IoTとAIへの取り組みを強化するザイリンクスは、エッジ側での分散処理を提案する。デジタル・ロジックをフレキシブルに実装できるFPGAの特性を生かし、センサ・インタフェース、データ形式の整合、分析処理などをエッジ側に分散させることで、IoTシステム全体の最適化を図る狙いだ。合わせて、ディープラーニングの推論処理をエッジ側に統合する開発環境などを包括的に提供する。
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(最左)ザイリンクス株式会社 グローバルセールス 営業部 シニア フィールド アプリケーション エンジニア 都筑(つづく) 洋平 氏
(最右)ザイリンクス株式会社 グローバルセールス 営業部 フィールド アプリケーション エンジニア 大久保 隆一 氏
(インタビューのみ参加)ザイリンクス株式会社 グローバルセールス APACテクニカルセールス スタッフDSPスペシャリスト Louie Valeña(ルーウィ・ヴァレニャ)氏
目次
産業分野とヘルスケア分野を重点化。FPGAのメリットをIoTエッジに生かす
ハードウェアはいったん実装したらソフトウェアと違って自由には変更ができない――そんな常識を覆した半導体デバイスがFPGA(Field Programmable Gate Array)だ。誕生は30年以上前の1985年、開発したのは米国シリコンバレーに本社を置くザイリンクスである。
FPGAはデジタル・ロジックをプログラミングできるため、試作サイクルを早く進められるとともに、製品搭載後も修正やアップデートが可能などの特徴がある。当初は高性能な通信機器、産業機器、医療機器などに採用されていたが、最近では民生機器やクルマのADAS(先進運転システム)にも搭載されるようになった。
そして近年、IoTの分野でもFPGAへの注目高まっている。あらゆる機器や装置がインターネットにつながるIoT時代において、FPGAはどのようなメリットをもたらすのだろうか。
――IoTに対するザイリンクスの取り組みを教えてください。
ヴァレニャ:「モノのインターネット」を意味するIoTがインダストリアル分野を中心に広がりを見せています。装置や設備の状態などをセンシングし、ムダの見える化や品質の改善を図ったり、設備の異常をいち早く検出することが主な目的です。
また、医療機器を含むヘルスケアの分野でもIoTの活用が始まっています。健康状態のチェックやベッドサイド・モニタリングのほか、さまざまな機器の遠隔モニタリングや画像の自動診断など、IoTの特性を生かしたアプリケーションが登場しています。
ザイリンクスでは、これらインダストリアル分野とヘルスケアおよびサイエンス分野を中心に、IoTシステムの構築に必要なソリューション・スタック、ディープラーニングも対象とした開発ツール、パートナーとの連携によるエコシステムなどを包括的に提供しています。
――IoTはさまざまなレイヤーから構成されます。特に力を入れている領域はどこでしょうか?
ヴァレニャ:ご指摘のようにIoTは、エッジ、クラウド、サービスなどさまざまなレイヤーで構成されていますが、今回はエッジ部分を紹介します。センサーなどが出力するデータは膨大ですので、サーバーやクラウドにデータをそのまま上げるのはネットワーク・トラフィックやコンピューティング資源を考えると現実的ではありません。そこで、データのクレンジング、分析、および判断などの処理をエッジ側に分散し、必要な情報のみを上位システムに送出しようという考えです。
今ではFPGAの特徴とメリットは多くのお客様に浸透しており、IoTのエッジにご採用いただく事例も増えてきました。さらに最近は、FPGAファブリックにArm® Cortex®プロセッサを統合した「Zynq® SoC(ジンク・エスオーシー)」の採用も増えています。
――FPGAあるいはZynq SoCをIoTのエッジに使うメリットを教えてください。
ヴァレニャ:FPGAやZynq SoCはハードウェア・ロジックをプログラミングできますので、システムの仕様やデータ形式の違いに応じた最適な処理を自由度高く実装できます。しかもハードウェアでの実装ですから、ソフトウェア処理に比べてレイテンシが小さく、分析した結果を機器や装置に対してリアルタイムにフィードバックすることも可能です。
