リビングロボットが開発した「あるくメカトロウィーゴ」は、ロボット・キャラクターとしての造形の可愛さに加え、ロボットの動作をプログラミングできる手軽さもあり、さまざまな教育現場で活用されている。その動きの制御を担っているのが、STマイクロエレクトロニクス(以下ST)の32ビット汎用マイコンSTM32とセンサーデバイスだ。今回は採用に至った経緯や実際の開発についてお話を伺った。
集合写真
(前列左より)
株式会社リビングロボット CPO ハードウェア開発部長 遠山 理 氏
株式会社リビングロボット 代表取締役社長 川内 康裕 氏
STマイクロエレクトロニクス株式会社 マイクロコントローラ & デジタル製品グループ マイクロコントローラ製品部 シニアマネージャー パオロ・パルマ 氏
(後列左より)
株式会社リビングロボット ソフトウェア開発部マネージャー 丸本 智彦 氏
株式会社リビングロボット CTO ソフトウェア開発部長 中村 珠幾 氏
株式会社リビングロボット 取締役 井上 貴裕 氏
(インタビューのみ)
STマイクロエレクトロニクス株式会社 西日本第二営業部/セールスマネージャー 膳所 伸一 氏
目次
小林和史氏が発案した「メカトロウィーゴ」をベースに、歩くロボットを開発
――はじめにリビングロボットについてご紹介ください。
川内(LRobo):創業は2018年です。シャープでスマートフォンやロボホン(ロボット型のスマートフォン)を担当してきたメンバーを中心に、「人とロボットが共に生きる」をコンセプトに「あるくメカトロウィーゴ」をはじめとする、さまざまなロボットの開発を行っています。本社は福島県伊達市、開発は主に福岡県小郡市の小郡キャンパスで行っています。
――リビングロボットの代表製品「あるくメカトロウィーゴ」とは、どのようなロボットですか?
川内:「あるくメカトロウィーゴ」は、クリエイターの小林和史さんが2011年に発表した「メカトロウィーゴ(MechatroWeGo)」というロボット・キャラクターをベースにしています[*1]。フィギュアやプラモデルで人気のメカトロウィーゴが実際に歩くようになったら面白いよね、というお話をある企業からいただいて、それをきかっけに開発しました。実際に歩かせるには、足周りを太くする必要があり、小林さんとも相談しながら造形を調整しています。
[*1] https://chubu01.wixsite.com/moderhythm
STM32F405マイコンにセンサーを組み合わせて8個のモーターを制御
――内部はどんな作りになっているのですか?
遠山(LRobo):アプリケーションを動かしたりWi-Fiでパソコンと接続するためにAndroidを搭載しているほか、リアルタイムでのモーション制御やセンサー接続のために、STのSTM32F405マイコン(最高動作周波数168MHzのArm® Cortex®-M4コア(浮動小数点ユニット付き)内蔵)を載せています。また、各サーボモーター制御にSTM32F301(最高動作周波数72MHzのArm Cortex-M4コア(浮動小数点ユニット付き)内蔵)も載せており、左右の足にそれぞれ3個ずつと、左右の肩に1個ずつで、トータルで8個使用しています。
メカトロウィーゴのファンの方にも満足していただけるように造形や構造を優先したため、内部にはスペースが意外と少なく、バッテリーや基板をどう収めるかが課題のひとつでした。STのSTM32マイコンにはWLCSP(ウェハ・レベル・チップ・スケール・パッケージ)タイプが用意されているため、実装サイズの小型化が実現できると考えました。
パルマ(ST):STM32F405を採用してくださりありがとうございます。STM32マイコンを構成するほとんどのシリーズにCSPが用意されていますので、リビングロボット様のように小型化を望まれるお客様のニーズにもお応えできます。パッケージの選択肢が充実しているのは強みのひとつと考えています。
遠山:マイコンの他にもSTの膳所さんからご紹介をいただき、姿勢制御用の6軸MEMSセンサー、両目に組み込んだ多色LEDを制御するLEDドライバー、前方の障害物を検知するTOF(time-of-flight)センサー、MEMSマイクなどにSTのデバイスを採用しています。
中村(LRobo):制御ソフトウェアの開発では、生命感を感じさせる動きに注力しました。以前シャープでロボホンを開発したときの経験ですが、ロボットは動きがとても重要で、生き物のような動きがあるのとないとでは感じ方が大きく違うんです。
生命感のある動きを実現するために、STM32F405を使って、6軸MEMSセンサーの値も取得しつつ、8個のサーボモーターの回転角をかなり短い間隔で計算しながら制御を行っています。STM32F405は性能的にはまだ余裕がありますが、UARTなどのインタフェースはギリギリまで帯域を使っています。
パルマ:STではArm® Cortex®-M7コアを搭載したSTM32H7シリーズのようなハイエンドのマイコンも取り揃えており、ソフトウェア資産をそのまま使うことができます。将来のロボット開発でより多くの演算性能が必要になった場合には、ぜひ検討していただきたいと思います。
川内:われわれもアーキテクチャを含めて進化していこうと考えていますので、パルマさんが言われたように、ハイエンドの品種がラインアップされているのは安心ですね。
膳所(ST):「あるくメカトロウィーゴ」は、逆立ちができるなど、いろいろ技を持っていますよね。
中村:かなりアクロバティックな動きもできるような仕掛けにしています。とはいえ、ユーザである子供が細かく制御するのは難しいので、MIT(マサチューセッツ工科大学)のメディアラボが開発した「Scratch」というビジュアルなプログラミング環境を用意してあります。
膳所:子供が使うことを考えるとインタフェースはScratchのようにシンプルにしなければならない一方で、その裏ではかなり難しい処理が行われているというお話でしたので、ソフトウェア開発は大変だったのではないかとお察しします。
川内:Androidは上位のアプリケーションを作りやすいので載せていますが、Androidだけでロボットの柔軟な動きを実現するのはかなり難しいのです。そこで、リアルタイム制御を行うためにSTM32マイコンを載せて、人間味のある動きを作り込んでいます。いわば「あるくメカトロウィーゴ」に命を吹き込んでいるのが、STM32マイコンとそのソフトウェアを支える優れたエコシステムと言えます。
開発ツールとしてSTM32CubeMXを活用し、開発期間の短縮を実現
――開発ツールとして提供されている「STM32CubeMX」は使われましたか?
