高性能ミックストシグナルIC を設計/販売してきたシリコンラボラトリーズ(以下、シリコンラボ)は、超低消費電力マイコンに加え、ZigBeeやBluetoothソリューションを持ったメーカーを戦略的に買収することによって、IoT分野における多様な製品ラインアップを持つようになった。さらに、こういったデバイスだけではなく、関連するソフトウェアの提供、統合開発環境や評価ボードの提供による開発を支援することで、高い評価を得ている。ここでは、同社のIoTに向けた製品戦略を聞いた。
集合写真(左より)
SILICON LABS Vice president & General Manager MCU & Wireless Products Daniel Cooley 氏
シリコンラボラトリーズ シニアFAE 椿原 潤吾 氏
シリコンラボラトリーズ シニアFAE 高山 穀 氏
株式会社マクニカ テクスターカンパニー ストラテジックプロダクト事業部 プロダクトセールス部 第2課 リーダー 根城 大介 氏
シリコンラボラトリーズ セールスマネージャー 土屋 朋論 氏
目次
戦略的な買収でIoT分野をリード
シリコンラボは、米テキサス州オースチンに本社を置く1996年創業の半導体メーカーである。2000年にはナスダックに上場し、全世界で約1,200名の従業員を擁している。製品ラインアップは、マイコン、無線IC、ワイヤレスマイコン、センサー、オペアンプ・ADC・電源管理などのアナログペリフェラル、オシレータやクロックジェネレータ・バッファなどのタイミング製品、インタフェース・ブリッジ、ラジオ・テレビチューナ、アイソレータ、モデム、PoEなど幅広い(図1)。現在のような多様な製品ラインアップを持つようになったのは、シリコンラボがもともと持つ卓越した高性能ミックストシグナルのアナログ設計技術に、過去に実施してきた戦略的買収で得た技術を融合した成果である。主な買収先として、2012年にZigBeeでトップシェアを誇るEmber社、2013年に超低消費電力マイコンで知られるEnergy Micro社、2015年にはBluetoothとWi-Fiモジュールを持ち、ソフトウェア・スタックと開発ツールを提供しているBluegiga Technologies社などがあげられる。
いずれもIoT分野に必須の技術だ。「シリコンラボは、約5年前まだIoTという言葉よりもエンベデッド・ネットワークと呼ばれていた時代にIoT分野に進出しようと考えました。この分野は多くの人が考えているより動きが早く、常に先を見る必要があります。いざとなってから慌てて揃えるのではなく、トータル・ソリューションを提供できる体制を構築しました」と、米シリコンラボ VP and GM of MCU & Wireless productsのDaniel氏。続けてDaniel氏は、「IoTでは、無線IC、マイコン、ワイヤレスマイコンなどのハードウェアに加え、Bluetooth、Zigbee等のプロトコル・ソフトウェアをソリューションとして提供しています」という。ワイヤレスマイコンとは、従来無線部とマイコン部が別デバイスであったものをワンチップ化したもので、「ワイヤレスマイコンはIoTに不可欠なピースです」(Daniel氏)とのことだ。「ワイヤレスマイコンはあくまでも素材です。パフォーマンスが高く、低消費電力かつ小型のワイヤレスマイコンを複数ラインアップしています」(シリコンラボ 高山氏)。最終製品として作り込むためには、マイコンという素材に加えて、プロトコルスタックやドライバなどの各種ソフトウェアが必要になる。そして製品開発のためのツールとして、評価キットや開発環境も不可欠だ。「シリコンラボでは、デバイス、ソフトウェア、開発環境のすべてを提供することで、効率的な製品開発を支援します」(高山氏)という。
特定のアプリケーションに向けてEFM8が強みを発揮
マイコンは、シリコンラボが元々持つ8ビットマイコンC8051シリーズに加え、2013年に買収したエナジーマイクロ社のEFM32、IoT向けに新規開発されたEFM8およびワイヤレスマイコンを提供する。EFM8およびEFM32は、低消費電力を売りにしているマイコンファミリだ。Daniel氏は、「『EFM』は、『energy friendly MCU』の略称です」という。EFM8とC8051は8051コアベースの8ビットマイコンであり、一部の命令をパイプライン化するなどして高速化を図っている。1または2クロックサイクルで命令の70%を実行可能だ。「動作クロックが50~100MHzの製品があるなど、単なる8ビットマイコンではないのが特長です」(シリコンラボ 土屋氏)という。「EFM8は汎用MCUでありながらIoTで要求される低消費電力アプリケーションや各種センサーを持つアプリケーションに最適です」(Daniel氏)。
