シリコンラボラトリーズ(以下、シリコンラボ)は、いままで得意としてきたワイヤレス関連の技術や経験を活かし、MCU+ワイヤレスの無線モジュールに加え、ワイヤレス機能を内蔵したSoC(ワイヤレスマイコン)に力を入れている。そのワイヤレス関連デバイスが、いま注目のIoTに向けたサービスを展開している仏Sigfox社のリファレンスとして採用された。ここでは、Sigfox社の概要と同社への対応、シリコンラボのワイヤレス戦略を聞いた。
集合写真(左より)
シリコンラボラトリーズ 代表取締役社長 深田 学 氏
シリコンラボラトリーズ フィールドマーケティングマネージャー 椿原 潤吾 氏
シリコンラボラトリーズ シニアFAE 高山 毅 氏
シリコンラボラトリーズ IoTスペシャリスト 水谷 章成 氏
株式会社マクニカ テクスターカンパニー ストラテジックプロダクト事業部 プロダクトセールス部 第1課 課長 杉山 豪史 氏
目次
単なる無線規格ではなく実際にキャリアビジネスを展開
APS読者の皆さんはSigfoxをご存知だろうか。Sigfoxは、仏Sigfox社が提供しているIoTに向けたサービスであり、2015年度実績で全世界で800万端末が加入しているといわれている。大きな特長としてSub-GHz帯のUltra-Narrow Band (UNB)を利用したLPWA(Low Power Wide Area)によって長距離無線通信を実現していることだ。「LPWAは低消費電力で広範囲をカバーできることから、これからのIoTの本命と目されているものです。帯域幅を狭くしデータレートを落としてでも、遠くへ飛ばすことを優先しています」(椿原氏)。たとえば、広い農場や森林などで、各種センサーやスイッチなど100bps程度のデータ量でも十分な各種端末からの情報を集めたいといったニーズに向く。
「UNBを使用する他の規格もありますが、Sigfoxは単なる通信方式の規格名ではなく実際にキャリアビジネスを展開している点が大きな違いです。すなわちSigfoxはネットワークオペレータなのです」(椿原氏)。ユーザー自らが基地局を用意する必要がなく、クラウドやバックホールネットワークにアクセスさえすれば良い。多くの端末が用意されており、即座に利用することが可能だ。
すでにフランス、アイルランド、スペイン、ドイツ、イタリア、英国、北米、ブラジルなど22カ国で事業を展開している(2016年7月現在)。そのなかでもフランス、スペイン、英国では人口カバレッジ80%以上を達成しているほどだ。今後は日本国内でも着実に普及していくことだろう。「Sigfoxの導入例として、鉄道があります。架線や線路の摩滅の状態をセンサーで集めるなどの保線業務の効率や張力化を図るものです。しかも、それに特化したシステムインテグレータも存在しており、実ビジネスとして成り立っています」(椿原氏)。
シリコンラボは、Sigfoxから注目されている。「もともとシリコンラボは無線が強くナローバンドにも強かったこともあります。その実績からSigfoxからご指名で採用された経緯があり、欧州では大きなシェアを持っています」(深田氏)。
Sigfoxの使用しているナローバンドは100Hzしかない(図1)。「以前自分は無線関係の設計をしていたこともあり、ナローバンドはキャリアのメインローブが結構大変な技術であることを肌感覚で分かっています。Sigfoxの100Hzのキャリアを安定して出し続けるのは大変です。さらに測定も一般のスペクトラムアナライザを用いるのですが、温度変化でどんどん変化してしまうなど、とにかくやっかいです」(椿原氏)。シリコンラボのワイヤレスマイコンであるEZR32(後述)は、Sigfoxの要求する高い性能を満たしていたことが採用に至った所以である。
シリコンラボは、Sigfox対応製品として無線モジュールとワイヤレスマイコンですでに欧州でトップクラスの出荷実績を誇っている。日本および各国への対応として2016年の第三四半期にSigfoxスタックの提供開始を予定しており、さらにEZR32へそのスタックを搭載可能にしたり、Sigfox認証対応スタックの無償提供や評価キットも同時に提供を開始するなど、着実に国内に向けたSigfoxへの対応を推し進めている。
ワイヤレスをモジュールとSoCという2つの方向で対応
「シリコンラボの売上げ構成は、コミュニケーションと産業機器、コンシューマで各30%程度とバランスが取れています。お客様は、約3万社以上となっており非常に幅広いのも特長です」(深田氏)。IoTとインフラという2つの市場で2015年に約60%の売上げシェアを占めており、今後は売上げを伸ばしつつ、これらの割合を増やしていくという。さらに深田氏は、「これから伸びていくのがワイヤレスマイコンです。マイコンのなかにひとつのペリフェラルとしてワイヤレス機能を入れています。IoTに注力するのであれば、マルチプロトコルやマルチバンド、さらにセキュリティ、低消費電力が重要。これらを意識しつつお客様が短期で開発ができるように製品やツールを開発しています」とワイヤレス事業への抱負をそう語る。
