アナログ・デバイセズ(以下、ADI)が提供する「μModule(マイクロ・モジュール)」が産業機器や医療機器などの分野で好調だという。スイッチングレギュレータ回路全体をシングルパッケージに封止したソリューションで、経験やノウハウを必要とする電源回路の設計を大幅に簡素化できるほか、実装面積の小型化も図れるなど、さまざまなメリットをもたらす。
集合写真(左より)
アナログ・デバイセズ株式会社
リージョナルマーケティング マーケティングマネージャー 戸上 晃史郎 氏
パワーシステムズ ジャパン マーケット マネージャー 石井 純 氏
(対談のみ参加)
インスケイプ株式会社 APS実験室 室長 浦邉 康雄
目次
電源設計をかんたんに。ADIのμModuleの採用が広がる
高度化・高性能化が進むデジタル回路に不可欠なのが、安定性と応答性に優れた電源だ。一般にはスイッチング方式のDC/DCコンバータ(スイッチングレギュレータ)を用いて構成することになるが、アナログ設計者や電源設計者が少なくなっている現在、電源回路の設計は機器メーカーにとって負担のひとつになっている。
電源回路をもっと簡単に構成できるソリューションが欲しい---そんな顧客のニーズに応えて開発されたのが、スイッチングレギュレータ全体をひとつのパッケージに封止したADIの「μModule」である。
石井(ADI):μModuleはパワーマネージメントソリューションを長年にわたって手掛けてきた旧リニアテクノロジーが開発したソリューションで、スイッチングコントローラIC、パワーMOSFET、インダクタやコンデンサなどの受動部品、ヒートシンクなど、スイッチングレギュレータ回路の主要部分をガラスエポキシ基板に実装したのち、シングルパッケージとして封止したソリューションです(図1)。入力コンデンサや出力コンデンサのほか電圧設定用の抵抗など数点の外付け部品は必要ですが、電源周りの設計工数を大幅に削減できるほか、電源回路の小型化も図れるなどのメリットがあり、測定器をはじめとする産業機器、通信機器、医療機器などで広く採用が進んでいます。
戸上(ADI):ちょうど私が旧リニアテクノロジーに入社した2005年に最初のμModuleが出たのですが、当時はお客様に紹介してもまったく売れなかったことを今でも覚えています(笑)。それでも粘り強くご提案を続けたこともあって2011年頃から採用が増えました。とくに日本での成長が著しく、売り上げの伸びは他の国や地域を上回る年率20%以上を示しています。採用していただいているお客様も国内だけで700社を数えるまでになりました。
石井:μModuleの特徴は、電源回路の設計工数を削減する「かんたん設計」、さまざまな入出力ニーズを満たす「豊富なラインアップ」、小型化を実現する「コンパクトソリューション」、充実した「設計サポート/リファレンス」、および、現在までフィールドにおいて不良が出ていない「高い信頼性」の五つに集約されると考えています。スイッチングレギュレータ回路はディスクリート部品を使ってももちろん構成できますが、最適なトポロジーの選択、パワー部品や受動部品の選択、ループの位相補償、EMIノイズの抑制、放熱、基板の実装設計、小型化などの課題があり、さらに、近年の高性能なSoC(プロセッサ)やFPGAで進む低電圧化・大電流化のトレンドにも対応しなければなりません。μModuleは「素性の良い」旧リニアテクノロジーのスイッチングICを核に電源回路のほとんどをパッケージ化したソリューションで、モジュールとして動作が保証されているため、そうした設計作業のほとんどを省略できます。さまざまな入出力仕様に対応した100品種以上をすでにラインアップしています。
浦邉(インスケイプ):サンプルのパッケージがとても小さくて驚きました。これに電源回路のほとんどが入っているのはすごいなと。
石井:パッケージに封止したことで信頼性も上がっています。実はわれわれも驚いているのですが、μModuleは2005年に発売して以来フィールドでの故障は一件も起きていません。累計出荷数などから計算すると、故障率はわずか0.4 FIT(延べ100億hrの動作で故障が4回)と、きわめて優れた値を示しています。
