ルネサス エレクトロニクス(以下、ルネサス)の「RZ/G Linuxプラットフォーム」は、プロセッサ、Linux、開発環境、ミドルウェア、ボードからなる包括的なソリューション。これを利用すると、産業用機器の開発期間を40%削減できる。Linuxパッケージについては、APIレベルの動作検証を行っており、テストレポートや検証環境をユーザーに提供する。専用のマーケットプレイス(eコマースサイト)も開く。産業用Linuxを開発する協業プロジェクト「Civil Infrastructure Platform(CIP)」にも参加する。ここでは、本プラットフォームの概要や既存のLinuxサポートとの違い、今後の取り組みについて話を聞いた。
集合写真(左より)
ルネサス エレクトロニクス株式会社 第二ソリューション事業本部 ICT・ソリューション事業部
OAソリューション部 エキスパート 網 康裕 氏
OAソリューション部 課長 片山 健久 氏
ICT・ソリューション事業部OAソリューション部 エキスパート 野村 守 氏
ICT・ソリューション事業部シニアエキスパート 浅利 康二 氏
ICT・ソリューション事業部OAソリューション部 エキスパート 森岡 丈雄 氏
ICT・ソリューション事業部OAソリューション部 課長 中山 忠治 氏
目次
産業用機器のLinux採用が進む。リッチGUIとネット接続が契機に。
――RZ/G Linuxプラットフォーム」とは何ですか?
浅利:これはLinuxディストリビューションやBSP(Board Support Package)の名称ではなく、ルネサスとルネサスのパートナー企業が提供する製品、およびサポートの包括的な名称です。「①RZ/Gプロセッサ」、「②Linuxパッケージ」、「③クラウド開発環境」、「④ミドルウェア」、「⑤量産可能な開発ボード」の五つの構成要素からなります。
――RZ/Gプロセッサというと、Arm Cortex-A7コアやCortex-A15コアを搭載したArmプロセッサですね。どのようなユーザーを想定して、このプラットフォームを提供していますか?
浅利:主に産業用機器の開発企業様を想定しています。例えばFA機器や医療機器の表示パネル、POS端末、ATM装置、自動券売機、電子看板、案内ロボット、エレベータの庫内表示、プリンタなどです。
――産業分野ということですが、なぜリアルタイムOSではなくLinuxなのでしょう?
浅利:お客様を取り巻く環境が変化しています(図1)。これまで単機能、スタンドアローンで動作していた産業用機器に対して、最近ではリッチなGUIが要求されるようになっています。ネットワークにつながり、クラウドサーバと連携して稼働したりすることが求められるケースもあります。そのような機器には、高性能なプロセッサと、Linuxのようなリッチな機能を備えるOSが採用されています。
――このプラットフォームを導入することで、どのような利点がありますか?
中山:初期段階のデバイスドライバの開発・検証やミドルウェアの調達、環境構築にかかる期間を大幅に短縮できます。これにより、組み込み機器の開発期間を約40%削減できると見ています。お客様にはアプリケーションの開発に集中していただくことができます。
CMMIレベル3の管理下で開発。検証パターンを開示して品質を証明。
――五つの構成要素について、順番に教えてください。ルネサスは多くのプロセッサを提供していますが、「①RZ/Gプロセッサ」はどのような位置づけの製品ですか?
浅利:ルネサスの産業分野のマイコンファミリには、ローエンドの「RL78」、ミドルレンジの「RX」、ハイエンドの「RZ」があります。RZファミリの中にはディスプレイ制御などに使われる「RZ/A」、リアルタイム性能重視の「RZ/T」がありますが、RZ/Gはその中の最上位に位置づけています。Linuxなどのオープンソースソフトウェア(OSS)を利用でき、ビデオ信号処理や3Dグラフィックス、USB 3.0やSATA、PCI Expressなどの高速インタフェース、セキュリティに対応しています。
――CPUはマルチコアですか?
浅利:現在、4品種を出荷しており、最上位品種の「RZ/G1H」はCortex-A15を4コア、Cortex-A7を4コアの計8コア、最下位品種の「RZ/G1E」でもCortex-A7を2コア搭載しています。さらにローエンドの「RZ/G1C」も準備中で、2017年第4四半期の量産出荷を予定しています。これもCortex-A7を2コア備えており、コンポジットビデオ信号(CBVS)入出力とLVDS出力に対応しています。2018年には、次世代の「RZ/G2シリーズ」が出てきます。
――「②Linuxパッケージ」にはどのようなソフトウェアが含まれますか?