現在シリコンラボでは、ワイヤレスに向けて2つの方向で対応している。ひとつは無線モジュールだ。インテグレーションレベルが高く、変調やチャネルなど無線に関わる面倒なことを考える必要がなくワイヤレスシステムを組むことができる。「シリコンラボは無線に強く、その知識と経験を活かし簡単に無線化ができるようにしています」(椿原氏)。無線チップとマイコンをひとつの基板に搭載したもので、業界トップクラスの小サイズとなっている。「無線に必須であるコンデンサーやクリスタルが初めから入っていれば、お客様が悩むことはありません」(高山氏)。
もうひとつがマイコン(Geckoシリーズ)のペリフェラルとしてワイヤレス機能を入れたシングルチップマイコン(SoC)だ。SoCにはひとつのダイ上にマイコンコアとワイヤレス機能を搭載したEFR32と、それらのダイを分けているEZR32がある。シリコンラボではEFR32シリーズをワイヤレスGeckoシリーズとして展開しており、今後はよりラインアップを充実していくという。また、多くのソフトウェアが、無線モジュールとSoCで共通に使用できるため、無線モジュールからSoCへ容易に移行できる。
すでにワイヤレスGeckoシリーズとして多くの品種をラインアップしている。「無線の出力は3種類あり、それにメモリサイズのバリエーションを加えると100を優に超します。シリコンラボはこれだけの品種を販売管理しています」(椿原氏)。これほど多くの品種をラインアップしているのは、シリコンラボくらいだろう。
IoTの課題である電池寿命、セキュリティ、短期開発を解決
「現在、IoTには多くの課題があります。それは電池寿命、セキュリティ、短期開発などです」(深田氏)。シリコンラボのマイコンは、Armの32ビットバスに加え、PRS(Peripheral Reflex System)を持っている。CPUがスリープ状態でもペリフェラルだけで多くの処理を行える機能であり、ペリフェラルから別のペリフェラルを直接起動できるのでCPUの介在は不要となるものだ。さらに、LESENSEという低消費電力化に貢献する機能もある。一般のマイコンでは、コンパレート毎にCPUを立ち上げ条件判定をするが、LESENSEではCPUがスリープのまま、同様のことをハードウェアだけで実行できる。また、豊富な電源モードにより、さらなる超低消費電力化が可能になっている。
IoTにとってセキュリティは極めて重要だ。シリコンラボのワイヤレスGeckoシリーズにはハードウェアのセキュリティエンジンが内蔵されている。mbedで提供されているTLSライブラリに暗号エンジンを適用するサンプルコードも用意されており、AES-128/256、SHA-1、SHA-224/56、ECC (楕円カーブ)、CRCなども一通り揃っている。「これによって、EFM32とEFR32は一般のソフトウェア処理と比べて、10倍の速さで暗号化処理を実現しています」(椿原氏)。
開発環境についても、無償でダウンロードできる統合開発環境のSimplicity Studio、ハードウェアとして各種開発キットなどが用意されている(図1)。「最近は、ソフトウェアも含めたソリューションが求められているので、使い勝手の良いリファレンスデザインを提供しています。サンプルソフトも入っているので、それを元にすぐに製品開発を行えます」(高山氏)。Simplicity Studioは、コードサイズ無制限のGCCコンパイラ、デモ、ライブラリ、サンプルコード、消費電力とCapsenseプロファイラツール、コンフィギュレータ、簡単更新サポートパッケージ、資料などが揃っている。
「IoTに向けた取り組みの中で、どのプロトコルを選択するか」と悩むことがあるかもしれない。それに対して椿原氏は、「プロトコルには一長一短があり、どれが一番かということはありません。BluetoothやZigBeeなどは市場的には大きいのですが、Proprietary(独自仕様)の潜在需要も十分に大きいと考えています。標準規格利用は仕様が開示されていることでマルチモジュールベンダ購入を容易にする利点がありますが、仕様が複雑化することも多く比較的高コストになりがちです。一方で独自規格の利点は専用の仕様とすることで冗長性を削った最小コストの実現と、非開示規格とすることによる秘匿性が挙げられるでしょう」(椿原氏)。
シリコンラボのSoCは、マルチプロトコル化やマルチバンド化を実現しており、さまざまなネットワーク要件に対応できる。独自のネットワークを希望するユーザーは非常に多く、それを可能にするプラットフォームはワイヤレスGeckoシリーズだ。「Sub-GHz / 2.4GHzとも、プロトコル・スタック以外にも、非常に使いやすいドライバを提供しておりますので、様々なお客様の独自規格に対応可能です」(高山氏)。
