電子部品の大手である株式会社村田製作所(以下、村田製作所)のセンサ事業部は、慣性、磁気、距離測定、圧力、気圧など多くのセンサをラインアップしている。センサ単独での販売に加え、マイコンと組み合わせたモジュール販売も行っている。CEATEC Japan 2014(以下、CEATEC)に向けたリストバンド型のウェアラブル端末にAtmelのSAM G53が採用された。ここでは、村田製作所のセンサ事業の特長、AtmelのSAM Gシリーズの特長などを聞いた。
集合写真(左より)
株式会社村田製作所 センサ事業部 センサ商品部 開発5課 マネージャー 石川 弘樹 氏
アトメルジャパン合同会社 東日本グループ ビジネスデベロップメント部 グループマネージャー代理 堂園 雄羽 氏
株式会社村田製作所 センサ事業部 センサ商品部 企画2課 市村 崇 氏
株式会社リョーサン 技術本部 システム技術部 プロジェクトマネージャー 吉田 洋介 氏
株式会社リョーサン 技術本部 システム技術部 山下 功人 氏
アトメルジャパン合同会社 フィールドマーケティングマネージャー 小林 素康 氏
株式会社リョーサン ジャイロニクスカンパニー ジャイロニクス専売本部 ATMELグループ 三矢 栄峰 氏
目次
高性能かつ小型・省電力 幅広いセンサラインアップ
リストバンドやメガネ、ネックレスやペンダント、指輪など人が身につけるウェアラブルデバイスが普及の兆しを見せてきた。電子部品大手の村田製作所は、ウェアラブル市場に対し、いち早くさまざまなソリューションを提供している。「村田製作所は、積層セラミックコンデンサや通信モジュールなどの各種部品がメインですが、センサ事業部として慣性、磁気、距離測定、圧力、気圧など多くの製品をラインアップしています」(村田製作所 石川氏)。「村田製作所のセンサの強みは、精度と性能が高く小型で省電力、かつ幅広いラインアップを持っている点です」(村田製作所 市村氏)。センサ製品を扱う会社は多く存在するが、各社とも製品の特色や得意分野が異なるケースが多いという。
村田製作所が、ウェアラブル市場のなかでも特に力を入れているのがヘルスケア分野だ。「いわゆるスマートバンドと呼ばれるコンシューマ向けのデバイスです。B to Bのビジネスも見据えており、たとえば未病検知、老人などの見守り、従業員のヘルスケアの市場が今後確実に伸びていくと見ており、そういった分野にもフォーカスしていくつもりです」(市村氏)という。「いままでの村田製作所は、家電や自動車などのメーカー向けのソリューションを提供していました。健康状態を見る分野では、将来医者や医院、それを管理する行政、保険会社などへ広がって、さまざまな人たちが絡んでくるようになると予測しています」(石川氏)。
センサハブの中核にAtmelのSAM G53を採用
図1は、CEATECに出品した端末型デモ機だ。気圧センサや脈拍センサなどを搭載している。「気圧センサは極めて精密となっており、腕の上下の高さも検知できます。村田製作所はセンサしか持っておらず、センサハブ機能を加えるとなるとマイコンが必要となります。そこでAtmelのSAM G53を採用しました(図2)」(市村氏)。SAM G53は、ArmのCortex-M4を搭載した32ビットマイコンである。「Atmelは、SMART(Smart Arm-based Microcontrollers)というブランドのArmマイコンをラインアップしています。このデバイスは、Cortex-M4を搭載した汎用組み込み向けマイコンですが、もともとはウェアラブルやセンサハブを目的に開発されたものです。特長は、低消費電力、小型パッケージ、加えてトータルコストを低減できるため、すでに大手のモバイル端末でも実績があります」(Atmel 小林氏)。
マイコンは、高性能になると消費電力が大きくなる傾向にあるため、村田製作所が希望する「センサハブ機能を持った低消費電力で小型のマイコン」は、調べた範囲内でニーズに合致したものは見つけられなかったという。そのようななかリリースされたのがSAM Gシリーズだった。村田製作所より、今回の仕様を満たすマイコンはないのかとの問い合わせを受けたリョーサン 山下氏は「Atmelさんに村田製作所様のご要望を伝え、メンバーでさまざまデバイスを検討した結果、リリースされたばかりのSAM G53がベストな選択だと判断し、提案させていただきました」という。
