MEMS技術を生かしたさまざまなセンサー・デバイスと、低消費電力かつハイパフォーマンスなSTM32マイコンとを両軸に、IoTアプリケーション向けのソリューションを提供するSTマイクロエレクトロニクス株式会社(以下、ST)。長距離伝送が可能なLow Power Wide Area Network規格「LoRa」のアライアンスへ加入し、IoTに対する取り組みのさらなる強化を図っている。同社製品を無線モジュールに数多く採用している株式会社アールエフリンクの小林氏に話を聞いた。
集合写真(左より)
STマイクロエレクトロニクス株式会社 東日本営業グループ 第三営業部 マネージャー 金子 出(いずる) 氏
株式会社アールエフリンク 取締役 技術部 部長 小林 信一 氏
STマイクロエレクトロニクス株式会社 マイクロコントローラ・メモリ・セキュアMCU製品グループ マイクロコントローラ製品部 石川 義章 氏
目次
Arm Cortex-MベースのマイコンやMEMSデバイスを豊富にラインアップ
――今日はアールエフリンクの小林さんをお招きしてお話を伺います。まず会社の概要を紹介していただけますか?
小林(アールエフリンク):「RF」と「Link」を組み合わせた社名からもお分かりになるとおり、無線通信に関する技術開発やソリューション開発を主なビジネスにしています。設立は2010年ですが、もともとはアジア向けPHSモジュールの開発を目的に2004年に創業した旧エアマイクロ社を前身としていて、一円玉よりも小さい10mm×16mm角のZigBeeモジュールを2008年頃に製品化するなど、無線技術に特化したベンチャー企業として無線モジュールを提供してきました。この製品はAPS(volume.2)でも取り上げていただきました。
――2011年3月でしたね、よく覚えております。こういった無線モジュールはどのようなところに組み込まれているのですか?
小林:モジュールの特性上、やはり産業用途が中心です。「ZigBeePRO」の無線モジュールや、IEEE 802.15.4の「SimpleMAC」に則った独自スタックの無線モジュールなどを提供していて、たとえば農業での土壌センシングや、製鉄工場で従業員の安全を確保するためのペンダント型環境センサーなどに使われています。
――IT業界やエレクトロニクス業界では「IoT」という言葉が2015年あたりから盛んに取り上げられるようになっています。市場の変化は感じていますか?
小林:エンドデバイスにセンサーを付けて無線で飛ばすのは旧エアマイクロ時代からやってきましたが、当時はローカルなネットワークしかありませんでした。ところが最近になって仏SIGFOX社が開発した「SIGFOX」やWi-SUNアライアンスが策定した「Wi-SUN」といった広域の通信規格が出てきて、そうしたテクノロジーをビジネスにつなげたいというお客様からの引き合いが増えているのは確かです。
石川(ST):STではIoT向けのテクノロジーやソリューションを揃えてきましたが、ようやく最近になって本格的にIoTビジネスが動き始めてきたかなと実感しています。半導体製品を使ってハードウェアを開発されるお客様、IoTのサービスを提供しようと考えているお客様、システムインテグレータも含めて、ご提案ならびにパートナーシップの強化を進めているところです。
――STならではの強みはありますか?