浅利: Linuxカーネルやデバイスドライバ、H.264 CODEC、GStreamer(マルチメディア基盤ソフトウェア)、OpenGL、セキュリティ、GUIフレームワークなどをパッケージ化しています。現バージョン(Ver. 1)ではGUIにQtを採用していますが、2017年10月の提供を予定している次期バージョン(Ver. 2)ではHTML5にも対応します。
――オープンソースのLinuxは、だれでもWebから入手できます。
浅利:はい、大きな違いは”検証済み”のLinuxパッケージである点です。動作検証を行った状態で、ルネサスから提供します。オープンソースソフトウェアを集めてきて、いざシステムとして動かそうとしても、まともに動いてくれないことはよくあります。
――具体的に、どのような方法で品質を確保していますか?
浅利:開発プロセスについては、CMMI(Capability Maturity Model Integration)レベル3に基づく管理の下で開発しています。製品品質については、APIレベルの動作検証を行い、テストレポートと検証パターンを提供します。通常、検証パターンを社外に出すことはないのですが、それをきちんと出します。透明性を確保し、エビデンスによって品質を証明した状態でLinuxパッケージを提供します(図2)。
――「③クラウド開発環境」にはどんなツールが含まれますか?
浅利:「ビルドツール」、「検証ツール」、「解析ツール」が含まれます。ビルドツールはクラウド上のLinuxビルド環境、検証ツールは先ほどのAPIレベルの検証パターンを実行する環境、解析ツールは検証ツールが出力するエラーレポートを解析し、不具合の原因を推定してくれるクラウド上のナレッジ・データベースです。
――なぜ、開発環境が”クラウド”なのでしょう?
浅利:Linuxの世界へ新たに入ってきた人が苦労するのは、開発環境のセッティングです。通常、Linuxビルド環境の構築に1週間、Linuxのフルビルドに1日かかります。ルネサスの開発環境を使えば、必要な環境がクラウド上に自動構築されるので、すぐに開発を始められます。
――検証ツールを使うと、ユーザーが作成したアプリケーションソフトウェアの動作を検証できますか?
網:用意する検証パターンは、あくまでもルネサスが準備したAPIの関数がきちんと動いているか、Linuxパッケージが正しく動作しているかを確認するためのものです。お客様が作成したアプリケーションソフトウェアを検証するためのものではありません。ただし、お客様が作成した検証パターンを検証ツールで利用することもできます。
――提供するLinuxパッケージをそのまま使う分には問題ないけれども、コードの一部に手を入れたり、デバイスドライバやミドルウェアを独自に開発したりする場合は、検証ツールを使ってチェックしてほしい、ということでしょうか?
片山:そうです。また、ルネサスが推奨している開発ボードではなく、ユーザーロジックを追加した別のボードの上でルネサスのLinuxパッケージを動かしたい場合があると思います。新たに追加した部分については、お客様のほうで責任を持って対処していただく必要があるのですが、そういう対処がきちんとなされているかどうかを検証ツールでチェックできます。
――「④ミドルウェア」も”検証済み”ですか?
浅利:はい。ルネサスとルネサスのパートナー企業が提供するミドルウェアは検証済みです。例えば、NEC社の顔認証AIエンジン「NeoFace」、顔検出と年齢・性別推定を行うNECソリューションイノベータ社のミドルウェア「FieldAnalyst」、図研エルミック社のネットワークカメラ向け通信プロトコルスタック「Ze-PRO IPmon/RTP」、ルネサスが開発したカメラ画像の回転や歪みを補正するミドルウェアなどを用意しています。
――「⑤量産可能な開発ボード」は、パートナー企業からの提供ですか?
浅利:そうです。すでにインドiWAVE Systems Technologies社が複数のRZ/Gボード(図3)を出荷しています。アルファプロジェクト社やシリコンリナックス社、日立超LSIシステムズ社も製品を開発中または準備中です。アルゴシステムズ社もRZ/G Linuxプラットフォームを利用するパネルPCの開発受託を検討しています。
専用のマーケットプレイスを開く。サポートではLinuxベンダーと協業。
――多くのプロセッサベンダーが、Linuxのサポートをうたっています。LinuxディストリビュータもLinux BSPを提供しています。これらとの違いは?
網:検証済みで、かつ検証パターンまで提供して透明性を確保しているのはルネサスだけです。
浅利:ユニークな取り組みとして、2017年4月から「マーケットプレイス」を公開します。これは、チップやボードだけでなく、ソフトウェアも含めた産業向けシステムソリューションを提供する場になります。Microsoft Azure上に構築したRZ/G Linuxプラットフォームのeコマース(電子商取引)サイトにより、ミドルウェアやツールのライセンスを購入したり、技術ドキュメントをダウンロードしたり、コミュニティ(掲示板)に質問することができ、パートナー企業とのエコシステム拡がりも期待しています。
――Linuxディストリビュータは競合になりますか?