パッケージは、G51が2.84mm角のWLCSP、G53が3.07mm角、G55は2.84mm角と3.07mm角の両方を用意している。パッケージサイズが異なっても、ピン位置は同じになっており、ピン互換は維持される。「これらは最先端のプロセスを採用することで実現しました」(小林氏)という。消費電力は、最低100µA/MHzでの動作に加え、3µ秒での立ち上がりと7µAでのスリープを実現した。「速く起きて、速く処理して、速く眠ることで、トータルで低消費電力を実現していきます。加えて、SRAMにはパワーバンキングという機能を搭載しており、使用するエリアだけにパワーを入れるようにプログラムできます。16Kバイトのキャッシュ搭載など、創意工夫によって低消費電力を実現しています」(小林氏)。
また、DSPとFPUを搭載することで、積和演算や乗算、高精度演算を効率的に実行できる。コード効率が上がると、その分消費電力を低く抑えられる。さらに、Atmel独自のCPUを介さずにペリフェラル間通信を可能とするSleepWalkingと呼ぶ機能を備える。SleepWalkingは、CPUを深い眠りにつかせ、事前に認められたイベントが発生したときにのみ起動する。CPUは、特定の条件があるかどうかをチェックする必要はない。インタフェースとしては、12ビットADCやDMA、16ビットのオーディオインタフェース(I2S)などを備えており、I2Cマスターの帯域は現在400kbpsだが、今後はメガ単位にまで上げていく予定だという。
今回のデモ機に高性能なマイコンが必要な理由として、石川氏は「気圧や温度などのセンサはシンプルでデータをはき出すだけです。それに対して脈拍センサは、あるアルゴリズムで脈拍数を計算しています。小数点の演算も必要なため32ビット程度のCPUパワーが必要になります」という。脈拍の計測は、一般に血中のヘモグロビンが光を吸収する性質を利用している。光センサが手首の血管に光を照射し、血管の容積変化を見て脈拍数を計測している。しかし、人の動きや手首の動きといった体の動きの方が、計測する光電脈波より大きくなることが多い。リストバンドによる脈拍測定はノイズとの戦いとなるため、高性能なマイコンが必要となる。「リストバンドでの脈拍計測の利用シーンは、2種類あります。1つはランナーなど始めから脈拍数を知ろうとしている人、もう1つは気が付いたら計測されているという人でしょう。どちらかというとこれからは後者の方が増えていくと予想しています」(石川氏)。例えば企業の取り組みとして、社員全員にウェアラブル端末を配り、さまざまなヘルスデータを収集することで、働き過ぎによる過労死などを未然に防ぐことも可能になる。いまは老人向けのケアが中心になっているが、今後は働き盛りの人も見ていくことになるだろうという。
Cortex-M4に加えFPUを搭載した32ビットマイコン
SAM G53は、Cortex-M4に加えFPUを搭載した32ビットマイコンであるSAM Gシリーズのひとつだ。「2014年にG51とG53をリリースし、2015年にはG55をラインアップに加えました。G51とG53は48MHz、G55が120MHzの最大動作周波数で動作させることができます」(小林氏)。「SAM Gシリーズは、すべてピンコンパチブルおよびコードコンパチブルとなっています。お客様の製品ごとの要求仕様に沿って、容易に適切なデバイスをスケーラブルに選択することができます」(Atmel 堂園氏)。SAM Gシリーズには、大きなSRAMを搭載した製品もあり、「センサハブとしてプロセッサやSoCなどに接続する際、センサや音声などのデータをある程度SRAMに貯めてからプロセッサなどに送るという使い方に対応しています」(小林氏)。G55では176Kバイトという大きなSRAMを搭載し、G51は64Kバイト、G53は96Kバイトとなっている。
開発環境は、一般的なサードパーティのツールに加え、Atmel独自の「Atmel Studio 6」が使える。「Atmel Studio 6」はもともとAtmelのオリジナルのAVRマイコンのみに向けた統合開発環境だったが、現在ではArm Cortex-Mシリーズのコアを搭載したすべての製品にも対応している。「Atmel Studio 6」は、AVRマイコンを対象に開発された過去のソースコード資産をそのまま活用できることに加え、1,000種類以上のサンプルソースコードを集めた「ASF (Atmel Software Framework)」や、タッチパネル機能を実装する「QTouch Composer」などが統合されている。最新の「Atmel Studio 6.2」では、Atmel-ICEプローブを新規にサポートしており、データトレース情報取得などAtmelが提供するマイコン向けの先進的なプログラミングおよびデバッグ接続を提供する。さらに、改良されたRTOS統合や最適化されコードデバッグ機能などの高度なデバッグ機能が追加されている。
