さまざまなシステムで省エネが叫ばれているなか、超低消費電力マイコンへのニーズが高まっている。ノルウェーのEnergy Micro社が提供している「EFM32 Gecko(ゲッコー)マイクロコントローラ」は、Arm社Cortex-Mコアを採用することに加え、さまざまな創意工夫によって超低消費電力を実現しているマイコンである。このEFM32の販売代理店になっているのが、半導体商社として20年以上の実績を持つ株式会社アルティマだ。ここでは、EFM32の特徴を商社ならではの視点から聞いた。
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社員の1/3はエンジニアであり、サポートを得意とする技術商社
半導体の購入に際し、メーカとユーザを結ぶひとつに販売会社がある。ユーザからみれば、相談に応じて最適な製品の提案をはじめ、取り扱い製品を組み合わせて提供してもらえるといったメリットがある。一方、メーカからすれば、強力な販売チャネルであり、ユーザの声を伝えてくれる重要なパートナーだ。
アルティマは、半導体商社であるマクニカの100%子会社として1991年に設立された。「当初はアルテラ社FPGAの専門商社としてスタートし、その後、PMC-Sierra社、リニアテクノロジー社、IDT社など海外大手ベンダーの代理店になりました。現在は、センサーネットワーク/M2Mといった成長市場に向けて、GainSpan、Sierra Wirelessなどの無線通信製品、そして今回のEnergyMicroなど、強い製品を厳選して取り扱っています」(小林氏)。「アルティマは販売・物流も強いですが、何より『技術商社』として、技術サービスでお客様から選んでいただいています。実際、社員の1/3はエンジニアであり、開発段階でのサポートはもちろん、お客様とともに次の需要を掘り起こす『デマンドクリエーション』に力を入れています」(鈴木氏)。
その一例として、膨大な顧客ベースを活かしたテストマーケティングがあげられる。「日本市場への参入を検討する海外メーカとは、早い段階から一緒になって需要確度を上げる活動を行っています」(小林氏)。「当社では組み込みシステムを重要技術と位置づけ、さらに深く入っていく目的からマイコンを探していました。しかしこの分野は非常に競争が激しく、際立った何かを持ったマイコンでなければ勝算はありませんでした」(鈴木氏)。
そこで、目を付けたのがEnergy Micro社の「EFM32」だ。低消費電力化のための工夫が随所になされている。Armマイコンに着目した理由を鈴木氏は、「長らく組み込み機器開発に携わった経験から、これからはハードウェアではなく、ソフトウェアやサービスで差別化を図る時代になってきたと感じています。そうなるとベースのハードウェアは、独自のアーキテクチャでは限界があって、Armのように、世界中で標準的に使われるプラットフォームがいいと思ったからです」という。
Armの省電力性を上手に活かしたマイコン
Energy Micro社は、元Chipcon社のメンバーが母体となり2007年にノルウェーのオスロで創業した。Chipcon社はZigBeeで有名であり、それが母体となったEnergy Micro社は、マイコン技術や無線技術に長けた優秀なエンジニアが多く在籍している。「Energy Micro製品は、消費電力が非常に低いことで知られており、既存の低電力マイコンから置き換えが進んでいます」(鈴木氏)。
EFM32は、スタンダードタイプのGeckoシリーズ、低コスト・汎用タイプのTiny Geckoシリーズ、ミッドレンジ・高性能タイプのLeopard Geckoシリーズ、さらにメモリ増強版・高性能タイプのGiant Geckoシリーズの4シリーズを展開しており、トータルで166型番の製品を量産中である。異なるGeckoシリーズであっても同じパッケージであればピン互換となっており、全シリーズに渡ってコードコンパチなので設計が進んでからのシリーズ変更やスペック展開も容易だ。
なかでもGiant Geckoは、1,024Kバイトのフラッシュメモリを搭載、USBやSDカード、LCDコントローラなど各種インターフェースも用意されており、国内ユーザからも引き合いが多い。「システムを高機能化したいが、16ビットマイコンでは限界があり、かといって一般的な32ビットマイコンだと電力を食ってしまう。しかしEFM32なら、電力も下げられるうえ、機能はアップできます」(鈴木氏)。
