半導体商社として長年培ってきた技術力と知見を有するマクニカが、FA分野に向けてIoTやAIを活用した新規事業の立ち上げに挑んでいる。例えば、工場内の振動などの各種センサやコントローラで取得したデータを分析し、工作機械やロボットなどの生産設備の予知保全や異常検知などを行うシステムを構築している。データ分析に利用するAIの開発や、装置への組み込みも支援する。ここでは、同社の新規事業の内容および自社開発した「アナログセンサターミナル」と「OPC UA(Unified Architecture)サーバーSDK」について話を聞いた。OPC UAは、ドイツが推進するインダストリー4.0で推奨されている機器間のデータ交換通信プロトコルである。
集合写真(左より)
株式会社マクニカ
ソリューション事業部 コンサルティング営業部 第2課 課長 根城 大介 氏
ソリューション事業部 ソリューション開発室 室長 町田 悦一 氏
先行技術開発統括部 IP開発部 開発2課 稲垣 智和 氏
先行技術開発統括部 IP開発部 開発2課 課長 大釜 亮介 氏
目次
産業機器のベンダとユーザ、双方のIndustrial IoTを支援
――IoT/AI関連で、どのようなサービスを提供していますか?
根城:工作機械やロボットを中心とした産業機器の予知保全や異常検知、加工精度向上、歩留まり改善、品質向上などの課題解決に力を入れています。予知保全や異常検知では、各種センサやコントローラから収集したデータを分析してその結果をレポートしたり、分析結果を反映したAIを機器の中に組み込んで、正常か異常かを自動判別できるようにしたりしています(図1)。
――予知保全とは何ですか?
根城:継続的な計測や監視により、産業機器の劣化状態を把握する事により、故障を事前に予知したりすることです。これにより、適切なタイミングで部品交換や修理、機器の更新が行えるようになり、結果として工場の運用の最適化・保守コストを低減できます。最近の例では、軸受けの故障や工具の摩耗の予兆をつかみたい、という要求が多くなっています。
――産業機器に接続する各種センサを提供している、ということですか?
根城:センサの選定から、データの収集・分析などの実証実験、PoC(概念実証)作成の支援、最終的な機器への組み込みまで、産業機器ベンダ、製造業の皆様の課題のあぶり出しや、ニーズのヒアリングから運用までいろいろとお手伝いさせていただいています。
――対象となる顧客は?
根城:弊社は3、4年前からIoTとAIに関して幅広く取り組んできましたが、今はIndustrial IoTの領域に絞っています。その中でも、「産業機器を設計・開発している企業」と、「工場の中で産業機器を運用・保守している製造業」を対象としています。
――これまで、いくつの案件に対応しましたか?
根城:実証実験、PoC作成の支援が数10件、装置に組み込んで出荷までいったのが10件程度です。
――AI開発の要求は増えていますか?
根城:非常に多いです。社内のソリューション事業部には、データサイエンティストもそろえたデータイノベーション室という組織があります。この部署で顧客のデータを預かり、分析して、AIモジュール(推論モデル)を作成しています。特別なノウハウが必要なケースでは、パートナ企業の力を借ります。当社は、10社ほどの振動の解析を専門に行う企業やAIベンチャと提携しています。どの企業も非常にとがった技術をお持ちなのですが、お客様の課題解決、ニーズの実現に最適な技術を持った企業といっしょに挑んでいます。
高速アナログインターフェイスを持ったターミナルユニットを自社開発。後からAIやOPC UAを追加できる
――マクニカは商社ですが、自社ブランドの製品を開発していますね?
根城:IoT/AI関連では、「アナログセンサターミナル」や「OPC UAサーバーSDK」などを開発しています。
――アナログセンサターミナルとは?
根城:産業機器の予知保全や異常検知などに利用できる、エッジコンピュータ端末です(図2)。各種センサからの高速なアナログ信号を受け取り、それをディジタル信号に変換してそのまま出力したり、周波数解析をすることにより、特徴量やピーク値、平均値などとして出力することができます。さらに、十分なCPUとメモリを内蔵しており、後からAIモジュールやOPC UA規格の通信プロトコル、カスタムの信号処理ソフトウェアなどを追加できます。
――いつから出荷していますか?
根城:現在、評価用のものを出荷中です。2018年11月に「JIMTOF2018 第29回日本国際工作機械見本市」という展示会が開催されますが、直前の10月に産業機器に組み込んでいただける製品の出荷を開始する予定です。
――AIを組み込めるということは、開発したニューラルネットワークを実装できるということですか?
