カテゴリー5eのEthernetケーブルを使って、通信データとともに電力を供給するPoE(Power over Ethernet)のハイパワー化が進んでいる。アナログ・デバイセズのPoEソリューションは、最大90Wを供給するLTPoE++をすでに実用化。最大71.3Wを供給するIEEE 802.3bt(通称PoE++または4PPoE)に準拠。サーベイランス・カメラ、LED照明、センサー・ネットワークなどのシステムを、商用電源を敷設せずに構築できるのがメリットだ。
集合写真(左より)
アナログ・デバイセズ株式会社 リージョナルマーケティング マーケティングマネージャー 戸上 晃史郎 氏
アナログ・デバイセズ株式会社 東日本地区 営業技術グループ フィールド アプリケーション エンジニア マネージャー 竹内 寿雄 氏
高電力ニーズに応えてハイパワー版PoEが標準規格に
――Ethernetケーブルを使って通信データだけではなく電力も供給するPoE(Power over Ethernet)の新しい規格がIEEEから発効されたと聞きました。
竹内:カテゴリー5eのEthernetケーブルを使って接続先に電源を供給する「PoE」(Power over Ethernet)がIEEEによって「IEEE 802.3af」として規格化されたのが2003年ですが、当初、受電側に供給できる最大電力は13W(正確には12.95W)と限られたものでした。その後2009年に、25.5Wまで供給できるようにした「IEEE 802.3at」が誕生しています。そして、さらなるハイパワーを求める声に応えて規格化されたのが、2018年9月27日に正式に発効された「IEEE 802.3bt」です。受電側に供給できる最大電力は71.3Wにまで増えました。
ちなみに、25.5Wまで供給できる802.3atは、もともとのPoEである802.3afの拡張として生まれたため「PoE+」と呼ばれ、さらに新しい802.3btは「PoE++」と呼ばれています。4組のツイストペアすべてを使うことから「4PPoE」(4-pair PoE)という略称も用いられます。もっとも、こうした愛称や略称で呼んでしまうと、Ethernetで電力を供給する一般名詞としての「PoE」と802.3afを表す「PoE」とが区別できなくなったりしますので、規格名の802.3xxで呼んだほうが間違いがありません。
――なるほど、混乱しないように注意が必要ですね。さて、一般名詞としてのPoE、つまりEthernetで電力を供給する方式全般について伺いますが、どういったアプリケーションで活用されているのでしょうか。
竹内:最大のアプリケーションはIPベースのサーベイランス・カメラ(監視カメラ)ですね。たとえば大きな倉庫の天井や工場敷地の任意の場所など、AC100Vが来ていないところに監視カメラを設置しようとした場合、通常ならEthernetケーブルだけではなく電源線も敷設しなければならず施工コストが膨らんでしまいます。一方、PoEを使えばEthernetケーブルの敷設だけで済みます。
そのほかには、IP電話機、ワイヤレス・ネットワークのアクセス・ポイント、センサ・ネットワーク、ビル空調システムにおける弁制御(HVAC)、デジタル・サイネージといった用途で使われています。
――先ほど、13Wの802.3afからスタートして、25.5Wの802.3atになり、さらに71.3Wの802.3btに規格が進化したとの話がありました。こういった進化を遂げてきたのは、利用できる電力がもっと欲しいというニーズがあったのでしょうか。
竹内:そのとおりです。たとえばサーベイランス・カメラの場合、固定アングルであれば電力はわずかしか消費しませんが、パン(左右)やチルト(上下)やズーム機能を実現しようとすると、ある程度の大きさのモーターを内蔵して駆動してやらなければならず、それなりの電力が必要になってきます。また、寒冷地に設置するのであればレンズ前の雪や霜を溶かすヒーターも欠かせません。そうすると13Wの802.3afでは足りなくて、さらに25.5Wの802.3atでも不十分、といった声がありました。
