MEMSセンサーは扱いやすいが精度はそれほど高くない——。そんな常識を覆し、水晶やピエゾを使った高精度な加速度センサーに匹敵する精度(ノイズ密度)を実現した新しいMEMSセンサーが登場した。アナログ回路や電源回路を単一パッケージに封止。加速度データをデジタル値として出力してくれる、まさに「ゲーム・チェンジング」なデバイスだ。センサー・ネットワーク「Choco」を開発したソナス株式会社のお二人を交えながら、アナログ・デバイセズ株式会社(以下、ADI)に新MEMSセンサーの話を聞いた。
集合写真
(後列左より)
アナログ・デバイセズ株式会社 コアマーケティング統括部 マーケティングマネージャー 高松 創 氏
アナログ・デバイセズ株式会社 リージョナル・セールス・グループ テクニカルサポートマネージャー 遠藤 真樹 氏
アナログ・デバイセズ株式会社 リージョナル マーケティング&チャンネルグループ セントラルアプリケーションセンター シニアマネージャー 笹岡 宏 氏
(前列左より)
ソナス株式会社 代表取締役 大原 壮太郎 氏
ソナス株式会社 取締役 博士(科学) 鈴木 誠 氏
目次
センシングに適した「Choco」フラッディング方式の新無線通信
――まずはソナスの会社概要を教えてください。
大原(ソナス):ソナスは、センサー・ネットワークに適した「Choco(チョコ)」と名づけたメッシュ・ネットワーク・テクノロジーを提供するベンチャーで、東大赤門近くのインキュベーション・オフィスを借りて2017年4月に事業を始めたばかりです。私と鈴木のほかに、独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)の2016年度スーパークリエータにも選ばれた神野響一という共同創業者の3人でやっています。ちなみに3人とも、IoT向けの通信技術や構造物モニタリングなどのアプリケーションを研究している東京大学 先端科学技術研究センターの森川博之研究室出身です。
――早速ですが、その「Choco」というテクノロジーについて教えてください。
鈴木(ソナス):マルチホップのワイヤレス・ネットワークは、20年ぐらい前からいろいろと登場していますが、一般的なマルチホップ・ルーティング方式は意外と実現が難しく、決定的なテクノロジーはまだ出てきていないというのがわれわれの認識でした。そうした中で2011年に、選ばれたノードだけが転送するルーティングと異なり、全てのノードがデータを転送する「フラッディング(flooding)」を、飛躍的に性能向上させる「同時送信型フラッディング」という技術が出てきました。この技術では、全てのノードが何かパケットを受信したら即座かつ同時にパケットを転送します。つまり、何台かが1つのパケットを受信した場合には複数台が同時にパケットを送信することになります。複数ノードが同時に送出したらパケットは壊れるよね、というのが無線ネットワークをやっている人間の常識だったわけですが、この技術は、同じ波形をまったく同じタイミングで送れば、波が重なるだけでパケットをきちんと送れるのではないかという素朴な考えに基づいています。タイミングがデターミニスティック(確定的)になるようにソフトウェアの遅延を削って、物理層にIEEE802.15.4を使ってテストすることで、実際にこの考えが成立することが分かってきました。実は似たような考え方は以前からあって、たとえば古くはポケベル(ページャー)などでも、このような技術が使われています。
遠藤(ADI):波形が重なるという話でしたが、RF(搬送波)のレベルではないんですよね?
鈴木:もちろん違います。対象となるのはベースバンドですね。ビート(うなり)周波数とシンボル周波数との関係で通信がうまくいくかどうかが決まるのですが、IEEE 802.15.4だとそのあたりのパラメータがちょうどうまくいくんです。市販のマイコンやネットワーク・コントローラの中から、遅延やジッタを削ってデターミニスティックな動作を実現できるものを探して実装しています。
――他のワイヤレス・センサー・ネットワークと比べてどのようなメリットが得られるのでしょうか?