石川:やはりSTといえば、マイコンとセンサーの組み合わせです。センサーノード(エッジ)に適したマイコンとして、Arm Cortex-M0/M0+、Cortex-M3、Cortex-M4、またはCortex-M7を搭載するSTM32Fシリーズを提供していますし、センサー製品としては、加速度センサー、ジャイロ・センサー(角速度センサー)、電子コンパス、慣性センサー、大気圧センサー、湿度センサー、マイクなどのMEMS(Micro Electro Mechanical Sensors)デバイスのほか、温度センサー、ToF(Time-of-Flight)測距センサーなど、基本的な物理現象を検出するセンサーは一通り持っています。
金子(ST):センサーの活用ってIoTの入り口だと思うんですね。人間が装着する活動量計を例に挙げると、加速度センサーやジャイロ・センサーを使えば人間の動きが分かりますし、数メートルの標高差で生じる気圧の違いを検出できるSTマイクロエレクトロニクスの高精度な大気圧センサーを使えば階段を昇っているのか下っているのかも分かります。そうした情報をスマートフォンに転送して、さらにクラウドに上げれば、新たな価値やサービスにつなげられます。
IoTノードに最適な超低消費電力を実現 ボタン電池1個で数年の動作も可能
――ところで、アールエフリンクの無線モジュールにはSTのマイコンが搭載されているそうですね。
小林:ほんの一部のロットを除いて、Arm Cortex-M0、Cortex-M3ベースのSTM32を使っています。センサーノードはCR2032のようなボタン電池で数年間に亘って動き続けることが求められるため、無線モジュールも徹底した低消費電力化を図らないといけません。そこで低消費電力を謳うさまざまなベンダーのマイコンで消費電力を実測してみたところ、STのSTM32ファミリがいちばん消費電力が低かったんです。たとえばArm Cortex-M0ベースの「STM32F051」のディープスリープ時の消費電流はたしか1μAぐらいと小さいため、センサーの読み取り処理と送信処理を瞬間的に行った後、すぐに低消費電力モードに移行する使い方の時、非常に都合がいいんです。そのほか、使い易いアーキテクチャである点や、センサーに応じたサンプルコードが提供されている点も評価しました。
石川:STM32F051を褒めていただきましたが、実はこの製品は通常のマイコンなので、超低消費電力マイコンのSTM32Lシリーズは更に低消費なんです。これまで日本では、STのマイコンはどちらかというと商用電源で動作するシステムに採用されるケースがほとんどでしたが、2015年あたりから、先ほども小林様が言われたようにボタン電池1個で何年も動かしたいといった超低消費電力のアプリケーションへの引き合いが非常に増えていますね。
――STのマイコンはなぜ低消費電力を実現できているのですか?
石川:ST独自の超ローリーク・プロセスに加え、専用のアーキテクチャを使用しているためです。内部の電源ドメインやクロックドメインの切り方が巧妙で、しかも多様な動作モードが用意されているため、実使用でのパワーが他社よりも小さいというのはあると思います。さらに、低消費電力でありながらも多数のペリフェラルを積んでいて汎用性も高いため、I/O用に別チップを搭載する必要もありません。ぜひ他社様製品と比較してみてください。
金子:低消費電力に関しては国産のマイコンも強くて、スペックだけで勝った負けたというのは営業の現場でもよくあります。ただ、Armマイコンはいろいろなベンダーから出ていますから、いわゆるBCP(事業継続計画)的な観点から見ても、選択肢が豊富というメリットはあるかと思います。その中でST製品を選択していただけている会社様が多いのは嬉しい限りです。
長距離伝送が可能なLoRaに対応 IoTの3点セットをトータルに提供
――アールエフリンクが提供している通信プロトコルについて教えてください。
小林:メッシュ型の「ZigBeePRO」やWi-SUNとECHONET Liteに対応した製品もありますが、アールエフリンクならではの独自性を打ち出すために、「RM-922」および「RM-92A(図1)」という無線モジュールには、IEEE 802.15.4をベースに開発した「SimpleMAC922/92A」というメッシュ型のプロトコルをSub-GHz帯(920MHz帯)で実装し、さらに、米Semtech社が開発した「LoRa」(ローラ)という変調方式に対応したトランシーバを組み合わせています。Semtech社のトランシーバの優れた特性のおかげでもあるのですが、LoRaはノイズの中から符号化データを抽出する能力がきわめて高く、免許不要の20mWでの送信にもかかわらず、RM-922の場合、見通しで10km、RM-92Aだと見通しで100kmほど飛びます。市街地でも2kmはいけますね。
石川:STはこれまでもBluetoothやSub-GHz帯のソリューションを提供してきましたが、IoTに適したワイヤレスネットワークに対するニーズの高まりを受けて、2015年12月にSemtech社とのアライアンスを発表し、STM32マイコンを使ったLoRaのリファレンスデザインの提供や、将来的には広域ネットワークである「LoRaWAN」をサポートするマイコンの開発を手掛ける計画を明らかにしました。こうした取り組みによって、センサー、マイコン、そしてワイヤレスコネクティビティで構成されるいわば「IoTの3点セット」を、より強力かつトータルに提供できるようになると考えています。
――LoRaの採用事例はありますか?