こうしたニーズに対して、アナログ・デバイセズと経営統合する前の旧リニアテクノロジーでは、802.3atを拡張し最大90Wを供給できる「LTPoE++」という規格を独自に定めてソリューションを展開していました。
より多くの電力が利用できれば、先ほど挙げたアプリケーションのほかに、POS端末、シン・クライアント端末、ネットワーク・プリンターや複合機、ノートパソコン本体などもEthernetケーブル一本で駆動可能です。
LED照明やIPカメラの駆動など新設あるいは更改に適するPoE
――ハイパワーを生かした具体的なアプリケーションがあれば教えてください。
戸上:当社のお客様の事例ですが、大きな倉庫の天井照明の電力供給にLTPoE++が採用されています。LED照明のほか、温度センサー、人感センサー、煙センサー、カメラなどを統合したユニットをEthernet一本で接続することで、別系統からの電力供給を省き、施工コストを抑えることに成功した事例です。ACの電源工事を行うには電気主任技術者資格が必要ですが、PoEであれば不要なので、その点もコスト削減のメリットになるかと思います。最近はセンシングした情報をワイヤレス・ネットワークを使って送信する方法も増えていますが、接続の安定性では有線LANのほうに一日の長があり、とくにノイズの多い工場などでは安心です。
ただし、こうした事例はあるものの、業界が想定していたほどPoEのアプリケーションが立ち上がっていないのも事実です。
――普及が進まないというのは、どういったところに課題があるのでしょうか?
竹内:PoEのシステムを構築するには、「PSE」(Power Sourcing Equipment)と呼ばれるルーターやハブなどの給電側機器と、「PD」(Powered Device)と呼ばれるIPカメラなどの受電側機器とをトータルで配備しなければなりません。ルーターだけをPoE対応にしたり、一部のIPカメラだけをPoE対応にしても、システムとしてはPoEにならないわけです。
仮にPoEに対応していないIPベースのサーベイランス・システムがあったとして、カメラを何台か増設しようとしたときに、システムをPoEにすれば追加カメラの電源敷設コストを抑えられるにしても、お客様からすれば、そのためだけに既存の機器すべてをPoE対応に入れ替えるのはコストが合わなくなってしまいます。だったら電源を敷設したほうが安いよねと。
――なかなか難しい側面があるのですね。
竹内:ひとつは電源容量ですね。802.3btが発効されたことでPDに供給できる電力は71.3Wにまで増えましたし、アナログ・デバイセズのLTPoE++は90Wまで供給できますが、それでも足りないというお客様もいらっしゃいます。もうひとつの理由は、Ethernetケーブルで電力を供給することへの漠然とした不安もあるかもしれません。また、RJ45コネクタは接点が小さく、万が一爪が折れた場合、ケーブルが抜けてしまいますので、振動の激しい鉄道車両などには適さないといったご指摘も聞いています。
POS端末やシン・クライアント端末などではワイヤレス・ネットワークが競合になってきます。従来はEthernetによるネットワーク接続と端末への電源供給とが一本のケーブルでできるというメリットがPoEのひとつの訴求ポイントだったわけですが、Wi-Fiのスループットが上がり標準装備化された現状は、電源だけ端末に供給すればよく、Ethernetと兼用である必然性が薄くなってきているからです。
――そういった中でアナログ・デバイセズとしては、PoEについてどのような訴求をしていきますか?
