IoTの構築にはセンサーからクラウドまでを結ぶ信号チェーンあるいは情報チェーンを確立する必要がある。リアルな世界とデジタルの世界の懸け橋役を標榜し、アナログ半導体で50年以上の歴史を誇るアナログ・デバイセズ株式会社(以下、ADI)は、同社の「FastStart IoT」という開発ボードをプラットフォームとするIoTエコシステムの構築に踏み出した。現在の主要パートナーである、株式会社アットマークテクノ、コネクシオ株式会社、グランツ株式会社の各社を交えて話を聞いた。
集合写真
(後列左より)
アナログ・デバイセズ株式会社 IoT ビジネス デベロップメント オフィス フィールド アプリケーション エンジニア 門川 貴彦 氏
アナログ・デバイセズ株式会社 オートメーション エネルギー センサー ビジネス ユニット マーケティング&システム アプリケーションマネージャー トーマス ジョイス 氏
アナログ・デバイセズ株式会社 コアマーケティング統括部 マーケティングマネージャー 高松 創 氏
(前列左より)
株式会社アットマークテクノ 営業部 IoT推進グループ 営業 大野 広道 氏
コネクシオ株式会社 IoT・MVNO営業部 システム開発課 課長 東谷 知樹 氏
グランツ株式会社 技術部長 佐藤 昌章 氏
目次
リアルとデジタルの懸け橋役としてIoT事業への取り組みを強化
――本日は大勢のかたにお集まりいただきましたが、まずはADIのIoTに対する取り組みを教えてください。
高松(ADI):アナログ・デバイセズは高精度なセンシングや計測を実現する高性能なアナログ半導体を中心にソリューションを展開している半導体ベンダーで、リアルなアナログの世界とデジタルの世界の懸け橋となる数々の先進的なテクノロジーを強みとしています。アナログ・デバイセズが誇るセンシング技術、計測技術、コネクト技術などに、パートナーさんのソリューションを組み合わせながら、IoTを構成する「センサーtoクラウド」の提供を大きな方針として掲げ、取り組みを進めています。
門川(ADI):IoTシステムは一般に、物理情報を電気信号に変換する「Sense」、アナログ情報をデジタル化する「Measure」、計測データを最適化する「Interpret」、データを上位システムに送る「Connect」、およびビッグデータ解析によって価値を生みだす「Analyze」の五つのステップで構成されます。このうち「Sense」に対しては高性能なセンサーや高精度なA/Dコンバータなどを提供していますし、「Measure」に適したDSPやローパワーマイコンも取り揃えています。精度や計測可能範囲(ダイナミックレンジ)などに優れることなどを訴求しながら、アナログ・デバイセズでしかできないセンシングを提案しています。
高松:IoTはサービスまで考えると関わるであろう企業の範囲が非常に広くなるのが特徴ですが、アナログ・デバイセズは半導体ベンダーですからすべては提供できないので、パートナーさんとの協業によってIoTの「エコシステム」を構築するのが最善だろうと考えました。ということで、M2M(machine-to-machine)システムのインテグレーションに豊富な実績をお持ちなコネクシオさん、センサーノードのハードウェアを開発してくださるグランツさん、IoTゲートウェイに最適なArm+Linuxの組み込みプラットフォームである「Armadillo(アルマジロ)」を提供してくださるアットマークテクノさんにご協力いただいて、エコシステム作りに着手したところです。
センシングからSIまでを提供 設計力でユーザーニーズに応える
――早速エコシステムについて説明してください。
ジョイス (ADI):エコシステムにおいてIoTの開発プラットフォームの役割を担うのが、アナログ・デバイセズが開発した「FastStart IoT」です。高精度なセンシング、信頼性の高い通信、ローパワー動作などを主眼に、自由度の高いセンサープラットフォームとして開発しました。2016年2月に発表したArm Cortex-M3ベースのローパワーマイコン「ADuCM302x」のほか、センサーとしてはアナログ・デバイセズ製の加速度センサーを2組搭載するとともに、お客様が任意のセンサー機能を実装できるようにセルビア共和国のMikroElectronika社が開発した「Mikrobus」というオープンなコネクタを4系統装備しています。コネクティビティにはローパワー化が図れるWi-SUNのRLMMプロファイル(Resource Limited Monitoring and Management)を採用し、通信の堅牢性を高めるために、2.4GHz帯ではなくてサブギガ帯(920MHz)を使っています。今回はこの「FastStart IoT」をベースに、グランツさんがセンサーノード基板をわずか3週間で試作してくれました。
