モータの可変速制御は意外と厄介だ。ベクトル制御などの最新の制御理論に基づいたアルゴリズムや電力効率に優れたインバータ回路を実装しなければならず、さらに、モータの諸元や動作仕様に応じたチューニングも必要である。こうした課題に対してインフィニオン テクノロジーズ ジャパン株式会社(以下、インフィニオン)は、白物家電やドローンなどを対象に、小容量モータのターンキーソリューション「iMOTION」を提供している。今回、進化版となる「iMOTION 2.0」が発表されたのを受けて、事業責任者であるフランク・グローべ氏ほかに話を伺った。
集合写真(左より)
インフィニオン テクノロジーズ ジャパン株式会社 インダストリアルパワーコントロール事業本部 マーケティング部 シニアマネージャー 瀧澤 靖明 氏
Infineon Technologies AG Head of Digitalization and Systems Industrial Power Control フランク・グローべ 氏
インフィニオン テクノロジーズ ジャパン株式会社 インダストリアルパワーコントロール事業本部 スタッフアプリケーションエンジニア 李 炅烈(キョンギュル) 氏
白物家電やドローンに最適なモータの可変速制御を実現。
――インフィニオンは2017年3月に「iMOTION 2.0」というモータ制御向けソリューションのエンハンスを発表したとのことで、今日はその詳細を伺いに日本法人の本社にお邪魔しています。本題となる「iMOTION 2.0」をご紹介いただく前に、まずは従来の「iMOTION」について教えてください。
瀧澤:「iMOTION」は、当社が2015年1月に買収したインターナショナル・レクティファイアー社のテクノロジーをベースに提供しているモータコントローラ用のソリューションで、エアコンや冷蔵庫などの白物家電のほか、ドローン(マルチコプター)などに搭載される、比較的小容量の永久磁石同期モータ(PMSM:Permanent Magnet Synchronous Motor)を対象にしています。ご存知のように、モータが消費する電力は全消費電力の半分以上を占めるとも言われていて、モータ制御の効率化が世界的に求められています。旧来の単純なオンオフ制御に代わり、駆動周波数を変えてモータの回転数を可変にするインバータ制御や、モータに流す電流をトルク生成成分と磁束生成成分とに分けるベクトル制御などが主流になりつつあります。「iMOTION」は、ベクトル制御の一種であるFOC(Field Oriented Control:磁界方向制御)アルゴリズムを組み込んだ「MCE(Motor Control Engine)」を中核に、インフィニオンが得意とするモータドライバやインバータ回路を統合した、モータ制御の効率化を実現するソリューションです(図1)。すでに30以上の製品を提供しており、累計出荷数は6500万ユニットを超えていて、さまざまな製品に組み込まれています。
グローべ:省エネ基準としてトップランナー方式を採用している日本ではインバータ制御を採用した家電製品は今や当たり前になっているかと思いますが、世界的に見るとまだまだオンオフ制御が多いのが実態です。ある調査によれば、世界中の家電製品全体の市場の伸びは3%から5%であるのに対して、そのうちのインバータ搭載家電の伸びは17%から20%に達すると予想されるなど、省エネ化への取り組み機運が高まってきています。ただし、インバータ制御にすればエネルギー効率はたしかに上がるものの、部品が増えて回路は複雑になり、設計の難易度も高くなります。ベクトル制御についても同じことが言えて、高度なアルゴリズムを自力で開発するのは簡単ではありません。製品の開発サイクルが短くなっている現在、お客様のモータ制御にまつわる部分の設計期間を短縮するとともに、インテグレーションによって回路の小型化およびBOMコストの削減を実現することを目的にしたソリューションが「iMOTION」なのです。
――なるほど。続いて「iMOTION 2.0」についても教えてください。
瀧澤:「iMOTION 2.0」は「iMOTION」の進化版で、これまではFOCアルゴリズムをハードワイヤードで実現していましたが、「iMOTION 2.0」ではArm® Cortex®-M0コアをコントローラICに統合してソフトウェア的に実現した点が大きな違いとして挙げられます。また、レッグ・シャント回路などにも対応したほか、センサレス制御だけではなくホールセンサやPFC制御などを備えた構成にも対応しました。製品としては大きく3種類を展開します。1つ目がコントローラICのみのソリューション。2つ目がゲートドライバを統合した「iMOTION Smart Driver」ソリューション。そして3つ目がパワーMOSFETまたはIGBTまでをシングルパッケージに封止した「iMOTION Smart IPM」ソリューションです(図2)。「iMOTION Smart IPM」はもっともインテグレーションレベルの高いソリューションで、25W程度から80W程度のモータに対応した品種を揃えていく計画です。もっとも小型のものは、わずか12mm×12mmのQFNパッケージに、ベクトル制御やインバータなどすべての回路が入ります。
――ベクトル制御(FOC)をハードワイヤードの回路からCortex-M0に変更したのはどのような理由ですか?
