太陽光発電用パワコンのデジタル電源回路をSTM32F303で構成 - MPPTとFRTに対応した高度なアルゴリズムを実装 -

発電量が自然環境によって刻々と変化する太陽光発電の出力を安定化させる機器がパワーコンディショナー(パワコン)である。太陽光パネルからできるだけ多くの電力を取り出す「最大電力点追従(MPPT)」制御や、商用電源との連系制御や瞬停対策(FRT)など、きわめて複雑な制御が必要だ。大阪に本社を置く田淵電機は、パワコンのDC/DCコンバータ部をSTマイクロエレクトロニクス(以下、ST)製のARM® Cortex®-M4マイコン(STM32F303)で構成した。ここでは開発を担当した仲石氏に話を訊いた。

メインイメージ
集合写真(左より)
田淵電機株式会社 技術開発本部 パワーエレクトロニクス技術開発部 第二設計グループ プロジェクトリーダー 仲石 雅樹 氏
STマイクロエレクトロニクス株式会社 マイクロコントローラ・メモリ・セキュアMCU 製品グループ マイクロコントローラ製品部 マネージャー 菅井 賢 氏
STマイクロエレクトロニクス株式会社 マイクロコントローラ・メモリ・セキュアMCU 製品グループ マイクロコントローラ製品部 マネージャー パオロ・パルマ 氏

2010年に「EneTelus」ブランドで太陽光発電用パワコン市場に参入

ー 今日は新大阪駅にほど近い田淵電機の本社にお邪魔しました。さて、田淵電機では「EneTelus(エネテラス)」というブランドで太陽光発電システムを手掛けていますが、概要を教えてください。

仲石(田淵電機):田淵電機は電源系が得意ということもあって、太陽光発電システムの事業を始めた大手電機メーカー様向けに、太陽光パネルが発電した直流電力を商用の交流電力に変換するパワーコンディショナー(以下、パワコン)のOEM供給を1990年代後半に始めたのがスタートで、当時は家庭用がメインでした。産業用の需要も増えてきたこともあり、2010年12月から「エネルギーで明るい未来を照らす」の最初と最後の文字を取り「EneTelus(エネテラス)」という自社ブランドでソリューションを展開しています。2015年7月時点で単相4.0kWから三相25kWの範囲のパワコンのほか、蓄電池対応ハイブリッドパワコン、およびポータブル蓄電システムをラインアップしています。

ー 「EneTelus」の資料には「マルチストリング方式による圧倒的な発電力」という謳い文句が書かれていますね。

仲石:複数枚の太陽光パネルを直列に接続したものを紐になぞらえて「ストリング」と呼び、各ストリングを個別に制御してそれぞれから最大電力を取り出そうというのがマルチストリング方式です(図1)。一括で制御する方式に比べて発電量が大きく、しかもパネル設置の自由度を高められるなどのメリットがあり、市場からはご好評をいただいております。

図1

図1:一般的な一括入力方式(上)と、「エネテラス」のマルチストリング方式(下)。

ー 「EneTelus」のパワコンにSTM32F3シリーズを採用したと伺っていますが、どの部分に使われているのでしょうか?

仲石:それぞれのストリングに接続するDC/DCコンバータのところですね。いわゆる「デコデコ」です。製品としては単相4.0kWのモデルから三相9.9kWのモデルと、5.5kWの蓄電池対応ハイブリッドモデルが搭載製品です。

菅井(ST):今回、田淵電機様には、ARM Cortex-M4プロセッサを搭載したSTマイクロエレクトロニクスのSTM32F303をご採用いただきました。

ー ということは、デジタル電源のコントローラとして使っていると。

仲石:おおまかにはそうなります。ただし太陽光発電用のパワコンはちょっと特殊で、太陽光パネルから取り出す電力を最大化するために、電圧と電流で決まる動作点を常に最適な状態に維持する「最大電力点追従(Maximum Power Point Tracking、以下MPPT)」と呼ぶ制御が必要です。また、系統に多少の瞬停があっても運転を継続する「瞬停対策(Fault-Ride Through、以下FRT)」という仕組みを実装する必要があり、それらの制御を含んだデジタル電源のコントローラとしてSTM32F303を使っています。

