近年、マイコンを使用した製品開発のトレンドが変わりつつある。フリースケール・セミコンダクタ(以下、フリースケール)では、今回の対談企業として株式会社コアを迎える。同社は、Arm Cortex-M4(F)コアを内蔵した「Kinetis K70」を搭載した開発ボード「Camellia ASURA(カメリア・アシュラ)」を開発・提供。ここではフリースケールが注力するエコシステムパートナーとのコラボレーション戦略とともに、Camellia ASURAの概要とKinetisの優位性・特徴などを聞いた。
目次
Kinetis K70を搭載したCamellia ASURA
はじめにコアさんの概要を教えてください。
大地:私どもコアは、独立系の受託開発会社として、エンベデッド、ビジネス、プロダクトといった事業を展開しており、その中でもエンベデッド(組み込みシステム系)の事業は売上比率で半分近くを占めています。各半導体メーカーとは垣根なくお付き合いさせていただいております。ソフトウェアの受託開発がメインで、開発するソフトウェアの品質は量産レベルにまで引き上げています。さらに商材の一つとして、さまざまなマイコンを搭載したプラットフォームボードを開発・提供している会社です。
そのプラットフォームとしてKinetis K70を搭載した「Camellia ASURA」ボードがあるのですね。
利根川:その通りです。Camellia ASURAはフリースケールのArmマイコンであるKinetisの最上位となるK70を搭載したものです。LCD表示やEthernet、USB、SDカードインタフェースなどK70のすべての周辺機能を活用できるようにしてあります。
大地:単にハードウェアだけではなく、μITRON系のOS、GUI構築ツール、各種ミドルウェアなどに加え、商用に耐えうるサンプルコードも標準で用意しており、すぐに使えるプラットフォームとしています。コアをお使いいただくメリットとして、ワンストップですべてのご要望にお応えできるところにあります。
数あるArmマイコンの中で、なぜKinetisを採用したのでしょうか。
大地:それはCamellia ASURAの開発スケジュールとKinetisの量産スケジュールがマッチしたからです。コアとしては、すでに量産段階に入ったマイコンを使用するのではなく、これから量産に入るマイコンを採用し、そのマイコンのマーケティングに役立つことで、受託開発の受注につなげる、という狙いがあります。今後は、医療系へのアプローチを進めていきたいと考えており、フリースケール社はこの分野での実績が多いことなど、さまざま要因がKinetisの採用を後押しした、というのが理由です。
古江:フリースケールは、コアさんに限らずエコシステムパートナーへ、なるべく早い段階からサンプルチップを提供し、先行して開発を進めてもらっています。なぜなら、チップの量産段階には、ソフトウェアの動作検証も終了した評価ボードをお客様にお見せできるようにするためです。
大地:Camellia ASURAは、現物をご覧になれば分かるように、大きなLCDディスプレイを搭載しています。これからは多くの組み込みシステムでLCD表示が搭載されるようになりますが、いままでのツールではグラフィックスを構築するだけでも、それなりの工数がかかってしまいます。Camellia ASURAでは、先ほどもお話したようにGUI構築ツールなども標準で用意しており、簡単にGUIを構築できます。
利根川:いままでの評価ボードはサイズが大きく、最終製品をイメージし難いものが多かったのが実情でした。Camellia ASURAは、LCDより基板サイズが大きいものはNGというコンセプトで開発しましたので、LCDを搭載するお客様には完成イメージを膨らませていただけるよう工夫しました。
古江:K70はオンチップメモリだけでQVGAサイズまで対応するグラフィックLCDコントローラを内蔵しており、外付けのチップを使うことなく高精細なカラー画像を表示できることが特徴です。いままで、このような機能を実現するためには比較的リッチなマイコンが必要でしたが、Kinetisであれば安価なワンチップマイコンで実現できるため、多くのユーザにとってもメリットが大きいと考えています。
パフォーマンスはもちろん、起動時間へのこだわり
コアさんとの協業の経緯を教えてください。