鈴木:まず、複雑なルーティングのアルゴリズムが不要となり実装が軽くなります。それから、ルーティング方式だと電波の状況を考えながらノードを設置しなければなりませんが、フラッディングだと中継ノードを中間に適当に置くだけでよく、ノードを増やすのも簡単です。時刻同期に伴うデータの精度もメリットで、フラッディングだとパケット長×ホップ数だけで遅延を求められるため、たとえば橋梁の両端の揺れのタイミング相関を高い精度で把握することができます。
業界の常識を覆す新MEMSセンサー。工業用加速度センサーに匹敵する低ノイズ
――今日はセンサー・ノードを持ってきていただいているようですね。
大原:現在2種類の製品を提供しています。乾電池で長期駆動可能な「sonas x01」と、小型化のために産業用電池CR-2を採用した「sonas xs01」です。両製品ともにアナログ・デバイセズの「ADXL355」(構造モニタリング向け)を採用しており、「ADXL357」(機械設備モニタリング向け)も搭載可能です。
――では、さっそくADXL355やADXL357について説明していただけますか?
高松:(ADI)アナログ・デバイセズは1980年代よりMEMS加速度センサーに取り組んでおり、特に最近は性能的に尖ったセンサーをリリースしています。たとえば5年前に出した3軸の「ADXL362」は今も業界トップクラスのローパワー・センサーとしてさまざまなところで使われています。近年注力しているのが超ローノイズ化で、1軸で、高gレンジ(±100g)、広帯域(21kHz)の「ADXL1001」と「ADXL1002」、3軸で、高gレンジ(±40g)、広帯域(5.5kHz)の「ADXL356」(アナログ出力)と「ADXL357」(デジタル出力)、および3軸で、超低ノイズの「ADXL354」(アナログ出力)と「ADXL355」(デジタル出力)を相次いで発表しました。わたしたち「ゲーム・チェンジング・テクノロジー」と言っておりますが、これまでローノイズの高精度加速度センサーといえば水晶や圧電(ピエゾ)素子を用いた、工業用加速度センサーユニットが一般的でした。これらのセンサーは、性能はとても優れておりますが、一方、高価で取り扱いにも注意が必要な精密機器です。また近年のIoTで期待されるコインバッテリーで長期間動作させるような、要求にも応えることは難しいかと思われます。MEMS加速度線センサーであればこれらの課題の多くに応えられると考えております。
鈴木:MEMSセンサーは水晶タイプやピエゾタイプに比べて精度が低いというのが常識でしたが、ADXL355は25μg/√Hzという十分に高い性能を実現しているのがまず驚きでした。しかも、ワンチップで、ローパワーで、20ビットのA/Dコンバータが入っていて、マイコンにつなげるだけでデジタル値として高精度なモニタリングができてしまう。さらにいいのが、構造物の振動検知に適したADXL355と、高周波成分の多いモーターの振動などの検知に適したADXL357がピン互換なので、ひとつの基板で2種類のシステムに展開することができます。
高松:そこがまさに「ゲーム・チェンジング」なところなんですね。とはいえ精度(ノイズ密度)だけを見ると工業用加速度センサーのほうが、まだまだ優れているのは確かです。一方でMEMS加速度センサーは、入力周波数やgレンジ、動作温度などでフラットな性能を持ち、設置環境や季節を問わずに安定した性能を提供可能です。例えばキャリブレーション時間もとても短いので、頻繁にセンサーのオンオフを行って消費電力をより低下させることも容易です。
――そうしたゲーム・チェンジングな性能を実現できた技術的な理由を教えてください。これまでのMEMSセンサーに比べて、すごく大きなジャンプがあるように感じるのですが。
笹岡(ADI):詳しいところはもちろん申し上げられませんが、半導体プロセスの改善に加えて、MEMSセンサーに関する30年のノウハウをベースに堅牢性やローノイズ化の研究開発を蓄積してきた成果と考えていただければいいと思います。それと、センサーが出力する微小なアナログ信号を増幅してA/D変換を行う、いわゆるアナログ信号処理のところも進化させています。従来はMEMS部分とアナログ信号処理回路とを一体化していたのですが、今回のADXL355やADXL357ではそれぞれ最適なプロセスに独立して実装し、内部電源を安定させるリニア・レギュレータも含めて、温湿度変化に強いハーメチック・パッケージに封止しています。そうした構造的な改良も大きく寄与しています。
遠藤:MEMSって簡単にいうと超小型のバネばかりなんですよね。バネを硬くすればノイズは減るけど感度が悪くなるとか、バネを柔らかくしてよく動くようにすると感度は上がるけどノイズが増えるといったトレードオフがあるので、そこはわれわれのノウハウですね。インターネット上の組み込み関連フォーラムを覗くと、センサー・デバイスをマイコンにつないだものの思うような値が得られない、といった声が溢れているんですね。センサーは、オフセット、ノン・リニアリティ、ドリフト、ゲイン変動の塊みたいなところがありますから、それらを理解して補正をかけて使いこなすのは、実はかなり難しいんです。今度の新しいMEMSセンサーは補正なしで正確な物理量を得られるという点は、アナログ・デバイセズのMEMS加速度センサーの大きな付加価値だと思います。
鈴木:他社のMEMSセンサーも検討はしたのですが、外付けに高分解能のA/Dコンバータなどアナログ部分の設計が必要で、回路設計や基板設計の難易度が一気に上がってしまいます。その点、ADXL355やADXL357は外からデジタルで汚れた電源を与えても、きれいな20ビットのデジタル出力が得られるのはホントにすごいなと。工業用加速度センサーははいくつか落として壊したことがあるのですが、その心配もありませんでした。
構造物や設備のモニタリングなどに最適。IoTアプリケーションの拡大を睨む
――新しいMEMSセンサーはどういったアプリケーションを考えているのですか?