EFM8の主な特長として、①高性能高速CPUコア、②高性能ペリフェラル、③特許取得済みのクロスバー・アーキテクチャ、④周辺機能の取り込み、⑤超低消費電力などがあげられる。ペリフェラルは、200Kspsの12ビットADC や800Kspsの10ビットADC、高ノイズ耐性キャパシティブセンサー(Capsense)、温度センサーなどの高性能アナログペリフェラルが揃っている。さらに、高性能タイマ、高解像度PWM、高速シリアルインタフェース(12Mbps SPI、3Mbps UART、3.4Mbps I2Cなど)が用意されている。低消費電力も大きな特長となる。50nAというスリープ時電流、2μs未満の高速ウェイクアップ時間、150μA/MHzの低アクティブ電流、さらに消費電力を最大90%まで削減できるUSBモジュールなどが用意されている。これにより、バッテリ寿命を大幅に向上させることが可能となる。さらに、発振器、電圧レギュレータ、USBチャージャ検知回路など従来外付けだった各種機能を内蔵しているにもかかわらず最小3mm角の超小型パッケージを実現している。「たとえばUSBでは通常必要になる水晶発振器が不要であり、USBの5V電源からEFM8向けの3.3V電源を作ることができるので電圧レギュレータも不要になります」(土屋氏)という。
EFM32のさまざまな機能で超低消費電力化を実現
EFM32は、Armコアを搭載した32ビットマイコンであるGeckoシリーズをラインアップしており、Cortex-M0+、Cortex-M3、Cortex-M4Fが採用されている。240品番以上がラインアップされ、ピン互換・コード互換性を持つため、ある程度設計が進んでからのシリーズ変更や製品機種展開も容易にできる。EFM32の低消費電力化は、①Armコアの採用、②各ブロック毎の細かい電力モード管理、②独自技術であるPRS(Peripheral Reflex System)の搭載、③特許技術である外部センサーI/F(LESENSE)、④ウルトラローリークを始めとする徹底した低電力設計、⑤充実のツール群などで実現される。PRSは、CPUがスリープ状態でもペリフェラルだけで多くの処理を行える機能だ。PRSはペリフェラルから別のペリフェラルを直接起動できるのでCPUの介在は不要となる。さらに、LESENSEも低消費電力化に貢献する機能である。一般のマイコンでは、コンパレート毎にCPUを立ち上げ条件判定する。LESENSEではCPUがスリープのまま、同様のことをハードだけで実行できる。適切で動的な電力モード管理に加え、これらの機能によって電力消費が大幅に軽減される。
EFM8、EFM32、C8051、ワイヤレスマイコンで共通で使える統合開発環境として、「Simplicity Studio」が用意されており、シリコンラボのホームページから無償でダウンロードできる。Simplicity Studioは、製品セレクタ・ツール、コンパイラ、デモ、ライブラリ、サンプルコード、消費電流プロファイラツール、Capsense プロファイラツール、コンフィギュレータ、すべての関連ドキュメント、Flash書き込みツールなど、開発前のマイコン選定から、ソフトウェア開発、および書き込みまでの統合開発環境となっており、それぞれの機能がワンクリックで簡単に使用できる。また自動アップデート機能を備えることで、常に最新のドキュメント・ツール郡を利用できる。「ハードウェアとして低消費電力を実現するさまざまな機能を上手く活かせるかどうかは、ソフトウェアエンジニアのスキルに依存します。個人のスキルに依存してしまうとバラツキが生じる恐れがありますが、Simplicity Studioという統合開発環境を活用することで誰でも簡単にハードウェアの機能を活かすことが可能になります」(Daniel氏)。
IoT分野に必要なワイヤレスやセンサー
シリコンラボはWi-SUNやThread、ZigBee、Bluetooth、さらにはお客様独自の短距離無線通信向けのソリューションを持つ。ワイヤレスの注目ワードに「サブギガ(Sub-GHz:GHz以下の周波数)」がある。「サブギガは世界的に最も今後最も新規利用が進むであろう重要な周波数帯です」(Daniel氏)。サブギガは、2.4GHzや5GHzなどの高い周波数帯と比べて到達距離が長く、回折性が高いので障害物を回りこんで通信できるなど、今後の普及が期待される周波数帯だ。国内でも920MHz帯の普及が盛んである。シリコンラボでは、2.4GHzに加えサブギガバンドに向けた製品をラインアップしている。「シリコンラボのZigBeeチップは、全世界の約48%のシェアを占めています(シリコンラボ調べ)」(Daniel氏)という。シリコンラボは、これら2.4GHzと920MHzを1チップで対応するIoT SoCも今後リリースする予定のようだ。
