2015年12月、NXPセミコンダクターズと旧フリースケール・セミコンダクタ(以下、フリースケール)は経営統合し、一気に売上高および製品ラインアップを増やした。統合後の会社名は、NXPセミコンダクターズ(以下、NXP)である。現在、メモリメーカーを除く半導体メーカー別シェアランキング世界第5位(米IHS社発表)であり、ワールドワイドに事業を展開している。マイコンの品種はNXPのLPCと旧フリースケールのKinetisを加えると約1,100種にもなる。ここでは、NXPのマイコン戦略を聞いた。
集合写真(左より)
NXPセミコンダクターズジャパン株式会社
マイクロコントローラ製品統括部 ビジネス・デベロップメント MCU 担当マネージャー 喜須海 統雄 氏
アプリケーション技術本部 セキュリティ&コネクティビティ技術統括部長 岡野 彰文 氏
アプリケーション技術本部 セキュリティ&コネクティビティMCU シニアエンジニア 永井 克俊 氏
アプリケーション統括本部 C&Iソリューションズ シニアエンジニア 平賀 浩志 氏
アプリケーション技術本部 セキュリティ&コネクティビティMCU シニアエンジニア 小原 芳也 氏
ポートフォリオのシナジー効果
新生NXPは、旧フリースケールの約750品種のKinetis、NXPの約350品種のLPCを持っており、合わせて約1,100種類のマイコンをラインアップすることになった(図1)。「NXPとフリースケールが経営統合したことでマイコンとプロセッサのポートフォリオが拡大しました。車載から民生、産業、通信など幅広いマイコンを提供しています。間違いなく世界でも最大クラスのArmマイコンベンダーです」(喜須海氏)。
さらに喜須海氏は、「IoTの基本戦略として、低消費電力、セキュリティ、コネクティビティ、ユーザーエクスペリエンス、開発期間の短縮、これら5つのキーワードを基に展開していきます」という。ユーザエクスペリエンスは、エンドユーザーにとってより魅力的な機能や体験などを実現可能にする性能や機構を半導体として実装していくことだ。
「もともとNXPは周辺ICが多く、逆にフリースケールはマイコンやプロセッサが多く、周辺ICが少なかった。経営統合でCPU群も周辺IC製品も非常に充実した半導体メーカーになり、お互いに必要としていた部分が上手く合わさりました」と岡野氏は、そう統合のシナジー効果を語る。
統合によって、LPCとKinetisという汎用マイコンが豊富になり、さらに特定アプリケーションに向けたASSP的な位置づけのマイコンのポートフォリオも充実した。「マイコンのポートフォリオの充実により、素晴らしいシナジー効果が出ています。マイコンだけでもそうですし、NFC(近距離無線通信)やその他の汎用ICなども組み合わせていくと、今後もさらにシナジー効果が高まると確信しています」(喜須海氏)とのことだ。
汎用マイコンのラインアップが充実
汎用マイコンシリーズとして、Kinetis KシリーズとLシリーズ、LPCの各シリーズがある。Kinetis Kシリーズは、Arm Cortex-M4コアをベースにした高性能/高機能マイコンだ。業界最高クラスのセキュリティ機能でコミュニケーション機器や決済端末等にも最適なマイコンである。Kinetis Lシリーズは、Arm Cortex-M0+コアをベースとした低消費電力で低価格なマイコンであり、8ビットや16ビットマイコンに匹敵する電力効率と低価格のバランスを持つ。Kinetis Kシリーズとはソフト互換およびピン互換となっている。
一方、LPC800は8~16ビットの置き換えを狙ったエントリレベルのマイコンだ。LPC1100はシンプルな低消費電力の高性能マイコンである。LPC1100Lは、1.8Vに対応したことで、CPUパフォーマンスモード、低アクティブ電流モード、CPU高効率モードなどのパワープロファイルを選択することが可能になった。LPC1200は、高性能なインダストリアル向けマイコンである。家電安全規格IEC60730クラスBに準拠したウオッチドッグタイマやプログラマブルグリッチフィルタを備えたGPIOも搭載し安全性を高めた。
LPC1300は、72MHzで動作し消費電力160μA/MHz(LPC1342 / LPC1343は230μA/MHz)の低消費電力高性能マイコンである。LPC1500は、SCT出力、キャプチャー、割り込み、DMAリクエスト、タイマ制御といった複数のハードウェア制御が可能となっている。LPC1700は、フラッシュアクセラレータを搭載した高性能マイコンである。LPC1800は、180MHzの動作周波数で動作する高速マイコンだ。Cortex-M4コアのLPC4300とピンおよびペリフェラル互換となっており、容易に移行できる。
LPC54000シリーズは、Cortex-M4とCortex-M0+の非対称動作デュアルコアであり、センサーアプリケーションに最適化した高性能/低消費電力マイコンだ。ちなみにCortex-M4F(DSP+FPU)とCortex-M0+の非対称動作デュアルコアを搭載したLPC54100シリーズもある。
