ソフトバンクとSTマイクロエレクトロニクス(以下、ST)は、セルラー系LPWAの分野で協力している。ソフトバンクは2018年4月にIoT向け通信規格であるLTE Cat.M1/NB-IoTのサービスを開始した。STはこの新サービスに関連するIoT端末の開発を加速させるために、ソフトバンクの新サービスに対応したLPWA無線モデム同梱の開発ボードを提供する。通信事業者と半導体メーカー、それぞれの事業領域で構築してきた双方のエコシステムを相互に活用し、新たなIoTサービスの普及拡大を推進する。
集合写真(左より)
STマイクロエレクトロニクス株式会社 マイクロコントローラ・メモリ・セキュアMCU製品グループ マイクロコントローラ製品部 アシスタント マネージャー 木村 崇志 氏
STマイクロエレクトロニクス株式会社 マイクロコントローラ・メモリ・セキュアMCU製品グループ マイクロコントローラ製品部 部長 石川 義章 氏
ソフトバンク株式会社 IoT事業推進本部 AI/プラットフォーム統括部 エコシステム設計部 担当部長 菊地 仁 氏
ソフトバンク株式会社 IoT事業推進本部 AI/プラットフォーム統括部 エコシステム設計部 部長 樋口 和久 氏
STマイクロエレクトロニクス株式会社 マイクロコントローラ・メモリ・セキュアMCU製品グループ マイクロコントローラ製品技術部 部長 原 文雄 氏
目次
エコシステムの相互活用でサービス/アプリ開発を加速
――ソフトバンクの新サービスについて教えてください。
菊地(ソフトバンク):ソフトバンクは、従来のLTE Cat.4、Cat.1に加え、新たに広域低電力の無線通信規格に対応したCat.M1とNB-IoTのサービスを、国内でいち早く開始しました。Cat.M1はLTEの一部の周波数帯域のみを利用する規格で、上り最大1Mbps、下り最大0.8Mbpsの速度で通信します。一方、NB-IoTはより低コスト、低消費電力を突き詰めた低速の規格で、スマートメーターやスマートパーキング、スマートシティなどに使われます。
――STはこの新しい規格にどのように対応されるのですか?
原(ST):STは、2018年2月に「32L496GDISCOVERY」というArm® Cortex®-M4コア(FPU機能搭載)マイコン(STM32L496AGI6)を搭載した開発ボードと、セルラー系LPWA(Low Power Wide Area)の無線モデムを1パッケージにしたIoT端末向け開発ボード「P-L496G-CELL02」(図1)を発表しました。今回、このボードを、ソフトバンク様が発表しているIoT向けLTE規格の無線通信サービスに対応させ、手軽にIoT端末を構築できるようにしました。
――STのボードをいち早くソフトバンクの新サービスに接続実証することになった経緯をお聞かせください。
菊地:今後、新しいソリューションを開発していくにあたり、回線サービスだけでなく、新規格に合わせた端末やアプリケーションを試行錯誤しながら開発していく必要があります。今回、良いタイミングでST様の新ボードが発表されたのでお話を伺うこととなりました。ST様のエコシステムは開発ボードにとどまらずソフトウェア開発環境を含め非常に充実しています。そのエコシステムを活用させていただきながら、顧客企業やパートナー企業といっしょに開発を進めていきたいということになりました。
石川(ST):従来から、STはパートナー各社とともにエコシステムを構築してきました。ソフトウェアを開発する企業もあれば、ハードウェアを設計する企業もあります。量産が得意な企業もあります。それらをソフトバンク様が持っているエコシステムとうまくつなげていくと、誰でもIoTの開発ができるようになり、新たなビジネスが創出されていくのではないか、と考えています。
――ソフトバンクは、STのほかにもさまざまなIoT関連企業と関係を結んでいます。
菊地:ソフトバンクグループは新しい「群戦略」という考え方を打ち出しています。IoT、AI、ロボティックス分野の世界中の企業に対して投資を行うSoftBank Vision Fundを創設し、ArmやNVIDIAなどの半導体関連企業や、AIを活用したソリューションに取り組んでいる企業に投資を行っています。ソフトバンクグループの中核となる事業会社であるソフトバンクでは、こうした投資先と一緒になって日本市場への事業展開を進めていきます。
――クラウドサービスの形でIoTプラットフォームの提供も始めています。
菊地:通信事業者は、「回線を提供すること」が本来の仕事です。しかしIoT事業を立ち上げるために、私たちにはもう少し突っ込んだ役割が求められています。もちろん、LTE / 5Gネットワークでモノをつなぐことがメインなのですが、データを収集・分析したり、可視化したり、サービスを開発しやすくするためのAPIを提供することも重要であると考え、準備を進めてきました。
新規参入も容易に。1台1万2000円のボードでPoC構築が可能に
――STが提供する開発ボードの特徴は?
