株式会社東芝 セミコンダクター&ストレージ社(以下、東芝)は、新しいマイコンのファミリであるTXZファミリを開発し、2016年5月からサンプル出荷する予定だ。従来からのTXファミリとTZファミリのいいとこ取りをした製品群で、2020年までにTXファミリと合わせて累計500製品以上をラインアップしていく予定だ。ここでは、TXZファミリの概要を聞いた。
集合写真(左より)
東芝マイクロエレクトロニクス株式会社 ミックスシグナルコントローラ統括部
ミックスシグナルコントローラ応用技術部 ミックスシングルコントローラ応用技術第二担当 担当課長 佐藤 光男 氏
ミックスシグナルコントローラ設計技術部 ミックスシグナルコントローラ設計第一担当 参事 舟山 賢浩 氏
ミックスシグナルコントローラ応用技術部 ミックスシングルコントローラ応用技術第一担当 担当部長 グループマネージャー 徳山 均 氏
ミックスシグナルコントローラ応用技術部 ミックスシングルコントローラ応用技術第一担当 主務 大越 淳史 氏
ミックスシグナルコントローラ応用技術部 ミックスシングルコントローラ応用技術第一担当 主務 廣里 暢盛 氏
目次
TXファミリとTZファミリを融合したTXZファミリ
東芝では、2009年にArm Cortex-M3コアを採用したマイコン「TX03シリーズ」の発売を開始して以来、Arm Cortex-Mコアをベースにした製品群を開発・提供してきた。現在、TXファミリは、TX03、TX00、TX04シリーズを展開している。一方、IoTソリューションであるApP LiteのTZファミリもラインアップしてきた。これは、一部Cortex-M4Fコアの製品もあるが、多くはArm Cortex-A9コアを最大1GHzで動作させる高性能なマイクロプロセッサ製品だ。
「TXZファミリは、TXファミリで培ってきたArmというデファクトスタンダードなコアに加え、アナログなども含んだ周辺機能のソリューションと、TZファミリで採用した低消費電流プロセスを融合した、まさに両者のいいとこ取りをした新しいマイコンファミリです」(徳山氏)。さらに、これまで培ってきた高機能IPをベースとして、モータのベクトルエンジン制御などのアナログIPとの融合を強化し、各種アプリケーションに適したIPの開発を進めるという。
TZファミリで採用した低消費電流プロセスは、65nmのロジックプロセスをベースとしたフラッシュメモリとロジック回路の混載プロセスである。東芝の65nmロジックプロセス技術をベースに、米国シリコンストレージテクノロジー社による第3世代SuperFlashセル技術を融合させ、さらに回路設計や製造プロセスを最適化したものだ。民生や産業用マイコン製品では、従来比60%減の低消費電流動作が可能になっている。
TXZファミリは、汎用的な「M3Hグループ」、高速・高性能でモータ制御に特化させた「M4Kグループ」の展開が計画されている(図1)。「第一弾となるM3Hグループは全部で100製品程度を計画しており、その内の30製品のサンプル出荷を2016年5月に予定しています」(徳山氏)。さらに徳山氏は、「いままでのTXファミリから、すべての性能・機能をアップデートしています。製品の位置づけの基本的な考え方は変わっておらず、いままでのTXにZがついた形です(例:TX00→TXZ0)」という。
注力するアプリケーションもTXファミリと変わらず、カメラ応用、FAやネットワーク、エアコンや白物家電などのインバータ家電、センサー応用、健康機器、AV・OAなどのコンシューマ機器、PC周辺機器、社会インフラなどだ。「いままで東芝が得意としてきた分野をそのまま伸ばしていきます」(徳山氏)という。
いままでの東芝のArmマイコンは、特定アプリケーションに向けたものが多かった。それに対してTXZファミリは、もっと幅広いアプリケーションを狙う汎用的な製品も増やしていく。まさに、2016年の5月頃にサンプル出荷されるTXZ3シリーズがその汎用的なマイコンシリーズとなる。TXZファミリは、すべてのIPをリニューアルした。「いままで良かったところはそのまま残し、要望のあった箇所は改善することで、全体に高性能化を図りました」(徳山氏)。