STM32F303をデジタルDC/DC制御に採用充実した内蔵アナログ機能が決め手

ー STM32F303を採用した理由を教えてください。

仲石:以前はMPPT制御だけを考えていればよかったので、小規模な16ビットマイコンにCPLDを組み合わせて、DC/DCコンバータに必要なPWM(パルス幅変調)信号を生成していたこともありましたが、高速な応答を必要とするFRTが国内でも2011年に要件として追加されたことで16ビットマイコンではとても処理しきれないと判断して、DSPや32ビットマイコンの選定を始めたんです。高速性という観点ではDSPが候補に挙がったのですが、低価格版でもそれなりのコストがかかって、しかもストリングの数だけ必要になることを考えるとちょっと厳しい状況でした。他に何かないかなと探したときに、代理店から提案されたのがSTのマイコンでした。

菅井:そういえば私も代理店の皆さんに同行して、仲石さんを説得しに伺った記憶があります。DSPでなくてもSTのマイコンで十分対応できますと。

仲石:マイコンの提案をいただいたとしてもARMでなければ使っていなかったと思いますね。やはりARMマイコンは世界標準アーキテクチャのひとつですので、開発で得られたノウハウは今後も生きてくるだろうというのも採用理由のひとつです。また、提案していただいたSTM32F303にアナログ機能がかなり入っていたことも魅力的で、仮にマイコンの値段が多少高かったとしても外付けアナログ部品を削減できるのならメリットがあるだろうと考えました。ARMマイコンを初めて使うというリスクはありましたが、DSPよりも安価だったこともあって、最終的にSTM32F303を採用しました。

パルマ(ST):STM32F303を簡単にご紹介しておくと、コアはDSP命令セットおよび浮動小数点演算ユニットを備えたARM Cortex-M4プロセッサで、コア周波数は最高72MHzです。アナログブロックとしては、5Mサンプル/秒の12ビットA/Dコンバータと12ビットD/Aコンバータ、オペアンプ、高速コンパレータを内蔵しているほか、コア周波数の2倍で動作する最高144MHzのPWM回路を内蔵しています(同じSTM32F3シリーズに、16ビットΔΣ型A/Dコンバータ内蔵のSTM32F373もあります)。田淵電機様のようなデジタル電源のほか、モータ、センサー、計測器、FA、照明などの制御に活用されています。

ー 最近はアナログ機能を搭載したマイコンも増えています。

仲石:ARMコアが搭載された他社製品もひととおりは比較しました。選択肢に入れた品種もあったのですが、どちらかというとアナログ機能が高級すぎて、今回はそこまでは要らないと判断しました。パワコンの世界にも価格競争が押し寄せてきていて、エネルギーの変換効率が高いから価格も高くていいかというと、そうはいかなくなっています。しかも「EneTelus」はマルチストリングを特徴としているため、DC/DCコンバータもストリングの数だけ必要になり、部品原価が倍数で効いてきます。自分たちが回路設計を頑張れば原価が安くなるので、今回はシンプルなSTM32F303がニーズにマッチすると判断したということです。

菅井:STのSTM32F3シリーズのオペアンプは反転入力と非反転入力と出力がそのままピンとして出ています。外付け部品をそのまま内蔵しただけで、内部レジスタでアンプの構成を細かく設定できたりはしないのですが、逆に自分で回路を組めるお客様にとってはSTM32F3のほうが使いやすいのだろうと思います。

パルマ:価格と機能のバランスに優れているところがST製マイコンの強みですね。

ー ARMマイコンの採用が初めてとのことでしたが、開発環境などはどうされましたか?

仲石:代理店やSTからのサポートもありましたし、開発を一緒に担当している仲間が過去にARMアーキテクチャやサードパーティ製の開発環境を使った経験もあったので、特に問題にはなりませんでした。

菅井:最初の段階でARMアーキテクチャやSTM32F3シリーズに関する簡単なトレーニングをやらせてもらっています。実際にSTの大阪オフィスにも数名のご担当者にお越しいただきました。

ー 実際に開発を行う際に、工夫や苦労はありましたか?

