各種センサを開発/提供しているオプテックス株式会社(以下、オプテックス)は、安全運転管理サービス「セーフメーター」の新製品「OSM-501」に、シリコン・ラボラトリーズ(以下、シリコンラボ)のArmマイコンであるGeckoシリーズ(Leopard Gecko)が採用された。採用の最大のポイントは、電池交換なしで1年間駆動させ続けることを可能にしたことだ。ここでは、オプテックスの中村氏とシリコンラボの深田氏に話を聞いた。
集合写真(左より)
オプテックス株式会社 戦略本部 開発センター センター長(第一級陸上無線技術士)中村 明彦 氏
シリコンラボラトリーズ 代表取締役社長 深田 学 氏
低消費電力であることが採用する最大のポイント
――まずは、それそれの会社の概要を教えてください。
中村(オプテックス):オプテックスは、安心/安全な社会をセンサの視点から見ていくということから各種センサを開発/販売しています。主な分野として、防犯用、FAと照明、自動ドアなどがあります。自動ドアのセンサは、1980年に世界で初めて遠赤外線利用の自動ドア用センサを開発しました。監視カメラ用の補助照明では、市場シェアの半分を持っています(オプテックス社調べ)。現在80カ国以上に提供しており、メインは欧州です。オプテックスは、滋賀県で起業し、海外をメインに進出しました。理由は、犯罪の多いのは海外だと考えたからです。
深田(シリコンラボ):シリコンラボは、1996年に創業した米テキサス州オースチンに本社を置く半導体メーカで、もともとはTVチューナやモデムなどを中心にしてきました。5年ほど前から内部の開発リソースをIoTに傾け、同時に半導体メーカやソリューションを持つ企業を買収し規模を拡大してきました。4年前に超低消費電力のArm®マイコンを持つエナジーマイクロ社を買収しました。製品として、C8051ベースの8ビットマイコンであるEFM8をはじめ、32ビットArmマイコンのEFM32がありGeckoシリーズという名称を付けています。Geckoシリーズの他社との大きな違いは低消費電力であり、今回のオプテックス様にご採用いただいた最大の理由でもあります。もちろんIoT時代に向けた無線ソリューションも充実しています。2012年にはZigBeeのエンバー社、2015年にはBluetoothのブルーギガ・テクノロジーズ社を買収しました。同じくセンシングも非常に重要であり、各種センサも提供しております。
中村:マイコン選定では、まずは低消費電力であること。これこそが、私どもの製品に採用する最大のポイントです。安全運転管理サービス「セーフメーター」の新製品「OSM-501」(図1)にはLeopard Geckoを採用しています。セーフメーターは、事故のきっかけとなる急ブレーキや急発進、急ハンドルなどを感知すると警告音を鳴らすことでドライバーに「気付き」を促す安全運転支援サービスです。さらに、スムーズ発進や停止をカウントすることで、自発的な安全運転をしようという「やる気」も引き出すことができます。OSM-501で抽出したデータはスマートフォンを経由してクラウドへ上げます。
危険挙動を見るだけでも安全への啓蒙活動が十分に可能
――セーフメーター開発の経緯を教えてください。
中村:オプテックスは、2005年頃にドライブレコーダを開発/提供していました。当時は、ストレージの容量が少なく、常時録画をしてしまうと直ぐにメモリが足りなくなってしまいました。そこで、急挙動や危険運転などのイベントが発生したときに、それをトリガーとした前後の動画を残しておくようにしたのです。しかし、同じような発想をするメーカも多く、他社からも一気に安価なドライブレコーダが出てきて、オプテックスとしては事業的に厳しいと判断し撤退しました。画像や映像は他社でもやっているので、次の勝負はオプテックスらしくセンシング技術だと考えました。そこでドライブレコーダから機能を徹底的に削っていき、車の危険挙動をカウントするだけでも安全運転への啓蒙には十分であると気付き、セーフメーターという新しい概念のもと製品開発に取り組みました。当初は、単に加速度センサで強い信号を拾い、それをトリガーにしていたため路面の段差などでも録画してしまう課題がありました。そこで、段差や急ブレーキを識別するアルゴリズムを入れて改善しました。同時に、簡単に設置できることは非常に重要と考え、電池駆動にこだわりました。このように、アルゴリズムを処理しながら低消費電力なマイコンは、良いものが見つからないなかで、シリコンラボさんのLeopard Geckoは、私どもの要求に見事に応えてくれました。
深田:Geckoシリーズの低消費電力性能は、Armコアの採用をはじめ、独自技術であるPRS(Peripheral Reflex System)の搭載、特許技術である外部センサI/F(LESENSE)、ウルトラローリークをはじめとする徹底したシリコンラボ独自の設計で実現しています。なかでもPRSは、32ビットバス以外のバスであり、CPUコアが寝ている間もPRSが独自に動いてデータを収集するものです。PRSはCPUが介在せず、ペリフェラルから別のペリフェラルを直接起動できます。そのため、センサについてもCPUを起こすことなく、ADコンバータでセンシングしながらデータをメモリにため込んでいくといったことを低消費電力かつ自動でできます。さらに、LESENSEも低消費電力化に貢献します。一般のマイコンでは、コンパレート毎にCPUを立ち上げて条件判定していますが、LESENSEではCPUがスリープのまま、条件判定をハードウェアだけで実行可能です。また、電源管理APIを追加することで、さらなる超低消費電力が可能になっています。
――セーフメーターに搭載されたアルゴリズムについて簡単にご紹介ください。
中村:アルゴリズムの中核となるのが、「運転挙動解析アルゴリズムDBAA(Driving Behavior Analysis Algorithm)」です。これは、加速度センサから得られる情報を常時解析してヒヤリハット運転と道路上の段差などによる不要挙動を自動判別するものです。ドライブレコーダの記録画像や常時録画では不要なものが非常に多いという課題がありますが、セーフメーターはDBAAによって、これら不要データの誤検知を最小限に抑え、道路上や路肩の段差などの記録を自動的にキャンセルします。これによって、急操作や急制動などのみを識別でき、安定した運転挙動記録を実現できています。さらに、平常運転と急ぎ傾向の運転判別も行っています。一般に急ぎ傾向の運転になると、普段は安全運転ができている人でも危ない心理状態になっている場合があります。この急ぎ傾向が出ている運転挙動情報のパターンをDBAAが判別することで、注意喚起を行います。
――カーナビにも似たような機能がありますが、それとの違いは?
