富士通セミコンダクターは、「ポストASIC」とも言えるカスタムLSIの新たな事業モデルを構築し、サービスの提供を開始した。同社が仕様を決め、設計・製造する汎用プロセッサ「プラットフォームSoC」を主軸にすえ、このチップとユーザー・ロジックを組み合わせて顧客仕様のカスタムLSIを開発する。プラットフォーム SoCそのものも外販し、品種展開を進めていく。カスタムLSI事業(旧来のASIC事業)と汎用プロセッサ事業をうまく組み合わせ、シナジー効果の実現を目指す。LinuxやOpen API系ライブラリのサポートにも力を入れる。
目次
ソフトウェアの流用性まで考えて、「プラットフォーム」を再定義
SoC(system on a chip)開発には、どのような課題が存在しますか?
松井:低価格化、新しい規格への対応、品質向上、扱うデータ量の増加、開発効率の向上、環境や安心・安全への対応、既存の設計資産の活用、互換性の保証など、さまざまな要求が出てきています。これらの要求を受けて、システムはどんどん大規模化し、開発リスクが増大しています。具体的には、まず開発コストがかかりすぎていることと同時に、開発にかかる期間も延びています。さらに、開発における技術的難易度が上がっており、なかなか要求されるレベルに到達できない、という問題も出てきています。こうした問題を解消するため、当社は二つのプラットフォームを用意しました。一つは「カスタムSoC開発プラットフォーム」、もう一つは「ソフトウェア開発プラットフォーム」です。
今回のプラットフォーム提供型と、フルカスタム型ではどこが異なりますか?
岩村:従来のフルカスタム型の開発は、使用されるCPUなど、IPコアを個別に提供し、ユーザーが自由に設計するという形態です。設計の難易度が高くなっているため、当社では、ユーザーの設計業務を支援するデザインサービスも幅広く提供してきました。これに対して、当社の新しい提案では、多くのユーザーに必要とされる汎用的な機能を盛り込んだ「プラットフォームSoCベース」のメニューを用意しました。すぐにユーザーの製品に組み込みを可能とするため、このプラットフォームを28nmテクノロジーに実装した汎用プロセッサ「プラットフォームSoC」としての提供や、プラットフォームSoCをベースとしたカスタムSoCの開発を可能としました。SoCに実装されたプラットフォームSoCのデザインを流用し、ユーザーのノウハウや強みであるユーザー・ロジックを加えて、ユーザー仕様のカスタムSoCを作り込みます。これにより、性能や品質が保証された設計資産を流用することになり、コストや開発期間についてのリスクを軽減できるわけです。
ユーザーは製造プロセスを選べますか?
本間:選べます。IPコアとユーザー・ロジックの規模にもよりますが、28nm、40nm、55nm、65nmの中から選択できます。デバイス構造はスタンダード・セル方式です。ファウンドリは、40nm以下のプロセスの場合はTSMC社、55nm以上の場合は当社の三重工場となります。
なぜこのような新しい提供形態が必要となったのでしょうか?
稲垣:これまでカスタムSoCを開発してこられたユーザーの立場で考えると、本当に作りたいハードウェアは強みであり価値であるユーザー・ロジックの部分であって、CPU周りの回路ではないはずです。CPU周りの回路は富士通セミコンダクターの価値として提供することで、ユーザーは自身の強み作りに注力していただきたいと考えました。また、ユーザー・ロジックとプラットフォームSoCを1チップ化するのではなく、2チップ構成で使いたいと考えるユーザーもいると思います。例えば、高性能なCPUは必要だが、高価な先端プロセスを使ってチップを開発したくない、というケースです。
プラットフォームSoCは、ASICユーザー以外の顧客にも販売するのでしょうか?