町田:そうです。当社はAIの開発環境を取り扱っているので、それと組み合わせて使っていただくか、弊社でAIの開発、組み込みまでをワンストップで提供させていただくことになると思います。
国内初、日本製のサーバーSDKを自社開発。産業機器をOPC UA対応に
――OPC UAサーバーSDKとは、どのような製品ですか?
根城:産業機器にOPC UA通信の機能を組み込むためのSDK(Software Development Kit)です。2017年10月にプレスリリースしましたが、導入いただく企業は産業機器のメーカを想定しています。OPC UAは、OPC Foundationが策定している産業機器のデータ交換通信プロトコルで、インダストリー4.0の必須プロトコルになっています。
――SDKの特徴は?
根城:国内初の日本製OPC UAサーバーSDKです。これまで、いくつかの海外企業が同じようなSDKを出荷していました。しかし、日本語のドキュメントがないことや、OPC UAの規格との照合などを中心とした海外製品のサポートに関する懸念があるという声が多く、顧客の要望もあり、今回、製品化に踏み切りました。
――対応する実行環境は?
稲垣:SDKそのものがC言語で作られていて、ハードウェアやOSにあまり依存しません。ハードウェアは、たとえば、インテル® CPUや®Arm Cortex®-Aコアを内蔵する組み込みプロセッサやCPUコア内蔵FPGAの上で実行できます。OSは、WindowsやLinux、リアルタイムOSに対応します。フットプリントは小さく、SDKのバイナリサイズは、Windowsの場合が約600Kバイト、Linuxの場合が約550Kバイトになっています。
大釜:RAM容量は、接続するクライアント数によって変わります。おおよそ「500Kバイト+α(接続するXクライアント数に依存)」のRAMが必要です。
――相互接続性の確認は?
根城:OPC Foundationが提供するOPC UA CTT(Compliance test tool)の適合試験をパスしているので、通信に問題のないことが実証されています。2017年6月に行われた国内のインターオペラビリティテストも実施しており、接続性に問題ないことは確認済みです。また、OPC UAでは4段階のセキュリティポリシーが規定されており、そのすべてに対応しています。このSDKは、日本OPC協議会の技術部会で活動している株式会社プエルトの監修を受けながら開発しました。OPC UA規格の詳細な情報に基づいて作り込んでいます。
――ユーザが開発する必要があるのは、OPC UAサーバーの機能のどの部分ですか?
稲垣:ネットワークスタックやOS、セキュリティの機能に依存する「プラットフォーム依存部」と、データ交換の方法を記述する「OPC UAサーバーアプリケーション」です。当社のSDKは、OPC Foundationが提供するソースコード(ANSI C Strack部)をベースに、アプリケーション開発者の利便性が向上するようにラッパをかぶせ、セキュリティ機能を含めた形で提供します(図3)。
――SDK APIには、どのようなものがありますか?
大釜:代表的なものは、設定ファイルからANSI C Strack部を動かすための各種設定の機能です。これらの設定をいちいちアプリケーションに記述するのではなく、アプリケーションの起動時に設定ファイルを読み込んで、パラメータの値を一括設定します。一度SDKを使ってOPC UAサーバーを開発すれば、設定ファイルのパラメータを変えるだけで、多くの機器で使い回しができます。
――どのようなボードで動作を確認していますか?
稲垣:インテルのFPGA(Cyclone® V SoC)を搭載する当社の「Mpression Sodia Board」やTexas Instruments社の「AM335x Starter Kit」、「Raspberry Pi 3 Model B」で動作確認済みです。
根城:当社が取り扱っているインテルのCyclone V SoCやTIのSitara™(AM335x)に実装できています。OPC UAを実装する際には、最先端の半導体を含めたHWのご相談、動作確認済み環境の提供ができるということが、半導体商社である当社ならではの強みです。
――産業用PCに実装することは考えていますか?
稲垣:インテル Core i5/i7を搭載するオムロン社の産業用PCに実装していて、動作確認済みです(確認例:NYB17-212K2)。
根城:顧客から「当社のSDKを産業用PCに載せたい」という話があれば、「オムロン社の産業用PCで動作した実績があるので、これを使えば問題ありません」と言えます。
Cで統一されている点が高評価。業界ごとの標準規格にも対応へ
――SDKに対する顧客の反応は?
根城:プレスリリース直後から多くの引き合いをいただいております。工作機械や射出成型機、産業用ロボット、インバーター、食品の包装機など多くのメーカから問い合わせがありました。
――工作機械や産業用ロボットなどの業界は、“Industrial IoT”への対応を緊急性の高い事案と考えているのでしょうか?