中村:もちろん使いました。前職時代を含めて各社のマイコンを使ってきた経験でいうと、マイコンの機能をGUIで設定するだけでソースコードまで吐き出してくれる開発ツールはバグが多い印象ですが、STM32CubeMXは完成度が高く、とても使いやすいと感じています。開発が進むにつれてI/Oなどを変更する場合でもGUIで設定を変えるだけで済みますし、採用したSTのセンサーデバイスのドライバーも用意されています。さらに、吐き出されるソースコードを既存のコードにマージする作業も自動的に行ってくれて、とても助かりました。STM32CubeMXのおかげで開発期間がかなり短縮されたと思います。
「あるくメカトロウィーゴ」ぐらいの規模であれば、OSがなくても実装はできますが、制御をタスクに分割したほうが開発も楽なので、STM32Cubeに同梱されるFreeRTOSを採用しています。
パルマ:開発の初期の段階ではSTM32マイコンの評価ボードを使われたのでしょうか?それとも最初から自前のボードを用意されたのですか?
中村:開発当初は、STM32F401が載ったNUCLEO-F401RE評価ボードに、TOFセンサー評価用のX-NUCLEOボードを組み合わせていました。STの評価ボードは検証済みのドライバーなどがSTのサイトに用意されていますので、制御部分の開発に集中できます。評価ボードで動けば自社のボードでも動くはず、という考えで進めました。
パルマ:おっしゃるように、I/O周りなどに時間を掛けてしまうと本来のアプリケーション開発に手が回らなくなってしまいます。当社で提供しているリソースを上手に活用いただき、効率的に開発を進められたのだと感じます。ところでトラブルはありませんでしたか?
中村:褒めてばかりですけど(笑)、本当になかったんですよね。4~5年前はSTM32CubeMXが吐き出したコードが動かないといったトラブルもありましたが、品質がずいぶん上がって、今は特に何もしなくてもちゃんと動きますので、本当に助かっています。
パルマ:ありがとうございます。完成度が高いとのご評価を頂戴しうれしく思います。
川内:STはマイコンそのものはもちろんですが、評価ボード、開発ツール、さらにセンサーなども揃っていますし、今回は特に使っていませんがサードパーティーからもさまざまなリソースが提供されています。われわれがロボットを開発するうえで、こうしたエコシステムの存在はとてもありがたいと感じます。
単なる道具ではなく、人に寄り添うロボットの開発を目指したい
――最後に、今後の展望をお聞かせください。
川内:日本には介護など、さまざまな社会課題がありますので、今後はそういった分野にもアプローチしていきたいと思っています。単なる道具ではなく、人に寄り添うパートナーとしてのロボットや、仲間と言えるようなホッとできる存在のロボットを作っていきたい。実際にお年寄り向けのロボットは、すでに実証実験を進めています。
そういったロボットを実現するにあたって、小型で高機能な低消費電力のマイコンや、人の五感の代わりとして働くセンサーがとても重要になってきます。STはマイコンとセンサーの両方をお持ちですし、中村が言ったようにSTM32CubeMXで効率的にソフトウェアを開発できますので、将来の展開も安心です。ワイヤレス充電のソリューションもあるということなので、ロボットに使えないかと考えています。
膳所:当社の製品がロボットに組み込まれることによって新たな価値が創造されていくように感じています。今後もご要望にマッチする新しい製品をどんどんご提案したいと考えていますし、未来のロボットのコンセプト実証(PoC)にも引き続きご協力させていただければと願っています。
――ありがとうございました。
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