原:この開発ボードを購入すると、ユーザはすぐに通信モデムを使える、つまりネットワークが整備された状態になっています。Cat.M1やNB-IoTの強みは、日本全国で動いているLTEネットワークをそのまま利用できるということです。これから順次拡大していくのを待つ、もしくは自身でゲートウェイを設置するというのではなく、今すぐに始められます。例えば、ボードを購入して、サービスを立ち上げたい場所に持っていって実際につないでみる、といったことをユーザ自身の手で行えます。
――価格は?
石川:この開発ボードの価格は1万2000円ほどです。この価格帯であれば、あれこれ比較調査して、社内検討を重ねて、予算を確保して、といった一連の手順をスキップできると思います。
樋口(ソフトバンク):この開発ボードのおかげで、顧客企業から「IoTでこういうことをやりたい」という話があったら、センサを接続して、筐体に入れて、「まずはPoC(Proof of Concept:概念実証)をやりましょう」ということができるようになりました。
木村(ST):できるだけコストと時間をかけずにPoCをやってみたい、というデマンドが大きくなってきています。セットで必要となる機能を網羅した開発ボードを提供すれば、ユーザはそのまま事業化を見据えた開発が可能となりますので、ソフトウェアなどの成果物を最大限活用することができます。
――開発ボードでも最終製品で必要となるセンサなどの周辺部品の評価ができるんですね。
木村:この開発ボードの裏面には、Arduino互換のピンヘッダがあります。センサや入出力インタフェース、モータ・ドライバ、照明用LEDドライバなど、STが提供しているX-NUCLEO拡張ボードをそのまま接続して動かすことができます。STはマイコンだけでなく、センサ、通信IC、アナログIC、モータ・ドライバ、電源制御ICなど、広範な製品群を擁しています。これらの拡張ボードの品ぞろえが充実している点も強みになっています。
――なるほど。IoTデバイスの要素が揃っていますね。ほかにPoCを支援するような取り組みはありますか?
石川:STのパートナーにはPoCをサポートする複数の企業があります。組込みシステムの開発経験がない企業や、その逆でネットワークのインテグレーションの経験のない企業でも新規参入する際のハードルを下げられるよう、さまざまなサポート・ネットワークを構築しています。
モデムコストは1/3~1/4、通信料金もより低廉に
――セルラー系LPWAの導入により、端末コストはどのくらい下がるのでしょうか?
菊地:例えばNB-IoTの場合、VoLTEなどの音声通話やセル間の高速移動を行わないので、通信方式はシンプルです。そのため、従来の3G規格と比べると、NB-IoTのモデムコストは1/3~1/4になると期待されています。
――通信コストは?
菊地:今回、「月額10円から」という料金プランを発表させていただきました。これは、弊社のIoTプラットフォームを併せてご利用いただく場合の料金で、1カ月あたり10Kバイト、例えばスマート・メーターのように月に数回の頻度で通信するようなケースを想定したものです。データ量の増加に合わせて、複数の料金プランをご用意しています。従来のデータ定額サービスなどと比べると、通信料金は大幅におさえた水準でご提供します。
――IoTプラットフォームには、どのような機能がありますか?
菊地:ネットワーク管理やデバイス管理、データ解析、セキュリティなどの基本機能をご提供するとともに、各種APIをあわせてご提供していきます。
――STの開発ボードと、どのように通信するのでしょう?