低電圧・大電流ニーズに応える進化。100A出力品もついに登場
産業機器や医療機器の頭脳を担うSoCやFPGAは微細化が進んでおり、最新世代はついに10nm台へと突入している。微細化によって動作電圧は下がり、コア電圧は1Vを切るところまで来ているが、そのぶん電源電流が増えており、数十Aからときには100A以上を安定的に供給しなければならなくなっている。
石井:μModuleのメリットが生きてくるのが高性能なSoCやFPGAなどを対象にした大電流アプリケーションです。デジタルの微細化を背景とした低電圧化・大電流化のトレンドに対応するため、デバイスとパッケージの両面から改良に取り組んできた結果、ついに50A出力以上の製品を2018年にリリースできる見通しです。これまでのように複数のμModuleの出力を並列に接続する必要がなく、さらなる小型化が図れます。こうした進化の背景にあるのがパッケージング技術です(図2)。第一世代は電子部品を封止しただけでしたが、第二世代ではメタルヒートシンクを内蔵し、大電流化に対応しました。また、プリント基板の裏面にも実装できるように高さわずか1.82mmという低背パッケージも開発しています。第三世代では大型インダクタをパッケージ上面に実装する「CoP(Component on Package)」によって熱特性のさらなる向上を図っています。第四世代パッケージ品ではさらなる高機能、高出力電流対応となる予定です。
戸上:FPGAの電源としてμModuleを検討されたものの、他社のソリューションを選択されたお客様が、結局はうまくいかずにμModuleに戻ってこられた例もあります。FPGAにしてもSoCにしてもコア電圧以外にI/O電圧など複数の電源レールが必要ですので、そもそも回路がコンパクトでないと基板に収まりません。そういった意味で実質的にμModuleしかソリューションがないというのが今の状況だと思っています。
石井:大電流アプリケーションのほかには、絶縁型アプリケーションやシステムマネジメントアプリケーションもμModuleによって大きなメリットが得られます。たとえば絶縁型DC/DCコンバータの「LTM8058」や「LTM8057」は、絶縁トランスを含めてシングルパッケージに封止して小型化を図りながら、2kVACという絶縁耐圧を実現しています。また、DC/DCレギュレータにパワーシステムマネジメント機能を付加した「LTM4677」や「LTM4676A」などを使えば、電圧や電流などのモニタリングを通じてシステム異常をいち早く検出できますし、オンオフ時のシーケンス制御やマージンテストも可能です。
EMIを抑えるSilent Switcher®。各種の試験規格も余裕でクリア
スイッチングレギュレータの設計で課題のひとつに挙げられるのがEMIである。その名のとおりハイサイドスイッチとローサイドスイッチのスイッチング動作によって電流ループが切り替わるため、電磁ノイズの発生は原理的に避けられないといえる。
そうした課題に対してADIが提案するのが「Silent Switcher(サイレント・スイッチャ)」と呼ぶアーキテクチャだ。
石井:Silent Switcherは、パッケージの左右に電流ループ(ホットループ)が対称に形成されるようにピン配置や内部構造を工夫して、ノイズの原因となる磁界をループに閉じ込めることで、EMIの大幅な削減を実現したスイッチングコントローラICです。「Silent」(=静か)という名称が付いていることからもお分かりのようにEMIノイズをほとんど出しません。車載機器のEMC試験で用いられる「CISPR 25 Class 5」などの規格を十分なマージンとともに下回る特性を示します。Silent Switcherはこれまでは「LT8614」などのディスクリート版しかありませんでしたが、μModule版もようやくラインアップに加わりました。60V入力で3A出力の「LTM8073」、40V入力で3.5A出力の「LTM8053」、6.25x4mmの超小型パッケージで封止した「LTM8063」などが一例で、品種の拡充をさらに進めています。