ワイヤレスGeckoはマルチプロトコルやマルチバンドに対応
前述のようにシリコンラボは、マルチプロトコルに力を入れており、(1)プログラマブル、(2)切替え式、(3)ダイナミック、(4)同時参加、(5)マルチ無線、などがあるという。
(1)のプログラマブルは、工場で書いてそのまま出荷となるものだ。同一ハードウェアの出荷先によってプロトコルを変更するというニーズに応じることができる。(2)の切替え式は、起動時にプロトコルを選択するものだ。「たとえばスマートメータの検針の場合、機器を設定するときや診断テスト等ではBluetoothで行い、通常運用するときはメッシュ通信を行うZigBeeやThread、独自方式のSub-GHzを用いることが考えられます」(椿原氏)という。シリコンラボでは、2016年7月現在(2)の切替え式まで提供できている。
(3)のダイナミックは、複数のネットワークをタイムスライスで切替えるものだ。たとえば、BLEビーコンを常にサーチしておいてユーザーが近づいたら検出し、検出後Threadや他のネットワークに切替えてデータを伝送する。「事例として自宅のガレージにビーコンを設置しておき、それにユーザーが近づいたら検出します。その後は、パワーのある方式に切替えて通信するものです」(椿原氏)。「ワイヤレスGeckoシリーズならデュアルバンドなので、Sub-GHzと2.4GHzの切替えもできます。すなわち、プロトコルの違いばかりでなく転送距離も違いますので、使用エリアの変更がダイナミックにできます。そういった面からもシリコンラボは一歩抜きん出ていると言えます」(高山氏)とのことだ。
(4)の同時参加は、常時類似する2つのネットワークに参加することで、たとえばThreadとZigBeeを同一チップの処理で実現するものだ。「すべてのプロトコルではなく、同じ IEEE 802.15.4のPHYを用いているThreadとZigBeeに限ってのことです。現在、ZigBee/ Thread同時混合スタックを開発予定です」(高山氏)。(5)のマルチ無線は、完全に独立した2つの無線回路を同時運用するものだ。「たとえば、ゲートウェイはマルチプロトコルの送受信を同時に行うため、現状は2つのマイコンを用いています。それをひとつのマイコンでプロトコルを切替えるだけなので基本的に同じ開発環境で作ることができます」(高山氏)。
最後に深田氏は、「シリコンラボは、IoT市場に対して可能な限りマルチな環境をご提供できるよう注力していきます。IoT市場にさまざまなアプローチで対応するための素材としてワイヤレスGeckoシリーズがあります。部品だけではなくソリューションも含めて、お客様のワイヤレス製品開発に大きく貢献していきます」とまとめた。
APS EYE’S
一朝一夕で無線技術をものにすることはできない。狭帯域通信が実現できるからこそ、付加価値の向上につながった。シリコンラボは、IoTの取り組みとしてデュアルバンド対応のRFSoCとして製品化した。他社の追従は許さない勢いだ。
こちらも是非
“もっと見る” インタビュー
顔認証端末「Noqtoa」の高性能を支えるi.MX 8M Plusプロセッサ~内蔵NPUが0.2秒のレスポンスを実現~
NXP Semiconductorsのi.MX 8M Plusアプリケーション・プロセッサとサイバーリンクのAI顔認証エンジンFaceMeで構成した宮川製作所の顔認証端末「Noqtoa(ノクトア)」。i.MX 8M Plusの特徴のひとつであるNPU(ニューラル・プロセッシング・ユニット)を活用して、人物の顔の特徴量抽出を高速化し、1万人の登録に対してわずか0.2秒という顔認証レスポンスを実現した。宮川製作所で開発を担当したお二人を中心に話を聞いた。
ウインドリバーが始めた、Yocto Linuxにも対応する組み込みLinux開発・運用支援サービスとは?
リアルタイムOSの「VxWorks」やYocto Projectベースの商用組み込みLinuxである「Wind River Linux」を提供し、組み込みOS市場をリードするウインドリバー。同社が新たに注力しているのが組み込みLinuxプラットフォームソリューションの開発と運用の負担を軽減するLinux開発・運用支援サービスの「Wind River Studio Linux Services」だ。
IoT社会が求めるセーフティとセキュリティを提供するBlackBerry
携帯端末会社からソフトウェア会社へと変貌を遂げたカナダのBlackBerry。同社を代表するリアルタイムオペレーティングシステム「QNX OS」は、さまざまな組み込みシステムのほか、数多くの自動車に搭載されている。近年、同社が力を入れているのが、FA機器や医療機器など、企業活動や生命財産に影響を与える恐れのあるミッション・クリティカルなシステムだ。取り組みについて日本でBlackBerry QNXするアガルワル・サッチン氏に話を聞いた。