佐藤(グランツ):グランツの佐藤です。グランツは業務用のLED照明やIoT機器を展開しております。今回「FastStart IoT」をベースにしたデモシステムをできるだけ短期間で構築して欲しいとのお話しがあり、手掛けてきたノウハウを生かしながら、センサー基板の開発を担当しました。「FastStart IoT」は汎用プラットフォームなので多くの機能が搭載されていますが、温湿度のセンシングのみに特化し、MikroBusも1系統に絞るなど、「ミニプラットフォーム」化を目指して開発しました。「FastStart IoT」というお手本があったことや、ADIさんに設計レビューをしていただいたこともあって、基板のアートワークを含めて3週間で動作に漕ぎ着けています。今回の設計事例を踏まえて、お客様のニーズに応じた最適化やカスタマイズに対応していきます。
――続いて、IoTゲートウェイについて紹介してください。
大野(アットマークテクノ):アットマークテクノの大野です。アットマークテクノは組み込みプラットフォームと称して、Arm+Linuxで構成した国内製造の産業用品質で長期供給のCPUボードを、「Armadillo」ブランドで、さまざまな分野に提供しています。今回、「adillo-IoT」という製品で参加させていただきました。「Armadillo-IoT」は、3GやLTEなどのモバイル回線のモデムを搭載できるだけではなく、アドオンモジュールでインタフェースを自由に拡張できるのが特徴です。ADIさんのWi-SUN RLMM通信モジュールをアドオンモジュールとして搭載することで、センサーノードを50台程度、接続することができます。そのため、「Armadillo-IoT」なら、センサーからクラウドまでのつながりがひとつで完成します。
東谷(コネクシオ):コネクシオの東谷です。コネクシオは携帯電話ショップの全国展開や法人向けMVNO(回線貸しでの格安SIMサービス)などのビジネスを展開する一方で、IoTやM2Mのソリューションやモジュール開発も進めています。また、アットマークテクノさんの「Armadillo」の代理店も担当しています。今回は、ADIさんのWi-SUN RLMM通信モジュールを「Armadillo-IoT」に搭載するためにアドオンモジュールも制作いたしました。冒頭でADIの高松さんから「センサーtoクラウド」というキーワードが出ましたが、センサー側から攻めていったときとクラウド側から攻めていったときに、両者の間をスムーズに繋げられるのがコネクシオの立ち位置かと考えています。
高松:ボードやゲートウェイなどの「モノ」は揃ったところで、それを「コト」(価値)にして届けてくれるという役割をコネクシオさんには期待しています。なお、クラウドはお客様によって要件が違うため、とくに特定のサービスは想定していません。
エコパートナーの技術力とリソースでIoTビジネスの早期立ち上げを支援
――いま「モノ」から「コトへというお話がありましたが、IoTをどうビジネスに結び付けていくか、どうマネタイズするか、という課題も指摘されています。
東谷:一番難しいところで、私たちも日々議論はしていますし、訊かれることも多いのですが、なかなかスパッという答えがありません。ただ、IoTに似たキーワードである「M2M」は、たとえば建設機械の状態や位置をセンシングするサービスであるとか、これはコネクシオも手掛けていますが、検量や電子マネー決済を目的に飲料自販機にセンサーと3G/LTEモジュールを組み込むシステムはずいぶん前から実用化され、ビジネスとして確立されています。ですからIoTがM2Mの発展した形と考えれば、既存のM2Mビジネスの延長に加えて、今までリーチできなかった分野や応用にアプローチできる可能性はあるかなと。ただ、IoTビジネスのいいお手本がまだ生まれていないのは事実だと思いますね。
――そういった課題がある中で、今回のエコシステムの取り組みはどのように位置づけられるのでしょう。
大野:IoTは範囲が広すぎるため、ユーザーがハードウェアやシステムを自分たちで開発したのではスピード的にサービスの提供が間に合わなくなってしまう可能性があります。一方、エコシステムパートナーのリソースを使えば、より早くシステムを構築できますし、いちばん難しいセンシングの部分もグランツさんの設計力やADIさんのコア技術が使える。そもそもIoTのインテグレータやサービス事業者がやりたいことを速やかにやれるようにならないと、先ほどもあったようなマネタイズにも結びつきません。ですから新しいテクノロジーやプラットフォームを中核とするエコシステムはとても重要な意味を持つと思っています。
東谷:回線を主にやっているわれわれから見ると、センシングのところが難しいんですよ。お客様が要求する精度をどうやって出せばいいんだと。そこをトータルで相談できるのはお客様にとって大きなメリットと思います。
佐藤:センサーノードの基板を開発する立場から見ると、「FastStart IoT」をベースに設計を進められますし、センシングの部分でADIさんと細かいところまで相談できるという点は助かりますね。
インテリジェントな進化も視野にIoTのさまざまな可能性に期待
――今後IoTをどのように発展させていきたいとお考えでしょうか?