EFM32を搭載すると、機器の機能を向上させながら動作電力を極端に低く抑えることができる。これを可能にするのが①Cortex-Mコアの採用、②独自技術であるPRS(Peripheral Reflex System)の搭載、③特許技術である外部センサーI/F(LESENSE)、④ウルトラローリークを始めとする徹底した低電力設計、⑤充実のツール群などに大別される。
CPUがスリープ状態でもペリフェラルだけで多くの処理を実行
①Cortex-Mコアの採用により、アクティブ時の低消費電力が可能となる。32MHz、3V動作時にわずか150〜200μA/MHzしか消費しない。CISCの8、16、32ビットに比べ、Armの32ビット処理のほうが短時間で処理が終わる。「クロックあたりにできる事が多いので、同じ処理でもアクティブ時間は短くて済みます」(鈴木氏)。
また、EFM32はスリープ状態からの立ち上がり時間が極めて短い。動作モードは、EM0(ランモード)、EM1(スリープモード)、EM2(ディープスリープモード)、EM3(ストップモード)、EM4(シャットオフモード)と5段階ある。最もスリープ状態が浅いEM1では0.5μ秒以内、最もスリープ状態が深いEM4でも160μ秒で立ち上がる。「立ち上げ時間が短いと、僅かな時間でも積極的にスリープに入れます。電気を一番使うCPUコアの稼働率が下がるので、機器の低電力化を進めることができます」(小林氏)。
②PRS(Peripheral Reflex System)は、CPUがスリープ状態でもペリフェラルだけで多くの処理を行う機能である。一般的なマイコンでは、1回のペリフェラル動作ごとにCPUの介在を必要とする。PRSはペリフェラルから別のペリフェラルを直接起動するのでCPUの介在は不要だ。しかも、ソフトから見ればPRSはオフロードエンジンと同じである。「複数のペリフェラルが連携しながら仕事をして、終わったら割り込みで起こしてもらえます。処理の流れは従来のプログラム作法と何ら変わらないので、コード的にもテクニック的にもすぐに使いこなせます」(鈴木氏)。
CPUコアの状態遷移の速さと処理能力、そしてPRSにより、電力消費は大幅に削減される。「お客様に説明した時、『これはイイ!』と必ず言っていただけます。Geckoマイコンの良さを実感いただける機能です」(小林氏)。
特許技術LESENSEでCPU稼働率を数万分の一に
③特許技術である外部センサーI/F(LESENSE)もよく考えられた機能である。「LE」とは、「ローエナジー」を意味する。コンパレータやシーケンサを組み合わせた自動化機構だ。「一般のマイコンでは、コンパレート毎にCPUを立ち上げ条件判定します。LESENSEではCPUがスリープのまま、同様のことをハードだけで実行します」(鈴木氏)。しかも条件として、しきい値や回数なども設定できることから、たとえば『ある一定温度以上を10回検出したら』などといった設定も可能だ。
火災感知器等の温度センサーを使う用途では、定期的にCPUを起動し、周辺温度を測っている。これをLESENSEを用いることで、CPUをスリープさせたまま周辺温度を計測し、本当に火災が起きたときのみCPUを立ち上げるといったことが可能になる。「あるユーザ様では、16ビット低電力マイコンと比べてCPU稼働率を1/60,000にまで低減させ、バッテリー寿命を5倍に伸ばした例もあります」(小林氏)。ボタン電池(CR2032)でも余裕で10年以上持たせられるという。
省電力に特化した基本設計
④チップの製造プロセス面でも省電力化が図られている。パフォーマンスを上げるには最新のプロセスが必要となるが、低消費電力化を目指すのならある程度枯れたプロセスでも良い。「プロセスを微細化するほどリーク電流が課題となりますが、EFM32は180nmのウルトラローリークプロセスを採用しています。これは省電力という点で非常に現実的な選択だと感じます」(鈴木氏)。製造パートナーであるTSMCでは、引き続き180nm、90nmのプロセス改良を続けており、更なる省電力化も期待できそうだ。