松井:プラットフォームSoCは汎用プロセッサとして販売します。どなたでも購入できます。最近ではCPUの性能が向上していますので、必要な機能をソフトウェアで実現できるのであれば、新たにチップを開発する必要はありません。プラットフォームSoC単体を購入していただき、そのうえで実行するソフトウェアによって必要な機能を実現するという選択肢もあるわけです。整理しますと、①プラットフォームSoC単体で使っていただく場合、②ユーザー・ロジックを集約したASICなどとプラットフォームSoCの2チップ構成で使っていただく場合、③ユーザー・ロジックの機能とプラットフォームSoCを1チップに集積したカスタム SoCを新規に開発して使っていただく場合の3通りある、ということになります。
本間:国内をはじめ外資にもASICを提供している半導体メーカーは数多くあります。しかし、高性能な汎用プロセッサを開発する能力があり、かつこのような選択肢をユーザーに提供できるのは当社だけだと考えています。
プラットフォームSoCをベースにユーザー仕様のSoCを開発すると、開発期間は短くなりますか?
本間:従来は、ES(Engineering Sample)ができ上がった後、ソフトウェアの開発が始まりました。プラットフォーム SoCを利用した場合は、ESの完成を待たずにソフトウェア開発を進められます。当然、当社が提供する既存の設計資産を流用するので、論理設計や論理検証の期間も短くなります。具体的には、ESの入手時期は約6ヶ月、ソフトウェア開発の開始時期は約8ヶ月前倒しにできると考えています。
岩村:特に効果が大きいのはソフトウェアの先行開発です。実際のユーザーの製品開発で考えてみると、1年から1年半近い前倒しを期待できると見ています。
Cortex-Aによるbig.LITTLE処理を採用、評価ボードとFPGAボードを用意
外販するプラットフォームSoCには、どのようなCPUが搭載されていますか?
松井:最初に製品化したのが「MB86S70」です。このチップは、CPUとしてArm Cortex-A15コアおよびArm Cortex-A7コアをそれぞれ2個搭載しています。最高動作周波数は2.4GHzです。Cortex-A15とCortex-A7のペアを使えば、Armが提唱するbig.LITTLEを実現します。big.LITTLE処理とは、低負荷時は電力消費の少ないCortex-A7でタスクを実行し、負荷が上がったときのみ高性能なCortex-A15に切り替えて実行する方式です。例えばWebブラウザを起動し、ページを遷移していない状態ではCortex-A7で処理します。そして、YouTubeの動画を表示する際にはCortex-A15に切り替えます。また、GPUは4コアで構成されるMali-T624を搭載しており、GPUを(3Dグラフィックス処理だけではなく)汎用的な科学技術計算の高速化に利用する「GPUコンピューティング」にも対応できる構成となっています。さらに、システム制御や電源制御を行うためのシステムコントローラー、JPEG CODECや4K2K映像のデコードに対応したメディア処理エンジン、ネットワークWake On LAN機能などを備えています。
なぜ、このような構成を採用したのですか?
福田:28nm以前のプロセス、例えばCortex-A9コアが出てきた頃であればCPUコアを搭載したASICを開発できたユーザーも、28nm世代になるとマスク代や開発費が高騰しASICを開発できなくなっています。そこで、開発コストを抑えた形で高性能プロセッサを含めてユーザーに提供したい、ということが今回の背景にあります。そして、現時点でユーザーからの要求がもっとも多いと考えられたのが、Cortex-A15とCortex-A7の組み合わせでした。性能だけを実現するのであればCortex-A15で十分だったと思います。しかし、組み込み機器で消費電力を下げたいとなると、Cortex-A7と組み合わせたbig.LITTLE処理が必要になると判断しました。プラットフォームSoCを幅広く採用していただくためにも、高性能と低消費電力の両方のレンジをカバーしたい、それが実現できる技術も存在する、ということでこのようなマルチコア構成になりました。
プラットフォームSoCの製品ラインアップは、今後、増えていきますか?
松井:増えていきます。MB86S70より低消費電力を意識したプラットフォームSoCを用意する必要があると考えています。さらに上位の高性能版についても考えてはいますが、具体的にどのような構成にするのか、現行のCPUコアの動作周波数を上げるのか、Cortex-A53/57のような新しいコアを採用するのかについては、まだ検討中です。
MB86S70は入手可能ですか?
