FPGAの二大ベンダーであるアルテラとザイリンクスはArm Cortex-A9デュアルコアを搭載したFPGAの新しい製品を2011年に相次いで発表した。組み込みプロセッサとして今や業界標準となっているCortex-A9デュアルコアにFPGAの自由度が組み合わさることで、これまでにない機能と性能を備えたカスタムSoCを構成できるとして、市場からも高い関心と期待が寄せられている。そこでArmの開発ツールを幅広く扱う横河ディジタルコンピュータ(以下、YDC)では、両社のキーパーソンをお招きして、Cortex-A9搭載FPGAの可能性をテーマに座談会を開催した。
目次
エコシステムが確立されているArm Cortex-A9をFPGAに統合
YDC 山田:本日はお集まりいただきありがとうございます。日頃は佳きライバルの二社と存じますが、それぞれがCortex-A9プロセッサを搭載したFPGAを発表されましたので、それらの特徴をお伺いするとともに、日本の組み込み市場を元気にするヒントが得られればと考え、この座談会を企画いたしました。まず最初に、Cortex-A9プロセッサを搭載したFPGA製品の狙いについて教えてください。
アルテラ 堀内:アルテラはCortex-A9デュアルコアを搭載した「Arria V SoC FPGA」と「Cyclone V SoC FPGA」という2種類のFPGA製品を2011年に発表しました。ザイリンクスさんの製品もそうですが、Cortex-MシリーズではなくCortex-A9デュアルコアを搭載した背景には、そこそこの性能ではなく、より高い性能が求められるアプリケーションニーズに応えていこうという狙いがあります。たとえばモーションコントロール分野ではサーボコントロールにはかなりの性能が必要ですし、ビデオ処理やビデオアナリティカルの分野でも、リアルタイムに画像を処理し、認識し、判断しなければなりません。高性能が求められる産業機器、医療機器、あるいは車載機器を考えたときに、イノベーションを起こせるのはCortex-Mシリーズではなく、やはりCortex-Aシリーズだろうと。FPGAへの統合によって、これまでの常識やスペック的に無理と考えられてきたことを実現できる可能性が出てくると考えています。
ザイリンクス 神保:ザイリンクスは4つのラインアップで構成される「Zynq-7000」エクステンシブル プロセッシング プラットフォーム(EPP)ファミリでCortex-A9デュアルコアを展開していきます。FPGAは初期の頃はグルーロジック(雑論理)をまとめる用途で使われてきましたが、開発期間短縮や小型化を目指すお客様のニーズに応えながら進化を遂げ、今ではシステムのメインの機能を取り込む役割りへと変化してきています。そういった流れのなかで、お客様の新たなアプリケーションを実現する技術要素はなんだろうと考えると、やはりプロセッサとの統合にこそチャレンジをすべきと考えました。ちょうど半導体プロセスの微細化も進み、技術的に可能になったという背景もあります。Armコミュニティで築かれてきたエコシステムを土台に、FPGAで実現できるイノベーティブな要素を追加して、お客様により新しいことを提供していこうというのが狙いです。
YDC 竹島:Arm以外にもマイコンのIPはありますが、Armを選んだ決定的な理由はなにかあるのでしょうか?