町田:そうだと思います。Industrial IoTは欧州や中国がけん引していて、日本は対応が遅れています。海外の動向に引きずられて、日本の産業機器メーカも「すぐに対応しないとまずい」という雰囲気になってきています。
稲垣:「2018年の展示会でお披露目したいので、今すぐ対応してほしい」という話が来ています。
――マクニカのSDKについて、顧客が評価しているのはどのような点ですか?
稲垣:純粋にC言語で統一されて作られているSDKは、マクニカのものしかありません。自社開発のリアルタイムOSを使用している場合は、C言語のプログラムしか載せられない、というケースがありました。また、カスタマイズするときは、どうしてもベンダとユーザの共同作業が発生します。マクニカでしっかりとしたサポートができるので、その部分も評価していただいているのではないか、と思っています。
――他社の製品は、どのような言語を使っていますか?
稲垣:C++とJavaで提供されています。C言語によるAPIと謳っても、中身はC++になっており、コンパイルできない場合もあります。
――工場内のフィールドバスは、OPC UAとどのような関係にあるのでしょう?
町田:OPC UAは、EtherCATやPROFINET、CC-Linkなどのフィールドバスを置き換える規格ではありません。フィールドバスは、同期性が重要です。フィールドバスにはいろいろな規格があり、上位から一元的にモニタしたり制御したりすることができません。そこで、これらの上にOPC UAのレイヤをかぶせてやると、上位のOPC UAクライアントからはすべて、同じノードの一つに見えます。
――既存のフィールドバスはそのまま使い、全体を管理するための上位の通信にOPC UAを使うということですか?
町田:そうです。とは言え、今後はおそらく、同期制御が必要な下位のレイヤも同じ規格の中でやりたい、というユーザが出てくると思います。
大釜:OPC UA規格のバージョン1.04から、同期制御に対応したEthernet TSN(Time-Sensitive Networking)との相互運用が始まります。当社のSDKも、今後、TSN規格に対応していきたいと思っています。
――OPC UAでは、Ethernet TSNのほかにも、相互運用のためのさまざまな拡張規格(コンパニオン仕様)が策定されています。マクニカは、どのような標準への対応を考えていますか?
大釜:当社が検討しているのは、射出成型機のデータを受け渡すEUROMAP 77、NC工作機械のVDW、食品包装機のPackMLです。また、EtherCATとの相互運用についても調査しています。産業用ロボットについては、VDMA(ドイツ機械工業連盟)という団体が、相互運用の規格を策定中です。他にも、図4のような規格団体と相互運用について規格化を進めています。
――フィールドバスは多種多様な規格が併存しています。OPC UAが普及すると、こうした状況は変わるのでしょうか?
町田:産業用ネットワークが少数の規格に集約されるきっかけの一つになるのではないか、という気がしています。
――日本の製造現場には、保守的な印象があります。
町田:海外がIndustrial IoTをけん引して、OPC UA対応の機器が増えてくれば、必然的にそういう機械が国内の工場でも増えてくるでしょう。そうなると、「それを有効活用しない手はないだろう」ということで、「ではそれをどう使って工場をどう改革していくか」、という議論が始まります。そのようなシナリオは、世の中の流れ的にありえる、と思っています。
――OPC UA製品の今後の展開は?
町田:先ほどお話しした同期制御をFPGAのハードウェア、OPC UAをソフトウェアに実装して提供することも検討しています。また、セキュリティ関連の取り組みを考えています。OPC UAそのものもセキュリティに強い規格です。HTTPSのように相互認証して、データを暗号化して、そこに電子署名を付けて、といったことができる仕様になっています。ただし、実運用を見ると、自分が作った証明書を使って自分で認証する事ができてしまいます(オレオレ認証)。これではあまり意味がありません。そういったところを改善する新しいサービス、例えばセキュアに鍵データを格納するソリューションの提供を検討しています。
――本日はお忙しい中ありがとうございました。
APS EYE’S
世界中の半導体製品・開発基盤を知り尽くし、多くのソリューションの構築にも精通したマクニカの総合力がSDKに。ターゲットとなるOPC UAは、産業分野の課題である通信規格の混在をフレームワークにより統合することで、スマートな産業・インダストリー4.0を代表する存在。ただ、その導入には多くの企業が苦戦している。マクニカのOPC UA SDKは、多くのプラットフォームへ柔軟に対応し、各社にあわせた最適なOPC UA通信をデザインできる。さらに、SDKの完全日本語サポートが、日本のインダストリー4.0実現を加速する。もちろん、OPC UAから得られる大量の情報をAI(人工知能)で解析し、未来を切り拓くための、コンサルティングサービスも魅力だ。
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