ルネサス エレクトロニクスは、Arm®アーキテクチャを採用した32ビットマイクロコントローラ「RAファミリ」の量産出荷を2019年から始めた。顧客の反応はよく、2022年内には累積出荷が1億個を超えるもよう。製品の立ち上げにあたっては、日本、欧州、米国の企画スタッフを1カ所に集めるなど、総力戦の体制で臨む。同社が買収した欧米の半導体メーカの企業文化を吸収・融合したことで、スピード感のある事業展開を実現できた。今後は、AI(機械学習)や無線通信の機能を搭載したり、スマートメータやディスプレイ表示制御の応用に対応した品種を用意したりする。ここではRAマイコン事業を統括する伊藤 栄 氏に、RAマイコンの製品化の現状と今後の展開を聞いた。
写真:
ルネサス エレクトロニクス株式会社
IoT・インフラ事業本部
IoTプラットフォーム事業部
事業部長 伊藤 栄 氏
目次
顧客の反応はポジティブ。年内に累積出荷1億個を突破
——顧客の反響は?
伊藤:「日本のメーカがArmマイコン(図1)を提供してくれるのはありがたい」、「選択肢が広がる」とおっしゃっていただいています。当社は、Armマイコンに手を出すことに、長らく躊躇(ちゅうちょ)していました。既存のマイコンと共食いになることを懸念していたんです。しかしふたを開けてみると、私たちの想像以上にポジティブな反応をいただいています。
——出荷数は伸びていますか?
伊藤:2019年から量産を開始し、2022年内の累積出荷が1億個を超える予定です。
——ペースが速いのでは?
伊藤:非常に速いです。デザインインの数(採用件数)を見ても、RXマイコンを立ち上げたときの10倍くらいの速度で伸びています(図2)。
——どのような顧客が採用しているのでしょう?
伊藤:当社の既存のマイコンのユーザではなく、新規の顧客が圧倒的に多いです。つまり、これまで他社のArmマイコンを使っていて、ルネサスに移ってくるケースです。私たちはこれまで、Armを志向する顧客の要望に十分に応えられていませんでした。今はこうした顧客とも直接、お話しできるようになりました。
ハードはRX、ソフトはSynergy。既存の資産や確立手法を総動員
——RA製品の立ち上げにあたって、気をつけたことは?
伊藤:RXやRL78は基本的に日本で企画し、日本で開発し、まさに日本の製品として世に送り出しました。一方、RAはそうではなく、日本、欧州、米国のメンバを1カ所に集めて企画し、一気に立ち上げました。チップの設計は日本でやっていますが、マーケティングやツールの開発は完全にグローバルです。
——事業の体制が変わったのでしょうか?
伊藤:ルネサスは、2017年のIntersil社を皮切りに、IDT社、Dialog社、Celeno社といった欧米のアナログ系半導体企業を買収しています。これらの会社から来た人たちの持つ良い企業文化を吸収・融合するように努めています。早く決めて早く出す。これはダメだと思ったら、過去に引きずられずにやめる。そういう新たな文化をつぎ込んで開発した製品がRAです。
——製品展開は順調ですか?
伊藤:2022年4月現在で、17グループ192品種を出荷しました(図3)。ほぼ予定どおり、あるいはそれ以上の速度で進んでいます。RAを成功させるには、ある程度のラインアップを一気にそろえないとうまくいかない、ということは、これまでの経験で分かっていました。そこで、まずベースとなるデバイスのプラットフォームを作り、それに基づいて製品を展開する、という手法を採っています。
——ここで言うプラットフォームとは?
伊藤:根幹となる製造プロセスを決め、アーキテクチャ、すなわちバス、CPU、メモリ、ペリフェラルをどう接続するかの共通仕様を定義し、それに基づいてデバイスを設計します。こうしておけば、ペリフェラルの増設やメモリの容量変更を効率的に行えます。もともとRXマイコンを開発する際に確立した手法で、それをRAの開発にも適用しています。
——ペリフェラルはRXと共通化していますか?
伊藤:時代に合わせてアップデートしているものもありますが、大半はRXの資産を流用しています。このあたりが、RAを短期間に開発できている要因の一つです。
——ArmベースのRenesas Synergyという製品も存在します。
伊藤:こちらの知見は、ソフトウェアの開発に生かされています。ご存じのとおり、SynergyはArmマイコン単体ではなく、組み合わせて使うソフトウェア(ファームウェア、OS、ミドルウェアなど)も含めて、一つのパッケージとして提供する、というコンセプトの製品です。Synergyのプロジェクトを通して、私たちは動作検証済みの商用レベルのソフトウェアを提供できる組織と開発力を獲得しました。
ネット経由でボードにアクセス。組み込み開発もクラウド環境へ
——RAのCPUコアは、Cortex-M33やM23が主力となっています。
伊藤:私たちは、Armマイコンでは後発です。新たな価値の提供がないといけない。そこで目を付けたのがArmv8-Mアーキテクチャ、そしてTrustZoneです。TrustZoneでは、セキュアなプログラムの領域とそうでない領域が分かれます。つまり、それ以前のCortex-M3やM4とはソフトウェアの構造が異なる。このような技術的に不連続なところに、後発である当社のチャンスがあるのではないか、と考えました。
——ルネサスならではの付加価値は?
