タクシー会社大手 日本交通のIT子会社であるJapanTaxiは、タクシー業務に用いるIP無線配車システムを開発した。電波の届きにくいエリアが存在し、送信できるデータ量にも制約のある既存のタクシー無線を補完する。台湾VIA Technologiesの産業用Arm PCに、車載用の電源制御モジュールや外付けのタッチ機能付き液晶パネルなどを付加して実現した。JapanTaxiは今回のシステムを中核に、タクシー業務にまつわるさまざまなデータを車両から収集し、サーバ上でビッグデータ解析を行うIoT基盤を構築していく方針だ。
集合写真(左より)
VIA Technologies Japan株式会社 エンベデッド事業部 セールスマネージャー 相川 悦丈 氏
JapanTaxi株式会社 ソフトウェアエンジニア 小野 祐一郎 氏 ※インタビューのみ参加
日本交通株式会社 / JapanTaxi株式会社 プロダクトマネージャー 山本 智也 氏 ※インタビューのみ参加
JapanTaxi株式会社 ソフトウェアエンジニア 長谷川 直 氏
JapanTaxi株式会社 プロダクトマネージャー 青木 亮祐 氏
VIA Technologies Japan株式会社 エンベデッド事業部 フィールドアプリケーションエンジニア Nick 高 氏
VIA Technologies Japan株式会社 エンベデッド事業部 プロダクトマーケティングマネージャー Cody 世羅 氏
既存アプリとIP回線でタクシー無線の欠点を解消
――JapanTaxiは、どのような企業ですか?
青木(JapanTaxi):JapanTaxiはタクシー会社である日本交通のIT子会社で、AndroidとiOSに対応したタクシー配車アプリ「全国タクシー」を提供しています。これは、全国47都道府県、154グループのタクシーを呼べるスマホ・アプリです。このほか、ドライブ・レコーダやタクシー・メータ、車内充電器、タブレット型のヘッドレスト広告表示端末などを製品化しています。
――今回開発したのは、どのような製品ですか?
小野(JapanTaxi):IP無線配車システムです。これは、ざっくり言うと配車業務に使用する従来のタクシー無線機で実現していた機能を流用したものです。従来のタクシー無線には、高層ビルの間や駅前の2階建てロータリーの1階部分など、電波が入りにくいエリアがあります。IP無線配車システムを導入すると、このようなタクシー無線の死角でもLTE回線を使って通信できます。
長谷川(JapanTaxi):タクシー無線はデジタル化されており、伝文による配車指示が行われています。ただし規格上の理由で、1回に送信できる文字数には上限があります。IP回線であれば、この制約はなくなり、不感地帯がなくなるメリットがあります。
――IP回線を使うことで、どのようなことが実現できますか?
青木:動態データ、つまり、そのタクシーが空車か迎車か実車(顧客が乗車中)かといった情報を、定期的にサーバに溜めています。
小野:今後は、それぞれのタクシーがどの地域でどれだけ営業し、どのくらいの売上が上がったか、という情報をサーバに蓄積し、統計処理して全乗務員に提示できるようにしたいと考えています。また、どこのタクシー乗り場に何台の空車が待っている、といった情報も提示できるようになると思います。
――IP無線配車システムを製品化したのは、今回が初めてですか?
長谷川:いいえ、3年前に最初の製品を発売しました。従来製品は民生用のAndroidタブレットをベースにしていたのですが、民生用ということで、タクシー業務では不都合な点がいくつかありました。例えば、民生用のAndroidタブレットではエンド・ユーザーがあらゆる機能にアクセスできてしまうので、業務用としては管理しづらい問題がありました。そのため、タクシー業務の実情に合った新しい端末を開発する必要がありました。
――今回開発したシステムの構成は?
青木:コンピュータ端末、7インチ型のタッチ機能付き液晶パネル、運賃などを表示するタクシー・メータ、領収書プリンタから構成されます(図1)。電子マネーの決済機をつなぐことも可能です。コンピュータ端末はVIA Techonlogiesの「AMOS-825」という車載用のコンピュータ端末を採用しています(図2)。
長谷川:AMOS-825には、OSとしてLinuxベースのカーネルを組み込んでいます。その上でタクシー向けにカスタマイズしたカーナビ・アプリとIP無線配車システムのアプリが動作しています。
――AMOS-825は、どのような端末ですか?