門川:アナログ・デバイセズが目指しているのが、センサーノードのインテリジェント化です。センサーの生のデータをそのままクラウドに上げたのでは、ノードの送信電力も通信量も多くなり、クラウドでの処理負荷も増えてしまいます。ノードをインテリジェント化して、たとえば設備の振動をセンシングするときに、加速度センサーの生データにFFT(フーリエ変換)をかけてから周波数情報として上げたり、設備の故障と判断すべき振動の変化や閾値を自ら学習させられれば、通信量を抑えられクラウドの負荷も軽減されます。生データのまま送る場合に比べてセキュリティのリスクも減らせるでしょう。半導体ベンダーであるアナログ・デバイセズがどこまで頑張るか、という議論はあるかと思いますが、まずはそこを目指していろいろと提案できればいいなと考えています。
ジョイス:インテリジェント化といっても必ずしもセンサーノード側に高性能なプロセッサなどを必要とするわけではありません。たとえば「Over-the-Air」(ワイヤレスネットワークによる転送)によって学習に必要な情報や設定をクラウドから各ノードに自動的に配布する方法など、さまざまな可能性が考えられます。
大野:そのようなセンサーノードを安価なシステムとするため、センサーノードからゲートウェイのつながりをインテリジェント化する必要があります。クラウド側から簡単に管理・設定ができ、設置以外のセッティングや保守が不要なしくみが目標ですね。
――最後に、これからの期待をお聞かせください。
東谷:先ほども触れたように、コネクシオは、IoTの上(クラウド)と下(センサー)との間をいったりきたりできる唯一の会社だと思っています。ただしセンシングのところはコネクシオだけでは対応できませんのでADIさんの力を借りて、M2Mで培ったノウハウをIoTのビジネスに活かしていきたいと考えています。
佐藤:グランツはIoTやM2Mに関して経験が浅い段階ですが、産業分野で培った技術を生かして、計測データを解析し、制御し、価値を生むことを目指して頑張っていきます。
大野:アットマークテクノでは、IoTサービスに関わる全ての開発者の皆様にとって、使いやすいハードウェアとソフトウェアを素早く届けられるようにラインアップを拡充し、IoTの分野でも「Armadillo」ブランドを広げられれば嬉しく思います。
高松:ADIにはとんがった製品が多いのでどんなソリューションを提供している会社か分かりづらい面もあるかと思うのですが、端的に言えば、今まで測れなかった物理情報が測れるようになるというのがうちの強みだと思っています。一方でIoTの分野は、ひとつのソリューションですべてに対応する「One size fits all」はあり得ないので、エコシステムのパートナーの皆さんと協力しながら、フレキシブルに、かつ速やかに、お客様のニーズに応えられる体制作りとソリューションの拡充に努めていきます。
――興味深い話をありがとうございました。
APS EYE’S
ADIとエコシステムで実現するIoTは、Intelligent of Technologyだ。高精度センシングにデータ解析、Wi-SUN通信、GW、MVNOとお互いの強みを活かしたプラットフォームモデルを構築。そのデータをどう活かす?を利用者目線で訴求している。
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