伊藤:先ほど述べたように、当社は戦略的にいくつかのアナログ系半導体企業を買収しました。プロセッサではそれなりに強い会社でも、ソリューションを提供できないと勝ち残っていけません。ルネサスのマイコンと、例えばIntersil社のアナログIC、あるいはCeleno社のWi-FiのLSIを組み合わせるとこんなことができます、というアピールを行なっており、それに合わせた参照設計や評価ボードを提供しています。こうした取り組みを当社では「ウィニングコンビネーション」と呼んでいて、現在、約300以上のアプリケーションが登録されています。
——ウィニングコンビネーションが製品化につながった例はありますか?
伊藤:特約代理店の発案だったと思うのですが、当社が買収した会社のCO2センサモジュールを使った環境センサのボードが製品化され、出荷が始まったと聞いています。コロナ禍で換気が求められる今の時代に合った取り組みと言えます。
——コロナ禍でリモートワークが増えています。
伊藤:評価ボードを自宅に用意できない、というユーザが多くいます。そこで「Renesas Lab on the Cloud」という環境を提供しています(図4)。インドのパートナ企業のサイトにサーバを置き、そこに複数台の評価ボードを接続して、ユーザが自宅からそのボードにプロジェクトを書き込めるようにしました。例えば、ボード上のLCDモジュールの表示を動画で確認できます。ボードの調達費用はかかりません。UX(ユーザ体験)を向上させる取り組みとして、好評を得ています。
AIと無線通信を強化。戦略的パートナと共同開発
——RAの今後の展開は?
伊藤:今、市場に出している製品は、いわゆる汎用的なものがほとんどです。今後は、これまで私たちが届かなかった応用に踏み込んで、品種を増やしたいと思っています。注目しているのは、AI(機械学習)と無線通信です。AIについては、NPU(Neural Processing Unit)と統合した製品の開発を進めています。無線関係では、例えば位置情報を1チップで取得できるマイコンが考えられます。これらの領域では、戦略的なパートナーシップ契約を結んだ企業と、LSIやソフトウェアを共同開発していきます。
——AIアクセラレータは、ルネサス社内でも開発しています。
伊藤:NPUが内製かどうかにはこだわっていません。ターゲットシステムが必要とするAI性能に合わせて、適切なものを選択します。ただし、ユーザがAIアプリケーションを開発する環境については、ルネサス製品全体で統一されたものを提供するべきと考えており、そのためのツール開発のプロジェクトが動いています。
——RAの応用領域が広がりそうです。
伊藤:例えば、メータやディスプレイといった応用に向けた展開を考えています。電力メータはどんどんスマートになっています。単に電力を計測するだけでなく、宅内の電力の使用状況をモニタしたり、取得したデータを無線でクラウドに飛ばしたり、といった要求が出ています。ディスプレイ関係については、今、RAはRXよりハイエンドの領域の製品をそろえようとしています。LCDの表示制御だけでなく、グラフィックス処理までカバーしていきます。この領域はこれまでMPU(アプリケーションプロセッサ)の独壇場でしたが、RAも下から上がっていきます。
——Armマイコンに対するルネサスの本気度が伝わってきました。
伊藤:マイコン単体を提供していたころとは、もはやスコープが異なります。コネクティビティ、セキュリティ、AIの機能を統合した基盤として利用可能な、顧客の役に立つものを提供したい、というのが基本的な考えです。その役割を担えるように、今後、私たちは企業買収も含めてリソースを集めていきます。その成果が、DX(Digital Transformation)時代を支える基盤になってくれるとありがたいですね。
こちらも是非
“もっと見る” インタビュー
パナソニックが電動アシスト自転車にSTM32を採用。タイヤの空気圧低下をエッジAIがお知らせ
国内の電動アシスト自転車市場で圧倒的なシェアを誇るパナソニック サイクルテック。同社が新たに開発したのが、タイヤの空気圧低下をAIで推定する「空気入れタイミングお知らせ機能」である。パンクの原因にもなる空気圧低下を乗り手に知らせて、安全性と快適性を高めるのが狙いだ。アシスト用モーターの制御とAIモデルの実行にはSTのSTM32マイコンを採用した。開発の経緯や仕組みについて話を聞いた。
顔認証端末「Noqtoa」の高性能を支えるi.MX 8M Plusプロセッサ~内蔵NPUが0.2秒のレスポンスを実現~
NXP Semiconductorsのi.MX 8M Plusアプリケーション・プロセッサとサイバーリンクのAI顔認証エンジンFaceMeで構成した宮川製作所の顔認証端末「Noqtoa(ノクトア)」。i.MX 8M Plusの特徴のひとつであるNPU(ニューラル・プロセッシング・ユニット)を活用して、人物の顔の特徴量抽出を高速化し、1万人の登録に対してわずか0.2秒という顔認証レスポンスを実現した。宮川製作所で開発を担当したお二人を中心に話を聞いた。
ウインドリバーが始めた、Yocto Linuxにも対応する組み込みLinux開発・運用支援サービスとは?
リアルタイムOSの「VxWorks」やYocto Projectベースの商用組み込みLinuxである「Wind River Linux」を提供し、組み込みOS市場をリードするウインドリバー。同社が新たに注力しているのが組み込みLinuxプラットフォームソリューションの開発と運用の負担を軽減するLinux開発・運用支援サービスの「Wind River Studio Linux Services」だ。