中村:カーナビのアルゴリズムはメーカによってバラバラですので、運転管理ツールとして同じ水準で測ることができません。そのため、統一的に測れるセーフメーターのようなアフターの製品がこの問題を解決できると考えています。また、スマートフォンのアプリでも同様なものがありますが、スマートフォン自身のセンシングデバイスのばらつきのため、こちらも定量的に安定してデータを取ることは難しいですね。
――電池はどのくらい持つのでしょうか?
中村:クラウドに上げる動作も含めて1年間くらい持ちます。以前のOSM-201では、データを液晶画面に表示させるだけで、クラウドに送れなかっため手書きで運転日報を作成していました。ドライバーが10〜20人くらいならそれでも良いのですが、数百人クラスの人数になるとクラウド化することで効率化が図れます。電池を1年持たせるには、低消費電力化のマイコンが必要です。オプテックスとしてはセーフメーターのように機能を限定して、年単位ベースで動くようなものを条件としています。セーフメーターの信号波形処理は16ビットクラスでも十分可能ですが、32ビットであれば一瞬で処理でき、結果的にローパワーを実現できます。
深田:GeckoシリーズはクイックにCPUコアを起こせるという特長があります。ギリギリまで寝かせて、直ぐに起きて処理、すぐに寝かせるということが可能です。
――開発で苦労された点があれば教えてください。
中村:センサは、加速度センサのみなのでデータを取ることは苦労しました。たとえば坂道など一定のGが掛かりつづける場合は、それをキャンセルする機能を入れています。100%ではないので改善の余地はありますが、他のセンサを使うと消費電力が多くなってしまいます。とはいえ、加速度センサだけでやっているからこそコストも抑えられ、ソニー損害保険様(以下、ソニー損保)でも評価されました。ソニー損保とオプテックスでは、オプテックスのセンサ技術を活用したドライブカウンタを共同開発しました。このドライブカウンタを用いた新しいタイプの自動車保険「やさしい運転キャッシュバック型」は、ドライバーの運転特性に応じて保険料を適用するなど安全運転を促すユニークな商品です。
シリコンラボのマイコンであれば、Micrium OSを無償で使うことができる
――セーフメーターに採用したLeopard Geckoは無線機能が入っていませんね。現在、無線機能が入っているマイコンもあります。
中村:Bluetooth機能は、他社の別モジュールで構成しています。OSM-201の開発は6年くらい前からで、その資産をOSM-501へ移行しています。開発は、OSレスでC言語を用いました。
深田:まだシリコンラボがBluetoothを持っていなかったころですね。今なら無線モジュールでもご提供できますし、Blue Geckoシリーズであればワンチップでも実現可能です。シリコンラボは、EFM8とEFM32で共通で使える開発環境として、「Simplicity Studio™」が用意されており、シリコンラボのホームページから無償でダウンロードできます。Simplicity Studioは、コードサイズ無制限のGCCコンパイラ、デモ、ライブラリ、サンプルコード、消費電力と Capsense プロファイラツール、コンフィギュレータ、簡単更新サポートパッケージ、資料など、ソフトウェア開発のための統合開発環境となっています。
――今後の展開を教えてください。
中村:われわれとしては、センシングから見たソリューションとしてIoTのことをIoS(センシングソリューションのインターネット)と呼んでいます。いままではハードウェア単体よりもセンサが使われているソリューションを見据えて、われわれがどこでどう売れば世の中の役に立つかを考えていました。たとえば、まず事故を減らすといった意識改革などです。ハードウェアだけで事故が減らせるわけではなく、人間の気付きなどが入って初めてトータル的に成されるものです。すなわち、人間の意識をどう変えるかが原点だと思い、そういったことに役立つものをこれからも開発していきたいと思っています。開発は結構苦労しており、今後はリアルタイムOSを載せるかという議論していますが、やはり載せて行かないと開発効率が悪いのも事実です。
深田:最新製品のGiant Geckoはフラッシュメモリ2Mバイトを搭載し、豊富なインタフェースを取り揃えています(図2)。また、昨年買収したMicrium社のリアルタイムOSであるMicrium OSを標準搭載していきます。このOSによって無線モジュールでも時分割でマルチプロトコルを実現できるようになります。たとえば、ZigBeeとサブギガ、ZigBeeとBluetoothなど、そのプラットフォームとしてMicrium OSは中心的な役割を果たすことになります。これまで有償のリアルタイムOSとしてMicrium OSはワールドワイドで高いシェアを持っていますが、今後はシリコンラボのマイコンを使う場合、無償でお使いいただけるようになりました。このようにデバイスだけでなく、OSやツールといったトータルソリューションでお客様の要求にお応えしていきます。
――本日はありがとうございました。
APS EYE’S
圧倒的な低消費電力性能を誇るGeckoシリーズがもたらす恩恵と高いセンシング技術に裏付けされたセーフメータ。加速と制動を数値化することで、ゲーム性を持たせ、安全運転への課題に取り組むアイデアが面白い。シンプルなUIに仕立てたのは、高度な技術と経験の表れなのだろう。
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