古江:コアさんと知り合ったのは3年ほど前になります。当時は別の半導体メーカーのマイコンを搭載した評価ボードを作られていて、接点はあまりありませんでした。Kinetisをリリースした頃、日本市場に向けたソリューションを用意すべくOSベンダーやミドルウェアベンダーと話をしているときに、頻繁にコアさんの名前が出てくることもあり、エコシステムパートナーとして話を持ちかけたのが始まりです。
大地:当時はASURAシリーズを出したばかりで、そちらに手一杯な状況でしたね。その頃のASURAシリーズはArmマイコンを搭載していませんでしたが、お客様との会話の中で、Armマイコンの評価ボードが欲しいとの要望が多く持ち上がっており、これからは必ずArmが来るな、と思っていました。
利根川:それまでもArmコアはSoCなどで経験していたのですが、もっと幅広いアプリケーションに向いた汎用マイコンの方が、受託開発につながりやすいということで、Camellia ASURAはこの領域を狙って開発したものです。
大地:LinuxやAndroidなどの高級OSでは実際の受託開発につながり難く、むしろノンOSやμITRON系のシステムにフォーカスしています。LinuxやAndroidは、Arm9などがメインとなるので、そちらには触手が動かなかったというのが正直なところです。
利根川:そういった意味からCortexシリーズを搭載したマイコンが、ずばりターゲットとなります。
古江:いままで国産マイコンをお使いのお客様からは「同じことがArmマイコンでできるの?」と思われていることが多いため、Camellia ASURAのような実アプリケーションレベルで動作検証ができるものをお見せするのが一番ですね。
利根川:多くのお客様が気にされるのは、パフォーマンスはもちろん、やはり起動時間です。Camellia ASURAなら1秒もかからずに起動します。これはK70のパフォーマンスに加え、コンパクトなμITRONならではのものです。
開発トレンドの変化を捉えたソリューションを提供する
フリースケールにとって自社でやらずにパートナーとやることのメリットは何でしょうか?
古江:フリースケールとしてはTower System開発ボードというコンパクトな開発環境を用意しており、これはこれで高い評価をいただいています。しかし、あくまでもワールドワイドに展開している環境のため、日本のお客様から見れば日本で購入できる部品が使われていない、欲しい機能が外に出ていない、といったことを問題にされる方もおられます。そこで、Kinetisがリリースされる頃から日本市場に向けたエコシステムの充実に力を入れ、コアさんをはじめ、多くのパートナーとの連携を強化してきました。たとえば、OSについても自前でMQXを用意しているのですが、日本のお客様からは「μITRONは?」と聞かれることが多いため、イーフォース、ユーシーテクノロジ、ミスポ、イーソルなど主要なOSベンダーがサポートしていることをお伝えし、安心してKinetisをご採用いただいています。
大地:特に日本ではμITRONがポイントですね。Camellia ASURAはイーフォースのμITRONをサポートしており、今後もこれでアプローチしていきます。
古江:最近は開発のトレンドが確実に変わりつつあり、以前であればデバイスの選定にはじまり、その後の開発のすべてにお客様が携わっていましたが、最近では「フリースケールさんでどこまでやっていただけます?」と聞かれることが多くなってきました。いままでは、まずフリースケールに問い合わせがあり、そこから各パートナーへコンタクトしていましたが、このような古いやり方では開発スケジュールに間に合わないことが多く、コアさんをはじめとするパートナーと同時並行でプロジェクトを進められる協業体制を取っています。
大地:確かに開発期間もそうですが、コスト面からもビジネスとして成り立たなくなってきていますね。なるべく一度開発した機能を流用したり、外部調達するという考え方が主流となってきており、Armはそういったことが特に進んでいると思います。
古江:お客様はあまり手をかけることなく製品を開発できることを望んでいます。Armマイコンは、共通アーキテクチャであり、開発パートナーも豊富ですから、そういったご要望に満足いただけるはずです。フリースケールは、パートナーと緊密に連携して、より簡単にシステム・レベルまで開発できる、その仕組みを提供しています。
コラボレーションへの期待は何でしょうか?