瀧澤:やはり柔軟性ですね。「iMOTION 2.0」では、当社のソリューションをそのまま使用することを前提としたターンキー品種と、お客様のご要望に応じてカスタマイズが可能なアダプタブル品種を取り揃えて、より多様なニーズに対応できるようにしました。
開発ツールが制御定数を自動算出。モジュラー構成の評価ボードも提供。
――インフィニオンは2015年に、Cortex-M4コア(FPU機能搭載)およびCortex-M0コアを搭載したXMC4000シリーズとXMC1000シリーズのマイコン製品を日本市場でリリースしました(APSマガジン Vol.13 参照)。XMCマイコンにはモータ制御に特化した品種もあると伺っていますが、Cortex-M0コアを新たに搭載した「iMOTION 2.0」との関係を教えてください。
グローべ:XMCマイコンファミリは、「モータコントロール」、「LEDライティング」、「パワーコンバージョン」、および「コミュニケーション」の4分野を対象に開発された汎用マイコンで、品種により、それぞれに適した専用のIPを搭載しているのが特徴です。モータコントロールを対象にした品種には、PWM生成回路のほか、ベクトル演算を高速化するコプロセッサなどのIPが搭載されていますが、モータを回すにはお客様ご自身でソフトウェアを開発して組み込んでいただく必要があります。もちろんインフィニオンはモータ制御に関するリファレンスのソースコードを提供しますが、あくまでも参考用であって、量産用コードとして品質を保証しているわけではありません。一方、「iMOTION 2.0」は、FOCアルゴリズムの実装こそCortex-M0コアを用いていますが、量産レベルのコードで、かつ、徹底的なテストが行われている点が異なります。つまり品質の高いターンキーソリューションとして活用できることが「iMOTION 2.0」の特徴で、任意のモータをつないだ場合でも、極論すればわずか10分ほどで回転をスタートさせることができるぐらい効率的な開発が可能です。
――わずか10分でモータを回せるのですか?
グローべ:それぞれで諸元や動作パラメータが違うモータに適したコンフィギュレーションを効率的に行うために、秘密兵器として「MCEWizard」と「MCEDesigner」というふたつのツールを用意しています。モータのパラメータを入力するだけで「iMOTION」または「iMOTION 2.0」(準備中)の評価ボードに対して自動的にコンフィギュレーションが行われます。先ほど申し上げた10分というのはもちろんひとつの喩えですが、そのぐらいスムーズに開発を進めることができるのが特徴です。
李:ツールについては私のほうから説明します。まず、極数やステータの直流インダクタンスなどのモータの諸元のほか、最高回転数などの駆動に関連する各種動作パラメータ、および保護機能のオンオフなどを設定するのが「MCEWizard」というツールです。また、通常はセンサレスで制御しますので、ローターの速度に応じた電圧値なども入力します。そうすることで、FOCアルゴリズムの実行に必要なパラメータや制御ループのゲインなどが自動的に計算されます。結果をテキストファイルとしていったん保存し、「MCEDesigner」で読み込んで、「iMOTION」または「iMOTION 2.0」のMCEに与えてやるだけでモータを回すことができます。ちなみに素性の分からないモータが与えられたときに、予想される極数を適当に入力して回転させ、その挙動から正しい極数を推測する、なんていう使い方もできます。
瀧澤:家電の新製品の開発ではモータ自体も新たに開発される場合も多く、メーカが試作したわずか数台のうちの貴重な1台をお借りして評価のお手伝いをすることもあります。モータメーカのカタログに載っているような汎用的なモータを使うことはほとんどありません。このふたつのツールのおかげで、どんなモータとの組み合わせでも効率的な開発が進められることは、お客様にとっても重要ではないかと思います。
――評価ボードがあるそうですね。
李:はい、「iMOTION」のモータコントロールICが載った「EVAL-M1-099M」というコントローラボードと、さまざまなモータを接続できるように40Vから最大600V耐圧までのパワー素子を搭載したボード7種類を提供していて、両者を組み合わせて使います。モジュラー形式ということで「Modular Application Design Kit (MADK)」と呼んでいます。評価の具体的な手順としては、先ほど説明した「MCEWizard」でモータのパラメータを設定したのち、「EVAL-M1-099M」付属のUSBインタフェースボード「MCETOOL V2.0」を介して、「MCEDesigner」からファームウェアとモータパラメータファイルを「iMOTION」コントローラICにダウンロードするだけです。
瀧澤:今日ご覧いただいたのは従来の「iMOTION」のコントローラボードですが、「iMOTION 2.0」のコントローラボードは近日中に提供予定です。また、余談ですが、先ほどご質問で挙がったXMCマイコン「XMC 1302」を搭載したコントローラボードも提供中で、パワーボードを組み合わせればXMCマイコンベースのモータ評価環境を構築することができます。
高品質なFOC制御に高い評価。滑らかな制御でモータノイズも抑制。
――国内ベンダを筆頭に、モータ制御のソリューションを訴求している半導体ベンダは少なくありませんが、インフィニオンの強みはどこにあるのでしょうか?
