CPUやGPU、FPGAの高性能化に伴い、大電流を効率良く供給できる電源回路が求められている。このため、以前からPOL(point of load)電源やマルチフェーズ方式のレギュレータなどが使われているが、加えて近年では中間バスの48V化が進んでいる。例えば、AI処理を実行するサーバやスパコン、5G向けテレコム機器、マイルドハイブリッド車などが48V電源の普及を後押しする。ここでは、10年以上にわたり48V化を推進してきたVicor社に、48V化の動向、同社のFactorized Power技術、および配電損失の削減とコスト削減に寄与する最新のPoP(Power-on-Package)技術について、話を聞いた。
集合写真(左より)
Vicor Corporation
Corporate Vice President, Product Marketing & Business Development Robert Gendron 氏
Director, Product Marketing Chester Firek 氏
Director, Applications Engineering Paul Yeaman 氏
目次
サーバから自動車、電動工具まで。広範な領域で48V化が進行
――Vicor社は、どのような企業ですか?
Gendron:当社は創業から38年目の米国企業で、電源モジュールや電源システムを開発しています。当初はブリック型(直方体の筐体に収めた電源モジュール)の製品を提供していたのですが、15年ほど前から高集積のモールドパッケージ品も出荷しています。当社の製品は、高い電力密度、変換効率、拡張性に強みがあると自負しています。
――高性能なCPUやGPU、FPGAの電源は分散化が進み、大電流の供給に対応しやすいマルチフェーズ方式(複数の電源回路を並列接続し、位相をずらして動作させる方式)が主流となっています。
Gendron:マルチフェーズ方式のスイッチングレギュレータは、クラウドサーバやスーパーコンピュータ(スパコン)などの電源回路でよく使われています。こうしたシステムの開発現場は、今、一つの課題に直面しています。CPUやGPUに対して100A以上、場合によっては400Aを超える大電流の供給が求められているのに対して、従来型の電源アーキテクチャでは対応が難しくなってきています。
――Vicor社は以前から、分散電源システムの中間バスについて、伝統的な12Vバスに替えて、48Vバスの採用を提案しています。
Gendron:12Vバス方式の電源には、いくつかの問題があります。1番目はPOL(point of load)コンバータとCPU/GPUの間の距離、いわゆる“最後の1インチ”に起因する電力損失の問題、2番目は中間バス・コンバータとPOLコンバータの間をつなぐ12Vバスで生じる電力損失の問題、3番目は周辺の信号に悪影響を与える電源ノイズへの対策の問題、4番目はエネルギーの蓄積に必要となるコンデンサのコストや実装スペースの問題です。2~4番目の問題は、中間バス電圧を12Vから48Vへ引き上げることで緩和されます。
――48Vバス方式を採用すると、どのくらい電力損失を減らせるのでしょう?
Gendron:例えばデータセンターにおいて、外部電源からサーバラック、そして15枚のCPUカードへ合計9kWを給電するサーバを例に試算すると、12Vバスの配電損失が1440Wであるのに対して、48Vバスではわずか91Wで済みます。中間バス電圧が上がればその分、供給電流を減らせるので、I2Rで決まる配電損失は減少します。
――電源の中で失われる損失を含めると、どうなりますか?
Gendron:電源部品と配線上の損失の合計で比較すると、12Vバス方式の場合の損失は3.26kWで、これは入力電力の26.6%に相当します。一方、48Vバス方式の損失は1.18kWで、入力電力の11.6%に当たります。つまり、損失を2.08kW減らせることになります。
――48Vバス方式を採用しているのは、どのような企業ですか?
Gendron:当社は10年ほど前から48Vに対応した電源モジュールを提供していますが、この製品の最初の顧客はIBM社のスパコンの開発部門でした。数年前には、Google社のデータセンターにおいてサーバの電源系の電力効率が問題となり、当社の48V対応品が採用されました。
――コンピュータ以外の分野の動きは?
Gendron:テレコム関係では、PoE(Power over Ethernet)に代表されるように、以前から48V電源が一般的に使われています。最近では欧州のマイルドハイブリッド車や、電動工具など一部の工作機械や、電動バイク等で48V電源の採用実績があります。
――国内企業は?
Gendron:大手では、ATE(LSIテスタ)の開発企業が当社の48V対応品を利用しています。また、スパコンやデータセンターの分野でも、2社の企業に採用いただいています。今後も、この流れは続いていくと見ています。
定電圧化と電圧変換の2段に分割。48Vでも高効率・高電力密度を実現
――なぜ、長らく12Vバス方式が使われてきたのでしょう?
Gendron:コンバータの変換効率に問題がありました。かつての部品では、48Vから1V以下の低い電圧へ変換する際の電力損失が(12Vから1V以下へ変換する場合と比べて)大きかったのです。しかし、当社が10年前にFactorized Powerという新しいアーキテクチャを採用した製品を市場に投入したころから、変換効率の問題は徐々に解消されていきました。
――Factorized Powerとはどのような技術ですか?
Gendron:CPU/GPU向けの典型的なPOLコンバータでは、複数の電圧レギュレータを並列に並べます(マルチフェーズ方式)。当社のFactorized Powerアーキテクチャは、これとは大きく異なります。従来、一つのレギュレータで実現していた給電機能を、定電圧化ステージ「PRM」と電圧変換ステージ「VTM」の2段階に分けて実現します(図1)。
――2段階に分けると、なぜ効率が改善するのでしょう?
