー(CD)版」はDevOpsやCI/CDなどの最新の開発モデルを想定したパッケージです。3週間ごとにリリースを行いますので、最新のコンポーネントを継続的に統合したいお客様に最適です。
――先ほど、Wind River LinuxはYocto Projectの成果をベースにしているというお話でしたが、Yocto Projectとウインドリバーの関わりについて教えてください。
中田:組み込みシステムはエンタープライズ・システムと比べてさまざまな違いがあります。具体的には、ハードウェア・リソースが限られていますし、多くの場合ローパワーでの動作が求められます。また、サポートすべきプロセッサ・アーキテクチャやI/Oハードウェアは多種に及びます。そこで、業界全体で組み込みシステムに適したLinuxの開発を進めていこうとの狙いで、Linux Foundationの下に2010年に結成されたのがYocto Projectです。Yocto Projectの成果は、現在、組み込み業界やIoT業界全体で広く採用されています。
ウインドリバーは創設メンバーとして、結成時からYocto Projectに関わってきました。現在はGoldメンバーの一社であり、かつ、アドバイザリ・ボードのメンバーも務めており、プロジェクトのガバナンスに貢献するとともに、コミュニティ内部のコミュニケーションにも積極的に参加しています。また、10名以上のエンジニアをYocto Projectのアクティブなメインテナーとしてアサインし、トップ・コントリビュータの1社としてYocto Projectコンポーネントのメンテナンスに絶えず貢献しています(図4)。
コミュニティの努力によって高い品質とセキュリティが保たれ、しかも、新しい機能の取り込みも早いYoctoの成果物をWind River Linuxのベースにしていますので、安心して製品に搭載していただけると考えています。
――これまで述べてきたWind River Linuxの特長以外に、他の商用Linuxに比べた強みはありますか?
中田:まずは、さまざまなプロセッサ・アーキテクチャやI/Oデバイスを含む幅広いハードウェアをサポートしていることです。組み込みの世界ではそれぞれの用途に合わせて多くのハードウェアの選択肢があり、ウインドリバーはそれらのニーズにいち早く対応しています。
また、製品の品質向上に社を揚げて取り組んでいることです。その証として、品質マネジメントシステムであるISO 9001:2015 の規格認証を取得しています。社内の開発プロセスにおいて開発とビルドの自動化を実現して品質を向上させています。さらにウインドリバーは、オープンソース・コンプライアンスの遵守に必要な要件を共通化するOpenChain 2.0に適合した初の組織として認定されているなど、Wind River Linuxが包括的かつ規律あるプロセスに従って開発されていることが裏付けられています。
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長期のセキュリティ・サポートを含め、顧客システムのライフサイクルを支援
――セキュリティや技術サポートについても伺います。組み込みシステムは長期にわたって使用されるため、最長15年にもわたるサポートが提供されるのはメーカーからするととても安心できるのではないかと思います。
中田:そのとおりです。数年ごとに更改されるITシステムとは違って、組み込みシステムは10年以上にわたって使われる場合も少なくありません。一方、Linuxはその性質上数多くのCVE(Common Vulnerabilities and Exposures:共通脆弱性識別子)が日々報告されているのが実情です。
Linuxはオープンソースですからお客様ご自身でセキュリティ対策を行うことはもちろん可能ですが、日々のセキュリティ情報を監視し、自社システムへの影響度を評価し、必要に応じてアップデートを行っていくのはきわめて負担の高い作業となってしまいます。
ウインドリバーでは、専門のセキュリティ対策チームを設け、日々報告される脆弱性の問題にいち早く対応しています。お客様は「長期サポート(LTS)版」の場合で、標準で5年間、オプションで15年間にわたってセキュリティやバグ修正のアップデートを受け取ることが可能です。
また、お客様の機器やシステムを弊社でお借りしてバージョン管理やセキュリティ対策などを実施する、メンテナンス・サービスもオプションで提供しています。
――Wind River Linuxの顧客事例を紹介してください。