大地:お客様の多くは、いままでいろいろなメーカーと個別に話をしていたのですが、いまは窓口を一本化してきています。コアは、Camellia ASURAというのプラットフォームを持っており、OSやミドルウェアなど多くのパートナーとコラボレートしていますので、お客様から見たら窓口は一つです。
古江:エンドユーザからの見積りは、システムインテグレータへ依頼することが多く、そうなるとフリースケールにはどういった動きがあるのか見えません。今後はパートナーとの連携を通じて、フリースケールが手をかけずに最終的な受注につながることを期待しています。
利根川:いまはデータシートを見て、どういった機能を実現しようかと合わせこむのではなく、まずは動作するプラットフォームを見てマイコンを選定するお客様が増えています。そういった動きに適合するのがCamellia ASURAだと確信しています。
古江:Kinetisは汎用マイコンですので、幅広いニーズに対応していけるようにしています。そのためのキーとなるがコラボレーションです。フリースケールはサードパーティという言い方はせずに、すべて「パートナー」と呼んでいます。皆さんがビジネスとして成功していただける場を提供するという考え方です。販売代理店にも、パートナーの特徴はもちろん、得手不得手を把握してもらい、お客様にとって「ハズレのない提案」をしてもらっています。ちなみに、Kinetisは「Camellia ASURA」以外にも多くの評価ボードに搭載されています。
汎用向けと特定向けの両輪で幅広いニーズに応える
KinetisとCamellia ASURAの技術的にすごいところは?
利根川:Kinetisは、さまざまなコントローラが内蔵されていて、使い勝手に優れたマイコンですね。EthernetやUSB、SDカードインタフェースなど、サンプルプログラムだけでひと通り問題なく動きました。パフォーマンスもこちらの期待値を裏切らないものでした。最近は、ネットワークからサービスを介して表示まで行うというアプリケーションが増えている中、Kinetisはその流れを捉えたマイコンだと評価しています。今後、コアとしては機器間通信を行うアプリケーションの実現をめざしていますが、そういった新しい取り組みにも適したマイコンと言えます。
古江:Kinetisの上位品種は、DRAMコントローラを内蔵しているものが多く、外付けメモリのシステムにも対応できます。一般的なマイコンだと、メモリを外付けした場合、そちらの処理でリソースを食われてしまい思ったような性能を出せないことも多いのですが、Kinetisは、外部メモリのシステムでも性能を出すことができます。いわばマイコンなのに、プロセッサとしても使用できるのです。しかも、マニュアルをあまり読み込むことなく、あらかじめ用意されているサンプルコードを使えば、すぐにでも動かすことができます。パートナーへTower System開発ボードを貸し出すことも多いのですが「よく分からなくて動かない」という話は一切なく、これはアーキテクチャやシステムが上手く作り込まれている裏返しだと思っています。
さらに、Camellia ASURAで実現しているワンストップソリューションは、Kinetisを売るための生命線です。実ソリューションとして見えることは非常に重要で、米国本社にも「日本には独自のカルチャーがあり、Camellia ASURAのような実証できるソリューションが重要」だと理解してもらっています。
大地:繰り返しになりますが、Camellia ASURAはUSB、Ethernet、LCD、Touch screen、マイクロSDカードスロット、BLE(Bluetooth Low Energy)Comboモジュールといった組み込みシステムに必要なあらゆるインタフェースをあらかじめ実装しています。またハードウェアだけでなく、それぞれのドライバやリアルタイムOSも動作確認済みのパッケージで提供していますので「これからはArmで」というお客様にはもってこいのソリューションです。
今後の展開を教えてください。
古江:フリースケールはマイコンでNo.1のメーカーを目指しており、その目標を達成するための活動を行なっています。Kinetisシリーズでは、すでに300品種以上をラインアップしており、RF内蔵のWシリーズやメータ向けのMシリーズといった特定セグメントにフォーカスしたラインも加わっています。汎用的にお使いいただくものと特定アプリケーションに向けたシリーズの両輪で、お客様の幅広いご要望にお応えしていきます。
利根川:コアは提携先の工場で完成品まで生産することもできますので、Camellia ASURAを筐体に入れたボックスとして提供することも考えています。これを用いることでより具体的なサービスに近いところも狙っていきます。
大地:今後は、Kinetisのように安価でもパフォーマンスの高いマイコンであれば、ROMを外付けすることで大きな画面表示システムも可能になります。そういった評価ボードを用意することで、いわば新しいアプリケーションを実現する近道を提案し続けていきたいですね。
アプリケーション事例を楽しみにしております。本日はありがとうございました。
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