今回のデモ機は、昨年のCEATECに向けたコンセプトシステムということで2014年の夏から開発していたものだ。日程的に実質1~2ヶ月しかなかったので、ハードウェアとソフトウェアの開発は並行して行っていたという。「初めてAtmelのマイコンを採用し、かつ新製品ということでいくつかハードルがありましたが、スペック的にも十分で、Atmelやリョーサンから満足のいくアドバイスやサポートがあったので助かりました」(石川氏)という。Atmelのマイコンにはサンプルプログラムが豊富に用意されているが、SAM Gシリーズは新製品ということもあり十分ではなかった部分もあった。サンプルプログラムはAtmelのエンジニア、開発ツールのサポートはリョーサンが行うことで、スムーズな開発支援ができたという。「Atmel Studio 6」の使い方については、Atmel主催のテクノロジオンツアーという評価用ボードを用いた無料のハンズオンセミナーに村田製作所のエンジニアも参加した。「気圧や温度などのソフトウェア開発にはそれほど時間はかかりませんでした。しかし、脈拍はぎりぎりまでアルゴリズムを開発し、最も良いアルゴリズムをソフトウェア化しました」(石川氏)。
今後もウェアラブルとセンサハブ市場にフォーカス
今後の展開として、堂園氏は「センサパートナーとして、ウェアラブル機器市場へのソリューションの訴求を継続していきます」という。ウェアラブル機器では、センサの高精度化や高性能化、小型化、低消費電力化などがポイントになっており、「脈拍ひとつとっても、ストレスや不整脈、血圧などさまざまなことが分かります。医療機器との棲み分けもありますが、幅広くヘルスケア市場を狙っていきます」(市村氏)。さらに、石川氏は「今回のデモ機は、CEATECのために作ったものですが、海外での展示会やプロモーションにも使っています。脈拍センサのデモ機にもAtmelの採用を予定しています。今後は、このデモ機の機能に別のバイタルサインを加える予定で、マイコンのスペックを上げる必要性があり、開発資産の流用も含めて考えるとAtmelは運命共同体のような存在です」という。
尚、次のデモ機にはSAM G55を検討している。SAM G55はG51やG53と比較すると、SRAMは最大176KB、Flashメモリは最大512Kでパワーバンキングも対応し、120MHzの最大周波数に加えUSBのホスト/デバイスも搭載している。また、49ピンおよび64ピンのパッケージを提供する。これらのスペックを持ちながらも小型で低消費電力を実現できる。
いままで村田製作所は、センサ単体売りがほとんどであり、今回、マイコンも組み合わせたソリューションとしてのラインアップは初めて開発した。「これからはセンサを使って何ができるのかが問われる時代になってきました。センサのラインアップも多いので、それ単体売りに加えAtmelのマイコンと組み合わせたセンサハブのモジュール売りなども増えていくでしょう」(石川氏)という。「お客様の窓口として、現時点では村田製作所様とAtmelでそれぞれのお客様に対してセンサやマイコンを紹介するという形になりますが、今後はさまざまなビジネス形態の話が出てくると思います」(堂園氏)。
最後に小林氏は「今後もウェアラブルとセンサハブ市場にフォーカスしていきます。ローエンドの製品に向けてCortex-M0+、ミッドレンジではCortex-M4、ハイエンドではCortex-M7をベースとし、互換性の高い製品ラインアップの充実を図っていきます」と締めた。
APS EYE’S
村田製作所は、センサ情報から必要なデータを抽出する技術だけでなく、ヘルスケア分野への具体的なイメージができている。これは、無形の強みかもしれない。これに応え続けるSAM Gシリーズは、さらなる小型化、省電力、高性能を追求して欲しい。
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