さまざまな工夫で従来比60%減の低消費電流を実現
TXZファミリの特長として、①安心の基本設計、②充実の周辺機能、③多彩な製品ラインアップ、④卓越した安全性能、⑤強力な開発環境があげられる(図2)。
①の基本設計は、動作電圧を1.62~5.5Vのワイドレンジ化、200MHzまでの最大動作周波数、基本動作時100μA/MHzの動作電流を実現し動作モードがSTOP3のときには0.5μAという低消費電流を実現、さらに10MHz±1%という高精度な内蔵発振器などがある。
動作電圧については、1.8V系の±10%ということで1.62Vを用意している。これは最新のプロセスを採用したSoCと電源レギュレーションを合わせるときに便利だ。さらに、モータ制御では、ノイズの関係もあり5Vで動作させたいという要望も多い。「他社では同じArmマイコンでも3V系にしている製品が多いのですが、東芝はあえて5V系も残しています」(徳山氏)。ちなみに動作電圧の1.62~5.5Vは、TXZファミリ全体での数値であり、個々で見ると1.62~3.6Vと2.7~5.5Vの製品が用意される予定だ。
TXZファミリには、動作モードとしてSTOP1~STOP3までの3つのモードが用意される。モードによって動作するハードウェアマクロが異なり、各ハードウェアマクロに電流を供給するレギュレーターも改善した。これにより、モードごとの電流供給容量の最適化が実現され、さらなる低消費電流化を実現している。ちなみに、5V動作時のSTOP1で数百μA程度であり、STOP2は5V動作で10μA程度、さらにSTOP3では0.5μA程度を狙っているという。当然、STOPのモードによって立ち上がりの時間は異なる。さらに、クロックによってノーマルモードとアイドルモードがあり、クロック周波数を変えるクロックギアもあり、それらの組み合わせは多い。「各モードの組み合わせはお客様のアプリケーション次第です」(舟山氏)。
低消費電流化については、従来比60%減を実現している。その要因として、従来130~90nmだったプロセスを65nmに進化させたこと、低消費電流に特化したプリミティブセルを活用したこと、電流解析ツールによるシミュレーション結果を反映することで無駄な電流を低減したことなどがあげられる。「低消費電流に特化したセルは、TZファミリで低消費電流を実現するために開発したもので、それをTXZファミリというマイコンでも活用しました。これもTZファミリとTXファミリの融合した理由のひとつです」(舟山氏)。
10MHz±1%という内蔵発振器の高精度化によって、外部発振器が不要になる。「従来は±3%程度の精度でした。たとえば、UART通信ではお互いがずれると通信できません。そのための発振器は±1%の精度でないと使えません」(大越氏)。「±1%の精度を実現できたのは、製造時の調整に加え、電源ノイズを押さえ込むための専用レギュレーターを用意したことも大きな理由としてあげられます」(舟山氏)。さらに舟山氏は、今回のTXZファミリの開発にあたり、電源システムの共通化を図ったという。それによって、今後のスムーズな開発に繋がり、消費電力にも効果がある。TXZファミリは、共通化されたプラットフォームによって、お客様のアプリケーション開発の効率化につなげていく。
第3世代SuperFlashセル技術で10万回の書き換えを保証
②充実の周辺機能は、モータ制御に向けたA-VE(Advanced-Vector Engine)の進化、オペアンプやコンパレータの内蔵、書き換え回数10万回(使用環境による)の大容量Dataフラッシュメモリを搭載、高速ADコンバータなどだ。
東芝は、A-VEを差異化IPとして活用し、さまざまなモータ制御アプリケーションに貢献してきた。今回は、モードを追加したり改善することで、A-VEをさらに進化させている。性能そのものの向上ばかりでなく、低消費電流化、CPU負荷の低減、制御できるモータ数を増やせるなど、大きな効果をあげることが可能となる。「TXZファミリでは、新しいA-VEを展開していきます」(徳山氏)という。