またEFM32が搭載するペリフェラルは、既存設計を流用せずに再設計しているものも多い。省電力モード(EM1、EM2等)で活用するシリアル通信、タイマー、AD変換、コンパレータなどである。いずれもナノアンペア級の動作電流だ。「こうした基本設計の良さが、無理なく機器の省電力化を実現できるポイントだと考えています」(鈴木氏)。
カタログスペックでは比較にならない設計のしやすさ
⑤充実のツール群として、ソフトウェアとハードウェアがある。ソフトウェアでは、「Simplicity Studio」というナレッジデータベースソフトが無償で提供されており、Energy Micro社のWebページからダウンロードできる。ユーザ登録も不要だ。このSimplicity Studioには、バッテリー寿命のシミュレーションソフトである「energyAware Battery」、電力解析ツールの「energyAware Profiler」、ピン配置支援ツールの「energyAware Designer」など便利なツールが用意されている。
Simplicity Studioは開発のポータルであり、技術情報のデータベースでもある。PC上の資料を自動で最新の状態に保ち、目的のデータシートやサンプルコードを素早く開くことができる。全てのツール類をここから起動可能だ。「経験的に見ても、開発が山場を迎えている時、正しい情報に簡単にアクセスできることはミスやストレスの軽減につながります。これを高いレベルで実現してくれます」(鈴木氏)。APS読者の皆さんも体感していただきたい。今までの苦労はなんだったのかと実感されるだろう。
さらにハードウェアとして、Development Kitが3種類、Starter Kitも4種類が用意されていて、ともに手頃な価格で提供されている。また、IAR Systems社とKEIL社のArm開発ツール(無償版)が付属しており、購入するだけで直ぐにプログラミングを行うことができる。「ご利用いただいている国内のユーザ様からも『工数削減につながった』『検証時間が短縮できた』との高いご評価をいただいております」(小林氏)。
長期供給保証とBCP
EnergyMicroは製造の前工程で台湾TSMC、後工程で韓国ASEを利用しており、これら強力な製造パートナーとの協業により、万が一の場合でも供給をストップさせない工夫を行っている。「不採算になると製造を中止するメーカが多いですが、Webサイトにも記載されている通り、最低でも10年以上の長期供給”Longevity”を宣言している数少ない半導体メーカの一社です。たとえプロセスが変化しても、同じ仕様のものを提供することをコミットしています」(小林氏)。
震災や洪水などの自然災害を含め、市場には不確定要素が多く、いかに安定的にモノづくりを行えるか、改めてBCPの重要性が問われている。「互換性やソフトウェア資産の流用性、そして幅広いECO Systemの認知度が上がるにつれ、それらが大きなリスクヘッジとなる、と受け取っていただけるようになり、『やはり、これからはArmだね』という声が、特に経営層の方々から上がり始めています」(小林氏)。
日本人に、もっとも使いこなして欲しい省電力なマイコン
EFM32は、アルティマが取り扱いを始めて1年半だが、既に国内で数件の量産製品に採用された。さらに2013年/2014年の量産案件への採用や評価検討も多数あり、新規の問い合わせも増えているという。「既存の省電力マイコンを使ってきたお客様に特に好評で、最近は、USBやSDカードなど、機器の使い勝手を向上させながら動作時間を伸ばしたい用途で引き合いが多いです」(小林氏)。
2012年後半にはCortex-M4Fコアを搭載したWonder Geckoシリーズ、2013年前半にはCortex-M0+コアを搭載したZero Geckoシリーズが追加される予定である。バッテリー駆動機器での採用が加速することは間違いないだろう。
そして鈴木氏は、「日本は省電力技術においては、他国と比べても抜きん出ています。Armは英国生まれですが、海外のものを積極的に取り入れ、最も上手く使いこなせるのは日本人の強みだと思っています。Energy Microの製品は、使い勝手なども含めて『日本のエンジニアの感性』に訴えるマイコンであり、機器の省電力化をとことん追求していただきたい」と結んだ。
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