中国を本社としグローバルにビジネスを展開するサンダーソフトは、特定応用向けリファレンス・プラットフォーム(SoC搭載ボードやデバイス・ドライバ、ミドルウェアなど)の開発に力を入れているスマートデバイス向けプラットフォームプロバイダーである。日本では、Androidスマホのオフショア開発先として、2009年から実績を積み上げてきた。最近では車載やIoTの領域へ事業を広げている。例えばドローンやIPカメラ、ロボット、VR、AVカーナビのプラットフォームを提供している。ここでは同社のリファレンス・プラットフォームの概要や、オフショア開発で成功するポイントなどについて話を聞いた。
集合写真(左より)
サンダーソフトジャパン株式会社
代表取締役社長 兼 北京本社VP 今井 正徳 氏
管理部 オペレーションマネージャー 魏 麗莉 氏
管理部 張 衛良 氏
管理部 劉 翔 氏
シニアアカウントマネージャー 車載シニアプロジェクトマネージャー 江尻 康一 氏
SoCベンダーとリファレンス・プラットフォームを共同開発
――サンダーソフトはどのような企業ですか?
今井:サンダーソフトは2008年に設立された、まだ8年目の若い会社です。モバイルOS、特にAndroidについて、初期のころからシステム開発の経験を積んできました。名前は「サンダーソフト」ですが、ソフトウェアの開発だけでなくハードウェアの開発も手がけています。現在、2,200名の技術者が在籍しています。本社は北京で、日本、北米、欧州、韓国とグローバルに拠点を拡大しています。2015年12月には、深セン証券取引所のChiNextへ上場しました。
――スマートフォン・アプリを開発しているのでしょうか?
今井:もともとはモバイル・システムの開発が中心でしたが、現在は車載やIoTの領域へ事業を広げています(図1)。これとは別に、モバイル機器の管理技術を利用した特定業種向け業務システムの構築(エンタープライズ事業)も手がけています。
――受託開発が中心ですか?
今井:単純な受託ではありません。サンダーソフトは特定応用向けのリファレンス・プラットフォームをSoCベンダーと共同開発しています。そして、このプラットフォームをベースに製品を開発することを機器メーカーに提案しています。リファレンス・プラットフォームには、SoCを搭載したモジュール基板とBSPソフトウェアが含まれます。カメラ関係の画像最適化や電力削減、OSの高速起動などもサンダーソフトの得意とするところです。
――SoCベンダーとの協業はどのように進めているのでしょう?
今井:例えば、2016年2月にIoT向けモジュールを開発するジョイント・ベンチャー(合弁企業)をQualcomm社と一緒に立ち上げました。従来、Qualcomm社は主に携帯電話メーカーを相手に事業を展開してきており、それ以外の企業が同社のチップを使ってみたいと思っても、簡単には対応しにくいところがありました。しかし、IoT時代を迎えてQualcomm社もビジネス・モデルを変えてきています。インターネット経由で「DragonBoard 410c」というモジュールの販売を始めました。ただし、Qualcomm社が自身でモジュールを開発・販売したり、多様なユーザーをサポートしたりすることは難しい。そこで、サンダーソフトとジョイント・ベンチャーを設立し、この会社でモジュールの開発やユーザー・サポート、カスタマイズを行うことになりました。
――Qualcomm以外では、どこのSoCベンダーと協業していますか?
今井:Intel社やSpreadtrum社、ルネサス エレクトロニクス社、サムスン電子社と共同でリファレンス・プラットフォームを開発しています。特に車載情報機器についてはルネサス社と協業し、中国市場の顧客の開拓をいっしょに進めています。
IoT端末だけでなく、クラウド側のソフトウェアも併せて提供
――IoT市場には、どのようなプラットフォームを提供していますか?
今井:ドローン、IPカメラ、ロボット、VR端末のプラットフォームを提供しています(図2)。ドローン向けモジュールは、SoCとしてQualcomm社の「Snapdragon 800」を搭載しており、さらに2個のカメラ(画像センサー)、Micro-USBインタフェース、Wi-Fiモジュール、GPS、ジャイロ・センサーなどを備えています。ちょうどスマートフォンのコア基板から一部の機能を切り出したようなモジュールです。これに、オプティカル・フロー(フレーム間画像比較による速度計測)や手ぶれ補正、物体の検出・追跡、姿勢制御などのソフトウェアが付属します。
――IPカメラのプラットフォームはどのような用途で使われていますか?
今井:監視カメラやトイ・カメラの開発に利用されています。IPカメラ向けモジュールは、SoCとして「Snapdragon 618」を搭載しており、さらに2個のカメラ、USBやEthernet、シリアル、HDMIなどのインタフェース、Wi-Fiや4G LTEの無線モジュールを備えています。
――カメラで撮った映像はサーバに蓄積するのでしょうか?
今井:映像をクラウドに転送するソフトウェアと、クラウド上の映像データをスマートフォンで閲覧するスマホ・アプリを用意しています。クラウドやスマートフォンと組み合わせるシステム構築は、サンダーソフトの強みにしていきたいと考えています。例えば、クラウド側に画像認識のアルゴリズムを実装し、撮影した映像から店舗内の顧客の動線を検知して、顧客の行動パターンをビッグデータとして店舗に提供できれば、新しい価値が生まれます。
――VR端末はOculusやソニー、Appleなどが開発して注目を集めています。
今井:今年、大きな動きが出てきそうなのがVR端末です。この分野にもリファレンス・プラットフォームを提供します。VRでは、外界の情報をカメラで取り込み、右目と左目の視差を考慮した画像をディスプレイに表示して、さらにARなどの情報を重ねます。CGの3D映像をリアルタイムに生成しながら表示する場合もあります。ユーザーの頭の向きや視線をセンサーで検出し、その動きに合わせて画像を動かしたりします。このような処理に必要なプラットフォームは、スマートフォンに近いものになります。VRは発展途上の機器なので、新しいアルゴリズムをどんどん追加していく必要があります。
――車載分野ではどのようなシステムを開発していますか?