フラッシュメモリは、コマンドの場合は1万回の書き換え可能という製品は多い。それに対してデータの場合は、EEPROMのように使いたいというニーズに対応しきれていない。そこでTXZファミリでは、米国シリコンストレージテクノロジー社の第3世代SuperFlashセル技術を導入し、仕様環境にもよるが10万回の書き換えを保証している。さらに、高速ADコンバータは、従来12ビットで1μ秒だったものを倍の0.5μ秒にした。
③多彩な製品ラインアップは、32~176ピンのパッケージ、32KB~2MBのCodeメモリバリエーション、8~64KBのDataメモリバリエーション、8~256KBのRAMバリエーションとなる。パッケージは、同じグループ内なら基本的にピン互換とする。「パッケージングの基本はQFPであり、すべてのピンシリーズでQFPを揃えていきます。BGAに加え、リードレスタイプも考えています」(大越氏)。さらに、メモリのバリエーションも充実させる予定だ。
必要性が高まってきたIEC60730に対応可能
④卓越した安全性能は、 IEC 60730(欧州家電安全規格)に対応可能、自己診断機能、耐ノイズ性能強化などだ。
IEC 60730は、2007年10月以降に販売や使用される家電機器に対して義務づけられた規格で、最終製品において定期的に自己診断を実施し、早期に故障や不具合を発見することで、故障や不具合による危険からユーザー等を守ることを目的とした安全規格である。東芝では以前からこの規格に対応したマイコンをラインアップしてきた。
TXZファミリでは、それらを継承した機能を搭載することで、欧州ばかりでなく米国にまで広がる安全規格への対応を進めている。「安全規格は、何をやりなさいとか具体的に指示されているわけではなく、いわば答えがありません。そこでハードウェアで実施すること、ソフトウェアで実施すること、その見極めがポイントとなります。TXZファミリでは、さまざまな対応機能を用意することで、お客様が自由に組み合わせられるライブラリを標準として揃えていくことを計画しています」(大越氏)。
いままで、フェールセーフのチェックはマイコンが動作していることが前提で実施していた。そこで、マイコンが動作していることを定期的にチェックする機能を入れた。「この機能はADコンバータの変換動作ばかりでなく、電源やグランドなどの電圧を規定できるので、それを基準として異なるチャンネルに加えると、その部分の断線状態などを見ることができます。意外と簡単な仕組みですが、工夫次第でいろいろな場面に活用できます」(佐藤氏)とのことだ。
Armパートナーシップによる多彩な開発ツール群を用意
⑤の強力な開発環境に関して廣里氏は、「エコシステムによる多彩な開発ツール群をはじめ、CMSIS準拠による豊富なドライバソフトの準備、RAMScope対応による動的検証の効率向上など、いままで以上に強化・充実させていきます」という。
サポートも従来通り東芝ならではの充実のサポート体制で、ハードウェアからソフトウェアまでトータルに支援していく。具体的には、マイコン技術サポート、開発環境コンサルティング&セレクション、無料セミナーの実施などだ。TXZファミリは従来通りCMSIS規格に準拠した豊富なドライバソフトを準備していく。RAMScopeは横河ディジタルコンピュータ社製の内蔵RAMの状態を動的に検証できるツールである。「パソコンのデバッグのようにマイコンのRAMの中をリアルタイムに検証することができます。それによりソフトウェアの品質向上を実現します」(廣里氏)。
最後に徳山氏は、「東芝は引き続き実直に多くの製品を展開していきますので、安心してください」とまとめた。
APS EYE’S
TXZファミリは、TXファミリとTZファミリの有機的な融合を意味する。TXZは、すべてのIPを刷新し、省電力化はもちろんのこと、電源やクロック、周辺IPやアナログIP、安全性能など、次世代ラインアップを再定義してみせた。
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