仲石:チーム内で効率よく分担できるように、マイコンのハードウェアや通信に関わるいわば足回りの部分と、MPPT制御やFRT制御に関わるアルゴリズムの部分とを分けて開発を進めました。また、内部アルゴリズムの中間データを内蔵D/Aコンバータから出力させてアナログ値をオシロスコープで見る、なんていう工夫もしました。

菅井:なるほど、いわばアナログ版のprintf文ですね。STM32F303は幅広いアプリケーションに使用されていますが、いちばん使いこなしているのが田淵電機様ではないかと感じます。コンパレータもオペアンプもA/DコンバータもD/Aコンバータも使われているとのことなので、最も多くの機能を活用してくださっているお客様の1社です。

仲石:全体としてはとくに大きな問題はありませんでしたが、細かいところで、たとえばPWMパルス出力のオンオフ制御をするときに、ローレベルまたはハイレベルのいずれかでパルスをオフしようとするとちょっとしたコツが必要でした。DSPはそういったところが細かく設定できるので、STのマイコンでもいずれサポートしてもらえれば嬉しいですね。

菅井:ご指摘ありがとうございます。開発チームにも課題としてシェアさせていただきます。

仲石:あとはDSP命令とコンパイラの相性ですかね。MPPTのフィルタ処理に必要な積和演算をコードとして書くと、使用したコンパイラが自動的にDSP命令に落とし込んでくれるのですが、コードを連続して書くと速いのに、少し離して書くと処理時間が長くなるといった独特のクセがあって、そこに気づくまでにちょっと悩みました。

図1

図2:STM32F303が載ったDC/DCコンバータ基板。

Cortex-M7を搭載したSTM32F7シリーズがデビュー

ー 「EneTelus」の構成図(図1 下)を見ると、お話を伺った「DC/DCコンバータ」のほかに「インバータ」のブロックもありますが、この部分はどういった処理をしているのですか?

仲石: DC/DCコンバータが出力した直流電力を交流電力に変換するとともに、商用電源との系統連系を制御するのが、このインバータの主な役割です。ただし、系統連系の処理はかなり複雑なので現在は性能の高いDSPで構成しており、今のところマイコンへの置き換えは検討していません。

パルマ:最新のARM Cortex-M7プロセッサを搭載したSTM32F7シリーズは性能的にかなり高いところを狙ったマイコンなので、御社のインバータへの適用を是非検討していただければと思います。Cortex-M7搭載マイコンとしては業界でもっとも早い2015年7月に量産を開始しました。現在のところ最高動作周波数は216MHzと高く、ベンチマーク値では、今まで最も高かった180MHz動作のSTM32F4シリーズ(608 CoreMark)のおよそ1.65倍に相当する1082 CoreMark/462 DMIPSを記録しています。Cortex-M7はCortex-Mファミリで初めてオンチップ・キャッシュを採用し、内蔵Flashメモリや外部メモリからの超高速データ転送や高性能の実行処理が可能です。これらの特徴と、STM32ファミリの優位性をもって、ユーザーの皆さまに大きなメリットを提供いたします。

仲石:インバータ部分は別のチームが担当しているのでなんとも申し上げられませんが、仮に性能が満足したとして、あとはトータルのシステムコストがDSPを使用しているコストと比べてどうなのかという部分ですかね。

菅井:STM32F7シリーズはかなり高速で、しかもDSPに比べてコストは確実に下がると思います。開発キットである「STM32F7 Discovery Kit」も出てきましたので、仲石さんのチームだけでなくインバータ開発チームの皆様にも詳細を是非ご紹介させていただければと思います。

ー 再生可能エネルギーはこれからも着実に普及が進んでいくと思われます。「EneTelus」のパワコンが日本のエネルギー事情の改善に少しでも寄与することを期待しています。本日はありがとうございました。

APS EYE'S

デジタル電源制御には、複雑な計算と高速なアナログ機能が必要で、DSPが不可欠だ。その検証にも田淵電機はアナログ機能を使いこなしている。DSP命令を実行可能なCPUは続々と増えており、記事中のCortex-M7もそんなニーズに応えていくのだろう。