LPC4000は高性能なCortex-M4マイコンであり、LPC177xおよびLPC178xとピンおよびペリフェラル互換となっている。
LPC4300は、Cortex-M4FとCortex-M0の非対称動作デュアルコアのマイコンだ。LPC4370は、Cortex-M0をさらにひとつ追加したトリプルコア構成となっている。
LPCマイコンは、異なるArmコア間でピン互換とペリフェラル互換の製品を展開している。たとえば、Cortex-M3搭載のLPC1800とCortex-M4搭載のLPC4300はピン互換とペリフェラル互換となっている。LPC1800でパフォーマンスが足らなくなった場合、同じパッケージ品であればLPC1800をLPC4300に載せ替えることができる。さらに、LPC1800とLPC4300はペリフェラル互換なので、ペリフェラルのレジスタアドレス構成も同じであり、同じパッケージであればピン配置も同じとなっている(逆の場合は注意が必要)。
ASSP(特定用途向け)マイコンのラインアップもさらに充実
ASSP的なマイコンとしてKinetisのEシリーズ、Vシリーズ、Wシリーズがある。「Kinetis KシリーズもLシリーズも、周波数やメモリサイズなど、ほとんど下から上まで網羅できてきたので、ASSPへの投資を増やしています」(喜須海氏)という。
Kinetis Eシリーズは、Cortex-M0+およびCortex-M4Fを搭載した5V動作のマイコンだ。3.3V動作のマイコンが大多数となっている今日、5V動作のEシリーズへのニーズは多い。「Eシリーズは、白物家電やモータドライブなどが得意な日本のお客様向けに開発してきたものです。日本のお客様の要求仕様を盛り込んだ新製品も出てきており、高く評価されています」(喜須海氏)。
Kinetis Vシリーズは、Cortex-M0+、Cortex-M4F、Cortex-M7コアのワイドレンジなシリーズだ。モータ制御向けのマイコンであり、タイマやモータを回すためのペリフェラルが充実している。さらなる高性能を求めるユーザには、VシリーズでCortex-M7を搭載したKinetis KV5シリーズが用意されている。永井氏は、「Vシリーズはモータ制御以外にもデジタル電源にも対応しています。デジタル電源だとモータ制御よりも細かなタイマの制御が必要であり、コアの方もパフォーマンスをあげておく必要があることから、240MHz動作のCortex-M7で対応しています」という。
さらにワイヤレス対応マイコンとしてZigBeeやThread、BLEに対応したシリーズがある。Cortex-M0+またはCortex-M4コアとRFトランシーバを内蔵したマイコンシリーズで、2.4GHzとSub-GHzのソリューションを用意しており、BLE / Threadなどを搭載している。ラインアップとしては、ZigBee対応のJN516xや、Thread対応のKW2xDやKW21Z、BLE対応のQN902xやKW31Z、QN9080、さらにThreadとBLEのデュアルモードのKW41Zなどだ。「QN9080は送信で3.4mA、受信で3.6mAという低消費電力を実現しており、業界でトップクラスの低消費電力です。一方、KW41Zはマルチプロトコル対応であり、他社との差別化を図っています」(平賀氏)。KW41は、例えばアンテナスイッチやバランなどの外部の周辺回路を取り込むなど、無線設計の簡素化が早期市場投入ならびにコストダウンにも貢献しているという。
エコシステムのシナジー効果
KinetisマイコンとLPCマイコンともArmコアに向けた市販のさまざまな製品や、NXPの多様なソリューションを相互に利用できるようになっていくためエコシステムとしても拡大していく。自社の開発ツールとして、KinetisマイコンにはKinetis Design Studio、LPCマイコンには、LPCXpressoというIDE(統合開発環境)が用意されている。また、それぞれのマイコンに向けて、自由に改造できる無償のソースコードが用意されている。
「KinetisとLPCは、ソフトウェア資産を流用できるのも大きな特長となります。ソースコードレベルでのコンパイラによる対応の場合、それぞれのマイコンの違いは、OSの共通化、ドライバの共通化、ミドルウェアの共通化、SDKの共通化などで対処していきます」(小原氏)。OSはフリーのリアルタイムOSやmbedOSで共通化を図り、ドライバはそれぞれで異なるものの、APIでの共通化を実現する。