相川(VIA):3月14日にVIA Technologiesが発表した新製品です。VIA Technologiesは、Armプロセッサを搭載した組み込みボードや産業用PCを、LinuxやAndroidのBSP(Board Support Package)といっしょに提供しています。BSPには、Wi-FiやBluetooth、GPSなどのデバイス・ドライバが含まれています。従来から出荷している「AMOS-820」という産業用PCをベースに、JapanTaxi様の要望を取り入れて車載向けに最適化したのがAMOS-825です。AMOS-825は、Arm Cortex-A9コアを四つ内蔵するNXP Semiconductors社の「i.MX 6Quad」を搭載しています。また、車両から電源を取れるように、DC9~36Vに対応した幅広い入力の電源制御モジュールを備えています。なお、元となったAMOS-820、およびそのボードは、セキュリティ用の顔認証システムや医療機器を遠隔監視するIoTゲートウェイなどで採用実績があります。
――開発環境は提供していますか?
相川:今回の開発では使われませんでしたが、「Smart ETK」というAndroid用のAPIを提供しています。Androidはもともと、スマホやタブレットをターゲットに開発されたOSです。標準では、組み込み市場で必要とされるシリアル・ポートやGPIO、CAN、ウォッチドック・タイマなどに対応していません。Smart ETKを使えば、こうした周辺機能を簡単に制御できます。
青木:今後、CANバス経由でタクシー車両のデータを取得したいと思っています。そのときにSmart ETKを使用する予定です。
6カ月間の短期決戦、連携をとりつつ一気呵成に開発
――VIA製品を導入した経緯を教えてください。
青木:最初、ハードウェアを選定するため、タクシー業務での使用に耐えうる端末を探しました。いろいろな会社にあたったのですが、その中の1社がVIAでした。VIAは、10インチ型の業務用タブレット端末を出荷していたのですが、これは重量が900gくらいあり、重すぎました。ダッシュボードに据え付けることを考えると、500g以下にする必要があります。コスト的にも見合いません。話を打ち切ろうかと思ったのですが、VIAの方と議論する中で、コンピュータ端末とタッチ機能付き液晶パネルを組み合わせた「セパレート型」の構成にする、という提案が出てきました。これならコンピュータ端末の設置場所を選べるので、耐熱の問題を回避できます。トータル・コストも安くなりました。
――今回の機器には、どのようなシステム要件があったのでしょう?
青木:車載用なので、熱と振動への対策が重要です。耐熱については、恒温槽で試験して問題がないことを確認しています。
世羅(VIA):AMOS-825は、0〜60℃における動作を保証しています。また、オンボードeMMCを使った場合、7Grmsの振動と70Gの衝撃に耐えられます。
青木:さらに、車両から電源を取る関係上、イグニッション・キーのON/OFFと連動して動作する必要があります。今回、バッテリは搭載していません。バッテリを搭載すると、バッテリの動作温度範囲に気をつかう必要があります。
世羅:アイドリング・ストップ中や乗務員の降車中など、JapanTaxi様が具体的な運用のシナリオを持っており、VIA Technologiesはそのシナリオに沿って電力管理用のファームウェアを作りました。ここには、JapanTaxi様でなければ実現できないノウハウが入っています。
――開発期間は?
青木:およそ6カ月です。ハードウェアの採用を決定したのが2015年7月。8月に既製品のAMOS-820を借りて、実験車両に乗せてナビ・アプリを動かしたり、足りない機能やインタフェースを洗い出したりしました。8月末から10月末にかけて、ソフトウェアの詳細設計と実装を行いました。そのあと試作機を作り、実際のタクシーに乗せてテスト。ぎりぎりまでバグをつぶし、量産出荷を開始したのは12月の頭です。今考えると、よく間に合ったなと思います。
――驚異的なスピードですね。
長谷川:アプリについては、前世代の製品で使われていたものを流用しているので、それほど工数はかかっていません。大きな修正は、ディスプレイ解像度の変更に伴うレイアウトの調整と、動作する端末の判定処理程度でした。今回の機種では、エンド・ユーザーが勝手に設定を変更したり、不必要な機能にアクセスしたりしないように、カーネルに手を入れています。この部分の改修はVIAにお願いしました。
――VIAは、何を開発したのでしょう?
相川:電源制御モジュールを新規に開発しました。VIA Technologiesは、もともとバス車両向けの電源制御モジュールを持っていました。これをさらに小型化しました。
高(VIA):ほかに、GPS、Bluetooth、Wi-Fiの各モジュール、および液晶パネルを追加開発しています。これらも、VIA Technologiesがもともと製品として持っているもの、あるいは開発経験のあるものでした。実際、試作ボードが出来上がる前に、ほとんどのモジュールとドライバ・ソフトウェアは動いていました。過去の資産やノウハウを活用することにより、モジュールの評価・開発を短期間で進めることができました。
――苦労したところはありましたか?
