パワー半導体や車載マイコンで知られるインフィニオンが、産業用マイコン分野で本格的な勝負に出てきた。Arm Cortex-Mプロセッサをコアに、「モータコントロール」、「LEDライティング」、「パワーコンバージョン」、および「コミュニケーション」の4分野を対象に、強力なペリフェラルを備えたラインアップで市場に挑む。ドイツ本社のキウ氏を中心に話を聞いた。
集合写真(左より)
インフィニオン テクノロジーズ ジャパン株式会社 パワーマネジメント&マルチマーケット事業本部 産業用マイクロコントローラ マーケティング シニアマネージャー 瀧澤 靖明 氏
Infineon Technologies AG Manager Product Marketing Industrial Microcontoller ハイロウ・キウ 氏
インフィニオン テクノロジーズ ジャパン株式会社 パワーマネジメント&マルチマーケット事業本部 事業本部長 後藤 貴志 氏
インフィニオン テクノロジーズ ジャパン株式会社 パワーマネジメント&マルチマーケット事業本部 産業用マイクロコントローラ シニアアプリケーションエンジニア 川上 彰 氏
目次
産業用マイコンで30年以上の歴史 新たにCortex-MベースのXMCを投入
――インフィニオンというとIGBTのようなパワーデバイスや、TriCoreアーキテクチャの車載用プロセッサが有名ですが、産業向けのマイコンも手掛けているんですね。
キウ:インフィニオンのマイコンの歴史はインフィニオンの前身であるシーメンスの時代に遡ります。1980年代からビジネスを始めた8051マイコンは今でも生産を続けていますし、その後1991年には世界で最初にフラッシュメモリを搭載した16ビットマイコン「C166ファミリ」を投入し、現在も産業用途で広く使われています。モータ制御やインバータ制御など、一層の性能と精度を必要とされる産業分野のお客様のニーズに応えて、2012年から世界で展開しているのが32ビットの「XMCファミリ」です。現在Arm Cortex-M4Fプロセッサコアを統合した「XMC4000」ファミリと、Arm Cortex-M0プロセッサコアを統合した「XMC1000」ファミリをラインアップしています。
瀧澤:日本ではこれまで車載向けの「TriCoreファミリ」を中心に取り扱ってきたため、インフィニオンが産業用マイコンを手掛けているということをご存じないお客様も少なからずいらっしゃるかもしれませんが、今日ご紹介させていただく32ビットの「XMCファミリ」を日本でも2015年からようやく正式に提供する運びになりました。
――新しいXMCファミリはどういった分野を対象にしているのですか?
キウ:XMCファミリは、「モータコントロール」、「LEDライティング」、「パワーコンバージョン」、および「コミュニケーション」を得意とするマイコンで、これら4つの用途を対象にした専用IPを搭載しているのが特徴です。システムや製品としては、モータを搭載するエアコンや冷蔵庫などの白物家電のほか、ビルの空調制御や照明制御、農業機械や電動自転車、エネルギー制御、FA機器など、さまざまな応用を想定しています。
アプリに適した強力なIPを搭載 複雑なモータ制御にも対応
――マイコンコアとしてArm Cortex-M4FおよびCortex-M0を選択した理由を聞かせてください。
キウ:16ビットマイコンである既存のC166ファミリはビジネスとしては好調を維持していますが、お客様から、より性能の高い32ビットアーキテクチャが欲しいといった声が上がるようになっていました。ソフトウェアの開発のしやすさを考えると、やはり業界標準となっているArmプロセッサが適当だろうとの考えのもと、上位のXMC4000ファミリにはFPU(浮動小数点ユニット)を統合した Cortex-M4Fプロセッサを採用し、下位のXMC1000ファミリにはローパワーのArm Cortex-M0プロセッサを採用することにしたのです。Arm Cortex-M3プロセッサなどももちろん検討しましたが、 Cortex-M4FはSIMD(Single Instruction Multiple Data)アーキテクチャのDSPと、ANSI/IEEE STD 754-2008に準拠した単精度のFPUが統合されているため、モータやインバータのように精度を求められるアプリケーションにはArm Cortex-M4Fのほうが適していると判断しました。
――Arm Cortex-Mベースのマイコンは競合も多く、市場での競争が激しくなると思いますが、どういったところが差別化ポイントになるのでしょうか。
キウ:さまざまな半導体ベンダーがこの市場に参入していますが、後発となるインフィニオンがビジネスとして厳しいかというと、決してそうは考えていません。他社製品にはない訴求点のひとつとしてペリフェラル機能を挙げたいと思います。たとえばLEDライティング向けには、人が自然と感じる調光を簡単に実現できるように、LED電流をリニアに変化させるのではなく指数関数的に変化させる専用のIPを組み込んでいます。また、パワーコンバージョン向けには分解能150psのPWM(パルス幅変調)回路を統合していますし、モータコントロール向けシリーズを使えば、通常は複雑な回路を必要とする3レベルインバータ(0とVに加えてV/2での3値で制御し正弦波を近似する方式)制御も可能です。コミュニケーション向けにはFAで普及が期待されている「EtherCAT」(イーサキャット)をMACレベルで統合しています。
川上:単にArmマイコンとして見れば他社製品と大きな違いはありませんが、たとえばPWM制御用に、タイマ、カウンター、キャプチャ、コンペアという複合的な機能を備えた「CCU4」および「CCU8」というインフィニオン独自のタイマユニットを内蔵するなど、アプリケーションに特化したいわば「とんがったペリフェラル」で差別化を図っているのが強みと考えていただければいいかと思います。
Cortex-MベースでEtherCATを初サポート 日本のFA市場での普及に期待
――続いてEtherCATについてお話を伺いたいと思います。
キウ:EtherCATは、既存のEthernetのテクノロジーを活用しながら、スレーブデバイスをリング状に接続することで、ハンドシェイクなどのオーバーヘッドを省いてリアルタイム性とデターミニスティック性(時間確定性)を確保したフィールドバス規格で、ドイツのBeckhoff Automation(ベッコフ・オートメーション)社によって開発されました。高性能なフィールドバスとして世界中のFA機器ベンダーによって採用が進みつつあるほか、2016年4月にドイツのハノーバーで開催された「ハノーバー・メッセ2016」で、トヨタ自動車が生産ラインにEtherCATを採用することを公表するなど、現場への導入も始まっています。高速なフィールドバスにはいくつかの規格がある中で、インフィニオンはEtherCATこそが将来のFAシステムで重要な役割を果たすであろうと考え、上位のXMC4000ファミリにEtherCATペリフェラルを搭載することを決め、2016年7月現在でXMC4300とXMC4800でサポートしています。
瀧澤:EtherCATをサポートしたマイコンはすでに他社から製品が出ていますが、フラッシュメモリやアナログ、PHY用クロックをすべて内蔵しているのが大きな特長で、省スペース設計、BOMコスト削減に大きく貢献します。EtherCATクラスの高性能なフィールドバスはFAの中でも高度なリアルタイム性を求められるような用途に限られるという見方もありますが、生産設備からさまざまなセンシングデータを集めて生産効率の改善や予防保守に生かそうという「インダストリ4.0」のような動きも活発化していますので、いずれ競合ベンダーも対応してくることは確実で、インフィニオンとしては実績をしっかりと積み上げていきたいと考えています。
――EtherCATを搭載したことに対する市場の反応はいかがですか?