センサーもIoTを構成する重要な要素となる。シリコンラボは、環境アプリケーションに使用される温度・湿度・太陽光センサー、近接センシングやバイオメタリック・アプリケーションに使用されるUV/IRセンサーなどをラインアップすることで、スマート・ホーム、ビルディング・オートメーション、ウェアラブル、生体センサー・アプリケーションなど様々なIoT分野に対応する。それらのセンサーとマイコンおよび無線を組み合わせたリファレンスデザインを用意している。さらに、センサーに適した低消費電力を活かすソフトウェアも用意することで、セット全体の低消費電力化実現も支援していくという。
時代の先を見ていることに自信がある
マイコンの開発では技術サポートも重要となる。「マイコンやツール、サンプルコードなどの使い方などについての技術サポートを提供しています」(高山氏)。シリコンラボのMCUスタータキットは搭載されているマイコンのデバッグや消費電力のリアルタイム計測はもちろん、ユーザーで設計したボードの消費電力も計測する機能を備えている(図2)。
国内では技術商社のマクニカが大きく貢献している。マクニカではデバイス提案や技術サポートに加え、Mpressionというオリジナル技術ブランドにより各種ソリューションを提供している。Mpressionには、マクニカが取り扱っている多くのメーカーの半導体とシリコンラボ製品を組み合わせたものも用意されている。「マクニカさんは商社なので、シリコンラボ製品以外と組み合わせることができるので、さらに多種多様なシステムのリファレンスとなりえます」(高山氏)。「マクニカでは無償のハンズオンセミナーを開催しています。大好評のためマクニカの各営業所での開催も計画しており、頻度も月1回程度を予定しています。また、各種キットの購入が可能な「Macnica Online Store」では、分かりやすい日本語のドキュメントやFAQを多数用意しています」(マクニカ 根城氏)。「英語でよければ、シリコンラボホームページやYouTubeにて各種デモを配信しています」(高山氏)。
「いまIoT(インターネット・オブ・シングス:モノのインターネット)は、さまざまなエコシステムにおいて重要なファクターです。シリコンラボは、それぞれのエコシステムが求めている“モノ”を実現するためのデバイスやソフトウェアを提供するだけでなく、エコシステムで必要となってくる仕組み(スタンダード)の確立に積極的に取り組んでおります。Threadもその1つの取り組みです」(Daniel氏)。「エコシステム」とは、「デバイスからサービスまでを階層的に示す相関関係」のことになる。最後にDaniel氏は、「シリコンラボは、時代の先を見ていることに自信があります。10年先は難しいが5年先くらいまでの見通しはついています。IoTは本当に期待が高まっており、われわれの日常生活にも大きく影響するでしょう。シリコンラボはそういったIoTの世界の一端を担っていきます」とまとめた。
APS EYE’S
製品作りにとどまらず、仕組みまでも変えようとしているシリコンラボ。得意な無線とMCUを活かし、IoTを実直なまでに取り組んでいる姿勢は、数年先の半導体プレーヤーの勢力図を変えているかも知れない。
こちらも是非
“もっと見る” インタビュー
パナソニックが電動アシスト自転車にSTM32を採用。タイヤの空気圧低下をエッジAIがお知らせ
国内の電動アシスト自転車市場で圧倒的なシェアを誇るパナソニック サイクルテック。同社が新たに開発したのが、タイヤの空気圧低下をAIで推定する「空気入れタイミングお知らせ機能」である。パンクの原因にもなる空気圧低下を乗り手に知らせて、安全性と快適性を高めるのが狙いだ。アシスト用モーターの制御とAIモデルの実行にはSTのSTM32マイコンを採用した。開発の経緯や仕組みについて話を聞いた。
顔認証端末「Noqtoa」の高性能を支えるi.MX 8M Plusプロセッサ~内蔵NPUが0.2秒のレスポンスを実現~
NXP Semiconductorsのi.MX 8M Plusアプリケーション・プロセッサとサイバーリンクのAI顔認証エンジンFaceMeで構成した宮川製作所の顔認証端末「Noqtoa(ノクトア)」。i.MX 8M Plusの特徴のひとつであるNPU(ニューラル・プロセッシング・ユニット)を活用して、人物の顔の特徴量抽出を高速化し、1万人の登録に対してわずか0.2秒という顔認証レスポンスを実現した。宮川製作所で開発を担当したお二人を中心に話を聞いた。
ウインドリバーが始めた、Yocto Linuxにも対応する組み込みLinux開発・運用支援サービスとは?
リアルタイムOSの「VxWorks」やYocto Projectベースの商用組み込みLinuxである「Wind River Linux」を提供し、組み込みOS市場をリードするウインドリバー。同社が新たに注力しているのが組み込みLinuxプラットフォームソリューションの開発と運用の負担を軽減するLinux開発・運用支援サービスの「Wind River Studio Linux Services」だ。