中田:数多くの事例があります。たとえば、東芝グローバルコマースソリューション様ではPOSシステムにWind River Linuxを採用されています。セキュリティが強固であること、グラフィック機能の拡張性が高いことをご評価頂きました。結果として、新しい機能やサービスの拡張にフレキシブルに対応できるようになり、顧客満足度の向上が図れたと伺っています。
ネットワーク機器を各社にOEM提供している米テルコ・システムズ様では、自社開発の独自OSから、Wind River LinuxをベースにしたBiNOXと呼ぶOSに移行を図っています。Wind River Linuxを採用したことにより、開発期間の30%から40%もの短縮を実現されています。
また、VxWorksの長年のユーザーでもある仏シュナイダーエレクトリック様は、FA向けオートメーション機器にWind River Linuxを採用し、開発コストの削減、市場投入時間の短縮、データを活用したIoTサービスの提供、などを実現されています。
その他、基地局、複合機、医療機器、無人航空機システムなど、多岐にわたるさまざまな導入事例が国内外でありますので、詳細はぜひお問合せください。
ちなみに日本法人には、コンサルテーション、技術サポート、障害解析などをバックアップするエンジニアが在籍し、国内で開発・サポートを提供する体制をしっかりと整えています。Linuxを本格的に使うのは初めて、というお客様も実際にいらっしゃいますので、開発手法からアドバイスすることもあります。また、特定のハードウェアに対応したBSP(ボード・サポート・パッケージ)の開発、アプリケーションの移植、パフォーマンス・チューニングなどに関しても請け負っています(図5)。
そうしたサービスを通じて、安心して開発に取り組んでいただけるものと考えています。
――組み込みLinuxで技術的に期待している分野はありますか?
中田:技術的な領域で期待しているのはクラウド・ネイティブ・アーキテクチャです。アプリケーションをサービスに分解して仮想的なユーザー空間であるコンテナに割り当て、アプリケーションの迅速かつスケーラブルなデプロイを実現する考え方です。Wind River Linuxはクラウド・ネイティブの実現に必要な仮想化機能を備えるほか、コンテナ・プラットフォームであるDockerやオーケストレーション・ツールのKubernetesに対応済みです(図6)。
ウインドリバーは 2019年からCloud Native Computing Foundation のメンバーとなり、クラウド・ネイティブのテクノロジーの進展を、コミュニティ活動を通じても推し進めています。
機能が固定されていた従来の組み込みシステムに対して、これからは機能の改変や追加が当たり前に行われるようになっていくでしょう。速やかなデプロイを目的に、DevOpsやCI/CDのような開発プロセスも普及すると考えられています。こうした最先端のトレンドも捉えながら、お客様が競争力の高いシステムを効率的に開発できるよう取り組んでいきます。
――最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。
中田:リアルタイムOSであるVxWorksを通じてウインドリバーの名前をお聞きになったお客様も多いと思うのですが、すでに15年以上にわたってWind River Linuxを提供し、多くのお客様にご利用いただいている実績があります。この機会にご興味を持っていただければ嬉しく思います。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で世界経済は先が見通せない状況になっていますが、当社が米国と中国の企業幹部400人に緊急アンケートを取ったところ、この危機を乗り越えるにはビジネスの大幅な変更や戦略の見直しが必要との見方が大勢を占めていて、デジタル・トランスフォーメーションを含めた変革を加速させようという機運が高まっています。5G、クラウド・ネイティブ、AI、IoTなどが価値創出のキーワードになっていくでしょう。
Wind River Linuxはそれらの変革を実現する基盤となり得ます。Linuxを使った機器開発を考えられているお客様に安心してWind River Linuxを使っていただけるよう、さまざまなサービスやソリューションを用意していますのでお気軽にご相談ください。皆様の機器開発の支援を通じ、よりよい社会の発展に貢献してまいります。
なお、Wind River LinuxをRaspberry Pi 上で動かす「組み込みLinux実践|Wind River Linux編」をAPS初心者講座で展開しています。連載をご覧になるだけではなく、ぜひ実際に触れて、Wind River Linuxの良さを実感いただければと思います。
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