アルテラ 堀内:ユーザー数が多く、幅広いアプリケーションをカバーできて、しかも神保さんが言われたようにエコシステムという形で周囲の環境がしっかりしていることを考えると、客観的にみてもお客様のご要望としても、選択肢としてはArmが最有力候補になるわけですね。ただ、Armがいくら優れているといっても、お客様が自前でSoCを開発しようとした場合は開発コスト(NREコスト)や開発リソースが非常に大きな負担となってのしかかってきます。テーラーメイドのSoCを簡単には開発できなくなっている今の状況のなかで、FPGAによってそれが可能になるわけです。
ザイリンクス 神保:堀内さんが言われたように、Armは使いたいけれどもSoCの自前開発をペイできるだけの製品出荷数がなかなか見込めない、というのが現場の声だと思うんですね。そういったニーズは産業機器だけでなく、あらゆるマーケットに存在すると考えていて、Cortex-A9を緊密に統合したFPGAによって、業界全体の70%くらいにはアプローチできるのではないかと考えています。
アルテラ 小山:技術的にはArmは低消費電力に対する取り組みがもっとも進んでいるという点も挙げられます。アルテラもこれまでローパワーを追求してきましたし、市場の流れとしてもローパワーは避けて通れません。Armは性能に対する電力効率が非常に優れていますので、そうしたお客様のニーズにも十分応えられるものと考えています。
製品開発期間の短縮を支援する開発環境やプラットフォームを提供
YDC 山田:FPGAとCortex-A9が統合されるというニュースが出た直後にツールに関してお客様から問い合わせがあったくらいに、両社の取り組みは大きな関心をもって市場から受け止められています。ところで、それぞれのCortex-A9統合製品では、AndroidなどのOSを含めたいわゆるプラットフォームや開発環境はどのような形で提供されるのでしょうか。
ザイリンクス 神保:ハードウェア開発者向けにはいくつかの周辺機能を搭載した評価ボードを提供します。またソフトウェア開発者向けには、ハードウェアの完成を待たずにCortex-A9のプログラムが開発できるように、大手EDAベンダとの共同開発によるバーチャルプラットフォームを提供しています。
ザイリンクス 丸山:デュアルコアのCortex-A9が搭載されていますので、SMP(対称型マルチプロセッシング)に対応したデバッガや、AMP(非対称型マルチプロセッシング)として使う場合にはそれぞれのコアをモニタできる開発ツールなど、ソフトウェア開発者のご要求に応えられる幅広い開発ソリューションをサードパーティ各社の協力も得ながら準備を進めています。
アルテラ 堀内:OSレベルでは、LinuxとVxWorks(ウィンドリバー社)をすぐに動かせる状態で提供することが決まっています。また、標準搭載のペリフェラルIPに対応したデバイスドライバも提供していきます。開発期間の一層の短縮が求められている昨今は、ソフトウェアの開発にいかに早く着手できるか、という点がお客様にとって成功の鍵のひとつになっています。その対策として、Virtual Targetという仮想プロトタイピング環境を提供しています。SoC FPGAが搭載しているペリフェラルを含むプロセッサシステムの全てをモデル化した、実デバイスとレジスタとバイナリレベルで完全互換なソフトウェア開発環境です。FPGA部分のユーザー設計ハードウェアはFPGA開発ボードに実装して、先のソフトウェア環境とのハードウェアインザループ(HIL)環境を構築できます。これによりSoC FPGAをターゲットにしたソフトウェア開発と協調検証を先行して行うことができます。
YDC 山田:スマートフォンなどの世界では、もはや試作機を作らない開発フローが当たり前になっています。製品機がそのままソフトウェアチームに渡されて、その上でソフトウェアを開発して、あとは商品化だと。製品機にはデバッグポートがありませんので、ICE(インサーキットエミュレータ)をつないで内部の挙動を見ようと思ってもできないんです。YDCでは「ソフトウェアを計測する」というキーワードを掲げ、端末のSDカードやUSBポートをデバッグポート代わりに利用してマルチコアを含めた挙動を把握できる「システムマクロトレース」などのツールを提供しているのですが、プラットフォームがますますブラックボックス化していくなかで、今までとは違ったツールや環境の提供がますます重要になってくると考えています。
ザイリンクス 神保:その考え方はものすごく大切だと思います。お客様からは、FPGAにCortex-A9が載るのはいいとして、何をハードで処理し、何をソフトで処理すれば、開発期間も含めて最適化が図れるのか、というご質問をもっとも多くいただきます。最終的にはシステムアーキテクトの方に考えていただくことにはなるのですが、やはり挙動が確認できないことには何をどう最適化すればいいのか判断できません。そういったコンセプトのツールが果たす役割りは非常に大きいのではないでしょうか。
YDC 竹島:たとえば、Cortex-A9搭載FPGAを使うときは数ピンをデバッグポートとして割り当ててください、そうすれば内部の挙動がよく分かりますよ、といった提案もできるかと思っています。
アルテラ 小山:そのためには設計のガイドラインが必要になってきますね。デバッグ機能はこう実装して、基板はこう設計すると、YDCさんのArmツールを使って内部挙動をより細かく把握できますよ、といったガイドラインを一緒に作り上げていけたらいいかもしれませんね。