さらにArm Cortexプロセッサを結合したZynq SoCの場合は、ハードウェア処理とソフトウェア処理とを最適なバランスで統合できますし、外部システムとの接続に必要なネットワーク・スタックやデータの暗号化処理などの実装も容易です。
こうした特徴から、FPGAおよびSoCは、エッジ・デバイスやエッジ・デバイスを束ねるIoTゲートウェイに最適と考えています。
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推論エンジンに最適なZynq SoC。AIのエコシステムやツールも提供
状態監視や見える化を目的に始まったIoTに、最新のAI技術を組み合わせて新たな価値を創出する動きが活発化している。センシングで集めたデータの分析や推定に、ディープラーニングを活用することにより、設備の故障予知や、不良の原因特定などの精度を高めようという狙いだ。
ディープラーニングは一般的に、既知のデータを利用してニューラルネットワーク各層の重み付けを算出する「学習」フェーズと、学習で得られたニューラルネットワーク・モデルを使ってデータを分類する「推論」フェーズとに分けられる。このうちザイリンクスのソリューションが得意とするのが後者だ。
――IoTにAIを応用する事例が増えていますが、ザイリンクスのソリューションを使うメリットを教えてください。
ヴァレニャ:ディープラーニングは画像認識などの処理で真価を発揮し、従来の認識処理に比べて認識精度の向上が期待できます。インダストリアル分野ではマシン・ビジョンやサーベイランス・システム、ヘルスケア分野においては画像診断装置などへの応用が考えられます。
ザイリンクスのFPGAおよびZynq SoCは、先ほども説明したようにハードウェア・ロジックをプログラミングできますので、ニューラルネットワーク・モデルの実装において自由度がきわめて高く、スループットやレイテンシにも優れた推論側に最適なデバイスといえます。
たとえば畳み込みニューラルネットワーク(CNN)の場合、入力層、畳み込み層、プーリング層、全結合層、出力層をフレキシブルに実装できますし、16ビット(半精度)、8ビット、4ビット、3値、および2値(バイナリ・ニューラルネットワーク)などの軽量な表現形式の演算器も容易に構成できます。また、日々進化する新しいアルゴリズムの検証にも適します。
――IoT×AIのシステムは具体的にはどのように構成すればいいのでしょうか?
都筑:一例としてエコシステム・パートナーであるAWSのソリューションを使ったシステムをご紹介します。仮想的な工場において、さまざまな設備からデータを収集し分析する「インテリジェントI/O」、PLCのような制御機能も搭載した「ユニット・コントローラ」、および、上位システムにあたる「AWS IoTクラウド」から構成したシステムです(図1)。
インテリジェントI/Oは、Zynq SoCのローエンド・ソリューションである「Zynq-7000 SoC」と、アマゾンがエッジ・デバイス向けオペレーティング・システムとして提供している「Amazon FreeRTOS」で構成し、センサーとのインタフェース、センシング・データの処理などを担います。
ユニット・コントローラは、Zynq SoCの上位ソリューションである「Zynq® UltraScale+™ MPSoC」をベースに、AWS IoT GreengrassをLinux上に搭載して構成しています。これによりMPSoCによって高精度・低レイテンシ・低電力の認識処理をAWS側でなくユニット・コントローラ側で実行し、Greengrassでデータキャッシュや同期、AWSとのセキュアな通信などを実現することができます。
こうしたAWSのソリューションと連携することで、お客様は画像認識処理などIoTサービスの本質的な開発に専念することができます。もちろん他のクラウドサービスやオンプレミスサーバーを使っても構いません。
大久保:現在のインダストリアル分野においては、ITとOTの融合が進んでおり、そこでの課題はネットワーク化やセキュリティの向上が重要になっております。FPGAを使うことにより簡単にネットワーク機能を実装ができますし、機能安全にも対応可能です。PL(Programmable Logic)とPS(Processor)部の機能割り当てによるセキュリティ対策も実現ができます。