浦邉:ノイズ対策は製品開発の下流ほどお金も時間も掛かってしまいますから、上流の段階できっちりと抑えられているとすれば、設計する側としては助かりますね。
戸上:EMIノイズをここまで抑えたスイッチングコントローラICは市場になかったこともあって、産業機器、医療機器、画像処理、自動車など、幅広い分野のお客様から高い評価をいただいています。ちなみに、Silent SwitcherはEMIの点ではとても優れていますが、あくまでもスイッチングレギュレータですのでノイズがゼロというわけではなく、また、出力にはリップル成分も重畳しています。そこで、微小信号を扱うセンサーのフロントエンド回路などの電源として、EMIノイズやリップルノイズのないリニア・レギュレータ(LDO)をパッケージしたμModuleも用意していますので、目的に応じて使い分けていただければと思います。
無償の設計ツールを提供。評価ボードは全品種を用意
μModuleは電源回路の設計を簡略化してくれるものの、入力コンデンサ、出力コンデンサ、出力電圧設定抵抗などいくつかの外付け部品が必要で、システムの要件に合わせて定数や定格を選択する必要がある。また、エビデンスを残すなどの目的でユーザーシステムとして動作検証が必要なこともある。こうした設計作業を支援するのが各種のツールや評価ボードだ。
戸上:「LTpowerCAD II」(エルティー・パワーキャド・ツー)はMicrosoft® Excel®上で動作するスイッチングレギュレータの設計ツールで、指定した入出力要件に適合するμModuleまたはディスクリートIC部品のセレクション、推奨回路図、必要な外付け部品、特性グラフなどの表示、補償定数のチューニング、各種のレポーティングなどの機能を備えています。もうひとつの設計ツールが回路シミュレータ「LTspice XVII」(エルティー・スパイス・セブンティーン)で、他のSPICEとは違いスイッチング動作の収束が速いのが特徴です。LTpowerCAD IIからワンクリックで回路をLTspice XVIIにエクスポートすることもできます。LTpowerCAD IIもLTspice XVIIもADIのウェブサイトから無償で提供していますので、ぜひ試してみてください。
石井:ADIではすべてのμModuleに対して評価ボードを用意していて、部品リストと基板ガーバーファイルも提供しています。また、インテル社(旧アルテラ)およびザイリンクス社とのパートナーシップにより、両社のFPGAのリファレンスデザインにμModuleが採用されています。FPGAアプリケーションを開発される際にご活用ください。
顧客の電源設計の負担を軽減。魅力ある製品開発を促進
進化を続けるADIのμModule。今回紹介したほかにも、絶縁型DC/DCコンバータ、電圧や電流などのモニター機能を備えたパワーシステムマネジメント、LEDドライバ、バッテリチャージャ、トランシーバおよびA/Dコンバータなど、多様なソリューションを展開中だ。「かんたん設計」、「豊富なラインアップ」、「コンパクトソリューション」、「設計サポート/リファレンス」、「高い信頼性」という五つの特徴を通じて、回路設計者が抱える課題にアプローチしていく。
石井:2017年3月にリニアテクノロジーとADIとの統合により新生ADIが誕生しました。パワーマネージメントなどを強みとしていた旧リニアテクノロジーのポートフォリオと、シグナルチェーンなどを強みとしていたADIのポートフォリオがひとつになったことで、よりトータルなソリューションでお客様に価値を提案できるようになりました。お客様が魅力ある製品の開発に専念できるように、μModuleを含めた価値の高いソリューションの提供にこれからも努めていきます。
APS EYE’S
先端技術に必要な電源回路を集積したμModuleは、高出力、高信頼、耐ノイズ性によりCPU・FPGAからセンシングまで、あらゆる分野の基盤を支える。また、アナログ・デバイセズの無償ツールLT Power CADが要件から製品選択と周辺回路設計を自動化。電源へのこだわりが光る。
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