Gendron:PRMでは、入力電圧に対して、一定の電圧を出力します。注目していただきたいのは、入力側の電圧が48Vであるのに対し、出力側が43Vと、ほとんど電圧差がない点です。ほぼ同じ電圧で、定電圧化しています。電圧差が少なければ少ないほど高効率を維持できます。一方、VTMでは定電圧化は行いません。電圧をトランスによって一定の倍率で落とし、その分、電流量を増倍します。
――この技術の導入により、12Vバス方式と比べて遜色のない効率を維持できるようになった、ということですか?
Gendron:そうです。現在では、12V向けのマルチフェーズレギュレータより高い効率を実現しています。さらに電力密度も向上し、小型のデバイスで大電流の供給が可能となりました。ただし、問題はまだ残っています。後段のVTMからCPU/GPUまでの“最後の1インチ”の電力損失の問題です。この問題を解決するため、昨年(2017年)9月に「PoP(Power-on-Package)」という技術を発表しました。
厚さ2.7mmの電圧変換モジュールをCPU/GPUの直近に貼り付ける
――PoPとは、どのような技術ですか?
Gendron:ざっくり言うと、マザーボード上に実装していた電圧変換ステージのデバイスをCPU/GPUサブストレート(基板)上に移します。電圧変換ステージからCPU/GPUまでの距離が格段に短くなり、その間の配電損失が減少します。さらに、マザーボードも小型化できます。「CPU/GPUのパッケージ基板上にパワーモジュールを実装する」という意味で、この技術を“Power-on-Package”と呼んでいます。
――デバイスの構成を教えてください。
Gendron:PoPは、MCD(Multiple Current Driver)とMCM(Multiple Current Module)の2種類のデバイスから構成されます(図2)。MCDが前段、MCMが後段です。一つのMCDと、二つまたは四つのMCMを組み合わせて利用します。
――供給できる電流量は?
Gendron:最大500Aです。数百μsの瞬間的なピーク電流については、1000Aを超えるピーク値にも対応できます。2017年9月に、最大320Aの電流を供給できる最初のPoP製品を発表させていただきました。次に出てくるのがこの500A対応品で、2018年3月に発表しました。
――MCDやMCMのパッケージ構造は?
Gendron:中央にプリント基板(PCB)があり、部品を実装してその上下を樹脂モールドで覆っています。特徴的なのは、製造方法です。まず160mm×40mm程度の1枚の基板に複数、40個分のモジュールの部品を一括実装します。次にそれを切り分け、個別のモジュールを取り出します。ちょうど集積回路を形成した半導体ウェハを切り分ける方法と同じです。
――PoPを使った電源回路の設計は難しくありませんか?
Gendron:従来のマルチフェーズレギュレータを使った設計とほとんど違いはありませんが、PCBとCPU/GPUサブストレートが違います。電源設計者の方がPCB設計について詳しいという前提ですが、CPU/GPUサブストレート上に当社のモジュールを実装する技術について理解していただく必要があります。当社から、MCMの実装に必要な各種情報を提供いたします。
NVIDIAの新製品や国内最速のスパコンにも採用
――PoP製品の採用を表明している企業はありますか?
Gendron:NVIDIA社です。2018年3月26~29日に米国カリフォルニア州サンノゼで開催された、同社主催の「2018 GPU Technology Conference(GTC)」にて、新製品が発表されました。この製品に最大500A出力のPoP製品が採用されています。
――最近のGPUカードにはインダクタやレギュレータが多数搭載されています。
Gendron:例えばNVIDIA社の最新のデータセンター向けGPUカード「Tesla V100」を見ると、従来型の電源回路が基板上の大きなスペースを占めています。これをPoP製品で置き換えます。インダクタとDrMOSモジュール(制御IC+MOSFET)がボードの左右に8個ずつ、合計16個並んでいて、これらがマルチフェーズ方式のレギュレータとして機能します。これは非常に一般的な回路ですが、GPU本体より電源回路のほうが、面積が大きくなってしまっています。これは異常なことです。次世代のGPUカードでは、さらに供給電力が増えます。当社の最新のPoP製品であれば、一つのMCDと二つのMCMで、Tesla V100に搭載されているインダクタとDrMOS、20セット分の働きをします。
――ほかに採用例はありますか?
Gendron:Top500、Green500にランキングされたスーパーコンピュータに採用されました。このスパコンには、当社が昨年から出荷している最大320A出力のPoP製品が搭載されています。
――今後、PoP技術はどのようなアプリケーションで使われると考えていますか?
Gendron:2020年に処理能力が1エクサ(1018)FLOPSに達すると言われているHPC(高性能コンピューティング)の領域です。AIや機械学習、ビッグデータなどのトレンドがHPCの高性能化を後押しします。プロセッサに必要な電流は劇的に増加しており、クラウドサーバやスパコンのシステム設計は今、大きな転機を迎えています。
――HPC以外に注目しているアプリケーションはありますか?
Gendron:例えば5Gのワイヤレスでは、帯域幅が現状の100倍になり、それとともに必要な電力も増加します。特に、多数のIoTデバイスがつながるクラウド型のデータセンターで、より多くの計算能力や電力を必要とします。車載のAIにも注目しています。自動運転を実現するため、自動車にもGPUを積んだボードが搭載されるでしょう。データセンターに次ぐ大きなAIの市場になると予測されているので、当社もこの分野に力を入れています。
APS EYE’S
Vicorの技術力は、高い変換効率と高い電力密度を発揮しつつ大電流を給電することにある。AIなどの用途でますます増加するCPUやGPUへの電力を支え続けられる数少ないパワーソリューションベンダーだ。Vicorが描く48V対応の未来はすぐそこにあり、これからのエレクトロニクスの常識となるだろう。
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