松井:ESができ上がっており、すぐに評価可能です。MB86S70を搭載した「プラットフォームSoC評価ボード」も完成しています。
岩村:プラットフォームSoCをユーザー・ロジックと接続して評価したいというユーザーも多いと思います。そこで、MB86S70の評価ボードと接続して使える「カスタムSoC評価ボード」を用意しました。これはXilinx社の「Virtex-7(XC7V2000T)」を搭載したFPGAボードです。このFPGAに約2000万ゲートのユーザー・ロジックを実装できます。
Linuxに加えて、OpenGLやOpenCLなどのAPIも提供
次に、ソフトウェア開発プラットフォームの構成を教えてください。
松井:組み込みシステム開発においてソフトウェア開発の負担が大きくなっています。この課題をいかにして解決するかと考えたとき、ソフトウェアの標準化を推し進めていくべきと判断しました。そこで当社は、OS、ドライバに加え、Open API系ライブラリやサードパーティ製のソフトウェアを含めて「ソフトウェア開発プラットフォーム」と規定しました。この実現に向けた最初の目標をプラットフォームソフトの開発とし、プラットフォームSoC上でLinuxを動かすこと、そしてLinuxより一つ上の階層で標準化されているOpenGLやOpenCL、OpenMAX ILなどをユーザーに提供することにしました。プラットフォームソフト自体も来年(2015年)以降にWebkit やOpenCL、OpenACC に対応するなど拡張する予定です。基本的には世の中で標準的に使われているものを採用していきますが、それらの最適化も行い、起動プロセス管理や電源管理、周波数制御といったシステム制御を司るファームウェアなど、デバイスの性能を引き出すチューニングも当社が行います。このように、当社が提供するプラットフォームを利用することで下位層を気にすることなく、ユーザーがソフトウェアの開発に専念できる環境を提供していくことを目指しています。
富士通セミコンダクターは昨年(2013年)、「Linaro」に参加しました。
松井:Linaroは、Armコア上で動作するLinuxカーネルを開発している非営利組織です。現在、ArmやSoCベンダー、Linuxディストリビューション・ベンダーなど20社を超える企業が参加しておりますが、日本企業は当社だけです。Linaroはドライバ・ソフトウェアやブート・ローダ、電源管理ソフトウェア、開発環境も開発しています。Linaroは参加企業のSoCをサポートし、最新版のLinuxカーネルやAndroidが参加企業のSoC上で動作するようにサポートします。また、当社は“Club Member”として参加しており、Linaroに対してどのような活動に取り組んで欲しいか、どのような機能を入れて欲しいか、といったことを主張できる立場にもあります。
開発環境やツールはどこから入手すればよいのでしょうか?
松井:ソフトウェア開発には、Linaroが提供するGNUの開発環境に加え、Armが提供する「Arm Development Studio 5(DS-5)」や、Armをサポートするサードパーティ製の開発ツールを利用できます。開発環境に限らずパートナー連携は積極的に進めたいと思っています。特にソフトウェアは標準化の効果により、サードパーティ製品とも容易に連携できると考えています。例えばOpenGLライブラリを活用したオーサリングツールを開発しているゲーム・エンジンのベンダーと連携し、ユーザーのグラフィック・アプリケーションの開発を容易にするような環境整備も進めています。また、付加価値を高めるための取り組みとして、Embedded Technology 2013では、組み込みLinux関連ソフトウェアの開発会社であるリネオソリューションズ様と共同でLinux高速起動ソリューションを開発し、デモンストレーションを行いました。
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
福田:市場が要求するSoCについて、高性能、低消費電力、高品質、短納期、そして高度な開発が必要となってきています。当社はこれらの課題を解決するため、プラットフォームSoCを提供し、併せてカスタムSoC開発のメニューをそろえてユーザーに提案していきます。プラットフォーム化を推進することで、ユーザーの開発リスクを最小化し、市場での競争力を高めることに貢献します。
本日はどうもありがとうございました。
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