YDC 山田:マイコンの動作周波数がGHzオーダーになっていますが、お客様が言われるのは、トップスピードで動かす必要があるのはほんの一瞬だと。いかに周波数や電圧を下げながら絶妙な性能に見せかけるかがポイントになっていて、ソフトウェア担当者は大変苦労していらっしゃる。われわれツールメーカーとFPGAベンダーとのパートナーシップで、お客様をどれだけ楽にできるかというのも非常に大きなテーマかなと思います。
ハードとソフトの切り分けが自在にFPGAオフロードで性能向上も実現
YDC 竹島:お客様からは、チューニングしてパフォーマンスを上げたいんだけれども、ハードウェアは固まっているのでソフトウェアで対策するしか方法がなく困っている、といった話を伺うこともあります。FPGAであればハードウェアの固定化を回避できますから、チューニングの度合いをさらに高めることができるのではないかと。
アルテラ 堀内:同じフットプリントのなかでものすごくたくさんの選択肢が設計者に与えられているというのがCortex-A9搭載FPGAの特徴です。Cortex-A9デュアルコアの性能が高いという点に加えて、ソフトウェアのボトルネックをハードウェアロジックにオフロードできるわけで、しかもやろうと思えばかなり大規模なロジックも組める。ハードへの振り幅がとても広いというのが特徴で、現時点では他のデバイスでは実現できない非常に魅力的なポイントだと思っています。
ザイリンクス 神保:FPGAの応用分野として取り上げられることの多い画像処理でいうと、今はH.264が主流ですが、将来H.265もサポートしなければならなくなったときに、コーデックを固定的な外付けチップではなくCortex-A9上で組んでおけば、システムはそのままで短期間で対応できますし、仮にH.265のコーデックをソフトで組むとCortex-A9の処理負荷が高くなってしまうと判断されれば、そこの部分をFPGAファブリックにオフロードすることもできる。つまり、ソフト的なプラットフォームとハード的なプラットフォームが融合した、新しいプラットフォームが実現されるのかなと。
YDC 竹島:ただ一方で、Cortex-A9搭載FPGAはコストが高くなるのではないか、と感じていらっしゃるお客様も多いようです。
アルテラ 堀内:冒頭でもお話したようにArm搭載FPGAは、かなりの高性能を必要とし、プラットフォームとしても将来性が求められるようなアプリケーションをターゲットにしていますので、たとえばCortex-Mシリーズで組めるようなシステムと比べれば高く見えてしまうかもしれません。一方で、今回のCortex-A9搭載FPGAの価格と、集積度や性能が同等のFPGAに他ベンダーのCortex-A9チップを組み合わせた価格とを比べた場合では、前者のほうが安くなると考えています。お得感をどこの基準で考えるかだと思います。
アルテラ 小山:ところで、日本のお客様が海外で開発する例も増えていますが、YDCさんの海外の取り組みについて教えてください。
YDC 竹島:日本のお客様が開発をオフショアで出したときに、たとえば機能は満たしているのに動作はなんとなくもっさりしているといった問題で苦労されることも多く、性能や消費電力を現地でチューニングする目的でツール環境を海外に持ち出したいというご要望も増えています。このようなニーズを受けて、社内では「グローバル元年」と呼んでいるのですが、各国の規制への対応などを含めてアジアを中心に海外展開の強化を進めているところです。
競争力の源泉として大きな可能性。Arm搭載FPGAで強いモノづくりを
YDC 山田:YDCはArm純正開発ツールの国内代理店であるとともに、YDC独自のJTAG/ICEやシステムマクロトレースを取り揃えています。今後、アルテラさん、ザイリンクスさんがCortex-A9搭載FPGAのビジネスを広げていこうとしたときに、お客様が満足していただけるツールソリューションをトータルで提供できるのが強みと考えています。
ザイリンクス 神保:ザイリンクスはアメリカの会社ですが、日本のお客様の要求の厳しさは本社もよく理解してくれています。組み込みの現場をよく熟知されているYDCさんと一緒に組むことで、直近のビジネスに活かせるだけでなく、日本のお客様のご要望を本国にフィードバックして、将来の製品に反映していけるのではないかとも考えています。その意味でYDCさんは非常に頼もしいパートナーだと思っています。
アルテラ 堀内:FPGAを通じて組み込み市場でビジネスをしていますが、ソフトウェア開発の領域はまだまだ踏み込めていないのが正直なところです。先ほど山田さんから「ソフトを計測する」という言葉がありましたが、ソフトウェア開発のツールやArmの代理店業務を通じてソフトウェア開発に造詣の深いYDCさんとの協業に大きな期待をしています。
YDC 竹島:汎用のデバイスだけでは最終製品の差別化が難しくなっているのが最近の状況ですが、両社のCortex-A9搭載FPGAと当社のツールによって日本のお客様の強みが具現化できれば嬉しく思いますし、非常に期待しているところでもあります。2012年後半には両社から実チップも出てくると伺っておりますので、多くの可能性をもたらすCortex-A9搭載FPGAによって、新しい扉を共に開くことができたら幸いです。本日は誠にありがとうございました。
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