石川:NB-IoTのような細い回線を使う場合、フルのTCP/IPやMQTTのプロトコルを走らせると、ペイロードが大きくなり、通信コストが上昇します。「月額10円で送れないじゃないか」といったことになりかねません。そこで、OMA(Open Mobile Alliance)が中心となって策定しているLightweight M2Mプロトコルをソフトバンク様の方でサポートされようとしています。
菊地:現在、私たちの協力会社が開発したスタックを今回の開発ボードに組み込んで、相互接続の検証を進めています。これが終了した段階で、サンプルコードの形でLightweight M2MのクライアントSDKを提供していきます。これにより、センサデータの送受信やデバイス管理の標準インタフェースとして、開発者の皆様にとってより使いやすい環境をご提供すべく準備を進めています。
ソフトバンクのIoTパートナープログラムに143社、1000製品以上が参集
――ネットワークやクラウド上のIoTプラットフォームにすぐにつながる開発ボードが登場したことで、何が変わるのでしょう?
菊地:組込みやマイコンの技術者が、ネットワークに近づいてくる一方で、システム・インテグレータ(SIer)側の技術者もまた、デバイス側に寄ってくる、という動きが出てくると見ています。開発ボードの提供は、きっかけにすぎません。では、両者の歩み寄りによって何が起こるのか? ということで、SoftBank World 2018(2018年7月開催)にて「IoTパートナープログラム」(図2)を発表しました。
――どのようなプログラムですか?
菊地:ソフトバンクが提供するIoTプラットフォームに関わる企業に協力してもらいエコシステムを構築します。参加企業は143社になり、累計1000製品以上を登録していただいています。今は、それぞれのパートナー様がバラバラに動いていて、顧客企業に必要な要素をワンストップで提供できる状況になっていません。それらを一つにまとめ、相互にビジネスしやすい環境を作ることが目標です。
樋口:このプログラムの特徴は、通信事業者がIoTデバイス/ゲートウェイのベンダを集めて終わり、ではない点です。無線モデムやセンサ、マイコン開発ボードのベンダのほか、セキュリティ・フレームワークやマイコン用ミドルウェアを提供する企業も参加しています。現在は、登録製品をカタログ化している段階ですが、今後は共創の場となるパートナー様向けイベントなども開催します。
――STからのパートナー・プログラムへの参加は?
木村:STがパートナー・プログラムに登録する開発ボードには、「P-L496G-CELL02」ボードはもちろん、LoRa無線評価ボード、Bluetooth® low energy無線通信やNFCリーダ・ライタのボードなどがあります。製品ではSTM32マイコンを筆頭に、モーション・センサ、環境センサ、測距センサ、セキュア・エレメントなど、豊富な半導体製品を持っているSTの強みを生かして、多数登録させていただいています。またこれらの製品の評価用に、X-NUCLEO拡張ボードも登録させていただいています。40種類以上の豊富な拡張ボードがArdiunoピンヘッダでP-L496G-CELL02ボードにつながります。STM32マイコンで動作するサンプル・コードも無償でSTのウェブサイトからダウンロードできますので、セルラー系LPWA通信を使ったセンサ・ノードが簡単に構築できます。
――今後の展開を教えてください。
菊地:まず、パートナー・プログラムに参加いただいているインテグレーションパートナー、アプリケーションパートナーの皆様や、セルラー系LPWA対応を検討しているデバイスパートナーの皆様に対してハンズオン・セミナーを実施し、必要なボードを必要なタイミングで入手できるようにします。
原:ソフトバンク様が行おうとしている、ハンズオン・セミナーには、STも積極的に協力させていただきたいと考えています。より多くのパートナー企業とエコシステムを構築し、訴求力のあるソリューション提案していきます。その他にもセミナーの開催や、展示会への出展により、開発ボードやソフトバンク様のサービスに触れていただける機会を多く設ける予定です。PoCが簡単に構築できることを肌で感じてもらい、その後の迅速な製品化につなげていただけるよう、サポートさせていただきたいと考えています。
APS EYE’S
Arm Cortex-M4 + LPWA接続を持つSTのP-L496G-CELL02。SoftBank World 2018で、いつでも・どこでもクラウドに繋がる製品としてソフトバンクのIoTパートナープログラムへの参加が発表された。立上げから、デプロイまで網羅する両社の連携は強力なプラットフォームとなるだろう。
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