高:GPS用のデバイス・ドライバのチューニングに苦労しました。レスポンスが改善したかどうかを確認するため、青木さんに依頼し、何回も車を出してもらいました。
青木:私の個人の車に試作機を乗せて確認していました。ですから10月から11月にかけて、ほぼ毎日。
一同:ええええええええ~?!
相川:GPS用のデバイス・ドライバは、チップ・ベンダーが作成したものを使ったのですが、標準では1秒間に1回くらいの頻度でしか位置情報を取得してくれません。走行中の車両でこれを使用すると、位置の表示がずれたり、進行方向の表示がおかしくなったりします。これを台湾本社のチームがチューニングしたのですが、台湾だと地図が違うので評価しにくい。そこで、コードを修正するたびに日本でテストする必要があったのです。最終的には、1秒間に5回くらいの頻度で位置情報を取得するように設定しました。
AMOS-825を中核にタクシーIoT基盤を構築
――今後の展開を教えてください。
青木:まずは、現在使われている前世代のIP無線配車システムを、今回のものに置き換えていきます。日本交通のグループ会社で3500台の需要があり、さらに外販分を合わせて、累計2~3万台の出荷を目指します。
長谷川:それから、CANバスを使ってタクシー車両の中の情報を取得し、Webと連動させて新しいサービスを作っていきます。例えば車速の情報がとれるので、トータルの燃費を計算できます。
山本(JapanTaxi):構想段階ですが、AMOS-825をタクシー業務専用のECU(Electronic Control Unit)と位置づけて、これにさまざまなセンサーやタクシー・メータ、ドライブ・レコーダなどを接続したいと考えています。スタンダードなOSを載せ、必要なアプリを順次追加できるようにしておけば、後からどうとでもできます。汎用的なインタフェースを用意し、データをサーバへアップロードすることで、ビッグデータを蓄積できます。今後IoT技術がどうなっていくのかまだ分かりません。ですから、このような柔軟な仕掛けを用意しておくことが重要と考えます。
――VIAの車載製品の展開は?
世羅:AMOS-825はセパレート型ですが、一体型の車載用タブレット端末の製品も企画しています。設置の手間などの関係で、一体型でないとなかなか採用しにくい、というユーザーも存在します。ソフトウェアについては、OS起動の高速化をサポートしていく方針です。車載アプリケーションでは、車のエンジンがかかって即座にデータを受け取り、分析・処理しなければならないという局面があります。現状、OSの起動には数十秒~1分かかるのが普通ですが、高速起動ソリューションを導入すると起動時間は数秒に短縮できます。Linux版の対応はほぼ完了しており、今はAndroid版の対応を急ピッチで進めています。
APS EYE’S
JapanTaxiは、IoT時代に相応しいスピード感ある技術集団だ。同社は、IPサービスが可能な専用タクシー機器を驚愕の期間で実現させた。それは、VIAのソリューションが顧客視点に基づいているだけでなく、両社の迅速な判断が成功へと導いたからに他ならない。
こちらも是非
“もっと見る” インタビュー
パナソニックが電動アシスト自転車にSTM32を採用。タイヤの空気圧低下をエッジAIがお知らせ
国内の電動アシスト自転車市場で圧倒的なシェアを誇るパナソニック サイクルテック。同社が新たに開発したのが、タイヤの空気圧低下をAIで推定する「空気入れタイミングお知らせ機能」である。パンクの原因にもなる空気圧低下を乗り手に知らせて、安全性と快適性を高めるのが狙いだ。アシスト用モーターの制御とAIモデルの実行にはSTのSTM32マイコンを採用した。開発の経緯や仕組みについて話を聞いた。
顔認証端末「Noqtoa」の高性能を支えるi.MX 8M Plusプロセッサ~内蔵NPUが0.2秒のレスポンスを実現~
NXP Semiconductorsのi.MX 8M Plusアプリケーション・プロセッサとサイバーリンクのAI顔認証エンジンFaceMeで構成した宮川製作所の顔認証端末「Noqtoa(ノクトア)」。i.MX 8M Plusの特徴のひとつであるNPU(ニューラル・プロセッシング・ユニット)を活用して、人物の顔の特徴量抽出を高速化し、1万人の登録に対してわずか0.2秒という顔認証レスポンスを実現した。宮川製作所で開発を担当したお二人を中心に話を聞いた。
ウインドリバーが始めた、Yocto Linuxにも対応する組み込みLinux開発・運用支援サービスとは?
リアルタイムOSの「VxWorks」やYocto Projectベースの商用組み込みLinuxである「Wind River Linux」を提供し、組み込みOS市場をリードするウインドリバー。同社が新たに注力しているのが組み込みLinuxプラットフォームソリューションの開発と運用の負担を軽減するLinux開発・運用支援サービスの「Wind River Studio Linux Services」だ。