今井:車載情報系の機器が中心で、ディスプレイ付きオーディオやAV機能付きカーナビなどを開発しています。例えばルネサス社の「R-Car E2」上にLinuxやAndroidを実装し、その上でカーナビ・アプリやオーディオ・アプリが動作するプラットフォームを提供しています。現状、パワートレイン系などのシステム開発には参入していません。ただし、ADAS(Advanced Driving Asistant System)や自動運転の技術が進歩すると、カーナビなどの情報系とリアルタイム処理が要求されるメータ・クラスタの統合が進むと考えられます。その意味では、サンダーソフトの開発案件も徐々に自動車の制御系へ近づいていくと考えています。
――車載ソフトウェアは、スマートフォンなどと品質要求が異なります。
今井:Automotive SPICE規格に合わせて開発プロセスを整備中で、まもなく認証を取得する予定です。車載情報系ではISO 26262は必ずしも要求されていませんが、こちらも対応を計画中です。
フェイス・トゥ・フェイスの議論がオフショア開発成功の鍵
――日本ではいつごろから事業を展開しているのでしょう?
今井:2009年から事業を始めており、100近いプロジェクトを経験しています。日本には40名以上のエンジニアがいます。そのメンバーが、クライアント企業との間のインタフェース役になります。日本では、オフショア開発で苦労した企業も多いようです。実際、サンダーソフトがかかわったプロジェクトの中で、「オフショア開発で成功したのは今回が初めて」と言われるケースが珍しくありません。
――オフショア開発で失敗しないためには、何が必要ですか?
今井:日本語でのコミュニケーションは重要です。サンダーソフトはメールも電話会議もドキュメントも、すべて日本語でやりとりしています。ただし、それだけではダメです。オフショア開発で一番重要なことは、最初にフェイス・トゥ・フェイスで議論する時間をしっかりと取ることです。どんなに小さなプロジェクトでも、膝をつき合わせてきっちり議論します。開発内容によっては3日間以上、議論することもあります。チームの挨拶から始まって、仕様書の読み合わせ、開発プロセス、テスト手法など、議論の内容は多岐にわたります。製品を開発する背景や、その開発にかける思い、そういったところまで共有することが、その後のコミュニケーションに大きく影響します。実際、キックオフ時にきちんと議論せずにスタートして、プロジェクトの途中で歯車がかみ合わなくなり、すべてをリセットしてやり直す羽目になったことが、過去に何度かありました。
――オフショア開発以外に、日本企業がサンダーソフトと組むメリットはありますか?
今井:サンダーソフトのもう一つの価値として、中国市場の動きや中国の技術企業をよく理解していることが挙げられます。日本の技術を中国に持ち込んでいっしょに中国市場を開拓したり、中国のサービス・プロバイダを日本のメーカーに紹介したり、といった案件が少しずつ出てきています。受託開発企業としての「巧い、速い、安い」も重要なのですが、それだけで終わるのではなく、「サンダーソフトと組めば新しいビジネスを作れる」と言っていただけることを目標に、ソリューション提案を行っています。
――技術開発について、中国企業と日本企業の間に違いはありますか?
今井:よく言われることですが、スピード感が違います。中国の場合、可能性があるならとりあえずやってみて、失敗したらそれを手直しして次をやる。日本は失敗に厳しい文化なので、これがやりにくい。最初にすべてのリスクをつぶしてからスタートしようとします。特にIoTのような新しい市場はスピード勝負の面があります。日本企業には日本企業のよさ(例えば、技術の蓄積や長期的な視点での投資など)があるはずですが、それを生かす以前に、そもそも市場に入るところでつまずいているケースが多いように見受けられます。そのような日本企業と協業して、うまく事業を回していく方法がないか考えています。
――具体的に、どのような方法が考えられますか?
今井:一つの手段はジョイント・ベンチャーの設立です。日本で「合弁会社」と言うと、会社同士の結婚のような重い印象がありますが、海外では違います。本体でやると失敗したときのダメージが大きいときに、お互いに資金を出し合って試しにやってみるための仕掛けがジョイント・ベンチャーなのです。
――Qualcomm以外の会社とジョイント・ベンチャーを設立した事例はありますか?
今井:Armといっしょに、IoT市場への参入を考えている企業を支援するジョイント・ベンチャー「Arm Accelerator」を中国で立ち上げました。Armのエコシステムを拡大していく上で、重要だと思われるスタートアップやプロジェクトに対して技術や資金を提供します。日本では今ひとつピンと来ませんが、海外では”Accelerator”という言葉をよく使います。Acceleratorの活動では、自分たちのビジネスにつなげるために「これはいい」と思ったらポンと資金を提供し、市場が立ち上がったらその会社を買い取ったりします。個人的には、こういう戦略的な動きがないことが日本のIoTの問題かなと思っています。
――日本でジョイント・ベンチャーを設立する可能性はありますか?
今井:あります。すでに動いています。大企業はもちろんですが、スタートアップ企業でもアイデアはあるが人が足りない、というところがあれば、ぜひ協業させていただきたいと思います。
――本日は、ありがとうございました。
APS EYE’S
スマホでの技術を武器に、ハイスペックなSoCを支えるサンダーソフト。Androidを中心に、きめ細やかな対応と実績でゆるぎない地位を確立している。車載技術やドローンをはじめとする様々なIoT分野で、日本の受託企業にはない新たな価値を提供し続けている。
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