グローべ:なんといってもお客様から評価が高いのは、当社独自のFOCアルゴリズムの品質と性能です。たとえばドローンは、モータの回転数が高く、しかも安定した姿勢を維持するために高速な制御が求められますが、「iMOTION」および「iMOTION 2.0」であれば問題なく実現できます。また、インフィニオンでは、IGBTをはじめとしてさまざまなパワーデバイスとゲートドライバを製品ポートフォリオとして揃えています。モータ駆動に必要なすべてのテクノロジーを持っているだけではなく、パワーMOSFETまたはIGBTを含めてすべての回路をシングルパッケージに封止した「iMOTION Smart IPM」のようなソリューションも提供できますので、モータ周りの回路の小型化が図れ、お客様にとっては大きなメリットとなります。
李:モータが発するアコースティックノイズが少ないのも当社の強みです。他社のベクトル制御では、あるベクトルから次のベクトルに移るときの電流変化が大きいためにモータが振動し、アコースティックノイズが発生してしまう場合があります。空気清浄機など室内に置かれる家電製品には静音性が求められますので、モータが発するアコースティックノイズはできるだけ抑えてやらなければいけません。当社のFOCアルゴリズムは、ベクトルを移ったときの電流変化がスムーズで、さらに、ベクトルとベクトルの間に設けられる電流検出タイミングの位相をずらして検出時間を稼ぐような工夫も入れてあります。
――今後の展開について教えていただきたいのですが、どういったマーケットや用途に、どのような強みを訴求していきたいとお考えですか?
瀧澤:家電製品の開発において重要なのは、いかに短期間で開発しタイムリーに市場に投入するかということと、製品の市場競争力を高めることにあると考えています。すなわち、家電のような分野ではモータの制御回路の開発そのものよりも、製品の機能を充実させることに開発のリソースを注ぐべきと考えておられるお客様もいらっしゃいます。インフィニオンはそうしたお客様に向けて、高品質なFOCアルゴリズムの搭載や高度なインテグレーションを特徴とする「iMOTION」および「iMOTION 2.0」がもたらす開発期間の短縮や開発コストの削減といったメリットを訴求していきます。マーケットとしては、これまでどおり白物家電やドローンなどが中心となります。もちろん、たとえば複合機内部の給紙用モータやシーリングファンの制御に使っていただいてもかまいません。
グローべ:インフィニオンはIGBTや車載マイコンなどさまざまな半導体デバイスを提供していますが、単なるデバイスサプライヤーではなく、お客様の課題を解決する「ソリューション・サプライヤー」になりたいと願っています。「iMOTION」および「iMOTION 2.0」もそうした取り組みの一環です。効率的なモータ制御を短期間で実現したい。そうした課題をお持ちのお客様に最適なソリューションであると確信し、これからも価値の提供に努めていきます。
――ありがとうございました。
APS EYE’S
モータ制御は、新たなる時代に突入した。インフィニオンはわずか12mm角のデバイスに、コントローラー、ドライバ、パワー素子を内蔵。さらに、FOCに最適なアルゴリズムやソフトウェアにいたるすべての機能を惜しみなく投入したモータ制御プラットフォーム「iMOTION 2.0」。あらゆるモータの静寂性と高効率性を発揮させることが強みだ。単独使用はもちろんのこと、モータ制御とUIを分離するなどシステム全体のコストパフォーマンスも十分考えられている。大小さまざまなモータを使用している白物家電でこそ、「iMOTION 2.0」がもたらす恩恵は大きい。新しい時代に欠かせないモータ制御がここにある。
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