また、直ぐにIIoTアプリケーションに対する評価環境としてZynq-7000 SoCは3相のブラシレスDCモーターの制御も可能であり、電流値や回転数をモニタリングすることもできます。モーター動作の異常を検出するアルゴリズムを実装すれば予知保全のようなシステムを簡単に本評価ボード(図2)上に構築できるでしょう。産業向けのAIに関連する開発ツールとして、機械学習分野ではおなじみとなっているPython言語を使ってZynq SoCを開発する「 PYNQ(ピンク)」と呼ぶオープンソース環境や各種評価サンプルについてもGitHub上に提供しています。設計者は、FPGAファブリック上の細かいハードウェアを意識することなく、ライブラリを扱うかのようにZynq-7000 SoCベースのシステムを開発できます。
ヴァレニャ:ニューラルネットワークのうち最終結果にほとんど寄与していない重みのニューロンを省略して精度を維持したまま演算量を削減する「pruning」(枝刈り)をツールレベルでサポートしているのもザイリンクスならでは特徴のひとつです。エッジのように演算リソースが限られている場合に有効な手法です。
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プラットフォームベンダーへ変革。サーバー向けデバイスも提供
インダストリアル、メディカルおよびヘルスケア、オートモーティブ、コンスーマなど、それぞれのマーケットは急速な勢いで変化を遂げている。5Gの実用化も控えており、エッジ側とクラウド側とがこれまでにない高いスループットで接続されるのもすぐそこだ。
社会が隅々までデジタル化されることにより、利便性が高まる一方で、セキュリティやプライバシーに対する懸念にどう対応していくかなど、テクノロジーのさらなる進化も求められている。
そうした時代を迎えて、FPGAベンダーからスタートしたザイリンクスが目指すのが、プラットフォーム・カンパニーへの転換だ。FPGAやZynq SoCなどの従来ソリューションに加えて、ディープラーニングも対象にした開発環境、システム・ソリューション、および、7nmプロセスで製造される最先端の「ACAP」デバイスなど、高度化するニーズに応えるプラットフォームを提供していく。
――今後の展望を教えてください。
ヴァレニャ:IoTおよびAI関連のソリューションを引き続き強化していくのはもちろんですが、そのほかの取り組みとして、お客様の最終製品に組み込むことを前提に開発したPCI Express Gen3対応のアクセラレータ・ボード「Alveo™(アルべオ)」を新たに展開していきます。フィンテック、画像処理や映像処理、ディープラーニングの推論処理、ビッグデータ処理、数値解析などのアプリケーションを想定しています。
また、最先端の7nmプロセスノードを採用した「ACAP(Adaptive Compute Acceleration Platform)」を新たに投入します。ACAPはFPGAの進化系にあたるデバイスですが、アプリケーションに応じた動的最適化を実現する「HW/SWプログラマブル・エンジン」を搭載していることもあって、敢えてFPGAという呼称は使わずに、”適応” を意味する “adaptive” を含むACAPという名前を付けました。
ACAPの最初の製品ポートフォリオが「Versal™(ヴァーサル)」で、2019年内に2品種、2020年に3品種、2021年以降に1品種を展開します。Versal ACAPには浮動小数点演算ユニットも多数構成できますので、FPGAやZynq SoCがこれまで得意とはしてこなかった学習フェーズにおいても優れた性能を発揮します。
――最後に、APSマガジンの読者にひとことお願いします。
ヴァレニャ:ザイリンクスが目指しているのがアダプティブでインテリジェントな世界です。エッジ向けソリューションのほかに、オンプレミスおよびクラウドで利用可能な Alveo アクセラレータ カード、あらゆるアプリケーションで強力なヘテロジニアス アクセラレーションを実現するVersal ACAPなどの新しいソリューションを通じて、低レイテンシ、高スループット、かつ、ローパワーなプラットフォームの実現を図っていきます。
APS EYE’S
IoT×AIに向けてザイリンクスが提供するのは、高性能・ローパワー・柔軟なハードウェアと開発環境、エコシステムなどを包括的に統合したプラットフォーム。高機能なエッジからクラウドまで、高度化するニーズに応えられるザイリンクスのトータルソリューションは、唯一無二の存在だ。
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