高松:ひとつがソナスさんが取り組まれているような構造物のモニタリングですね。高度成長期に作られたインフラの老朽化は大きな社会問題にもなっています。もうひとつが、状態基準保全/CBM(Conditinal based Maintenance)と言われる新しい機器モニタリングへの応用で、いろいろな製造装置、モータを利用した機械などの振動をモニタリングしたいので適切なセンサーを紹介して欲しいという問い合わせも多く頂いております。
大原:ソナスでは高速道路の高架橋脚部分にノードを60台ほど設置して、構造物の健全性評価ができないか、といった取り組みを建設会社と協力しながら、実用化に向けた検討を進めていきます。また、ADXL355やADXL357は取れるデータが正確ですし、われわれの「Choco」は転送の取りこぼしがないので、軍艦島の老朽化した建物に先ほどのノードを据え付けて、質の高い振動データを全世界に公開しようというプロジェクトを進めています。
鈴木:振動に加えて映像も観たいというニーズも多いので、センサーだけではなくカメラも搭載したノードの開発も進めています。Chocoは省電力機能とエンド間再送機能を入れたうえで、実効で 2KByte/s 〜3KByte/sは得られるので、カメラで撮ったVGA解像度の画像も20秒ほどで送れます。数KByte/sというと遅く感じてしまいますが、数年バッテリが持つ他の省電力マルチホップ技術と比較して、10倍から100倍程度高速です。
――さて、ゲーム・チェンジングというキーワードが出てきましたが、これからの展開や展望を聞かせてください。
大原:ソナスとしてはまずはビジネスモデルを確立していくことが重要で、センサー・ノードを売るのか、ネットワーク・テクノロジーを売るのか、データを売るのか、いろいろなオプションを考えています。いずれにしてもパートナーを見つけながらChocoを広めていきたいなと。ちなみにアナログ・デバイセズさんには、優れたMEMSセンサーのほかにもいろいろな面でサポートしていただいているので、これからも引き続きお願いしたいと思っています。
遠藤:IoTやインダストリIoT(IIoT)が盛んに言われていますが、機械や構造物のモニタリングをするにしても実証実験のところが意外と大変で障壁になっているんですね。ソナスさんのノードを使うとそこが簡単にできてしまうので、今後はパートナーのひとつとして、リモート・センシングを必要としている産業界のお客様に紹介していきたいと考えています。
笹岡:構造物や設備のモニタリングに注目が集まっていますので、そういったアプリケーションにリーチできるソリューションとして、全帯域にわたってローノイズで、扱いやすく、価格も手ごろな新しいMEMSセンサーをご提案していきます。
高松:ローノイズ化を徹底した今回のMEMSセンサーは、これまでの常識を覆すまさにゲーム・チェンジングな製品と自負しています。ソナスさんのおかげかも知れませんが、構造物モニタリングでADXL355を指名いただくケースも増えてきました。アナログ・デバイセズのMEMS加速度センサーは従来のMEMSで実現できないような尖った性能をこれからも求めて行きますので、引き続きご期待ください。
APS EYE’S
用途が幅広い加速度センサーだからこそ、求められる要件も様々。ADIの低消費電力の加速度センサーは、圧倒的なローノイズと高精度をMEMSで実現した。ソナスのような無線センシングにおいて、低消費電力かつ高精度なデータが取れるということは、IoTの課題において、一つの答えになるだろう。
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