小林:LoRa対応の無線モジュールを投入してから日が浅いので、まだお話しできない事例もあるのですが、例えば自動販売機の遠隔検量システムやGPSレシーバを組み合わせた徘徊検知システムなどへの導入はすでに始まっています。変わったところでは火山の調査ですね。温度やガスなどのセンサーとLoRaの無線モジュールを搭載した基板を噴火口の周囲に多数投下して、溶岩の熱で溶けてしまうまでの間にデータを送信させ、上空のドローンで中継したのち、安全な場所で受信してデータを収集する、といった用途にも使われています。
IoT時代に向けてマイコンを拡充 ドキュメントの日本語化も推進
――大変興味深い使い方ですね。さて、STに要望はありますか?
小林:センサーノードにたくさんのセンサーをつなぎたいというお客様のご要望が少なからずあって、たとえば農業であれば、土壌成分も測りつつ気温や湿度もいっぺんに測りたいと。ハードウェア的にはもちろんできますが、たくさんのセンサーを接続するとそれだけ処理時間が長くなってスリープモードで動かせる時間が短くなってしまい、結果として平均の消費電力が増えてしまうので、より低消費電力で、よりハイパフォーマンスなマイコンがあれば助かります。
石川:Arm Cortex-M4をベースに80MHzクロックでパフォーマンスを保ちながら徹底的な低消費電力を図った「STM32L4シリーズ」というマイコンを2015年2月にリリースしています。ぜひご検討ください。
小林:もうひとつ要望を挙げるとすれば、日本語のドキュメントですね。アーキテクチャに慣れてしまえば問題ないのですが、やはり日本語で読めたほうが理解は深まりますから。
石川:お客様からのご要望も多いので一部のドキュメント(リファレンスマニュアル)の日本語化を進めています。自社のウェブサイトはもちろん、和訳が完成したらすぐにAPSのウェブサイトにも掲載していただいています。
――はい、APSのSTさんの記事の右脇に置いてありますのでぜひご活用ください。最後に、今後の展望などを聞かせてください。
小林:このところお客様から言われることが多いのがIoTのセキュリティです。センスしたデータで機器などを制御する以上、システム全体がセキュアであることがあらかじめ保証されていなければなりません。そこで時代には逆行するかもしれませんが、セキュリティを高めやすいとされるμITRONを独自に開発しIoTシステムのOSとして用い、先ほど紹介したSimpleMAC922/92AプロトコルやLoRa変調などと組み合わせながら、お客様のニーズに応えていきたいと考えています。
石川:IoTを構成する重要な要素のひとつであるワイヤレスネットワークに関して多くの実績やノウハウを誇るアールエフリンクさんのこれからの発展に期待していますし、センサー、マイコン、およびワイヤレスコネクティビティの「IoT3点セット」でこれからもサポートさせていただきます。なお、IoTシステムのセキュリティに関しては、STでもセキュアマイコンをはじめとするソリューションを用意していますので、いずれ詳しくご紹介させてください。
――本日はありがとうございました。
APS EYE’S
STの描くIoTは、より低消費電力な無線通信と得意なMEMSを活かした豊富なセンサーと低消費電力汎用マイコンだ。アールエフリンクはこのIoTの3要素を具現化したとともに、豊富な実績を武器に今後さらなる低消費電力化に向けて、大きく需要を伸ばしていくのだろう。
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