Time to Marketを実現可能とするリファレンスデザインとして、ウェアラブル向けのHexiwearや決済端末向けのPOS(Point of Sale)リーダ用ソリューションなどがある。Hexiwearは、腕時計タイプのウェアラブル用小型筐体に各種センサーとKinetis K64やデュアルモードのBLEを内蔵したKW40Zを収めることで、スマホやクラウドサーバとの連携を可能にしたプラットフォームである。温度、湿度、気圧、照度、加速度、ジャイロ、活動量、心拍数のデータをモニタして、搭載された画面やスマホに表示できる。さらに拡張ボードを使うことで、100以上のファンクションを追加できるため、まったく新しいウェアラブル機器の開発にも最適だ。POSリーダ用ソリューションは、KinetisK81セキュアマイコンとICカード用コンタクトリーダICTDA8305、NFCリーダICのPN5180で構成されたリファレンスデザインである。これら以外にもさまざまなリファレンスデザインが用意されており、日々拡充している。
アプリケーション開発を手助けするソリューションの一例としては、モータ制御に向けたKMS(Kinetis motor suite)がある。Kinetis Vシリーズ専用のユーティリティソフトウェアだ。「複雑な制御が必要な三相モータなどは、モータの専門家でなければ回転させることさえ容易ではありません。しかし、KMSでは、診断して最適な制御コードが出力されます。モータ制御に詳しくない方でも容易にシステム開発が可能となります」(喜須海氏)。
「NXPは、コミュニティを通したサポートにも力を入れており、KinetisマイコンやLPCマイコンなど単体だけでなく、Kinetis Design Studioなどのツールや各種リファレンスデザインに関するQ&Aにも応えているので、ユーザの方にも積極的に活用してもらいたいですね」(岡野氏)。
ソリューションのシナジー効果
経営統合によるシナジー効果として、「KinetisマイコンとLPCマイコン合わせて約1,100品種にもなることから、お客様にはいままで以上に柔軟かつきめ細かにマイコンの選択を行っていただけます。これまで2つの会社でしたが、統合後は両社が持っていたすべての製品を、ソリューションという価値としてご提案できるのは大きなポイントだと思っています」(岡野氏)。
「シナジー効果は、シェアが高いほど効果が出やすいと言われています。NXPは、トップクラスのNFCのシェアを持っており、NFCとLPCマイコンは親和性が良い組み合わせでした。そして旧フリースケールは、セキュリティを強化したマイコンに強かった。このセキュアマイコンとNFCの組み合わせは前述のPOSリーダ用ソリューションをはじめとし、既にグローバルで効果が出ています」(喜須海氏)という。
この他にも独BRAGI社の付加価値のあるイヤフォンの「The Dash」や個人の認証、消耗品の真贋判定などの例がある。付加価値のあるイヤフォンはNXPのNFMI(近距離磁気誘導)によるトランシーバ技術とKinetis K24マイコンによる完全ワイヤレスのスマートイヤフォンである。左右のケーブルがなく、運動時にも邪魔にならない。操作は、NXPのタッチセンサーを利用し、イヤフォンの表面をタップやスワイプで行うという極めて独創的なものとなっている。NXPのNFMIトランシーバ技術と、優れた消費電力効率と高性能化を実現するKinetisを採用したThe Dashは、まったく新しい小型オーディオ機器といえるだろう。
NXPのアピールポイントとして喜須海氏は、「たとえば日本のお客様が海外進出する場合、現地でのエンドユーザーのニーズも含めてご案内しています。さらに、半導体だけではなく、たとえば、ミドルウェアやお客様のアプリケーションにまで踏み込み、ソリューションとして提供していきます」という。永井氏も「やはり最近はハードウェアだけではなくソフトウェアも含めた話が中心となっています。これまでもペリフェラル・ドライバはもちろん、FreeRTOSなどのRTOSをはじめとするファイルシステムやネットワークスタックなどのミドルウェアの提供も行っておりますが、近年は、サードパーティと協力し、ソリューションとしてご提供することも多くなってきています」とのことだ。
そしてユーザーにとってもう一つ重要なポイントとしては長期製品供給プログラムだろう。車載向けやメディカル向け製品は量産リリースより15年以上、インダストリアル向け製品では10年以上の供給を行っている。
サポートは、販売代理店を通じてより一層強化するとのことだ。公開セミナーも定期的に開催している。これからも新生NXPのマイコン製品には注目していくべきだろう。
APS EYE’S
新生NXPは、NXPが持っていた製品群と旧フリースケールが持っていた製品群が見事に調和され、魅力的なラインアップとなった。特にIoT分野に力を入れていくためには適材適所の選択が重要であり、センサーノード、インテリジェント化、無線通信、低消費電力化などそれぞれの製品群で持ち味を生かすことができよう。両社とも、開発環境には力を入れており、mbed環境のみならず評価ボードさえ入手できれば、いつでも開発できる環境を整えている。ユーザー目線で何が必要なのかを常に考えているNXPは、より進化したプラットフォームを提供することと、よりアプリケーションに注力したシステムを提供していくのだろう。
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