キウ:ドイツのお客様に紹介したときはごく普通の反応でしたが、日本のお客様に2014年末から紹介を始めたときはこちらが驚いてしまうぐらいのポジティブな反応を示されたのが印象的でした。というのも日本では高度なオートメーション化が進む一方で「CC-Link」などの独自通信規格が強いと考えていたからで、オープンとはいえFA分野で競合となるベッコフ・オートメーションが開発したEtherCATにそこまで関心を示されるとは思っていなかったからです。EtherCATの標準化を進めているテクノロジーグループでチェアマンを務めるMartin Rostan(マーチン・ロスタン)氏とも話す機会がありましたが、日本のEtherCATマーケットはかなり強いのではないかという見方で一致しています。
「Lチカ」ソフトをわずか数分で開発 効率的な開発環境「DAVE」を無償提供
――開発ツールについてもぜひ紹介してください。
川上:インフィニオンが提供するソフトウェアツールが「DAVE」(Digital Application Virtual Engineer)で、1999年に誕生して以来、現在は第4世代に進化しています。DAVEはオープンな統合開発プラットフォームとなっている「Eclipse」上で動作しますので、ソフトウェアエンジニアのかたにとってはとっつきやすいはずです。開発手順としては、GUIからまずXMCファミリを選び、次に、たとえばPWMを使いたいときはペリフェラルツリーからPWMを追加して、続いてPWMの周波数や出力ピンなどを設定し、最後に「Generate Code」ボタンをクリックするだけで、必要とするソースコードが生成されます。ボード上のLEDを点滅させるいわゆる「Lチカ」レベルであれば、慣れてくればほんの数分で開発できてしまう手軽さが特徴です。
――評価ボードはありますか?
川上:もちろんあります。XMC1100を搭載した評価ボードとしては業界最小クラスの「XMC 2 Go Kit」のほか、XMC1000ファミリの各品種の「XMC1x00 Boot Kit」、EtherCATの評価も可能な「XMC4300 Relax EtherCAT Kit」や「XMC4800 Relax EtherCAT Kit」などを取り揃えているほか、各アプリケーションを対象にした拡張キットも提供しています。いずれもインフィニオンの代理店で扱っているほか、DigiKey、マウザー、RSなどからオンラインでも購入可能です。
EtherCATとモータ制御を中心に日本でもXMCファミリの価値を訴求
――今後の展開を聞かせてください。
瀧澤:インフィニオンは30年以上にわたるマイコンの歴史を誇ります。先ほども申し上げたように日本国内ではこれまではTriCoreアーキテクチャの車載マイコンを主に扱ってきましたが、お客様から、産業用マイコンはやらないの?、というご意見をずっと頂戴してきました。ようやく2015年からXMCファミリを日本でも展開する運びとなり、インフィニオンの強みであるMOSFETやIGBTなどのパワーデバイスのほか、センサーなどとも合わせて、ソリューションとしてお客様に価値を提案していきます。なお日本では、モータコントロールとEtherCATの引き合いが強いこともあり、この2分野をまずは重点的に手掛けていきます。同時に、知名度を高めるプロモーションなどにも積極的に取り組んでいく予定ですし、2016年9月15日と16日に横浜で開催される「EtherCAT Plug Fest」(EtherCAT製品の相互接続性の検証イベント)への参加を含めて日本でのEtherCATの普及にも努めていきたいと思っています。
キウ:部品の品質に対してもとても厳しい目を持っていらっしゃる日本のお客様にXMCファミリを含めたトータルな価値を訴求していきます。とくにEtherCATについては、世界的に見ても最先端のオートメーション化に取り組む日本のものづくりにおいて、インフィニオンが重要な役割を果たしていければ嬉しく思います。インフィニオンの産業用マイコンにこれからもぜひ注目していてください。
――本日はありがとうございました。
APS EYE’S
マイコンの老舗であるインフィニオン。Armを搭載したXMCシリーズで日本のマーケットに参戦。しかし、その実態は、高い品質と信頼性を武器に、EtherCATとFA向けにフォーカスしている。今後の台風の目になること間違いなしである。
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