戸上:先ほどの事例のように、倉庫や店舗などを新築あるいは改装する際に、照明を含めた配線を簡略化したいといったニーズは少なからずあると思います(図1)。とくに照明とセンシングとの一体化にはPoEはとても有効ですし、スピーカーを接続すれば音を流すこともできますからオーディオ・ケーブルを敷設する必要もありません。また、サーベイラインス・システムを、アナログ・コンポジット・ベースから高精細のIPベースに入れ替るタイミングでPoE化したい、といった更改案件も増えてくるでしょう。当社では、そうした機器を手掛けるベンダーや、システムを手掛けるインテグレータなどに、PoEのメリットを引き続き訴求していきます。
また、さらなるハイパワー化のニーズに応えて、まだ詳細は申し上げられませんが、LTPoE++のハイパワー版も開発中です。より多くの電力が使えるようになれば思いも寄らなかった新しいアプリケーションが生まれるかもしれません。合わせて、PoEの車載版として規格策定が進められているIEEE 802.3bu、通称「PoDL(Power over DataLines)」に対応したソリューションの開発も進めています。
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ハイパワー版も投入しながらPoEのメリットを産業界に提案
――少し細かい話になりますが、802.3xx間での互換性や、旧リニアテクノロジーが開発したLTPoE++との互換性はどうなっているのでしょうか?
竹内:802.3xx間に関しては下方互換性が保証されていて、給電側PSEと受電側PDのいずれか小さいほうに制限されます(図2)。具体的には、たとえば802.3btに準拠したPSEに802.3atに準拠したPDを接続した場合、PSEはPDに対して25.5Wしか供給しません。
また、LTPoE++に関しては、802.3afおよび802.3atとの互換性はありますが、71.3Wまで供給できる802.3btとの互換性はありません(図2)。先ほど説明したように、旧リニアテクノロジーを含む業界数社が独自のハイパワー規格を先行して定めていたため、それらすべてを包含するのが難しかったからです。そのため、たとえばLTPoE++のPSEに802.3btのPDを接続した場合、あるいは逆に802.3btのPSEにLTPoE++のPDを接続した場合は、供給電力は25.5Wに制限されます。
なお、802.3xxもLTPoE++も、PDの電源を投入したときにPDの要求電力クラスをPSEが読み取る「認証」というシーケンスが開始され、両者に整合した電力が決まり、安全が担保されます。
――アナログ・デバイセズのソリューションを紹介してください。
竹内:「LTC4291/LTC4292」は最新の802.3btに準拠したPSE用チップセットで、PDに対して最大71.3Wを供給します。ちなみにLTC4291/LTC4292は、Sifos Technologies社が管理している802.3btの適合性試験に業界で初めて(当社調べ)合格したチップです。
「LT4294」および「LT4295」は802.3btに準拠したPDインタフェース・コントローラで、最大71.3WのPDを構成できます。このうちLT4295はフォワード/フライバック・コントローラを内蔵しているため、PDの電源回路も同時に構成できるのが特徴です。
LTPoE++対応のソリューションとしては、PSE用の「LT4279」や「LT4270/LT4271」、PD用の「LT4293」などを取り揃えています。
いずれも電源を得意とするアナログ・デバイセズのソリューションですので、システムを構成した場合の電力効率が高く、発熱が小さいといった特徴があります。詳しくはお問い合わせください。
――普及には課題もあるというお話でしたが、今後の期待を聞かせてください。
竹内:商用電力の供給品質が高くない途上国ではPoEのメリットがより生きてくると考えられていて、実際に採用事例も増えています。また、産業分野で広がりを見せているIoTでセンサー・ネットワークを構築する際にもPoEはとても有効です。これらの例を挙げるまでもなく、PoEのニーズは必ずあると考えています。
また、ハイパワー版はこれまでベンダーが独自に拡張していましたが、802.3btとして標準化されたことでお客様にとっては採用しやすくなったはずですし、802.3btでは足りないというお客様には引き続きLTPoE++を提案していきます。
802.3btおよびLTPoE++の両ソリューションともに評価ボードなども取り揃えていますので、アイディアをお持ちのお客様はぜひ検討していただければ嬉しく思います。
APS EYE’S
アナログ・デバイセズがPoE分野を大きくリードしている。特に独自規格のLTPoE++は、IoTに欠かせないモーターの駆動、凍結対策、アクセスポイントの設置などハイパワーを求めるエッジデバイスに最適なソリューション。無線VS有線、あなたのビジネスに最適なのは?
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