浅利:必ずしもそうではありません。今回のLinuxパッケージのサポートでは、ミラクル・リナックス社にパートナーになっていただいています。ルネサスが用意するLinuxパッケージをちょっと変更して使いたい、という場合は、ミラクル・リナックス社と協力してサポートしていきます。
森岡:そのほかにも、協力関係にあるLinuxディストリビュータはあります。お客様ごとに要求はバラバラなので、いわゆる”かゆいところに手が届くサポート”はLinuxディストリビュータ各社にお願いしています。
産業用Linuxのコミュニティに参加。長期保守やリアルタイム性能に注目。
――産業分野では長期の製品供給が求められますが、Linuxは頻繁に改版されます。そこは問題にならないのでしょうか?
浅利:米The Linux Foundationが2016年4月に「Civil Infrastructure Platform(CIP)」という社会インフラ向けの協業プロジェクトを立ち上げています。これは、産業分野に適したLinuxを開発する取り組みです。CIPの特徴の一つは、Linuxコミュニティとして10年以上の長期サポートにきちんと対応する点です。ルネサスはこのプロジェクトに参加しました。半導体メーカーとして、初の参加企業になります。
――具体的に、どうやって10年以上のサポートを実現するのでしょう?
片山:彼らは一つのバージョンを10~15年サポートすると言っています。最初の5年間は新しい機能を取り込んだ最新のカーネルを提供し、それ以降、セキュリティパッチを5年以上継続して提供するようです。ルネサスも、基本的なポリシーはCIPに従う方針です。5年おきにリリースされる二つのバージョンに同時に対応していけば、常に最新のカーネルを提供していけることになります。
――産業分野のLinuxということは、リアルタイム制約のサポートも期待できるのでしょうか?
片山:ルネサスがCIPへの参加を決めたもう一つの理由は、このプロジェクトがリアルタイム性能を上げていくことを表明している点です。もともとLinuxにはリアルタイムパッチ(RTパッチ)がありますが、それを適用しても性能が不足する部分を補っていきたい、と言っています。
AI化するIoTエッジ。クラウドだけでは解決できない。
――RZ/G Linuxプラットフォームについての今後の取り組みを教えてください。
野村:産業分野でLinuxが普及するかどうかは、CIPで議論されている長期保守やリアルタイム性能、セキュリティがカギになると思っています。それ以外には、画像認識や顔認証など、画像系のアプリケーションにおいてAIらしくプロセッサを使っていくための取り組みが重要になると考えています。
――IoT市場への対応は考えていますか?
野村:IoTのエッジ側の処理を実行するマイコン、例えばRL78やRXとの間でデータをやりとりするためのゲートウェイ機能や通信プロトコルへの対応を検討しています。
――システムのクラウド化が進むと、相対的にエッジ側のプロセッサに要求される処理性能が下がるのでは?
野村:クラウドに上げればすべて処理できるかというと、それは違うと思います。画像のように、全部のデータをクラウドに上げられない場合もあるでしょうし、エッジ側をリアルタイムに、もっとインテリジェントにして、使いやすくしたい場合もあるでしょう。エッジ側の処理はますます重要になります。
――エッジコンピューティングの領域で存在感を出したい、と。
野村:クラウドはクラウドとしてうまく使っていく必要はありますが、エッジはエッジとして閉じた形でリアルタイム性やセキュリティを維持し、ネットワークに接続したり、使いやすくすることでルネサスの価値を出していきます。ルネサスはセンシングや通信、モータ制御などの製品も持っていますので。
浅利:ルネサスの造語ですが、2017年4月開催のDevConではエッジ側のAI化を意味する「e-AI(embedded-Artificial Intelligence)」というフレーズをキーコンセプトとして掲げます。
――本日はありがとうございました。
APS EYE’S
これまでの組み込み開発スタイルに、新たな手法を提案し続けているルネサス エレクトロニクス。OSSの弱点を自社だけでなくパートナーと補完することで、組み込みシステムにおいて重要なサポート体制をLinuxで実現した。これまでの組み込みLinuxは、限られたエンジニアのみがメンテナンスを行っていた。「RZ/Gシリーズ」は、ルネサス自身が品質を検証することで、Linuxベースでも「誰でも簡単に必要なものだけを、クラウド上の環境に構築する」ことが可能となった。さらにIoTの取り組みでは、イメージ処理はもちろんのこと、新たにe-AIを掲げる同社。IoTエッジコンピューティングの新たな流れになるに違いない。
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